表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/17

幼馴染メイドとお姉様

砂の惑星って曲がとても好きです。


皆さんこんばんは(゜∀。)アヒャヒャ

 そんな淡い期待を込めつつ揚羽と一緒に、男の人の後ろをついて行くと人気のない空き地まで連れてこられた。


 そこには揚羽と同じメイド服を着た女性が立っていた。


 どことなく揚羽に似た風貌のその人物を僕は知らなかったが、揚羽は当然知っているようすで「うへぇ」と苦虫を噛み潰した顔をしている。


「あの人は?」


「私の姉さんです……瀬戸せと恭子きょうこ。修太郎くんには話したことがありますよね?」


「あー……」


 揚羽と仲良くなったきっかけはお互いの愚痴からだったわけだけれど、彼女の口から出てくる愚痴の大半は主人である東條友里子のものだった。


 しかし、極たまに東條友里子ではない人物の愚痴が出てくることがある。


 瀬戸恭子はその一人だ。


 揚羽曰く、「嫌な人」だったか。


 瀬戸の長女であり、当然東條家に仕える使用人。


 彼女は優秀すぎる妹の揚羽を疎ましく思っているらしく、東條友里子の嫌がらせを見て見ぬふりをするのは当たり前、というか嫌がらせに加担することはもあるのだとか。


 しかも、自分の仕事を揚羽に押し付けるわで聞けば聞くほど「嫌な人」だと感じた。


 もちろん、これらは揚羽の主観で語られた話であり、それが事実かどうかなんてことは、僕には確認しようもない。


 坂田さんは恭子の後ろに立って、ただこちらを見てくるのみ。


 代わりに恭子が揚羽を見て口を開く。


「まったく……急に逃げ出したものだから迎えに来てあげたわよ? 揚羽」


「わざわざご足労していただき申し訳ありません。お姉様」


 お姉様……?


 思わず吹き出しそうなったが我慢する。

 今の揚羽はいわゆる完璧超人モードだ。


 いつものだらだらした面影はどこへやら、氷が如き冷たいか表情で恭子と視線を交えている。


 ふと恭子の視線が一瞬、こちらに向けられた。


「変な置き手紙だけ置いてどこへ行ったのかと思ったら、男と一緒にいるなんてねぇ。瀬戸の人間として恥ずかしい……恥を知りなさい」


「はて、恥とは」


「分からないのかしら? 反抗期の子供でもあるまいし、変な駄々を捏ねないでさっさと帰ってきなさい」


「駄々……?」


 隣の揚羽から殺気染みたものを感じる。

 これは珍しく揚羽が怒っているようである。


「私は帰りません」


「は、はあ? またそんな我がままを……」


「帰りません」


「ちょ……いい加減にっ」


「帰りません」


 断固とした拒絶であった。

 これに恭子は面食らった表情になっている。


 彼女としては揚羽が癇癪を起こした程度にしか思っていなかったのだろう。


「ちょっと……本気で帰らないつもりなの?」


「帰りません」


「なっ――ふ、ふざけんじゃないわよ! わざわざ迎えに来てあげったのに! あんたがいなくなったら誰があのバカ女の世話すんのよ!」


 バカ女って、もしかしなくても東條友里子のことなのだろうか。


 そうだとしたら、揚羽以外からも毛嫌いされているようだ。


「私の代わりなどいくらでもいらっしゃるでしょう? なんならお姉様がお嬢様のメイドになればよろしいかと」


「冗談じゃないわ! あんなじゃじゃ馬娘の相手なんかできるもんですか!」


 うわぁ……酷いことを言う。


「私とてお嬢様のメイドは嫌です。だからお暇をいただいたのです」


「そんな子供みたいな理由が通じるとでも思ってるの? いいからさっさと戻って――」


「いやです」


「――! このクソっ! こっちが下手に出てれば!」


 一体いつ下手に出ていたのかは分からないけれど、ぶち切れた恭子が揚羽に掴み掛かろうとしたのを坂田さんが肩を掴んで止めた。


「おい。落ち着け……まだ揚羽が屋敷を出てから一日と少し。もう少し頭を冷やす期間が必要だ。お互いにな」


「そんなこと言ったって、こいつが帰ってこないとあのバカ女の相手をするのは確実に私になるのよ!? 冗談じゃないわ!」


 恭子は坂田さんに諭されるも声を荒げて坂田さんを突き飛ばす。


 しかし、坂田さんもここは引かずにもう一度冷静な態度で恭子を諭す。


「とにかく、日を改めよう。揚羽は本気だ……このままじゃ絶対に帰って来ない」


「――っ!」


 恭子は忌々しげに奥歯を噛みしめて揚羽を睨みつける。


 坂田さんの言う通り、このまま話し合ったところで揚羽が帰る選択肢を取るとは思えない。


 それは恭子にも理解できたようで、「ふんっ!」と鼻を鳴らすと揚羽の横を通ってこの場を去って行った。


 坂田さんはそんな彼女の見て「はあ……」と深いため息を吐く。


「すまんな。揚羽」


「いえ、気にしていませんよ。いつものことですから」


「それと少年……面倒なことに巻き込んでしまって申し訳ない」


「いえ、いつものことですから」


「お前が答えるな」


 僕は当然のように答えた揚羽にツッコミを入れる。


 揚羽はそれは可笑しかったのか、先ほどまでの冷たい印象はどこへやら。


 彼女は楽しそうにクスクスと笑った。


「驚いた……話には聞いていたが、あの揚羽がこんな風に笑うとはな」


 坂田さんはそう言って厳つい顔に笑みを浮かべて続ける。


「君は千葉修太郎くん……だったね?」


「はい。そうですけど……」


「話はいつも揚羽から聞いているよ」


「揚羽から……ですか?」


「ああ。揚羽はいつも君のことを――」


「ちょ……坂田さん!」


「おっと失礼。これは秘密だったかな」


「も、もう。変なことは言わないでください」


「はっはっは。すまない。楽しそうな君を見ていたら、つい嬉しくなってしまってね」


「……」


 なんだろう。

 とても仲が良さそうだ。


「えっと、坂田さんと揚羽って仕事仲間みたいな感じなのか?」


「ん? まあ、そうだな」


「はい。坂田さんは……そうですね。向こうで唯一の味方でしょうか」


「味方?」


「はい。坂田さんがボディガードとして雇われたのは半年前のことでして……」


 揚羽の話によると。外部から雇われた坂田さんは東條家や瀬戸家の揚羽に対する待遇の悪さをすぐに感じたのだという。


 ただでさえ家中の全員から毛嫌いされているらしいお嬢様のお世話をやっているというのに、瀬戸恭子を始めとした他の使用人たちから大量の仕事を押し付けられているだから。


 揚羽の負担は相当測り知れないものだっただろう。


 坂田さんはそんな揚羽が少しでも楽になれるように、裏でいろいろやってくれていたらしい。


「揚羽がいなくなった翌日からもう屋敷内は大慌てさ。君に仕事を押し付けてサボっていたツケだろう。満足に仕事のできない使用人たち、そして君がいなくなったことでお嬢様のお世話係が恭子になるらしい」


「それがいやでお姉様は私を連れ帰りに来たと……」


「ああ。まったく勝手な話だが……多分、みんな躍起になって君を連れ戻しに来るだろう。そうなると、当然だが一緒にいる修太郎くんにも迷惑がかかることになる」


「……私は帰るべきということでしょうか」


「心苦しいが……瀬戸と東條の家は強大だ。君が修太郎くんの家にいることを、たった半日足らずで探し出すくらいだ」


「……」


 ふと、揚羽がチラリと僕の方を一瞥する。

 その瞳はとても悲しそうに揺らめいていた。


「今すぐに帰る必要はない。しばらくは俺がなんとかする」


「そうですか……」


「修太郎くんも迷惑をかけてすまないが、しばらくは揚羽のことをよろしく頼む」


「えっと……まあ、分かりました」


 僕が曖昧に頷くと坂田さんは満足げな表情で頷き、恭子の後を追って行った。


 残された僕と揚羽はしばらく無言でいたが、僕が「そういえば」と沈黙を破る。


「まだ夕飯の買い出し終わってなかったぁ。早く買いに行くか」


「今の出来事の後でよくそんな呑気なことが言えますよね……」


「は? どういうこと?」


「どうって……だって、私がいたら修太郎くんに迷惑だかかってしまうかもしれないのですよ? なにかこう……『帰れ』とか『迷惑だ』とか、なにかないのですか?」


「……」


 僕の脳裏にだらだらとしただらしない揚羽の姿が浮かんだ。


 迷惑ならすでにかけられているわけですが、それは本人的に迷惑カウントされていないようで……。


 僕は深いため息を吐いて揚羽に背を向けて歩き出す。


「いいからさっさとからあげの材料を買って帰るぞー」


「ま、待ってくださいよ! せめてなにか言ってくださいよ!」


「なにかねぇ」


 僕は小走りで隣に並んだ揚羽を一瞥して顎に手を当てる。


「別に帰りたくないなら帰らないでいいと思うし、うちにいたいならいればいいんじゃないか?」


「適当すぎませんか? というか、私がいると迷惑が……」


「昨日も言ったけど変に気を遣うなよ。迷惑はかけられ慣れてるし、僕もかけてる。だから、気にすんな」


「迷惑だとは思うのですね……」


「当たり前だろ」


 揚羽は複雑そうに苦笑を浮かべ、やがて少しだけ申し訳なさそうにしつつもこう言った。


「ありがとうございます……」


 それから僕たちは、再び他愛もない会話をしながらスーパーで夕飯の材料を買うのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ