お風呂上がりの幼馴染メイド
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夕食の後片付けをした後、やりかけの風呂掃除を行った僕は相も変わらずリビングで「ほげー」とだらけている揚羽に声をかけた。
「お風呂の掃除、今終わったから。先に入れよ」
「……まさか私が入った後の残り湯を」
「飲まねえよ」
彼女が言い終える前にツッコミを入れると、揚羽はクスクス笑った。
「ふふ。冗談です。私は泊めていただいている身ですから、修太郎くんが先に入ってください」
「そういう良識だけはあるよな」
行動には移さないけど。
「いいから、先に入れよ。僕はまだやることがあるし」
「そうですか? でも、あとちょっと見たいドラマが始まるので、やっぱり後でいいです」
「そっちが本音か」
先ほどの殊勝な発言はただの建前だった模様。
「じゃあ、僕が先に入るか……」
「あ、今から入るのでしたら私の荷物から入浴剤を取って、お風呂に入れておいてください。私、入浴剤がないとリラックスできなくて」
「張っ倒すぞ」
本当に図々しいなこの女。
「……入浴剤はどこに入ってるんだ?」
「キャリーバックの中に入ってまーす」
「……」
仕方ないから入れておいてやるか……。
僕は彼女の荷物から入浴剤を取り出し、お風呂に放り込む。
それから僕は脱衣所で衣服を脱いでシャワーを浴び、入浴剤で乳白色になった浴槽にゆったと肩まで浸かる。
自然に「あ〜」と声が出た。
「ふう……妙なことになったなぁ」
思えば、揚羽とこんな風に「お泊まり」することは今までなかった。
なんというか新鮮な感覚である。
今日、僕は女の子と一つ屋根の下で寝るわけだ。
いやでも意識してしまうのは男の性だろう。
「……あがるか」
静かなお風呂場で一人になっていると、変なことを考えてしまいそうになる。
早々にあがって煩悩を断ち切らねば……。
そう考えて浴槽に浸かってから数分ほどで、お風呂から出て脱衣所で服を着た。
バスタオルで頭をわしゃわしゃしながらリビングへ戻ると、揚羽が前のめりの姿勢でソファに座って食い入るようにテレビを見ていた。
テレビ画面に映し出されていたのは件のドラマだろう。
たしか、僕の通っている高校でも話題のドラマだった気がする。
「なあ、そのドラマって面白いのか?」
「あ、ちょっと黙っててください。今面白いところなので」
「なんだこいつ」
本当に酷くないだろうか。
幼馴染じゃなかったら、ここから追い出している自信がある。
「まあ、いいけど。ドラマ終わったらお風呂入れよ」
ドラマに夢中で聞いていないだろうけれど、一応揚羽に伝えておく。
「分かりました」
「意外と聞いてた」
その事実に苦笑しつつ、キッチンで温かいお茶を作る。
マグカップにお茶のティーバッグを入れて、給湯器でお湯を注いで完成である。
僕はお茶の入ったマグカップを二つ作り、片方を揚羽の前に置いた。
「お茶。熱いから気をつけてくれ」
「え? えっと、ありがとうございます……」
「なにその反応?」
「いえ。な、なんでもありません……いただきます」
「うん」
それから数十分後。
ドラマを見終わった揚羽が脱衣所へ向かって、さらに時間が経過して時計の針が二二時を回った頃。
バスタオルで髪を撫でながら揚羽が戻ってきた。
薄手のTシャツで下は太ももを大胆に晒したショートパンツという、高校男児には刺激の強い恰好で……!
「ふう。いいお湯でした」
「……」
「おや? どうかしましたか?」
「いや。別になんでもないです」
「なぜ敬語なのですか……。私とキャラが被るのでやめてください」
「お、おう」
僕は返事をしつつ揚羽から視線を逸らす。
今の扇情的な姿をした揚羽を直視するのは僕の精神衛生上、大変よろしくない。
「……? どうして私から目を逸らすのですか?」
「別になんでも」
揚羽が怪訝そうな声音で尋ねてくるが、知らぬ存ぜぬでとにかく揚羽から目を背ける。
「ふむ……なるほど」
と、揚羽がなにかに勘付いたみたいでニヤリと笑った。
「修太郎くん。さては、この私の完璧なプロポーションを目にして興奮しているですね? そうなんですね?」
「嬉々として言うな。ちっ……分かってるならそんな恰好で男の前に出るなよ! はしたない!」
「私がどんな恰好で過ごそうが私の勝手です。むしろ、私をいやらしい目で見る修太郎くんが悪いまであります」
正論でぐうの音も出ない。
「いや。だけど、ここはお前の家じゃないはずだ。なら、恰好には家主に対して最大限の配慮が必要だと思うんだ」
「む……それはまあ、一理ありますね」
「だろ? 分かったらせめて上になにか羽織ってくれ」
「なるほど。修太郎くんは脚が好きなのですね? 上はいいけど下は見せてくれと」
「そういうことじゃねえ」
「でも、見たいなら別に見てもいいですよ。この恰好は今晩泊めてくれたお礼のつもりですから」
「確信犯じゃねえか」
お礼はもっと健全な形でしてもらいたかった。
揚羽は豊満なバストを強調するように胸を張って僕の前に立つ。
「どうですか? 昔に比べてかなり成長したと思うのです。特に胸とか」
「お前。明日から痴女って呼ぶぞ?」
「それはやめてください……。というか、修太郎くんが初すぎるだけです」
「違う。お前が痴女すぎるんだ。もっと普通の女の子みたいに慎みを持て」
「普通の女の子に夢を見すぎですね。だいたい女の子はこんなもんです」
「お前が全女の子を代弁するな」
「いえ、あながち嘘でもないのですよ? 修太郎くんが思っているよりも遥かに、女の子はそういうことに興味があるのです」
「赤裸々に女子事情を語るな」
「ほら、修太郎くん。こっちを見てくださいよ。もう出血大サービスで谷間までは見せますよ?」
「近寄るな痴女」
「あの……本気のトーンで言わないでくれませんか? さすがの私も傷つくのですが……」
僕が本気で嫌がっていることが伝わってのか、揚羽が僕から離れた。
「そんなに私は魅力がなかったでしょうか……結構自信があったのですが……」
「お前に魅力なんてない」
「今とても酷いことを言われました」
「お前がバカなことをするからだ」
僕はため息を吐いて頭をガシガシと掻く。
「別に無理してお礼とかしなくていいから」
「しかし、今日は家事もほとんどできず……あと私にできるお礼といえばこれくらいしか」
「なんで勉強はできるのにお前って頭が悪いんだ」
「とても酷いことを言われました。二回目です。そろそろ心が傷ついてきました」
「あ、ごめん。言いすぎた……悪い」
本気でシュンと肩を落として落ち込んでしまった揚羽に謝罪すると、
「ふふ。冗談ですよ」
僕をからかって楽しいのだろうかこの女。
「それより、もう二三時ですね。そろそろ寝ましょうか」
「ん、そうだな。洗濯機回して僕も寝るか」
「ふふ。一緒に寝ますか?」
「寝ない」
「口ではそう言っていますが、顔が真っ赤ですよ? 本当は一緒に寝たいのではありませんか?」
くそ……!
できるだけ平静を装っていたつもりだったけれど、さっきから顔に出てしまっていたか!
揚羽はまるで僕の考えていることを手に取るように理解しているようすで微笑むと、
「ふふ。少なくても修太郎くんには私が魅力的に見えているようでよかったです」
「――!」
僕は悔しくて逃げるように自分の部屋へ引き篭もった。
その際に洗濯機を回し忘れてことを僕はこの時気づいておらず、翌朝後悔するはめになるが――それはまた別の話である。