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120 出張先で彼女と⑦

「横浜で美作さんと仁科さんに会うって言ってたのに花村さんが来てるのにはびっくりしました」

「仁科とチェンジさせてもらったんです。すみません、お姉さんにはご迷惑をおかけして」

「いえ、それはいいです。姉もいい年なので自己責任だと思いますし。でもツインとダブルをよく間違える傾向にありますけど、大丈夫でしたか?」


 この人、盗聴とかしてるんじゃないよな……。


「お姉さんには一切手を出さないので安心してください」

「でも美作さんとラブホ行ったんですよね?」


 すでに情報が広まってやがる……。早すぎるよ。


「九宝さんになかなか手を出さない花村さんの心意気を信じます」

「うぅ……」

「ふふ、でも姉が……花村さんを誘うなんてね。美作さんを誘うならまだ分かるんですが……」


 葵さんは笑みを浮かべたように声を柔らかくさせた。


 全てを丸く収めるなら茜さんと所長で1部屋使ってもらうのが一番なんだろうけど……、それを茜さんに提案するわけにはいかない。

 提案したら茜さんは受け入れてしまうかもだし、そもそも他の会社の方のプライベートな空間を奪うことは心情的にありえないレベルだ。


 茜さんが提案してこない以上、そこを突っ込むのは禁忌である。


「……。そんなに意外ですか?」

「意外ですよ。男を取られた当時の姉を知っている身からすれば快挙だと思います」


 例の元カレというやつだな。

 茜さんのような優しくて綺麗な人を振るなんて何てもったいないことを……。

 まぁ、恋愛観は人それぞれ。茜さんを知るからこそもったいないと感じてしまうな。


「私が花村さんに願うことは一つだけです」

「……」

「姉を理不尽に傷つけないであげてください」

「そ、そんなことしませんよ」

「ふふ、分かってます。理不尽で無ければいいんですよ。傷つくことはきっとあるのでしょうから」


 葵さんの言っていることがよく分からない。

 ……しかし問うことでもないような気がする。

 俺は傷つけたりはしない!


「あ~あ」


 突然葵さんは高い声をあげた。


「お姉ちゃんのような気持ちになっているのはもしかして……私だったかもしれないのになぁ」

「え……と葵さん?」

「掛河花鳥園に……姉じゃなくて私が行っても……大事にしてくれましたか?」


 そうか。

 あの時は葵さんは風邪を引いて、代わりに茜さんが来たんだったな。

 もしあの時葵さんが来たとしても。


「……当然です。俺にとって茜さんも葵さんも大事な人ですから」


 友人としても仕事のパートナーとしても大事なのは間違いない。


「ふふ、なるほどちょっとときめいちゃいました。双子だからよく分かります。これにやられちゃったんでしょうねぇ」

「えっと、それはいったい」

「そろそろ戻ってくると思いますので切りますね」

「は、はい……」

「お姉ちゃんを宜しくお願いします」


 そう言って葵さんは通話を切った。

 何だろう。何か……一つの何かが終わってしまったような感覚を覚える。


 ……まぁいい。


「すいません、お待たせしました」


 本当に良いタイミングで茜さんは戻ってきた。


 時間はもう0時を超えようとしていた。

 寝るには良い時間だろう。


 歯磨きその他はもうすでにすませておいた。


「よっと……」


 茜さんがベッドの俺の横に座る。


 栗色の髪をゆったりと流して、ピンク色のパジャマは年相応と言えないかもしれないが茜さんの普段着と考えると可愛らしさを覚える。

 反った胸部は目に毒だ。この可愛らしさにS社の社員達はどれほど恋い焦がれたのだろうな。


 メイクを落としてもその美しさは変わらず、潤いを帯びた唇など……視界に入る全てが美しい。


 綺麗だな。


「ど、どうしました。じっと見て……」

「あ、いや、……その。茜さんの寝間着は初めて見るので……見惚れてしまって」

「え! あ、こ、子供っぽい格好ですけど、昔からのお気にいりなので!」

「いえ、とても可愛らしくてよく似合っていますよ」

「あぅ」


 今日のお昼間の展示会での彼女の姿は本当に格好良いものだった。

 俺もあんな風になれれば……他社の人間でありながら彼女の美しさとかっこよさに尊敬の念を覚えてる。


 でも今、茜さんは素の姿を俺に見せてくれている。

 その姿はちょっとポンコツっぽくもあり可愛らしい姿である。

 ……もっと早く茜さんに出会っていれば、違う道も考えられただろう。


「やっぱり俺、床で寝ますよ」

「床って……。この狭い床で寝転ばれたら踏んでしまいますよ」

「それはそれで良き」

「そーいうのは美作さんとかにやってもらってください」


 ちょっとだけ緊張してしまったけど、話をすると落ち着いてくるな。

 もっとドキドキするかと思ったけど、本当に夫婦みたいな落ち着きを覚えているのかもしれない。

 お互いくすりと笑い、ベッドに入ることにする。


「今日は疲れましたね……すぐ寝ちゃいそうです」

「俺も朝早かったのですぐ寝ちゃいそうですね……」


 部屋の電気を消す。

 ダブルベッドも思ったより幅が広い。

 限界まで離れればそこまでくっつくことはなさそうだ。


「茜さん、危なくなったらすぐに大声あげてくださいね」

「分かりました。すぐに葵と美作さんと仁科さんと九宝さんに連絡します」

「オーバーキルゥ」

「ふふ、寝ましょう」

「ええ、おやすみなさい」


 とてもいい雰囲気じゃないか。

 もっと警戒されるかと思ったけど、これなら俺も安心して眠れそうだ。

 この和やかな雰囲気の中、朝を迎えたい。


 さぁお休み……。



 そして朝。




「……ひっく……ひく」

「……」

「パ、パンツだけは死守しました」


 俺が起きた時、両手には柔らかい人肌の感触があった。

 目を開けると下着姿で両手で必死にパンツを掴んで涙目になってる茜さんが見えた。


 さぁ、警察に出頭しようかな。

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