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迷子と幼馴染メイド


 途中の乗り換えで小吉と別れて、自宅の最寄り駅まで帰ってきた僕は夕食の買い物をしてから家に帰ろうとして揚羽のことを思い出す。


「そういえば、あいつは帰ったのか?」


 まだいるなら、あいつの分の材料も買わないといけない。


「朝出る前に連絡しろって言ったのになぁ」


 仕方ないからこっちから電話するかとチャットアプリの無料電話を使おうとしたところで、視界の端に件の揚羽が見えた気がしてスマホの画面から顔をあげる。


 すると、


「よーしよしよし」


「わんわんっ!」


 いた。


 瀬戸揚羽が飼い主と散歩中の犬を捕まえて撫で回していた。


 飼い主と思われるお婆さんは揚羽を見ながら微笑んでいた。


「うふふ。あなた、すごく綺麗なメイドさんねぇ。コスプレというものなのかしら?」


「いえ、私は本物のメイドですよ」


「あら、そうなの? すごーい。私、本物のメイドさんに会ったのは初めてだわぁ。本当に綺麗ねぇ〜」


「いえいえ、お婆様もお若くいらっしゃって……」


「まあまあ、そんなことないわよぉ〜」


 なんかよく分からないが、とても馴染んでいた。


「一体あいつはなにをやっているんだ?」


 場所は近所の公園。


 初めて揚羽と僕が出会った公園の前であった。


 しばらく遠目から揚羽を眺めていたが、一頻り犬を撫で回したら満足したのかお婆さんと別れた。


 この時、揚羽の満足げな幸福感に満ちた表情を浮かべていた。


 そういえば、揚羽のやつ……とても動物が好きだったけな。


 特に猫が好きだったはずだ。


 それから揚羽は踵を返してどこかへ行こうと一歩踏み出す。


 僕はそんな揚羽に声をかけようとして、ふと揚羽が足を止めた。


 釣られて僕も足を止める。


「うえええん」


 近くで女の子の泣き声が聞こえる。


 その方向へ目を向けると、公園の中に一人の女の子が座り込んで泣いているのが見えた。


 揚羽も女の子に気づいたみたいで、おもむろそちらへスタスタと歩いていくなり、女の子に前でしゃがんで声をかけた。


「大丈夫ですか? どうかしましたか?」


「うえええん! お母さんがぁ、いなくなちゃったぁー!」


「あらら、迷子ですか」


「うえええん!」


 泣きじゃくる女の子を前に揚羽は優しく微笑むと、


「大丈夫ですよ。お姉ちゃんが一緒に探してあげますから」


「……ほんと?」


「はい。だから、泣き止んでくださいね?」


「うん……でも……」


「んー? どうしたのですか?」


「お母さんに、知らない人に付いていったらダメだって……」


「そうなんですか。偉いですね。お母さんの言いつけをちゃんと守って」


 揚羽そう言いながら女の子の頭を撫でる。


「しかし、それは困りました。これではお母さんを一緒に探せませんね……」


 揚羽は困ったようすで顎に手を当てて数秒ほど考えると、閃いたとばかりにポンッと手を打った。


「では、自己紹介をしましょうか」


「じこしょうかい……?」


「はい。知らないなら知ればいいだけです。そうしたら、もう知らない人ではないでしょう?」


「……うん!」


「ふふ。それじゃあ――私の名前は瀬戸揚羽と言います。揚羽はアゲハチョウのアゲハなんですよ?」


「ちょーちょー? かわいい!」


「そうでしょう? あなたのお名前は?」


「わたしはミキー!」


「そうですか。ミキちゃんですか。これからよろしくお願いしますね?」


「うん!」


 揚羽は女の子の警戒心を容易く解いて見せると、女の子の手を握ってお母さんを探しに公園を出ようとする。


 ちょうどよかったので、僕はこのタイミングで声をかけることにした。


「よう、幼女誘拐か?」


「あ、修太郎くん」


「……? この男の人だーれ? お姉ちゃんのカレシ?」


「「!?」」


 僕と揚羽が子供の無邪気な発言に表情を強張らせたのは言うまでもない。



 女の子のお母さんは思いの外、早く見つかった。


「もう迷子になってはダメですよ?」


「うん! お姉ちゃんありがと!」


 女の子はお母さんに手を引かれながら揚羽に、「ばいばーい!」と嬉しげに帰っていく。


 揚羽と僕はしばらくその姿を見つめた後、僕から口を開いた。


「本当に外面はいいよな。お前は」


「それは私が可愛いということですか?」


「否定はしないけれど」


「ふふ。そうですか」


 どこか嬉しげな揚羽の横顔を見ると、思わず苦笑が漏れた。


 普段はだらけ癖のあるダメダメな幼馴染な彼女だけれど、たまにこういうところがあるから憎めない。


 ふと、「ぐう〜」などという間抜けな音が隣から聞こえてきた。


 言わずもがな音の発生もとは揚羽である。


「修太郎くん」


「なんだ」


「お腹が減りました。帰ってご飯にしましょうか」


「当然のように僕の家で飯を食おうとするな。というか『帰る』ってなんだ。お前の家か」


「……?」


「なんで首を傾げる」


「どうでもいいですけど、今晩はからあげな気分です」


「図々しい上にリクエストなのね」


 しかも、それ僕が作るんだよね。


 僕はため息を吐いた。


「……ちゃんと野菜も食べろよ」


「ふふ。レモンも買いましょうか。私はからあげにレモンをかける派ですので」

「分かったよ……」


 僕はからあげの材料を買いに行くため近所のスーパーへと足先を向ける。


 揚羽も僕の一歩後ろを付いて歩き、一緒に近所のスーパーへ向かう。


「そういえば、修太郎くんは学校にお友達っているのですか?」


「なんだ急に」


「いえ。あまりこういうお話をしたことがなかったなと思いまして。さぞ、おモテになるんじゃないですか?」


「それは嫌味か?」


「あ」


「おいちょっと待て。なに勝手に察ましたみたいな顔になってやがる。まだなにも言ってないだろ」


「言わなくてもちゃんと分かっていますよ。そうですね……友達がいないのは寂しいですよね」


「なにも分かってないじゃん」


「ふふ。冗談ですよ。修太郎くんは一人の方が好きですものね。寂しいなんて思うわけありませんよね」


「お前の僕に対する理解度がよく分かった」


 僕は本当にこの女と幼馴染だったかなと割と本気で思考すると、彼女は再びクスクス笑って「冗談ですよ」と言った。


「修太郎くんのことですから、友達は一人か……多くても二人でしょうね」


「なんで分かった」


「幼馴染ですから」


 幼馴染ってすごい。


 そんなエスパーみたいなことできるんだ。


「修太郎くんの考えなら六割は分かりますから」


「ちょっと現実的な的中率だな」


「本当はなんでも分かれば、それが一番なのですけれどね」


 横目に揚羽を一瞥すると、夕陽を受けて金色の髪がより輝いていた。


 髪はそよ風に流されて花の香りを感じる。


 どこか憂を帯びた揚羽の横顔から視線を外し、


「僕はそう思わないけれど」


「あら、そうですか。少し悲しいです」


「だって、相手のことがなんでもかんでも分かるってことは会話する必要がなくなるってことじゃないか」


 会話のきっかけは多かれ少なかれ「疑問」から生まれるはずだ。


「相手のことがなんでも分かるって一見素敵に見えるけれど、それは倦怠期の恋人よりも退屈な状態だろ」


「はあーそういう考え方もあるのですねぁ。私は年老いた老夫婦が寄り添っている姿を見ると、とても素敵だなーと感じるのですが」


 僕と揚羽はそんな他愛もない会話をしていると、目的地のスーパーが徐々に見えてくる。


 そのままスーパーへ入ろうとしたところで僕と揚羽は足を止めた。


 なぜなら、スーパーの前にまるで僕たちを待っていたかのような佇まいで、黒いスーツを着た男の人が立っていたからだ。


 オールバックで固めた髪とサングラス、加えて大柄な体つきをした厳つい印象の強い男の人。


 その人物は立ち止まった僕と揚羽を見るとゆっくりと近づいてきて、


「待っていたぞ。少し場所を移して話そう……ここは目立つ」


 と言って、僕たちに移動を促して先行する。


「……揚羽。あの男の人って」


「はい。東條家の使用人です。お嬢様のボディーガードで、名前は坂田さんです」


「……」


 僕は夕焼け空を仰いだ。


 やっぱり、東條家絡みのことか――面倒なことにならなきゃいいけれど。


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