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幼馴染メイドとの出会い

 しばらく駄々はこねていたけれど、面倒臭がりな揚羽にも良識はあるみたいで今は渋々部屋の掃除をしている。


「はあ……揚羽のだらけ癖は筋金入りだな……」


 僕はテレビ前のソファにどっかり座り、揚羽のことを思い浮かべながら天井を眺める。


 優秀で有能な完璧超人なメイド。


 とは言うが、実際はだらけ癖のある面倒臭いことが嫌いなダメ人間なのだ。


 よくもまあ今日までちゃんと働けていたなと思うばかりである。


「そういえば……」


 そういえば、揚羽と出会った時もこんな感じだったような気がする。


 あれはたしか、僕がまだ七歳くらいの頃だったか。


 よく晴れた日に公園で遊んでいると、突然にわか雨が降ってきた。


 一緒に遊んでいた友達は「雨だ!」だと叫んで帰ってしまった。


 僕は濡れて帰ると厳しい父親に怒られると思って、公園の遊具を屋根にして雨が止むまで待っていようと考え――そこで出会ったのだ。


 小さなメイド服を着た小さな彼女に。


 今でもどんなことを話したか鮮明に思い出せる。


 偶然同じ屋根付き遊具の下で雨宿りしていた僕たちはしばらく無言だった。


 しかし、時折彼女の顔を見ていると憂を帯びた表情を浮かべていた。


 それは今にも泣き出してしまいそうな表情だった。

 多分、それがきっかけで僕は彼女に声をかけた。


『……お前も雨宿りか』


『はい。君もですか』


『うん。濡れて帰ると父ちゃんが怒るから』


『そうですか』


 揚羽は膝を抱えたまま座り込み、僕の方を興味なさげに返事をする。


 初対面の印象は冷たい女の子だったが、よく考えたら単純に警戒されていただけなのかもしれない。


 僕はそれでも揚羽に話しかけた。


『お前は帰らないのか?』


『私は……帰りたくありません』


『帰りたくない……?』


『はい。家には私の味方がいないんです……お嬢様は私を疎ましく思っていらっしゃるみたいですし、お父様もお母様も我慢しろと言うばかりで……そんなお家が嫌になって逃げてきたんです』


『えっと……お前、僕と同い年くらいなのに難しい言葉たくさん知ってるんだな』


『……ごめんなさい。君に合わせて言葉を選ぶべきでした』


『なんかよく分かんないけどバカにされてることだけは分かった』


 それから僕は膝を抱えて座り込む彼女の隣に座った。


 揚羽は一瞬、僕を警戒したような目で見てきたけど僕は気にせず口を開いた。


『僕は頭が良くないから難しいことは分からないけど、味方がいないなら僕が味方になるよ』


『……どうしてですか? 会ったばかりなのに』


『父ちゃんに女の子が泣いてたら話を聞けって教えられてるんだ。今お前、泣いてたから』


 僕がそう言うと、揚羽ははっとして慌てたようすで目元をメイド服の袖口で拭った。


『……! な、泣いてなんていません』


『あーそんなに目をゴシゴシ擦ったらダメだろ。ほら、僕のハンカチ使えよ』


 僕がポケットから未使用の綺麗なハンカチを彼女に差し出すと、揚羽は怪訝な表情で僕とハンカチを交互に見る。


『……なぜ君のような男の子がハンカチなど持っているのですか』


『母ちゃんに持たされたんだよ』


『……お借りします』


 彼女は控えめに呟いて僕からハンカチを受け取ると、容赦なく「ズズー!」と鼻をかんだ。


『遠慮ないな……』


『あ、洗ってお返しします……』


『うん。そうしてくれ』


 それから再び無言が続き、僕は雨の音を聞いていた。

 しばらくして、この静寂を破ったのは揚羽からだった。


『名前……』


『ん?』


『名前を教えてください』


 そこからだっただろうか。


 揚羽が僕に東條家の愚痴を滝の如く聞かせてきた。


 それがきっかけで揚羽と度々公園で会うようになり、会う度に僕は揚羽の愚痴を聞いてたものだ。


『お嬢様は酷いんです……私の困った顔がみたいからとわざとお部屋を汚くしたり、嘘を言って私を貶めたりするんです』


『そりゃあ……嫌なやつだな』


『そうです。お嬢様は嫌なお人です……おかげで毎日旦那様には窘められ、お父様とお母様にもお小言をいただくのです。私は悪くないのに……』


 僕は彼女の愚痴を聞き続けた。


 今思えば、他に愚痴を聞いてくれる相手がいなかったのかもしれない。


 そうして彼女の愚痴を聞いているうちに雨があがった。


『そろそろ帰らないと父ちゃんに怒られる』


『そうですか……あの、また会えますか……?』


 揚羽はシュンとした表情で尋ねてきた。


 僕は笑って、


『もちろん。ハンカチ返してもらわないといけないし。でも、今度は僕の話も聞いてくれ』


『は、はい! それでは……また……』


 こうして僕も僕で揚羽に愚痴を聞いてもらい、お互いに愚痴を聞かせ合う奇妙な関係ができあがるのだった。


 最初は不定期に公園で会ったら話す程度の仲だったけれど、お互いに電話という物を覚えてからは日曜日に会うようになった。


 中学生になって携帯を持ち始めるとメールをするようになって――今に至る。


「……思い返してみても、やっぱり不思議な出会いだよなぁ」


「なにがですか?」


 と、突然後ろから声をかけられた僕はソファに座ったまま上を見上げるようにして後ろを見る。


 すると、そこには揚羽の姿があった。


「ん……ちょっと昔のことを思い出してた」


「昔のことですか?」


「うん。お前と初めて会った日のこと」


「なぜ急にそんなことを?」


「いや、あの日もお前が家から逃げ出して公園で雨宿りしてただろ? それで思い出してた」


「ああ……てっきり初めて一緒にお風呂に入った時のことを思い出していたのかと」


「え?」


 僕は驚いてソファから立ち上げって振り返った。


「ちょっと待て。そんなことあったっけ?」


「ありましたよ? 忘れたのですか?」


「……覚えてない」


「ふふ……修太郎くんの、ちっちゃくてく可愛かったです」


「もうお嫁に行けない」


 閑話休題。


「それで? もう掃除終わったのか?」


「はい。終わりました」


「……本当か?」


「私を誰だと思っているのですか? 超優秀で有能なメイドですよ? 短時間で最高の仕上げをしましたとも」


「自分で言うな」


 嘘を言っていないあたりが嫌味である。


「しかし、疲れました。もうしばらくは家事とかしたくありません」


「仮にもメイドだろ……」


「メイドだからです。どんなことでも同じことを繰り返していたら飽きますよね? 似たような展開のBL同人誌が続いたら『もう見飽きたわ!』ってなりますよね? それと同じです」


「ちょっとなにを言っているのか分からない」


 というか、自分の性癖を赤裸々に語らないで欲しい。


 一応、部屋を確認しにいくとたしかに綺麗になってはいたものの、部屋の隅に数多くのBL本たちが積まれていたのは目に入ってしまった。


「お前……もっと持ってくる物があるだろ」


「BL本以外に必要な物があるのですか?」


「あるよ」


 この女、荷物のほとんどがBL本だった。

 やっぱり、優秀で有能というのは嘘なのかもしれない。


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