第四話
そして翌日から俺たちの家では神話のヒロイン、しずとゆきを迎えた、不思議な日常生活が始まった。朝、俺と真助が起きてリビングに来ると、もうしずとゆきは起きていて、母の朝食の準備を手伝っていた。
「ママ、これでいい?」
「うん、いいよ、味付けも完璧」
「おはよう、母さん、しず、ゆき。父さんももう起きてたんだ。いつもより早いね」
「当たり前だ。母さん以外にもこんな可愛い娘二人の明るい声が聞こえる朝の食卓なんだぞ。こんな素敵な朝を食べる前から楽しまないなんてあり得ないだろ」
「はい、パパできたよ。どうぞ」
「ありがとう、しずちゃん」
「はい、私もできたよ。お魚焼けたよ。どうぞ、パパ」
「ありがとう、ゆきちゃん。ううーーん、幸せ。幸せ過ぎる。今までは朝の楽しみと言ったら栞の笑顔と朝食だけだったのが、今日からは栞、しずちゃん、ゆきちゃん、こんな美しい女性が三人も笑顔という最高のスパイスをご飯に振りかけてくれてるんだぞ。お前ら、朝から大損してるぞ」
「ほら、早く座って、経幸も真助も」
「本当よ、ほら、早く座りなさい。もう、本当ならあなた達の方がもっと早く起きないといけないのよ。仕事に行くのはあなた達なんだから」
「ごめん、明日からはもっと早く起きるよ。いただきます」
「いただきます」
そしてしずとゆきは最高の笑顔で俺たちに応えてくれた。
「どうぞ、ママに教えてもらって全部二人で作ったのよ。どうかな?」
「んーーー、美味い、美味いよ」
「本当にしずちゃんもゆきちゃんも凄いのよ。教えたことすぐに覚えて慣れちゃうのよ」
本当に凄く美味しかったので父も俺と真助もあっという間に食べた。
「じゃあ、栞、しずちゃん、ゆきちゃん、行ってきます」
「パパはもうお仕事に行く準備万端だったからすぐに出かけるんだね。でもパパ、そんなすぐに大丈夫?」
「ありがとう、本当にしずちゃんもゆきちゃんも優しいな。もう、こんなに可愛い娘が待ってるんだ。仕事が終わったらすぐに帰ってくるからね」
「いってらっしゃい、パパ」
そんな父がしずとゆきの見送りの余韻に浸っている横で俺たちはドアを突き破りそうな勢いでドアを開けて出かけた。
「じゃあね、母さん、ゆき、しず、いってきます」
「俺も、お袋、しず、ゆき、いってくるね。また、ディナータイムに逢いましょう」
「あーあ、本当に、騒がしい奴らだな。もっと三人の見送りを楽しめって言うんだよ」
「ねえ、ママ、真助が言ってたよ。何?でぃ、ディナータイム?」
「ああ、ディナータイムね。夜ご飯のことよ」
そして俺は超常現象を経験後、初めての仕事に向かった。
「おはようございます」
「おう、おはよう、重留」
「おはようございます、嵯峨野先輩」
「重留、土曜日、お前も関之尾の滝、行ってたんだな」
「え?何で先輩」
「俺も行ってたからな。でも盃流しが終わってから凄い夕立だっただろ。あれで俺も帰ったんだよ」
「そうですか。でも先輩、誰と行ってたんですか?まさか、彼女と?ですか」
「へへへ、そうだ。と言いたいところだけど、ちぇっ、重留、お前、週の仕事始めに気分の落ち込むこと聞くんじゃないよ」
「だって、話題を振ったのは先輩じゃないですか」
「まあ、そうだけど、お前だって、そうじゃねーかよ。お前だって家族とだっただろ。あ、悪い、重留、俺も変なこと・・・」
しかし、俺はいつも先輩のこういった話に凹み気味だったが、今日は笑顔で返した。きっと嵯峨野先輩には俺の笑顔が不気味に映ったことだろう。
「へへへ、ハハハ」
「な、何だよ、重留、その笑いは。ええ」
「いえ、何でもありません」
「いつもと違うじゃねーか。お前も彼女いない暦長いもんな。ついに重留、お前も壊れたか。すまん、俺が少しいじり過ぎたか」
「いえ、大丈夫です。ただ、今日は何となく気分がいいんです」
「何だよ、何となくって。気になるな」
そして俺はいつも通りの会社での日常を過ごし、会社を後にしようとした。
「お疲れ様でした。お先に失礼します」
「お、おい、重留、どうだ、今から少しいつものところで飲まないか?」
「あ、嵯峨野先輩、すいません。今日はちょっと、家に帰らないと用事が」
「そ、そうか。でも珍しいな。久し振りじゃないか。俺の飲みの誘いをお前が断るなんて」
「すいません、また今度、是非」
「ああ、いいよ。また今度な、お疲れ」
そして俺はいつもより急ぎ気味で家路に就いた。
一方、勤務先であるキッチンガーデン夢見が丘に到着して、真助は早速、スタッフに挨拶し仕込みに入った。
「皆さん、おはようございます。今日も一日宜しく御願いします」
「あれ?重留さん、何かいつもよりテンション高くないですか?」
「え、いや、別にそんなことは。いつもどおり朝の挨拶しただけだけどな」
「いや、何か違う?週末、何かいいことでもあったんですか?」
「いや、土曜日に盃流しを見に行ったからリフレッシュできたのかなあ、なんて」
「ええ、それだけですか?な、何か怪しいな。だって最近は重留さん、彼女ができないことをずっと気にしてて溜息が多かったですよ。それなのに今日はため息から入らなかったから」
「な、何ですか、みんなで変な詮索するのは止めて下さいよ。本当に何でもありませんよ。さあ、皆さん、いつも通り、仕事仕事」
そして、真助も今までとは違う気分の違いに同僚から怪しまれながらも平常どおりに仕事をこなし、家路に就いた。
朝、父と俺と真助を見送った後、しずとゆきは。
「はあ、終った。ママ、後片付けも終わったよ」
「こっちも、しずちゃんとゆきちゃんが朝食の後片付けしてくれたから、洗濯も早く終わったわ。本当にありがとうね」
「ううん、だって私、体動かすこと大好きだし、ママが喜んでくれるから、何でも言って。手伝えることがあるなら何でも頑張るから、ね、姉さん」
「うん、どうやったらいいか教えてもらえたら、私もゆきも一生懸命頑張るよ」
「もう本当にしずちゃんもゆきちゃんも可愛い。私の本当の娘だったら良かったのに。嫌じゃなかったら本当にずっとこの家にいてくれていいからね」
「姉さん、本当に嬉しいね。パパもママもそれに経幸も真助も優しいから。私もママの娘になりたい」
「私も」
「じゃあ、今からしずちゃんとゆきちゃんは私の娘よ。そうだ、昨日はお買い物に行ったけど、まだ家の周辺をゆっくり案内してなかったね。しずちゃん、ゆきちゃん、お散歩に行こうか」
「うん、ママ、行きたい」
「私も、家の周り、ゆっくり見てみたい。それに他の家の方、どんな方かも知りたいし」
「そうね、じゃあ、行きましょうか」
そしてしずとゆきは母と家の周りをお昼まで散歩に出かけた。
「わあ、凄い数の家ね。わ、ママ、あの高い四角い建物は何ですか?あんな大きさの建造物、領主様の居城以外で見たことないわ」
「あ、あれはね、マンションっていうのよ。あれは一つのご家族が住んでるものではなく、たくさんのご家族の家が集まってる建物と言ったらいいのかな。んーー、昔の建物で言うと何て言ったらいいのかな?ああ、あのね合ってるかどうかわからないけど、長屋に似た建物って言えば分かり易いかな。その長屋を上の方に長くしたものって言えば分かる」
「な、なるほど、ママ、分かる。長屋を上の方にね、ゆきも分かった?」
「うん、ママ、流石だね。分かり易い。経幸とは大違い」
「ああ、ゆき。また経幸のこと馬鹿にした。言いつけちゃおう」
「もう、やめてよね、姉さん。そんなことしたら私、また、経幸に嫌な顔されちゃうじゃない」
「しずちゃん、言っちゃいなさい。また経幸の苦い顔が見られるから」
「もう、ヤダ、ママまで」
「アハハハ、本当にしずちゃん、ゆきちゃんと話してると楽しい。いつもお父さんと真助、経幸が仕事に出かけちゃうと家で一人だったから。こんなに家にいて楽しいの久し振り。ありがとうね」
「私もゆきも同じです、ママ。凄く楽しい」
そう話してお昼近くになり、家の近くまで戻ってくるとお隣さんの宮美咲家の奥様に出会った。
「あら、重留さん、こんにちは。どうしたの、お出かけしてたの?」
「こんにちは、宮美咲さん。はい、ちょっと家の近くをお散歩してたの」
「あら!こちらのお嬢さん方は、どなた?」
「あ、えーとね、うーん」
そう言って母が説明に困ってると、何となくその雰囲気を察したしずとゆきは自ら考えて自己紹介した。
「あの、初めまして。私、二日前から重留家でお世話になってます。しずと申します」
「初めまして、妹のゆきです。私たちの両親が仕事で長期遠征しているので、少しの間、重留家にお世話になってます」
「ええ、そ、そうなのよ。私がこの娘たちの母親と親友なので、どうしてもってお願いされちゃって」
「まあ、そうなの。でも二人とも美人さんね。こんな美人姉妹初めて見たわ」
「でしょ。この娘たちの母親と父親が美男美女でね、その遺伝子を受け継いでるのよ」
「あ、ありがとうございます。お褒め頂いて光栄です。宮美咲の奥方様」
「ねえ、重留さん、何かしずさんとゆきさんはいいとこのお嬢さんなの?何か言葉遣いが丁寧なのか?あれ、違うか、何か古風って言うのかな?」
「あ、あの、そうね、どうなのかなああ?ああ、そろそろお昼ですよ。そろそろお子さん学校から帰って来られるんじゃないですか」
「そ、そうね。それじゃあ、また。失礼します」
「はい、ではまた」
そして三人は家に戻った。
「ママ、お隣さん。宮美咲さんの奥方様、優しそうな方ですね」
「う、うん、とてもいい方よ。少しお話し好き過ぎることで、家の前でお話が長くなってしまうことがあって、話を切り上げるタイミング、あ、分からないか。キッカケって分かるかな」
「う、うん、何となく、話の止め時ってこと?」
「そうそう、それ。それに困ることがあるのよね。今日はお昼が近かったから良かったけどね。でも、ありがとうね、しずちゃん、ゆきちゃん。自己紹介、上手にしてくれて」
「ううん、だってママ、突然の私たちの説明でちょっと苦しそうだったから」
「本当に助かったわ。ありがとう」
「うん、でも話でまたわからない言葉が?ね、姉さん」
「そうね、あのね、ママ、先程の話で言ってた遺伝子って何?それといいとこのお嬢さんって?」
「あ、ううーーん、そうか、遺伝子か。困ったな、自分で使って、そうか、そうよね、しずちゃんとゆきちゃんに説明することを前提に言葉も使わないと、こっちが困っちゃうか」
「ごめんなさい、何か凄く私たちママに迷惑かけちゃってる?」
「ううん、いいのよ。でもゴメン、遺伝子はそうね、経幸が帰ってきてから教えてもらって。本当にゴメンね。いいとこだけ私が説明するわ。そうか、昔はいいとこって言う言葉も使わないのかな?あのねいいとこって言うのはね、お金持ちの家ってこと、ちょっと違うかもしれないけど、領主様みたいな家の人ってことかな」
「そ、そんな、私たち、そんな家の娘じゃないです」
「あ、ゴメン、しずちゃん、ゆきちゃん、私の説明が悪かったかな。とにかく、大きい小さいは別にして、それなりにお金がある家のお嬢さんなのかなって、宮美咲さんの奥さんは聞いてきたのよ」
「そ、そうなんだ」
「ふう、何となく分かってくれたかな?良かった、遺伝子は経幸に任せよう。さ、そろそろ、お昼時だからご飯の準備をしなくちゃね」
「え?ママ、何ですか、今からもう晩御飯の準備をするの?」
「え、違うよ、お昼ごはんよ。今から食べるのよ」
「ええ!今の時間にご飯を?」
「え、あ、そうか、もしかして六百年前って?お昼ご飯ていう概念がなかったのか?そうか、それに昨日買い物に行った時はしずちゃんとゆきちゃんにお昼頃、聞いたけどお腹空いてないって言ってたから、そのこと全く説明してなかったもんね」
「あ、うん、私たちの時代は朝と夜だけだったよ。今の時代って?」
「そう、基本は朝と昼と夜に、一日に三回ご飯を食べるのよ」
「そ、そうなんだ。ええ、じゃあ、ママ、経幸と真助はどうするの?」
「経幸と真助は大丈夫よ。働いてる近くのお店でいつも何か食べてるから」
「そうなんだ。んーーー、そうだ、ママ、あのね。私、いいこと思いついた」
「何?ゆきちゃん」
「あのね、私と姉さんで経幸と真助にね、お弁当作りたいなって思ったの。お料理の練習にもなるし、上手になればもっとママの役に立つし。ね、いい考えでしょ」
「馬鹿、ゆき、そんなことしたら、ママが大変でしょ。朝と夜もいろいろママに教えてもらってるのよ。ママに一日中、負担をかけてどうするのよ」
「そうか、そうよね。ごめんなさい」
「グスン、もうゆきちゃん、何て嬉しいこと言ってくれるのよ。しずちゃん、いいよ。本当に嬉しいわ。だって、二人とも私が教えると何でも一生懸命やってくれるでしょ。それにこんなに経幸のことも真助のことも気遣ってくれて。こんなに息子たちのことを想ってくれる娘と楽しい時間を過ごせるんだから。やりましょう。私も嬉しいけど、一番喜ぶのは真助と経幸だと思うわよ」
「そうかな。経幸も真助も喜んでくれるかな?」
「当たり前よ。しずちゃんとゆきちゃんのことを大好きなあの二人だよ。しずちゃんとゆきちゃんの手作り弁当が食べられるんだから。帰ってきたら喜ぶわよ」
「良かった、でも本当にいいのママ、大変じゃない?」
「もう、しずちゃんは。ゆきちゃんもだけど、しずちゃんはゆきちゃん以上に気を遣い過ぎね。さすがにお姉さんて感じだけど。でも遠慮しないで。さっき言ったでしょ、今日からは二人とも私の本当の娘だって。家族の間で遠慮はなし、ね」
「はい、ありがとう、ママ。あ!でも真助と経幸の分だけじゃダメだね。パパの分も作らないと」
「いいわよ、あの人の分は」
「ええ、どうして?やっぱり外で食べる方がパパは楽しいのかな?」
「ううーん、でもあの人もしずちゃんとゆきちゃんの可愛さにはまってるからな。真助と経幸だけだと凹むかな?じゃあ、しずちゃん、ゆきちゃん、パパの分もお願いしちゃっていい?」
「はい、やったね!ゆき、明日からもっと楽しくなりそうだね」
「そうだね、姉さん。頑張りましょう」
その日の夕方六時頃、俺と真助、そして父はほぼ同時に家に帰ってきた。
「あ、おかえり、父さん、真助」
「お、何だ、親父も経幸もほぼ同時かよ」
「おう、真助、経幸、おかえり。じゃあ、俺が一番乗り、栞としずちゃん、ゆきちゃん、三人合わせての初おかえりは俺が貰うからな」
「あ、そうはさせないぞ。その特権は俺が貰う」
「ダメに決まってるだろ。それは俺が・・」
「退けよ、お前ら、家の主は俺だぞ。父親に譲れ」
「ダメに決まってるだろ。しずが入ってた瓶を拾ってきたのは俺だぞ」
「バカ兄貴、そんなこと言ったら俺だって。ゆきの瓶を拾ってきたのは俺だぞ。父さんも邪魔するなよ。最初に玄関に入るのは俺だぞ」
「お前ら、息子の分際で。もっと父親を敬え。だから譲れって言ってるだろ」
そんな玄関の扉の外で三人での騒々しいもみ合いに玄関が勢いよく開いた。その扉に背を向けていた真助はその開いた扉に激突した。
「痛ってー」
「あ!ごめんなさい、真助、まさか、扉のすぐ後ろに真助がいるなんて思わなかったから」
「もう、あなたも真助も経幸も何を玄関先で揉めてたのよ。さっきから何か声が聞こえてたからすぐに入ってくるかと思ったら全然入ってこないんだもの」
「いやな、ちょうど真助と経幸も同時に家に着いたから、一番最初に栞としずちゃんとゆきちゃんの初おかえりをゲットするのは誰か、それでちょっと揉めててな。こいつら俺に譲らないんだよ。それくらいは父親に譲れって言ってるのに」
「譲れる訳ないだろ。お袋のおかえりなんてのは俺にとってはどうでもいいけどよ、しずの初おかえりは俺のものだ」
「俺だってそうだ、ゆきの初おかえりは俺がもらうことになってるんだ。そのために俺は急いで帰ってきたんだぞ」
「はあ、本当にもう、あなたも真助も経幸も。完全にうちの男三人ともしずちゃんとゆきちゃんの魅力にどっぷりはまっちゃって。まあ、それだけの魅力があるか。さすがに神話になるだけの美女だもんね二人は」
俺と真助、父は同じ感想がシンクロした。
「そうそう、その通り、伝説の美女になるにはそれだけの理由があるってことだ」
「ぷっ!全く同じこと言って。双子の真助と経幸は何となく分かるけど、あなたまで。あなた達は三つ子か!」
この騒がしい家族のやり取りにしずもゆきも最高の笑顔を見せてくれた。
「あーハハハ、ママ、三つ子って。でも本当にそうみたいに思えちゃう」
「本当に、パパも経幸も真助も可笑しい」
「さあ、しずちゃん、ゆきちゃん、ちょうどいいからここで言ってあげましょう」
「ああ、そうだねママ」
そして俺たちは三人まとめて言われた。
「おかえりなさい。はい、これでスッキリした。これで三人とも初おかえり、後も先もないでしょ。ほら、こんな玄関先で大声で揉めてると近所にも迷惑だから、ほら、入った入った」
そしてしずとゆきがきてから初仕事を終えてからの夜を過ごしていた。晩ご飯を食べ、お風呂から出た後、六人で今日の出来事を語っていた。
「しず、ゆき、初めてのお袋と三人での時間はどうだった?」
「うん、楽しかったよ。今日ね、ママにお散歩にも連れてってもらったのよ。家の近くを色々教えてもらってね。それとねお隣の宮美咲さんの奥方様とご挨拶もしたよ」
「そうか、よかった、ゆきとしずがこの時代を少しずつ楽しめてるみたいで、俺もホッとしたよ。今日はありがとう、母さん」
「ううん、いいわよ。経幸にお礼を言われるとこじゃないわ。それに私が最高に楽しいんだもん。だって、あなた達も社会人になってから平日はほぼ家で私は一人だったでしょ。あなた達のお世話もなくなってからは特にね。時にはご近所さんと井戸端会議だってするけど、基本的には家の中に入ると一人でしょ。一人でテレビ見ててもやっぱりさびしさはあったから。でも今日なんてしずちゃんとゆきちゃんがもう間髪入れずに質問責めや、お料理のことや掃除のこととかも教えてるでしょ。もう寂しいな、なんて思ってる暇なんてないんだから」
「ごめんなさい、ママ、やっぱり私たちといると大変なんだね」
「ち、違う違う。そうじゃないから。言い方が悪かったかな。楽しすぎて寂しいなんて思うことがなかったって言いたかったのよ。そ、そうだ、しずちゃん、ゆきちゃん、今日お昼に話してたこと発表しなきゃ。ここにいる男性三人喜ぶよ、間違いない」
「そうだ、あのね、経幸、真助、今日ねママにね、今の人はお昼ご飯を食べるってこと教えてもらったの」
「そ、そうか、そう言えば六百年前って言ったら、朝と夜の一日二食が当たり前の時代か」
「そうなの。それでね、思ったんだけどね、その、経幸も真助もパパもお仕事の時はお昼は家で食べられないでしょ。だからね、私と姉さんでね、お弁当作りたいなってママにお願いしたの。三人ともお外のお店の方がいいってことだったら仕方ないんだけど。それができたらもっとお料理のことママに教えてもらえて上手になれるし、いい考えだなって自分で思ったんだけど?ダメかな」
そんなことをモジモジしながら話すゆきが俺にはもちろん真助と父にもとても可愛く映ったみたいで、三人とも即答だった。
「ありがとう、明日から是非お願いします」
「ほらね、しずちゃん、ゆきちゃん、私の言ったとおりでしょ。また、三人、三つ子状態でシンクロしたでしょ」
「うん、本当だ、ママの言ったとおり、喜んでくれたみたい。でもシンクロって?」
「ああ、さっきも使ったね。ううーん、そうね、シンクロって言うのは、お互い話し合わなくても今の三人みたいに思ってることが同じになっちゃうことかな?」
「ふーん、シンクロか。あ、そうだ、そう言えば、お昼にね、ママが使った言葉でね、経幸に聞いてって言ってた言葉があったんだけど。何だったかな?」
「ゆき、遺伝子?じゃなかったかな」
「そうそう、今、しず姉さんが言った、その遺伝子って言葉」
「はあ?お袋、そんな言葉、いつ使ったんだよ。普通の日常会話であまり使わねーだろ、遺伝子なんて」
「うん、ちょっと宮美咲さんと挨拶したときにね、しずちゃんとゆきちゃんのこと美人姉妹ねなんて言うからね、両親の遺伝子を受け継いでるなんて言い方したから。後から二人に説明する時に困っちゃって。経幸に残しておいたのよ」
「なるほど、そう言うことか。でも、母さん、そんなこと俺にいちいち振らなくても、これで調べて教えてやれば良かったじゃないか」
そう言って俺たち家族は初めてしずとゆきの前でスマホを見せた。
「そうか、その手があったね。しずちゃんとゆきちゃんが来てから土日なんて、そんなスマホに構ってる余裕なんて全員なかったから、私もスマホの存在すら忘れてたわ。うわあ、土日、全く見てなかったから、凄い量のメールが」
「な、何ですか、それは。ねえ、真助、何なのそのピカピカの板?」
「これね、スマホ、スマートフォンって言うんだけどね。携帯電話、持ち運びのできる電話と言えばいいのかな?これを使うと姿が見えなくてもお話ができるんだ」
「ええ!そんな、酷い。真助、私たちのこと騙そうとしてる」
「おい、俺がしずを騙す訳ないだろ。そうか説明してるより、しずとゆきに使わせてみればいいんだよ」
そう言うと俺たちは父のフライングとも思える行動に驚愕した。
「おい、そういうことなら、もう準備万端だぞ。ほら」
「な、何だよ、親父、これ?」
「もちろん、見れば分かるだろ、スマホじゃねーか。見て分からないのか」
「分かってるわ!何だよこの新品のスマホはってことだよ」
「しずちゃんとゆきちゃんのスマホに決まってるだろ。これから慣れてきて一人で出かけることもあるかも知れないだろ。その時にこれがなかったら心配だろ。だから、今日な、昼休みに契約してきちゃったんだ。でも栞、心配するな、家計に負担はかけないから。しずちゃんとゆきちゃんの携帯の支払いは俺の小遣い口座で契約してきたから。娘を持つ父親なら当然だからな」
「ほう、俺たちには親父らしいこと何にもしなかったくせに、何だよそれ。本当の子供以上にしずとゆきに入れ込んでるな」
「やかましいわ。お前らとはその可愛さの次元が違うんだよ。みてみろ。お前らの霞んだオーラとは違うんだよ。しずちゃんとゆきちゃんは何だ?眩しすぎるんだよなキラキラオーラが。はい、しずちゃん、ゆきちゃん、二人が使うスマホだよ」
「何か良くまだどんなものか分からないけどありがとうパパ」
「私も。ありがとうパパ、とにかく生活する上で大切なものなんだね」
父はしずとゆきにお礼を言われて両腕に抱き着かれた。
「う、うん、そうだよ。とっても便利だしね。しずちゃんもゆきちゃんもこれを使ったらもっと楽しくなると思うよ。それにしてもこれが娘を持つ父親の幸せなのかな。こんな可愛い娘二人に、んーー、幸せすぎる」
「くそ、親父のくせに小賢しい真似を」
「お前、真助、父親に対して何て言い草だ。今の言葉訂正しろ。ちょっとしずちゃん、ゆきちゃんいいかな」
「な、何だよ、親父、俺とやろうってのか?いいぜ、こいよ」
そんないざこざになろうとしてる父と真助は母に怒られた。
「もう、止めなさい。あなたも真助も。いいでしょ、そんなに真助もお父さんに焼きもち妬かないの」
その横ではゆきがさっきの父の言葉が気になって首を傾げていた。
「ねえ、パパ、オーラ?ってなあに?」
「ほーらみろ、親父が変な言葉使うから、ゆきの頭に?が付いちゃったじゃねーか」
「へえだ、こういう時こそ、スマホの出番だろうが。俺はこれを待ってたんだよ。ほら、経幸、スマホでオーラって言葉の検索の仕方教えてやれ」
「おい、父さん、真助にあれだけ大見得切ってて、それは俺に振るのかよ」
「そんなこと言うなよ、お前は真助と違って俺のことを立ててくれるよな」
「はあ、全く、分かったよ。ほら、いいかい。しず、ゆき」
そして俺はしずとゆきに色々、通話の仕方も含めてスマホの使い方を教えた。
「姉さん、本当に凄い道具だね、このスマホって」
「本当だね、ありがとう、パパ、こんな凄いもの、私たちのために」
「いいんだよ、もう二人は私の娘なんだから。娘の心配をするのは親として当然だからな」
「けっ、しずとゆきにばかりいい顔しやがってよ」
「ほら、真助、もう止めろって。恋敵でもないのに父さんに焼きもちばかり。ほら、もう遅いから、寝るぞ。おやすみ父さん、母さん。さあ、しずもゆきも一緒に二階に行こう」
「うん、おやすみなさい、パパ、ママ」
「おやすみ、しずちゃん、ゆきちゃん。真助もね」
「あ、ああ、お袋、おやすみ。お、親父もな。悪かったな」
「おう、おやすみ。いいよ、それだけお前もしずちゃんもゆきちゃんも大好きだってことだ。お互い様だな」
そしてこの日は眠りに就いた。