117 出張先で彼女と④
「ありがとうございました~」
ふぅ、飲んだ食ったぁ。
店を出て、秋の風が火照った体を鎮めていく。
隣には超絶美女の浅川茜さん。
いやぁ……楽しい飲みだった。
「美味しい店でしたね」
「気に入って頂けてよかったです」
「横浜に住んだことないんですよね? 花村さん、よく知ってましたね」
「横浜に詳しい知り合いがいるので事前に聞いていたんですよ」
元々は所長と行く予定だったからなぁ。
横浜に住んでいる知り合いの作家にお酒と魚が美味しい店を聞いていたおかげで満足してくれてよかった。
火照って少しだけ顔の赤い浅川さんは実に美しい。
「浅川さん」
「もう! お仕事が終わったんですからさっきみたいに茜って呼んで下さい」
「あはは……」
酔った茜さんは少し子供っぽくなる。
これがたまらなく可愛らしいのが美女の凄さってやつだろうか。
時間は夜9時前、ホテルにチェックインしてから行く予定だったが、行こうとしていた店が展示場とホテルの間にあったため先に寄ることになった。
さて、これからどうしよう。
俺が異性慣れしていたらもう一軒行って、そのまま……ホテルで休憩なんてマネもできたのかもしれないが残念、俺は童貞です。
明日も朝一からお仕事だし、これ以上連れ回すのはよくないだろう。
「では茜さん、宿泊のホテルへ行きましょうか。場所も近くですし」
「あら? もう一軒行かないんですかぁ?」
「飲むのであればお付き合いしますけど……いいのですか?」
「ふふ、冗談です。会社でも一次会で帰る女であることを押し通してるので止めておきます。二次飲みはプライベートの時がいいなぁ」
「そうですね。今度は美作も一緒にやりましょう」
「ええ……2人きりがいいなぁ。な~んて」
色っぽい!
大人のエロスを感じる。身長の低い所長や、可愛らしさが目立つ仁科さんではこうはなるまい。
かわいい茜さんを見れてごっつあんです。
しかし、有意義な飲み会だったな。
平日の飲みは仕事のお疲れ様会のイメージがあるから、仕事のお話がメインになることが多い。
俺は所長、仁科さん、陽葵の話をし、茜さんからはS社の裏話とかも聞けた。まさか岸山さんがあ~とはねー。
あとはS社に携わったばかり所長の失敗談とかも教えてもらったから、今度いいタイミングで使わせてもらおう。
俺と茜さんが泊まるホテルは向かい合っており、到着したのでここで別れることになる。
お互い向かい合って一礼した。
「それじゃあ明日も宜しくお願いしますね」
「は~い、花村さん、おやすみなさい。ゆっくり休んでくださいねぇ」
その時、茜さんの携帯電話が鳴る。
ばっとポケットから取り出し、ボタンを押す。
「はい、浅川です。お疲れ様です」
仕事モード!? 甘え系だったのにもうきりっとされている。
やっぱすごいなこの人。電話の邪魔しちゃ悪いし戻ろう。
西横イン、新横浜店。
全国チェーンのビジネスホテルだ。会員カードを持ったまま10回泊まれば無料券がもらえるのがいいよなぁ。
東京に遊びにいくときに使わせてもらっている。
朝食が結構好きなのでこのホテルは愛用している。
「予約していた花村飛鷹です」
「花村様でございますね。こちらにお名前をご記帳ください」
いつも通りにチェックイン処理を行う。
「あ、美作は来てますかね。同じ会社のものなんですけど」
「美作様ですか? ……えっと、申し訳ございません。美作様の予約は承っておりません」
「え」
予約入ってない? どういうこと?
フォーレスでは旅費精算のシステムの都合上自分達で宿泊や新幹線のキップを取るようになっている。
つまり所長は予約するのを忘れていたということだ。
電話をしてみよう。
所長の携帯に着信を入れてみる。
お、すぐに繋がった。
「花村です、お疲れ様」
「あら、どうしたの?」
ガヤガヤの音がする。
予想通り、飲み会はまだ続いているようだ。すっげー盛り上がってるな。かなりの人数がいるっぽい。
そっちも楽しそうだなぁ。
所長の代わりに俺がそっちに行ったらそこに参加できたんだろうか。
飲み会も一次までは楽しいんだよなぁ。二次、三次になると疲れとめんどくささが勝ってくるのが俺の感覚である。
って所長と話さないと。
「西横イン、所長の予約が無いみたいですけど、他で取ってるとか?」
「あ」
「その一言で分かりました。じゃあ取っとくんで、飲み過ぎないようにしてくださいね」
「ええ、もう少しで終わると思うし、二次会は行かないつもりだから」
「所長ちっちゃいからちゃんと自重しないとだめですよ」
「にゃろう、私がミスったからってマウント取るなんて生意気ね」
「ふふふ、たまにしか出来ないですからね。ではお先に上がります」
「ええ、おやすみなさい」
そうして着信を切った。
そのままフロントに声をかける。
「もう一人、一泊取りたいんですけど大丈夫ですか?」
「申し訳ございません。ちょうど今、全ての部屋が埋まってしまいました」
「げ」
さっきまでは空きがあるってそこの画面に書いてたのに、電話している内に埋まってしまったのか。
参ったなぁ。
……所長に断りの連絡をするのも面倒。
無いとは思うが、酔い潰れてホテルが埋まってることを知り、適当な他の会社の社員にお持ち帰りされる可能性もゼロじゃない。
俺以外の男は全員危険だから所長を守らねば!
「すみません……」
予約を移しかえて、俺はウルトラホテルを出る。
さて、どうするか。
近隣のホテルはどうやら全部埋まってるらしい。この時間だもんなぁ……。
「花村さん、どうしたんですか?」
「え、茜さん!?」
ばったりと茜さんと会ってしまう。
「まだチェックインしてなかったんですか?」
「ええ、電話が思ったより長引いてしまいまして、あの部長はほんと」
相手は岸山さんだったのかもしれない。
仕方ない、正直に話すことにしよう。
俺が宿泊難民であることを伝えた。
「明日、このあたりで来日した海外のミュージシャンのコンサートがあるので予約がいっぱいなのかもしれませんね」
「うわっ、東京は仕方ないにしろ。電車で行ける距離はほぼ全滅ですね……」
数万のホテルは空いてそうだけど、茜さんが側にいる状況で向かうのもなぁ。
できれば金を持っていることはバラしたくない。
「カプセルも空いてなさそうなのでネカフェいきますよ。一泊だけなら問題ないですし」
「そんな疲れちゃいますよ」
「大丈夫ですよ。男なんでそれぐらいのことは慣れてますから」
「だったら」
茜さんが自分の胸に手を当てる。
「私の部屋に来てください」
この人、何言ってんのかな(久しぶりの3回目)