110 わたしにお世話させてください⑧
土曜日の朝、今日は仁科さんと所長がやってくる日である。
俺の執筆部屋の資料はあらかじめマンションの別室に押し込んである。
所長と仁科さんがごり押しで執筆部屋に入ってくる可能性があったからな。ここに入れておけば問題ない。
朝一に陽葵がやって来て、余計な話はしないように言いつけているが……どこまで守ってくれるやら。
服装は地味な色合いのブラウスとロングスカートでエロメイド服に着替える素振りを見せなかったので2人から俺を擁護してくれるに違いない……と思っている。
出迎えるためにマンションのエントランスで彼女達が来るのを待つ。
あ、所長の愛車が通りかかった。所長もいい車乗ってるんだよなぁ……。あれは俺も欲しいと思ってた車種だから羨ましい。
今度乗せてもらおう。
すぐ目の前にコインパーキングがあるため5分も経たずに私服の姿の2人がやってくる。仁科さんはいつも通りだが、所長はどちらかというと仕事着に近い。
何だろう、昔映画で見た国税査察官みたいな格好している。
俺は取り調べされるのだろうか。
「おはようございます……2人とも」
「おはよう花村くん。はいお土産」
「あたしも……どうぞ」
所長から夜のうなぎパイを渡される。これは何か含んだ意図があるのだろうか……。あえて触れずに後で頂くとしよう。
「頑なに拒否していた花村くんの家に侵入できるわけね」
「何か緊張してきますね」
「俺んちを何だと思ってるんですか。普通ですよ、ふ・つ・う」
「あの拒否の仕方は普通じゃないよ」
「大麻でも育てるのかと思ったわ」
う、そんなことを思われていたとは……。
今後は拒否の仕方も考えなきゃな。
2人を連れてエレベータで8階まで上がり、フロアに出る。
「じゃあ802号室に来てください」
「あれ、801号室じゃなかったっけ」
「あたしもそのイメージ」
「陽葵も同じこと言ってましたけどさては2人とも俺の家を調べたでしょ」
所長と仁科さんがそっぽを向く。
やはりかなり前から俺の家を不審に思ってたっぽいな。
今後、転勤した時は気を付けた方が良さそうだ。
「緊急連絡先に書いてたのは間違いです。俺の家は802号室ですから」
801号室はお米炊子グッズで溢れているために絶対に見せられん。
「ここです。陽葵が家事してくれているので綺麗ですけど……何にもないですよ」
「お邪魔するわ」
「おじゃましまーす」
今日に至るまで全てを完璧に隠していた、
俺には何も落ち度はない。
俺の執筆活動がバレることはないし、やましいことだって何にもない。
陽葵だって今日の服装なら家事代行として清純極まりない格好のはず。
……はずだった。
俺はそれを見て思わず頭を抱える。歩く先にえっちなメイド服を着た陽葵がにっこり笑顔で手を振っていたからだ。
「ちょ、ちょ、ちょ、何、着てるの!」
「わたしの仕事姿を見せるって話でしたからいつもの仕事着を……」
俺は陽葵の側に駆け寄る。
「さっきまでそんな服着てなかったじゃん! 今日はあの地味目な私服のままでいると思ってたのに」
「最初から着てると脱げって言われそうだったので……。きゃ、脱げだなんて旦那様のえっち」
その言い方はおかしい!
落ち度はあった。
俺は完全に勘違いしていた。
陽葵は全てを手玉に取っている。所長と仁科さんにこれでもかというくらい俺のお世話係であることを強調しようとしている。
「なるほどね。花村くんの愛玩動物って話はあながちウソじゃないわけだ」
「あばばばばばばば」
仁科さんが顔を真っ赤にして壊れたおもちゃのようになっていた。
「はい、旦那様のお世話をさせてもらってます」
「性のお世話ってわけね」
「ち、ち、違います……。俺は何も」
「こんなミニスカートに胸を露出させた格好。花村くん、いい趣味してるじゃない」
「俺が用意したんじゃないです!」
「旦那様、今日はハグしてくれないんですか?」
「陽葵ぁ。わざとか、わざとなんだな!」
「ふふ、みなさん。近所迷惑になります。お茶を入れますのでおかけください」
陽葵は引っかき回しつつも最後冷静に取りまとめ始めた。
何て恐ろしい女の子だ……。
バグってた仁科さんも俺も落ち着いてくる。
「しっかしえっちな格好ねぇ。陽葵、何色のパンツ履いてるの?」
「え、えーと」
「所長、何を言ってるんですか」
思わず呆れてしまい、声が出る。
「ラブコメでこーいうネタ使いたいと思ってね。ほらっ、お米炊き先生の新作もメイドものだったし。5000万で美少女を買ったって言う」
「そういえは新作書かれてましたね。わたしと似たような状況の作品だなんて、偶然ってあるものなんですね」
「ごふっ!」
その話題はいかんて!
話題を変えよう。
「に、仁科さん。何だかごめんね」
「あ……うん。ちょっと落ち着いて来たかな。陽葵ちゃんのメイド格好にはびっくりしたけど……借金を返すなら仕方ないのかな? 仕方ないんだよね」
「返すにしたって他にやり方があるでしょ。そんなに花村くんはお世話してもらいたかったの?」
「違うんです! これはやむを得ない事情で。陽葵は俺が雇わないって言うとソープで働くとか言い始めるから! そんなの止めるしかないじゃないですか」
「そうなの?」
「覚えて無いですね」
「なんでそんなしれっとウソつくかな!」
一人立ったままの陽葵が各々の顔に視線を送る。
「でもお世話は楽しいですよ。旦那様と朝、夜一緒にいられること……すごく嬉しいです」
「陽葵……」
がたっと音がして、仁科さんが立ち上がる。
「花むっちゃん、だったらあたしも雇ってくれないかな!」
うん、いきなり何を言い出すのかな、この人。