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逃げてきた幼馴染メイド

 ゴールデンウィーク最終日の5月6日。


 午前中に家事を終えてやることがなくなったためリビングでくつろいでいた折、インターホンの軽快なベルの音が室内に鳴り響いた。


 玄関まで移動して小さな穴から外を確認すると、玄関前に見知った顔が立っていたためすぐに扉を開ける。


「こんにちは。修太郎くん」


 凛とした声音で僕の名前を呼んだのは幼馴染の揚羽であった。


 いつも通りのメイド服と手にはキャリーバックを持っている。


 背中には大きめのリュックサックを背負っていた。


「えっと……なに?」


「ひとまず中に入れてもらえませんか? 荷物が重いので」


「……」


 なんとなく嫌な予感がしたものの、長い時間大荷物を持った揚羽を通路に立たせておくとご近所迷惑になると考えてそのまま家に招き入れることにした。


 彼女をリビングの椅子に座らせてから数分後。


 客人用のお茶を出して話しを聞くことに。


「はい、あったかいお茶」


「ありがとうございます。ずず……まずいですね」


「張っ倒すぞ」


「冗談ですよ」


「……」


 僕は天井を仰いだ。


「はあ……それで今日はどうしたんだ? こんな大荷物で」


 揚羽は週一くらいのペースでここを訪れることが多い。


 彼女は東條家のメイドとして東條家のお屋敷に住み込みで働いているらしく、「週に一度の休みを仕事場で過ごしたくありません」と言ってこっちにやって来るのだ。


 だから、彼女がうちへ来たことはなんら不思議ではないのだが――大きめのキャリーバックに加えてリュックサック。


 ここまで大層な大荷物を引っ提げて来たのは初めてだ。


 揚羽は僕の問いに答える前に再びお茶を口に含む。


「そうですね……単刀直入に言うと昨夜、お屋敷から夜逃げしてきたんです」


「は? 夜逃げ……?」


「はい。夜逃げしてきました」


「……」


 ちょっとなにを言っているのか分からない。


「それで今晩泊まる場所がないため修太郎くんの家に泊めていただけないかと」


「……」


「泊めていただけないかと」


「聞こえてるよ……」


「なら返事をしてください」


「いや、ちょっと突拍子もなさ過ぎて混乱してた。なんで夜逃げしたんだとか、昨晩はどこに泊まっていたのかとか……いろいろ疑問もあるし」


「なるほど。たしかに、いきなり押しかけて『泊めてください』と言ったら混乱してしまいますよね。分かりました……それでは順を追って説明いたしましょう。まずはこのフリップをご覧ください。フリップで紙芝居を作ってみました」


「なんでフリップを用意してんだよ。準備いいな」


「頭の悪い修太郎くんに説明するなら必要かなと思いまして。頑張って作ってみました」


「へぇー意外とよくできて……今頭が悪いって言った?」


「言ってません。それでは説明します……と言っても、いつものことですよ」


 彼女はそう言ってフリップを使って屋敷から夜逃げしてきた理由を説明する。


「修太郎くんも知っている通り、私は東條家の長女に仕えているメイドなわけですが……このお嬢様はとんでもない悪女なのです」


「うん。お前からお嬢様の愚痴を聞かされてるからな。よく知ってるよ」


 揚羽が仕えているお嬢様――東條友里子。


 彼女曰く、性格がすこぶる悪く気に入らないことがあればすぐに、「お父様に言付けますわよ?」と親の権力を振りかざして好き勝手しているらしい。


 東條友里子は幼い頃から優秀すぎる揚羽のことが気に入らなかったようで、「使用人の分際で!」と度々罵られていた。


 それは年齢を重ねるごとにエスカレートしていき出会い頭に罵倒は当たり前、その後は永遠に皮肉を隣で聞かされ続けた挙句に最近は物を投げられるようになったのだとか。


 淹れた紅茶は飲まれずに冷めては捨てられる。


 嫌がらせに掃除したばかりの庭を汚されて仕事が増える。


 そんなに自分のことが嫌いなら他のメイドに変えてもらえばいいのにと進言したそうだが、揚羽が嫌がる様が楽しいとかなんとか。


 しかも、他の使用人たちもお嬢様の相手をしたくないみたいでこの十年もの間、揚羽は東條友里子のメイドとして仕え続けていた。


「今までは父や母から我慢しろと言われてずっと我慢していたのですが、さすがに我慢の限界が来たので」


「それで夜逃げしてきたと……」


「はい」


 僕は、「なるほどなぁ」と神妙な面持ちで腕を組む。


「まあ、事情は分かったよ。僕は昔からお前の愚痴を聞かされていたから、お前がどんな環境に晒されてたのか分かってるから……夜逃げした気持ちも分かる」


 正直、僕だったら一日で逃げる自信がある。


 それくらいブラックな職場なのだ。東條家の使用人というのは。


 睡眠時間が少ないのは当たり前、使用人である以上はご主人様に逆らうことはできず、一方的に嬲られる。


 罵倒の中には僕が聞いたら、一発で泣き崩れるような人格否定や侮辱があったに違いない。


 それを十年以上我慢していたというのだから、とても僕に真似できることじゃない。


「それで……泊めていただけるので?」


「それはちょっと……」


「なぜですか? こんな美少女と一つ屋根の下で暮らせるチャンスでは?」


「自分で言うな。いや、ただその……男女が一つ屋根の下でって言うのはいろいろ問題がね?」


 話しを聞く限りでは今晩だけの滞在ではないはずだ。


 少なくても一週間以上か……それ以上は帰らないというか、帰れないというか。


 揚羽の表情を見る限りでは東條家や自分の両親すらも見限っているように見えるため、このまま一生帰らないつもりだろう。


 一日ならともかく、さすがに何日もとなると男の子的にはあれがあれであれである。


「というか、昨晩はどこに泊まってたんだ?」


「スイートに」


「……は? すいーと?」


「はい。ホテルに泊まりました。折角だからと奮発してスイートを頼んだのですが、所持金を全て失いました」


「バカ?」


 どうして頭は良いはずなのに、そんなバカなことをしてしまったのだろう。


「私も今になってさすがに後悔しています……。昨日は夜逃げした直後でして、興奮状態だったため正常な判断ができなかったのでしょう。おかげスカッとしました」


「……」


 揚羽の職場環境を考えると莫大なストレスを抱えていることは容易に想像できるわけだけれど、大金を使ってストレス発散って大丈夫なのだろうかこの女。


「まあ、そうだな。このまま追い返すのも心が痛むし幼馴染のよしみだ。とりあえず、今晩は泊まってけよ」


「ありがとうございます。助かります」


「そういえば、学校はどうするんだ? たしかお嬢様と同じ金持ちの私立高校に通ってたよな」


「しばらくはお休みしようかと。修太郎くんと違って勉学の問題はありませんし、心配なのは出席日数くらいなものでしょうか」


「そうか……ねえ、さっきから僕の頭がすこぶる悪いみたいに言わないでくれないか」


「ちなみに、私の偏差値は一〇〇です」


「もうその発言の方がバカっぽい」


 偏差値が一〇〇ってちょっとなに言ってるのか分からない。


「はあ……とにかく、荷物を置いてきたらどうだ? 使ってない部屋があるからそこを使えよ」


「ありがたく使わせていただきます」


 揚羽は殊勝な様子で頭を下げた。


「あとはあれだ。夜逃げしてきたってことは家の人たちとかは大丈夫なのか? 警察沙汰になったら僕が危ない気がするんだけど……」


「それは大丈夫かと。『しばらくお暇します』と置き手紙をしてきましたし、警察を呼ぶような大事にはしたくないでしょうから」


「ふーん……まあ、大丈夫ならいいけど」


 僕は顎に手を当てて、揚羽を泊めるにあたって必要なものを考える。


「布団は客人のやつがあったっけな……使ってないからホコリ被ってそうだし洗わないと」


 と、僕が顎に手を当てて考えていると揚羽の視線を感じた。


「なんだよ? なにか用か?」


「いえ、やっぱり修太郎くんは優しいなと思いまして」


「おだててもなにも出ないからな」


「そういうつもりはなかったのですが……まあいいです。空いているお部屋は修太郎くんのお隣ですよね?」


「うん。ちょっとホコリっぽいかも」


「それなら私がお掃除しておきましょう」


 彼女はそう言ってメイド服の袖を捲る。


「おお、メイドっぽい」


「メイドですから……ああー……でもお掃除って面倒臭いですよね」


「え? なに急に」


「東條家の屋敷に居た時も毎日の掃除が通常業務だったんですよ。毎日掃除しているはずなのにホコリは毎日溜まりますし、というかお嬢様が嫌がらせして汚すし……なんというか不毛ですよね」


 掃除しても掃除しても、しばらくしたらホコリが積もる。


 そう考えたら、たしかに掃除って不毛だなと思わなくもない。


「まあ、仮にもメイドさんならテキパキとプロの掃除を見せてくれよ」


「えぇー折角、ストレスの溜まる職場から逃げてきたのにここでも家事とかしたくないです」


 とても今晩泊まる側の人間が言う台詞とは思えなかった。


「やっぱり掃除とか面倒臭いので修太郎くんに任せました」


「おい」


「だいたい知っているでしょう? 私は元来、なまけ者なのです……無用な仕事とかしたくありません。そうです……私は決めました。金輪際働きません!」

「舐めんな」


その後、僕は嫌がる揚羽に部屋を掃除させた。


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