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第五話

 翌日、早速、早朝から台所は女性三人の明るい賑やかな会話が溢れていた。

「やった!できた。ママ、どうですか?先生の評価をお願いします」

「もう、本当に素晴らしい。途中で味見もしたけど、見た目も完璧だわ」

「どれ、俺たちにも見せてくれよ」

 父と俺、真助は背後から中身を見ようとしたけど、しずとゆきに押し戻された。

「ダーメ、パパも真助も経幸も見ちゃダメ。お昼に開けてのお楽しみ」

「仕方ない。昼までの辛抱だ。楽しみはお昼まで取っておこう」

「そうだね、父さん」

「ええ、俺見たい。今見たい」

「もう、真助。ね、我慢してよ。お昼まで待ってとは言わないけど、せめて私たちのいないところで見てよ。中身見て真助にガッカリされたら私、悲しくなっちゃうから」

「もう、しず、か、可愛い過ぎる。分かったよ。でもしずとゆきが心を込めて作ってくれたお弁当だろ。俺にとって最高の弁当に決まってる。分かった、昼まで楽しみにだな」

「うん」

 そして俺たちは仕事に出かけた。俺はしずとゆきが作ってくれたお弁当を楽しみに自分のパソコンに向かっていた。

 その頃、家では。

「あ、えー、嫌だ。ねえ、ママ、姉さん。経幸、お弁当、忘れてっちゃった」

「嘘、嫌だ、本当だ。ママ、見て」

「本当だ、もう、あの子は。あれだけ楽しみにしてたのに」

「よし、決めた。ママ、私、経幸に届けてくる。ママ、昨日、パパがくれた携帯で何か道案内してくれるのがあるって言ってたけど」

「ごめん、ゆきちゃん、私もそれ使ったことないのよ。私、こういうものちょっと苦手で」

「うわあ、そうなんだ。昨日いろいろ経幸に使い方教えてもらったけど、これは多分まだ一人で出かけることはないと思うからって、そういうのがあるってだけ教えてもらって、使い方まで教えてもらわなかったもんね、姉さん」

「そうだね」

「いいよ、じゃあ、私が行ってくるよ」

「ううん、ママ、いい。私が行ってくる。これも今の生活に慣れるための勉強」

「そう、分かった。そうね、経幸の会社は歩いても行ける距離で道も分かり易いから。分かった、ちょっと待っててね。私が行き方、書いてみるから」

 そしてゆきは母が書いた俺の勤務する会社までの地図をもとに忘れて行った弁当を持って一人で出かけた。

「ゆきちゃん、気を付けてね。どうしても分からなくなったら、私でも経幸でもいいから電話して。電話のかけ方は昨日教えてもらったよね」

「うん、それだけはしっかり教えてもらったから」

「さっきかけて出なかったけど、心配だからもう一回経幸にも電話してみるから」

「うん、じゃあ行ってきます」

「本当に一人で大丈夫、ゆき」

「うん、大丈夫よ姉さん」

「本当に気を付けてね、ゆきちゃん」

「よし、もう一度、経幸に電話してみよう。あ、やっと出た。もしもし、経幸」

「な、何だよ、母さん、さっきも二回くらい着信があったけど。分かるだろ、俺、今、仕事中だから」

「うん、それは百も承知よ。でもね、心配だから。あなた、せっかくゆきちゃんとしずちゃんが作ってくれたお弁当、玄関のところに準備しておいたのに忘れて行ったでしょ」

「え、嘘!」

 俺は母にそう言われて鞄の中を確認した。

「うわあ、本当だ。そうか、玄関で最期に中身を入れ直したときに置いたままだ。いやあ、参ったな。二人には申し訳ないけど、帰ってから食べるよ」

「いや、それでね、ゆきちゃんがね、そっちに持っていくって言うから。ゆきちゃんが出かける前に伝えたら昼休みになった時に帰ってきて食べることもできるし、経幸が取りに来ることもできると思ったんだけど、中々出ないから、結局、ゆきちゃん、どうしても届けるって、そっちに今、向っちゃったのよ」

「ええ!嘘だろ。まだ、ゆき、この時代に現れて四日目だよ。母さん、何で止めてくれなかったんだよ」

「うん、ごめん、私もそう言ったんだけど、ゆきちゃんがね、あんなに経幸が嬉しそうな顔してくれたからってね。鞄を開けてお弁当がなかったら寂しい顔になっちゃうだろうなって。だからあんなに楽しみしてくれてたから、どうしても自分の手で届けたいって。だから、もしかしたらね、電話が経幸のところにもかかってくるかもしれないから、仕事中に申し訳なかったんだけど気にかけててくれる?」

「わ、分かった。ありがとう、とにかく気にしておく。じゃあね母さん」

 そして俺は母との電話を切った後、もう仕事どころではなくなっていた。大丈夫かな?今、ゆき、どの辺りかな?迷ってないかな?そんなことばかりを考えてソワソワしてると嵯峨野先輩に声を掛けられた。

「おい、重留、どうしたんだ。何か作業で悩んでるのか。俺が分かることなら教えるぞ」

「あ、ええ、いえ、仕事のことでは」

 その時、その俺の今、最大の心配事のゆきからの着信があった。

「あ、先輩、すいません。ちょっと失礼します」

 そして俺は会社の入口の外の通路に出てゆきと話した。

「おい、ゆき、大丈夫か?迷ってないか?無事か?」

「ああ、経幸、出てくれた。あのね、ママがね経幸のお仕事してるところまでの道書いてくれたんだよ。あ、ここかな?あ、あった。間違いない。経幸が部屋で教えてくれたお仕事場の家紋が書いてある」

「そ、そうか、良かったあ。そのね、そこの建物の3階だから、いや、どうしよう。俺が下まで降りて行こうか?」

「ダメだよ、お仕事中でしょ。わかった。三階ね。そこまで持っていくから」

「分かった。入口で待ってるから」

 そして会社の入口で待っているとゆきがやってきた。

「ゆき!」

「ああ、経幸。よかった。もう、忘れたでしょ」

 俺はもうあまりに心配で、ゆきの無事な姿を見て思わず抱きしめてしまった。

「よかった、無事で。もう、めちゃくちゃ心配したんだぞ」

「ちょっと、経幸、痛いよ。だってあんなに喜んでくれてたから、どうしてもお弁当、お仕事場で食べてほしかったから」

「ごめんな、俺がゆきに強く言うことじゃないな。俺が忘れたからいけなかったんだもんな」

 俺がゆきを抱きしめてると会社の入口のドアから会社の同僚にそれを見られていた。

「あ、ねえ、経幸、お仕事場の皆さんに見られてる」

「あ!ごめん、ゆき。あ、いや、皆さん、いや」

 俺はゆきをつれて少し会社の入口から離れて小声で話した。

「ゆき、本当にありがとう。俺も仕事に戻らないといけないから」

「うん、分かった」

「でも、家まで一人で帰れる?」

「大丈夫だよ。来た道を戻るだけだから」

「俺が付いていかなくていい?」

「もう、大丈夫だから。経幸はお仕事でしょ。じゃあ、頑張ってね。家で待ってるからね」

 そしてゆきは俺の心配そうな見送りで家に戻っていった。

 会社に戻ったおれは入口でゆきを抱きしめてた光景を見ていた全員に机を囲まれ、質問責めに遭った。

「重留、お前、な、何だ、あの入口で抱き合ってたな。何だ、あのもの凄い美女は。あ!お前、昨日の俺の飲みの誘いを断ったのは?」

「そうだぞ、お前、いつの間に、あんな凄い美女を彼女にしたんだよ」

「あ、いや、それは。それにまだ彼女では・・・」

「な、何訳の分からないことを。あんなところで抱き合ってて彼女じゃない。そんな苦し紛れの嘘は通用しないぞ。ええ、重留、昨日俺を騙した罰だ、このこの、白状しろ」

「いや、嵯峨野先輩、勘弁して下さいよ。別に昨日は先輩を騙そうとした訳では。何か何年も彼女のいない先輩に気を遣ったというか」

「かーーっ、くそ、重留にこんなにディスられるとは、はあ、物凄い凹むわー」

「ねえ、重留くん、その手に持ってるもの、それってもしかして?お弁当だよね」

「あ、いや、これは?」

「うわ!重留、お前、まさか彼女の手作り弁当か、え、そうなんだな」

「い、痛い。やめて下さい。嵯峨野先輩」

「この、許せん、お前、俺への嫌がらせか。わざわざ会社の前で熱い抱擁まで見せつけて、その上、幸せを見せびらかす最終兵器、手作り弁当まで。あーー、もう俺、今日、仕事やる気なくなってきた。社長、俺、早退していいですか?」

「嵯峨野、お前はバカか。そんなことが早退していい理由になるか。重留だってまだ二十五歳の青年だ。彼女くらいできて当たり前だろ。ビジュアルだって、・・・・嵯峨野と比べるのも重留には申し訳ないが、結構なイケメンだからな」

「うわあ、出たあ、社長、それって、完全に俺に対するパワハラですよ」

「嵯峨野先輩、本当にすいません。あんなこと見せるつもりはなかったんですが、俺が弁当を家に忘れてしまったから」

「重留、あんな美女とどこで・・・」

「ほら、みんな、重留への追及は休み時間か仕事終わりにしろ。今は勤務時間だぞ」

 そして俺はゆきのことについて勤務時間中の追及は社長のおかげで避けられた。お昼休憩になって俺は一人でお弁当の蓋を開けた。

「うわあ、ゆきとしず、凄いな。もうこんなに作れるようになったのか。味付けも母さんのお墨付きをもらってたからな、どれどれ」

 俺はキンピラを口に入れた。

「ほお、これは、母さんの味だ。凄いな、うん、美味しいよ。ありがとうなゆき、しず」

 そう独り言を言いながら弁当を食べていると外にお昼を食べに行ったと思っていたみんなが一斉に戻ってきた。

「さあ、みんな、今から、重留への追及リベンジだ」

「な、何ですか嵯峨野先輩、それにみんなも。外に食べに行ったんじゃなかったんですか」

「馬鹿だな。あんな中途半端な追及で逃がす訳がないだろ。さあ、今は昼休憩だ。遠慮なくあの美女との出会いを聞かせてもらうからな」

「お願いしますよ、先輩。ゆっくり弁当を食べさせて下さいよ」

「甘い、甘いぞ重留。俺に対してあんな、俺の心臓を土足で踏みつけるような美女との抱擁を見せつけたんだぞ。覚悟しろよ。その幸せ弁当も一緒につまませてもらうぞ」

「ああーあ、弁当忘れるんじゃなかったな。ごめん、ゆき」

「なるほど、あの美女はゆきさんと言うのか」

「しまった。つい口が滑って」

「おお、美味そうな唐揚げだな、タルタルがかかってるじゃないか。チキン南蛮じゃねーか。もらい」

「ちょ、ちょっと、先輩、もう、勘弁して下さいよ。家に戻ってゆきに弁当の感想が言えないじゃないですか」

「おい、家に帰ってから感想が言えない。重留、ゆきさんてどこに住んでるんだ。歩いて来てたみたいだけど、おい、まさか、お前!ま、まさかな。一緒に住んでるなんてことはないよな」

 俺は先輩に鋭い所をツッコまれて少ししどろもどろになった。

「あ、え!な、何を言ってるんですか、そんなことあ、ああ、ある訳ないじゃないですか。あまりに突飛由もない詮索は止めてく、下さいよね」

「重留、お前こそ、何をそんなに動揺してるんだ。お前、まさか!今言ったこと、図星か?ど、同棲してるのか?おい、そうなんだな。お前、いつの間に実家から出たんだ。お前、どこだ、どこであのゆきさんと同棲してるんだ」

「ああ、やばい、頭が痛くなってきた。僕こそ、早退していいですか。分かりました。もう、ぶっちゃけますよ。ゆきとは実家で暮らしてます。四日前から。この前の第三土曜日に関之尾の滝で、あの土砂降りの時に雨宿りした場所で知り合ったんですよ」

「ま、マジでか?そんな、ああ、俺もあの雨にも負けず、執念深くあそこに居た方がよかったのか。そうしたら俺がゆきさんとって言う可能性も。でも何でそんな短期間で同棲まで、おい、重留なあ」

 俺はついに追及の暴走がピークに達した嵯峨野先輩に胸倉を掴まれた。

「ちょっと、嵯峨野先輩、そこまでしたらダメですよ。変な方向に妄想が暴走してますよ。もうこの辺で勘弁してあげましょうよ。これだけ重留もぶっちゃけてくれたんだから」

「あ、ああ、うん、分かった。はあ、いいな重留、悪かったな。お幸せに」

「もう、先輩、自分が追及したんでしょ。そんなに落ち込むならムキになって聞かなきゃよかったのに」

「先輩、あのー」

「いいんだ、重留、俺も頑張ってお前みたいにゆきさんのような美女を見つけるよ。はあ」

 真実のぶっちゃけはできなかったけど、それなりに近しい理由をつけて何とか嵯峨野先輩からの追及を切り上げることができた。

 そして俺はゆきとしずの作ってくれた弁当はとても美味しく食べたが、いつも以上に疲れ切って家に戻った。

「はあ、ただいまー。ああ、疲れた」

「ああ、おかえり、経幸。どうしたの?凄く辛そうだよ。まさか、お弁当美味しくなかった」

「違うよ、お弁当はとっても美味しかったよ、ありがとう、ゆき、しずも。弁当は美味しかったんだけどさ」

「何、どうしたの?」

「ああ、今日、ゆきがお弁当、頑張って届けてくれただろ。それは嬉しかったんだけど。その後にさ、一緒に働いてるみんなに質問責めに遭ってさ、もうそれですげー疲れたんだよ」

「何、経幸、仕事に疲れたというより、別のところで疲れたのね」

「ああ、会社のみんなにゆきのこと見られちゃったからさ。もうその話題で責められちゃって。あの凄い美女は誰だ、お前の彼女か、どこで出会ったんだとか。もう、そうそう、母さんも知ってるだろ、嵯峨野先輩、あの人にもう、凄い追及を受けちゃってさ。もうあんまり圧が強いからさ、ゆきとは関之尾の滝で雨宿りした場所で知り合ったって嘘でごまかした。まあ、その辺りはね、嘘でもないだろ。確かに出会いはあの滝なんだから」

「そう、そういうことだったの。それでそんなに疲れてるのね。でもそれは自業自得ね。あなたがお弁当忘れるからそんなことになるのよ」

「ああ、それはもう母さんに言われなくても思いっきり反省した。本当にゴメンな、ゆき。俺のために怖い思いさせちゃったな」

「何が?」

「何がって、一人で俺の働いてるところにお弁当を持って来させるようなことになったから」

「そのことか。大丈夫だよ。最初はちょっとドキドキしたけど、凄く楽しかった」

「そう、良かった。ゆきも無事だったし。ほっとしたよ。あれ、今日はまだ父さんと真助はまだなの?」

 そこへ父と真助が今日はもう見たくないと思っていた客を連れて帰ってきた。

「ただいまー、お、ちょうど良かった。経幸も帰ってきたばかりか。そこでおい、多分お前に何か用があったんじゃないかな。嵯峨野さんがうろついてたから連れてきたぞ」

「ええ!う、嘘だろ」

「さあさあ、どうぞ、嵯峨野さん、いつも経幸がお世話になってます」

「す、すまん、重留、どうもお母さん、御邪魔します」

 そして嵯峨野先輩はゆきの顔を見てやっぱり、一緒に住んでるのは本当なんだという表情と、その次にその隣にあったしずの姿を確認して動きが止まった。

「うわあ、本当だ。どうも、先程は、ゆきさんでしたよね。本当にここで一緒に住んでるんですね、うわ!ここちらの女性は?ど、」

「あ、こちらは、あれ?先輩、どうしたんですか?こちらはゆきの姉のしずです。聞いてますか?先輩、先輩ってば」

「しずさん、しずさんて言うのか。え!今、お姉さんて?嘘、ゆきさんのお姉さんなの」

「先輩、聞こえてるんじゃないですか」

「どうも初めまして、ゆきの姉のしずと申します」

「ほ、惚れた。ど、ドストライク」

「え、せ、先輩、何て?」

「惚れた、重留、俺、しずさんに惚れた。何て美しい人なんだ。あの、しずさん、僕、嵯峨野大弘と言います。すいません、いきなりですが、あなたに惚れました。僕とお付き合いしてもらえませんか?」

「ちょ、ちょっと待て、待て。おい、嵯峨野さんでも許せることと許せないことがあるよ。しずは俺の彼女だぞ、あ、いや、俺の彼女になる予定の女性なんだ。そんないきなり告るなよな」

「え、そ、そうなんですか?しずさん、そうなんですか?」

「ヤダ、ゆき、真助、どうしよう、私また告白されちゃった」

「え、しずさん、またってどういうことですか?」

「だって私、三日前にも真助に結婚を前提にお付き合いしてほしいってお願いされたから」

「えーー、そ、そんな。お願いします。私もあなたに一目惚れしました。よし、俺も結婚を前提にお願いします」

「おい、嵯峨野さん、こればかりはいくら経幸の先輩でも譲れないからな。恋敵として俺は一歩も引かないぞ。よし、しず、今すぐここで決めてくれ。俺と嵯峨野さん、どっちと付き合うか。さあ、どうなんだ」

「ええ、そんな。ねえ、どうしよう、ゆき、経幸。私、どうしたらいいの?」

「姉さん、そんなこと私に聞かれても困るよ。真助と嵯峨野さん?・・をこんな気持ちにしたのは姉さんなんだから」

「はあ、参ったな、嵯峨野先輩には。それに真助まで、二人とも暴走して引くに引けなくなってるな。しず、いいよ。ここで決めてあげなよ。自分の今の素直な気持ちを伝えればいいんだよ。二人とも誰かを好きになるとどうやら暴走機関車になるみたいだから、今ここできっぱりどちらかに引導を渡してやったほうがいい」

「え、でも」

「その方がこの二人にはいいから」

「お願いします。はっきりあなたのお気持ちを」

「しず、頼む、俺は出会った時から真剣だ」

「私もですよ」

「あの、うーん、今の私の気持ちをお伝えします。はっきり言います。ごめんなさい、嵯峨野さん。私、あなたとは今まだここで出会ったばかりだし、あなたのことまだ何も分かりません。それに私は、ゆきと一緒に真助のパパ、ママ、それに真助と経幸にこの家でお世話になってる身です。それと私は出会った時から、ずっと真助のことが気になってたから。だって外見は私の許嫁だった・・・」

「あ、しず、その続きはちょっと・・・」

「あ、ああ、そうか、ごめんなさい。とにかく私は今は真助のことが大好きで、いつも傍にいたいって思ってます。だから、嵯峨野さん、お気持ちは本当に嬉しかったんですが、この通り、あなたのお気持ちはお受けできません。申し訳ございません」

「うわあ、撃沈かーー。はあ、ダメだ、今日は俺、厄日だ。会社で重留にKOされて、今度は重留の家にお邪魔してKOかよ。はあ、自業自得か。でも真助、いいな、羨ましい。しずさん、本当に素敵な女性だな。俺の気持ちまで気遣ってくれて。お幸せに。はあ、すいません、おじさん、おばさん、お騒がせしました」

 そして嵯峨野先輩は玄関を肩を落として出て行こうとした。でも、一つ気になったことを思い出して振り向き様に言った。

「あ!でも何で、ゆきさんもここで一緒に住んでると聞きましたけど、まさかお姉さんのしずさんまでご一緒に?まさかしずさんも関之尾の滝で?・・・、って、いいです。止めておきます。これ以上、またこんなことを追及しすぎると、また会社での二の舞になりそうです。さっきしずさんに振られたダメージに自分で上塗りするのはやめます。お騒がせしました」

 嵯峨野先輩は俺の家の玄関で真助とドタバタ劇を繰り広げあっという間に去っていった。

「ごめん、父さんも母さんもゆきもしずも、それに真助もお騒がせしちゃったな。俺が弁当忘れたばっかりに」

 俺がみんなに謝っていると真助は俺にお礼を言ってきた。

「おい、経幸、さすが俺のことを一番分かってる弟だ。感謝するぜ」

「な、何だよ突然、止めろよ。お前のキスなんて欲しくねーんだよ。俺は迷惑かけたって謝ってるのによ」

「お前が弁当忘れてくれたことで、しずにこの前の告白の返事がもらえたからよ」

「ああ、なるほど、そう言うことか。まあ、俺もまさか嵯峨野先輩がお前の恋敵として突然現れるとは思ってなかったけどな。まあ、でも仕方ないか。な、真助」

 そう言って俺と真助はしずを二人で見つめていた。

「な、何?真助、経幸も、私の顔に何かついてる?」

 そのしずの戸惑う姿がとても可愛かった。

「ふっ、何もついてないよ、しず」

「ああ、経幸の言うとおり。ただ、嵯峨野先輩の気持ちも良く分かるって思ったんだよ。俺と一緒でしずに一目惚れだったからな。しずの姿みたらそうなるだろってな」

「ああ、しずは凄く綺麗だし、可愛いからな」

「ヤダ、そんなこと」

「本当のことだろ。みんなそう思うよ。でも本気で受け取っていいんだよな、しず、さっきの言葉」

「あ、はい、うん、まだ真助とは出会って四日しか経ってないけど、何かね、もっと昔から一緒にいるような気持ちになって、凄くこの胸の辺りが温かくなるの。一緒にいると凄く安心できるから」

「やった!経幸、今回はお前の先を越してやったぜ。これで彼女いない暦、リセットだ」

「くそ、さっき俺のおかげだって言ってたのに。お前は素直に感謝の言葉で終われねーのかよ。最後に俺の気分を逆なでするようなこと言いやがってよ。お前こそもう少し弟に気を遣えっての」

「ああ、分かったよ。ほら、ゆきも経幸に、この前の返事聞かせてやれよ」

「ば、バカか、お前は。俺はそう言う意味で言ったんじゃねーよ」

「じゃあどんな意味だよ。お前だって早くゆきに彼女になってほしいんだろ」

「そりゃあそうだけどよ。さっきのお前の状況とは違うんだぞ。何にもない普通の時にそんなこと言われても。それにゆきにいい返事がもらえるかも分からないのに。お前、気遣いの意味分かってるのか?」

 俺と真助が言い合いをしてると、ゆきが話し出した。

「あのね、経幸」

「あ、ああ、わ、分かった。いきなりだけど、その顔は返事をするって顔みたいだな。覚悟を決めるよ。どんな返事でも受け入れます。ゆき、お願いします」

「あのね、今日ね、経幸がお弁当忘れたでしょ。せっかく作ったのに、忘れるなんて、私、経幸に告白されたけど、本気じゃなかったのかなって少し思ったの。でもね、それなら経幸のこの前の言葉、お断りしたらいいのかなって思ってたんだけど。でも不思議なの。自分がね、何かやっぱり、お弁当、経幸に食べて欲しいから、どうしても届けたいって思っちゃったの。一人で持っていくの怖かったけど、それよりも経幸に食べてほしいって。それで届けた時の経幸の反応を見て思ったの。やっぱり私のこと本気なのかなって。電話で凄く心配してくれてたし、お仕事場のお部屋の外で待っててくれたし、そして私のこと見たら涙目で抱きしめてくれた。一緒にお仕事されてる皆さんに見られて恥ずかしかったけど、凄く温かかった。何か私も姉さんと同じこと言うけど、経幸に抱きしめられて凄く安心したし、本当にずっと昔から一緒にいるような気持ちになって。だから、まだまだ、いっぱい経幸にはたくさんいろんなこと教えてもらわないといけないけど、それでも私でいいって言ってくれるなら、お願いします。私とカップル?だったよね、それでお願いします」

「え!マジで、ゆき、本当にいいのか?」

「はい、経幸、こちらこそ」

「うわあ、上手くいっちゃったよ。俺と反対の展開を期待してその方向に持っていったのに。完全に想定外だぜ」

「な、真助、てめー、やっぱり、そんな考えだったのか。このやろー、もう許さねえ」

「ハハハ、わりーわりー、嘘、嘘だよ、良かったじゃねーか。俺の考えは別として結果、上手くいったからいいだろ。そんなに怒るなよ」

 俺は怒って真助を追いかけて二階に消えていった。

「はあ、全く、嵯峨野さんが帰っても、結局、あの二人だけでこの家は騒がしいんだから。でもしずちゃんもゆきちゃんもありがとうね。本当に二人のこと、いいの?」

「はい、告白されたすぐはまだ、周りの状況に全く慣れなくて真助の気持ちに応えられなかった。でもまだ四日しか経ってないけど、パパもママも経幸も凄く優しくしてくれるし、真助はいつも冗談ばかり言って私もゆきも楽しい気持ちにさせてくれる。でも冗談ばかり言ってるけど、真助は私に対してはいつも優しいの。言葉じゃなくて私への接し方で分かるの。そのことに凄く温かみを感じるから、それが凄く嬉しくて。難しい話が嫌いだって言ってる真助だからこそ、それが余計にその態度に溢れている気がして」

「私は経幸の言葉とその私への接し方かな。今日のお弁当届けたときの私のこと心配しすぎて抱きしめてくれたこともそうだけど、それ以外にも私も姉さんも分からないことがあると、いつでも嫌な顔しないで、もう大丈夫だよって思うくらい、凄く丁寧にいろんなこと教えてくれる。それって私たちの存在を嫌ってたら絶対にできないことだと思うの。気持ちが綺麗じゃないと絶対に嫌だったら顔に出ちゃうはずだから。私のこと凄く真面目に愛してくれてることが何かじんわりと伝わってきたから。私もっともっとこの時代のことも知りたいし、それ以上に経幸のことを知りたいと思ったの」

「私も、もっと真助のことを知って、もっと好きになりたい」

「なあ、栞。しずちゃんとゆきちゃんは本当に可愛い娘だな。こんな二人が本当に真助と経幸のずっと傍にいてくれたら最高だな」

「本当に。本当にしずちゃんとゆきちゃんが一緒にいてくれたら私たちも凄く幸せよね。しずちゃん、ゆきちゃん、これからまだどうなるか分からないけど、宜しくね。私たちもしずちゃんとゆきちゃんに嫌われないように気を付けるから、嫌になるまでここにいてね」

 そうするといじり合いを終えた俺と真助は仲良く二階から下りてきた。

「あれ?父さんも母さんも、それにゆきもしずも何か楽しそうだな。何だよ、何話してたんだよ。どうせ俺たちのことで笑ってたんだろ」

「経幸、いいだろそんなこと。俺たちのことで親父もお袋も、しずもゆきも笑顔になってくれるなら。愛する人が笑顔で過ごせる、それが幸せ、平和ってもんだ。細かいことを気にするな。人に幸せを与えられる人間、それは人に笑われる人間、そんな人間が最強なんだ」

「あ、ああ、ごめん、真助。そうだよな、確かに真助の言う通りだ。俺は人の反応や言葉を気にし過ぎて場をシラケさせるときがあるもんな。だから真助にも事あるごとに説教臭いとか、話を分かりにくくするって言われるんだよな」

 そんな少し落ち込む俺をゆきは優しく庇ってくれた。

「経幸、そんなに落ち込まないで。それが経幸らしさでしょ。人の反応や言う事を気にし過ぎるということは、裏を返せば人のことを凄く良く見ていて、話をしっかり聞いてるってことでしょ。それは誰でも凄く嬉しいことだよ。それが彼女だったらもっと嬉しいと思うよ。私はそんなところも経幸のこと大好きだよ」

「そうか、ありがとう、ゆき。ゆきにそう言ってもらえると元気出てきたよ」

「そうそう、人を笑わせることばかり考えてて、人の話を聞き流しちゃう真助の話なんか、その真助本人と同じように聞き流しちゃえばいいのよ。気にしない、気にしない」

「ちょ、ちょっと、待て。ゆき、そんなこと本気で言ってるのか?元々、こんな娘なのか。超毒舌、俺のことすげー酷い言い方じゃねーか。しず、ゆきってこんななのか?」

「うん、慣れてくると凄いかも。私にも喧嘩すると凄い酷い時あるから」

「ゆき、俺は別に人の話を聞き流してばかりじゃないぞ。たまにどんな面白いことを言おうか考えてる時に話されると、それが頭に残らないだけだ」

「ぷっ、それを聞き流してるって言うんじゃないの?それに真助って人に笑われる人間が最強だって言っておいて、自分が言われたこと凄く気にしてる」

 このゆきの言葉に真助以外が爆笑だった。

「ハハハ、あーハハハ、あ、笑いすぎて腹が痛い。ダメだ、ゆき、真助に超絶なダメージを与える返しだ」

「え、なあに?ダメージって何?」

「ハハハ、ああ、ダメージって言うのは、痛みを与えることかな。今のゆきの場合は真助の心に強烈な痛みを与えたってこと」

「ふーん、そうなんだ」

「参ったな。こんなゆきにじゃ、反論もできないや。確かにゆきに言われたとおりだもんな。もういいや、みんなこんなに腹抱えて笑ってるし」

「おう、これが真助、お前の言ってた笑われる人間最強説か。さすがだな、よっ!最強人間」

「うるせー、ここぞとばかりにゆきの話に乗っかりやがって。おい、親父もお袋も、もう、しずまで、そ、そんなに笑うことないだろ」

 俺たち家族とゆきとしずはこうしてどんどん心の距離を縮めていった。

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