119 出張先で彼女と⑥
基本的にツインベッドとは1部屋に2つベッドがあると言われており、ダブルベッドは2つのベッドが繋がって1つとなっている。
ベッドが1つなので夫婦が一緒に寝るのであれば問題はない。
だけど俺と茜さんは夫婦ではない。さらに言えば恋人でもない。
いくら何でもこれはまずい。
「やっぱり、俺……ファミレスに」
「そんなの疲れちゃいます! 明日もお仕事ですし……その……」
申し訳なさそうな顔をする茜さん。
本来はこの部屋を1人で茜さんが使うのが普通だし、そのような顔をさせたくない。
ここで俺が無理に外へ出たとして、優しい茜さんは気を病んでしまうかもしれない。
「俺、正直に言います。どうやら、俺は1つのベッドで誰かと一緒に眠ってしまうとその人に不埒なことをしてしまうみたいなんです」
「ああ、やっぱり美作さんと不埒なことしたんですね。どんなことをしたんですか……?」
「その深掘りやめてください。……ってか興味あるんですか?」
「いえ、そ、そんなことは! ……そうです、自作の創作に使えるかもしれないと……創作人ゆえの知的好奇心なんです」
幼馴染ざまぁとホテルのシーンは何が関係しているのだろう。
まぁ……シチュエーションとして覚えておくのはありなのかもしれない。
「俺は寝たままだったので全然覚えてないんですよ」
「分かりました、美作さんに確認しますね」
「ええ、ってやめてください!」
明日気まずくなるわ!
「そんなわけで無意識に茜さんに手を出してしまうかもしれないので……、俺に何かされたら嫌ですよね」
「い……や……じゃないですよ」
「え?」
「例えそうであってもベッドで寝ないのは不健康です! それに手を出してしまうのは100%なんですか?」
「いや……。女の子と一緒にベッドなんてその時だけなんで」
「九宝さんには手を出してないんですか? ボディタッチは頻繁にされると聞きましたが」
「茜さん、どこまで知ってるんですか!?」
「九宝さんがSNSチャットでベラベラ話してくれますよ」
今度おしおきだな。
目隠して縛って、気がすむまでワキを舐めてやろうか。
でも最近悦び始めてるからな……。お仕置きにならない気がする。
「次はやらないかもしれませんよね」
「ま、まぁ」
「それに美作さんは小柄だから抵抗できなかったのかもしれませんが、私はそこそこ大柄ですし」
浅川姉妹は160センチ中盤くらいある。
陽葵よりちょっとだけ背が高く、女性としては背が高い方だ。
「襲われてたとしても抵抗できると思います。眠ってる花村さんだったら……そこまで脅威にならないかと」
浅川さんは諭す物言いで呟く。
なんで俺が説得されてるんだろう……。
はぁ、そこまで言われたら頷くしかないか。……絶対に手を出さないようにしよう。
「分かりました……。本当に危険だと思ったらすぐに起こしてくださいね」
「はい! 警察と美作さんに通報します」
「その時は俺の人生が終わりますなぁ」
幸い、新横浜のウルトラホテルは天然温泉があり、お風呂の問題は解決できた。
あの狭い部屋でどっちが先に入るか揉めなくてよかった。
ユニットバスだし、へんな毛とか浮いてたらまずいもんな……。
それは男の俺より浅川さんの方が困るか。
あの狭い部屋に2人きりという状況がよろしくないので長風呂して、なるべく帰るのを遅くする。
風呂にゆっくりつかって、ロビーでスマホゲーで時間を潰して部屋へと戻った。
ウルトラホテルの鍵は番号制なので、覚えておけば問題ない。
部屋に入ると……。
「うん、そうなの……。うん」
茜さんが誰かと電話していた。
「葵も早く寝なさい。うん」
相手は双子の妹の葵さんのようだ。
椅子が一個しかないのでベッドに座る。
この状況をさすがに妹さんには言ってないよな。
まぁいくら妹とはいえ男をホテルに連れ込んでることを言う人なんて……。
ちらっと茜さんが俺の方を見る。
「実はね、今ね。花村さんとホテルに一緒にいててね」
「うえええええぇぇぇぇえ!?」
『今、花村さんの声がした! お姉ちゃん、本当にホテルに連れ込んでるの!?』
「あ」
茜さんが呆けた声を出す。
ぴっと着信を切る音がした。
振り返った茜さんは涙目になっていた。
「いつものノリで……言っちゃいましたぁ」
この人マジでやばいな。でもその涙顔すごくかわいい。許したい。
葵さんもさすがに姉の失態をウチの女性陣にバラまくことはないと信じたい。
原因を作った所長はまだしも仁科さんや陽葵に何を言われるやら……。
わたしには全然手を出さないくせに茜さんには手を出すんですね、ふーんって言われそうだ。
「わ、私トイレに行ってきます!」
茜さんは外に逃げ出してしまった。
この部屋のトイレは男女で使うにはちょっと遠慮の産物となっている。
俺と茜さんも気を使って1階ロビーのトイレを使うようにしている。
はぁ……とため息をついていると俺のスマホに着信が鳴る。
「葵さんか……」
仕方なく電話を取った。
「はい、もしもし」
「葵です。調べてみたら新横浜近郊のホテルが全部埋まっているので、何かの理由で宿が取れず、止む無く姉の宿泊するホテルで同じ部屋に泊まってる、そういうことですか? まぁ夫婦って言えばいけそうですしね」
探偵かよ、この人。