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第一話

(プロローグ)

 宮崎県の都城市にはこんな神話が言い伝えられている。


 【おゆきの朱盃】

 都城市街地から北西へ約九キロ、霧島山のふもとに庄内田園地帯が広がる。名勝・関之尾の滝は庄内川にかかり、高さ十八メートル、幅四十メートル、滝の上部には六百メートルに及ぶ甌穴群があり、国の天然記念物に指定されている。

 ここには滝つぼに身を投げた女人哀話が伝えられており、現在も七月第三土、日曜日に供養の行事が続けられている。これを『おゆき祭り』という。ことの発端は、六百余年前の都城初代領主・北郷資忠の時代とも、宝暦年間(1751~64年)の島津氏の時代とも言い、その真実は定かではない。

 時の領主が家臣と奇観関之尾を訪れ、中秋観月の宴を催した。これには諸話があって、「五月ツツジ観花の宴」「弥生の観桜の宴」とも伝え、はっきりしたことは分からない。ただ、御霊鎮めの儀礼を核にし継承されていることは、そこに[女人悲傷]の実話性をうかがわせる。

 この宴には腰元たちも招かれ、領内の美ぼうの女人も配ぜんなどを手伝ったという。その中に『おゆき』という美しい女人がいた。腰元であったとも、庄内の土地の娘であったとも伝える。宴もたけなわのころ、座つきの女人に不作法があって、詮議の末に『おゆき』ということになった。無礼者として矢継ぎ早にそしられ、身に覚えのない辱しめを受けた。

 もっともこの話にも幾つかの筋があって、その名を『おしず』とも伝えており、共通するところはきっての美ぼうであったということである。家臣たちのせん望の的となり、腰元たちのしっとの念がたぎったのであろう。ちなみに、『おしず』の方には供養墓も残されており、命日を七月十八日とも伝え、辞世の歌として「書きおくも形見となれや筆の跡また逢ふ時のしるしなるらむ」の一首が語り継がれている。

 宴席で恥辱を受けた女人は無実の罪を負い、盃を持って滝つぼに身を躍らせた。この入水があってから毎年、宴の夜になると家紋入りの朱塗りの盃が滝つぼに浮き上がってきたという。女人には未来を契った恋人がいた。その名を経幸とも真助とも言い、悲嘆にくれた恋人の呼び声にこたえて魂の盃が浮いてくるのだという。

 祭りの当日は、腰元風に衣装を改めた女性五人が滝のしぶきを浴びながら、滝の上の岩座から鎮魂・供養の朱盃を流す。優雅にして哀しい。

              (宮崎県ホームページ “みやざきの神話と伝承101”より)

 そんな神話を信じてきた俺たちは、言い伝えでは語られていないその真実を身を持って知ることとなった。



 ここは宮崎県の都城市、俺たちが生を受けてから二十五年間ずっと成長を見守ってきてくれた街だ。

 俺の名前は重留経幸、都城市に両親と兄、真助と実家暮らしである。そして俺は大学卒業後、あの霧島山系の名水が育む焼酎などを製造する㈱都城酒造の関連会社、㈱エムエムシステムに入社し、通信事業に携わっている。

 そんな今までの自分の生い立ちを振り返りながら名勝・関之尾の滝を見て感傷に浸っていると、俺は後ろから頭を叩かれた。バシッ!

「痛っ!な、何するんだよ、真助」

「何をぼーっと滝つぼを見つめてるんだよ」

「いいじゃねーかよ、別にぼーっとしてたって。いつ見てもこの滝は綺麗だな、癒されるなって思ってただけだろ」

「ふん、お前、そんなロマンチストだったか?」

「うるせーよ。自分だって人のこと言えるか。真助だってここに連れてくる彼女もいなくて、弟の俺と来てるくせに」

「何だと、俺は別に誘ってねーだろ。お前が勝手についてきたんじゃねーか」

 俺と兄の真助は双子だ。しかし、二卵性双生児ということもあり、外見は全く似ていない。真助は小さい頃から料理に目覚め、特にスイーツ作りに興味があったので、今は霧島高原にあるキッチンガーデン夢見が丘の深山霧島キッチンという飲食スペースでシェフ兼パティシエとして働いている。

 そして今、俺たちがいるのは宮崎県・都城市が誇る国の天然記念物にも指定され、日本の滝百選にも選ばれている関之尾の滝である。俺と真助はこの滝が大好きで断るごとにここに来ている。今はもちろん仕事に疲れたりするとここに来て癒しを貰うことにしている。

「なあ、経幸」

「ああ、何だよ、真助」

「俺たちって、最近、本当に女っ気がないよな」

「ああ?今に限ったことじゃねーだろ。昔からそっちの話はイマイチパッとしないだろ」

「そうだな。それなりに告ったり告られたりでいろんな女性と付き合ってきたけど、お前も俺も長続きしないもんなー」

「ふん!ほっとけよ」

「でもさ、俺、最近思うんだけどよ、まあ、俺たちに多大なる原因があるのかも知れないけど、名前負けしてるとつくづく思うんだよ」

「何で?」

「こんなことは親父とお袋の前では言えないけどさ、二人もいくら昔から“おゆき祭り”が大好きだったからって、俺たち双子にその神話に登場する恋人の名前付けるか?だっておゆきってすげー美人だったんだろ。今俺たち彼女いねーし、今までだって、付き合った女には失礼だけど、そんな超がつくような美人、いなかっただろ」

「まあ、そうだけど、まだ、俺たちだって二十五だ。まだこれからそんなすげー美人とさ、可能性が無い訳じゃないだろ」

「ふん、能天気な奴はいいな」

 そう言いながら真助は滝に向かって手を合わせた。

「お願いします。どうか、おゆきさんみたいな素敵な女性に巡り合いますように。ほら、経幸も手を合わせてみろ」

「こんなことしたって無駄だよ。それと、俺はあんまり乗り気じゃないけど、一言、気になったから言っておくぞ。お前、そのお願いの仕方、失礼だぞ。神話に登場する美女はおゆきさん説とおしずさん説があるんだぞ。お願いするならおしずさんも口にするのが当然のことだろ」

「そ、そうか。そうだよな、確かに経幸の言うとおりだな。おゆきさん、おしずさん、お願いします。ほら、乗り気じゃなくても、経幸もいいからいいから、せっかくここに来たんだから。手を合わせるくらい、金がかかる訳じゃないだろ。気持ちの問題だよ」

 そんなことを真助に言われて俺も一応一緒に滝に向かって手を合わせた。



 真助と関之尾の滝の前で寂しい会話を交わした三か月後、七月の第三土曜日を迎えていた。そう、この日は俺たちも両親も毎年、楽しみにしている『おゆき祭り』と言われるおゆきさんの盃流しが行われる。これは腰元風に装った女性が鎮魂・供養のための朱盃を流す儀式である。家族全員、この優雅で哀しげな儀式を見ることが大好きで毎年、現地に出向き、癒しを貰っているのだ。

「いやあ、毎年、おゆき祭りに来て朱盃流し見てるけど、優雅でいい。飽きないな。癒される」

「本当ね、あなた」

「思い出すな、お前が若い時にあの中にいて朱盃を流していた姿を。俺はあの時のお前の姿に惚れて声をかけたんだもんな。綺麗だったからな」

「もう、ヤダ、あなた」

「まーた、始まったよ。親父とお袋のあの話だよ。もう滝の前でいちゃつくなって、おゆきさんとおしずさんにそんなところ毎年見せてるんだ。いつか祟られるぞ」

「もう、真助は、うるさいんだから。いいでしょ、毎年恒例なんだから」

「恒例にすんじゃねーよ。家に帰ってやれよ」

「いーだ。分かったわよ。じゃあ私たちは先に帰るわね。行きましょう、あなた。真助も経幸もあまり遅くならないようにね」

「ああ、分かったよ、父さんも母さんも気を付けて」

「じゃあね、経幸、真助も」

 そして俺たちは両親と別れて、二人で滝の周辺を散策していた。

「今年もいつもどおり、素敵な朱盃流しだったな、真助」

「そうだな。どうだ、経幸、朱盃流しの女性で気になった娘、いたか?」

「真助、お前、あの儀式をそんな思いで見てたのかよ。俺はそんな思いで見てない。お前こそ、父さんと母さんにあんなこと言えるのか?そんなこと考えてて。お前こそ祟られるぞ」

 そんな話をしながら歩いていると、突然の夕立に遭った。俺たちは近くの雨を凌げそうな木陰に入った。その夕立をキッカケにほとんどの観光客は帰路に就いた。

「いやあ、凄い雨だな。どうする、みんな帰っていくぞ。俺たちも雨が小降りになったら帰るか?」

「そうだな、でも、最後にさ、雨が小降りになったら、もう一回だけ滝つぼの近くまで行こうぜ、な、経幸」

「何でだよ。もう盃流しも見たし、帰ろうぜ」

「だからだよ。この祭りの日にここに来たんだから、この前、二人でやったこと、この日にもう一度、やってから帰ろうぜ」

「何だよ、また滝に向かって彼女欲しいってお願いごとするのかよ」

「いいじゃねーかよ。人も少なくなってきたし、それとおゆきさんの供養も兼ねて願うってことでさ。あ、おしずさんの供養もな。おしずさんは供養墓があるから、その前が正統かもしれないけどな」

「ふん、普通は後者の供養がメインだろうがよ。本当にしょうがない兄貴だな。分かったよ、付き合ってやるよ。でも俺はおゆきさんとおしずさんの供養のために手を合わせるだけだからな」

 そして俺と真助は雨が小降りになったのを確認して滝つぼの近くに行き、三ヶ月前と同じように滝に向かって手を合わせた。手を合わせた後、目を開けてしばらく滝を見ていると、滝つぼの辺りからインク瓶程度の小さな瓶が浮いてきて、俺たちの近くに流れてきた。

「おい、何か小さな瓶が流れてくるぞ」

「全く、誰だよ。宮崎の、都城の、いや、日本の大切な財産だぞ。ゴミを捨ててくんじゃねーよ」

 そう言って俺と真助は一つずつその瓶を拾い上げた。拾い上げた瓶を見ると、中には何か入っていた。

「おい、真助、これ、何か入ってるぞ。そっちはどうだ?」

「ああ、こっちも何か入ってる。何だろう、何か人形が横たわってるみたいだぞ」

「うん、こっちも同じくだ。まあ、ゴミだな。いいや、家に帰ってから捨てようぜ。さあ、願い事もしたし、気が済んだだろ、真助、帰ろうぜ」

「おお、分かった」

 そして俺たちはその拾った瓶を持ったまま家に帰った。


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