幼馴染メイドの決断
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夕食のからあげを食べ終えた後、僕が食器を洗っていると揚羽が急にこんなことを言い出した。
「私、今からお掃除をします!」
「急にどうした」
「いえ、先ほどのお話で少し考えまして……お世話になっているわけですし、ちょっとは貢献しようと思いまして」
「なるほど。って言っても、もうこんな時間だし明日でもよくないか?」
「ダメです。思い立った時にやらねば、私という人間は『明日やる』と言ったらやらない人間なのです!」
「自分のことをよくお分かりで」
まあ、そういうことならと僕は揚羽に掃除をしてもらうことにした。
掃除と言っても粘着クリーナー――通称“コロコロ”でホコリを取ってもらうくらいのつもりだったのだが。
「だらだら」
「……」
食器の片付けを終えて、さて揚羽はどうしているかなと思ってようすを見にきてみれば、案の定途中で力尽きたらしい。
玄関前の廊下でスライムになっていた。
「おい。さっきまでのやる気はどこに行った」
「あ」
「あ、じゃねえよ」
「すみません。今日はもう電池切れのようです」
「ロボットでもあるまいし、ふざけたこと言うな」
「ところで、修太郎くん。実は修太郎くんの部屋をお掃除している最中にですね。こんな物を見つけたのですが……」
そう言って揚羽がどこからともなく手に持ったものは、僕が隠していた成人向けの本であった。
「なんで僕の部屋に入ったんだよ。あとどうやって見つけたんだよ」
「辞書の後ろに隠すとか、やり方が古典的すぎます。もう少し捻った場所に隠してもらわないと、探す方もつまらないじゃないですか」
「そういうゲームじゃないんだよなぁ」
「あ、ゲームと言えば修太郎くんの部屋にあったゲーム。あれって新しく発売されたアクションゲームですよね? あれやりたかったんですよ」
「お前……掃除と称して僕のプライベートを丸裸にしたかっただけだな?」
「そんなことはありませんけど? 別に押し入れの奥に封印されていた中学生時代の修太郎くんが書いたポエムとか見てませんし」
「ちょっと待て。ほんと待って。なぜそれの存在を知っている。お前にも話したことないよな!?」
あれは押し入れの奥にて厳重に封印していたはず――なぜ捨てなかったのかと言われると、死んだ親父が生前僕の黒歴史ポエムの書かれたノートを勝手に見たらしく、親父もそこにポエムを綴りやがったからだ。
おかげでなんだか捨てにくくなってしまい封印することにしたのだが……。
「一体、あの厳重な封印をどうやって破った。少なくてもこの短時間で破れるほど甘い封印じゃなかっただろ!」
「私にかかれば幾重にも巻きつけられたガムテープも、重ねられた分厚い本も無意味です。さすがに疲れましたが……」
「お前が力尽きた理由それだろ」
僕はため息を吐いた。
「もういいだろ。ポエムのことは忘れてくれ。恥ずかしいから」
「ふふ。私は素敵なポエムだと思いますよ」
「うるせぇ……」
僕は恥ずかしくなって、リビングに戻ろうと踵を返す。
そのタイミングで揚羽がぽつりと呟いた。
「……私、これからもこうやって修太郎くんと楽しく過ごしたいです」
「それ一方的に楽しいのはお前だけだろ?」
「修太郎くんは楽しくないですか?」
「ドMじゃないから黒歴史をいじられて楽しめるわけないだろ」
という答えは捻くれすぎか。
だから僕は肩を竦めて続ける。
「まあ、お前と普通に過ごす分には楽しいよ。僕も」
「ふふ……そうですか。それなら、よかったです」
揚羽はくすぐったそうに笑うと、続けて憂を帯びた顔で僕に向かってこう言った。
「私、決めました」
「なにを?」
「今日、姉さんと会ってよく分かりました。東條も瀬戸も……私を物のように扱っています。今までは仕事だと思ってずっと我慢していました。だけど、これからはもう我慢しません」
揚羽は柔らかな瞳の中に、たしかな炎を宿して僕に宣言する。
それは怒りだろうか。
瞳に宿るのは憤怒の炎なのだろうか。
「私は東條も瀬戸も……もう知ったこっちゃありません。これからは好きに生きたいと思います!」
「そうか」
「はい! いくらあの人たちが私を連れ帰りに来ても絶対に帰りません!」
「……」
これは完全に堪忍袋の緒が切れたなと、僕は天井を仰いだ。
十年の我慢が解放された今、東條家や瀬戸家がなにをしようとも揚羽は帰らないだろう。
「あ、でも安心してください。もしも、東條や瀬戸の人たちが修太郎くんになにかしようとしても、私が全力で叩き潰しますから!」
「笑顔で言うな」
僕はそんな揚羽に苦笑を浮かべるしかなかった。