幼馴染メイドと「あーん」
※
「うう……熱い」
「これはあれですね。完全に昨日の雨で風邪を引きましたね」
僕は今、自室のベッドに横たわっていた。
揚羽は先ほど僕の脇に挿した体温計を見ながら苦笑を浮かべている。
「まさか昨日、雨に濡れて風邪を引くとは……修太郎くんは体が弱いんですねー? 普段からちゃんと運動をしていないからですよ」
返す言葉もない。
熱はあまり高くないし、咳も出ていない。
とはいえ、無理に学校へ行くものでもないと揚羽に言われて学校は休むことにした。
「学校には私から連絡を入れておきますから」
「いや、僕が……」
「大丈夫ですよ。病人は寝ていてください。今日は私がしっかり看病してあげますから」
「……」
「あれ? なんですかその疑わしい目は……まさか私には看病ができないとか失礼なことを考えていませんか?」
「まあ、お前のことだから看病くらいは余裕でこなせるんだろうけど」
どうせ途中で力尽きるんだろうなぁ。
僕は出かけたその言葉を呑み込んで、ひとまず今日は家事などを揚羽に任せることにした。
「それじゃあ、頼んだ」
「ふふ。任せてください。今日は本気を出して、修太郎くんに私が敏腕メイドであるということを思い出せてあげます」
「最近の自分が敏腕メイドじゃなかった自覚があるんだな」
「……それでは学校に電話してきますね!」
都合が悪いことは華麗にスルーして――揚羽は僕の部屋を後にする。
「不安だ」
僕はベッドに横たわり、天井をぼーっと眺めて呟く。
しばらくして、なにやらお皿に乗ったリンゴと包丁を手に持った揚羽が部屋に戻ってきた。
「学校に連絡してきましたよ」
「ん、ありがとう」
「朝ご飯まだですよね? 一応、冷蔵庫にあったリンゴを持ってきたのですが、食欲はありますか?」
「ないけど食べる。なにかお腹に入れたい」
「分かりました」
揚羽はそう言って、部屋にあった椅子をベッドの横へ移動させて腰を下ろした。
そして、まるで僕に見せびらかすかのようにリンゴの皮を剥き始めた。
シュルシュルと皮はみるみるうちに剥かれて、いつのまにかリンゴが丸裸にされていた。
揚羽はリンゴを丸裸にした後、僕にドヤ顔を向けた。
「……どやどや」
訂正しよう。
どうやら「まるで」ではなく、僕に自分のテクニックを見せびらかして自慢していた模様である。
なんというかとても幼稚なことをする。
その後、揚羽はリンゴを手頃な大きさに切ってお皿に乗せた。
僕はそれをありがくいただいた。
「そういえば、お昼ご飯はどうしましょうか?」
「もぐもぐ……そうだなぁ。おかゆ――は作れないか。じゃあ、なんか適当に冷凍食品を温めてくれ」
「ちょと待ってください。なぜ私がおかゆを作れない前提で話が進んだのですか? 作れますからね?」
「いや、おかゆを作ってる間に力尽きるかもしれないと思って」
「修太郎くんは一体私をなんだと思っているのですか」
「その発言は今までの立ち居振る舞いを思い返してからにしろ」
「……」
揚羽は無言で僕から目を逸らした。
そのまま彼女は誤魔化すみたいに愛想笑いを浮かべて、
「と、とりあえず! ちゃんと寝て、早く風邪を治してしまいましょう!」
「そうだな……お昼まで寝ることにするよ」
「そうですね。それがいいと思います。私はその間、お掃除でもしま――なんですかその怪訝そうな顔。はいそうですね私が悪いですごめんなさい」
僕から向けられた疑念の視線に耐えられなかった揚羽が、手のひらを返して頭を下げた。
別に謝ることでもないんだけど……。
※
一眠りして起きると、ちょうどお昼であった。
「あ、起きましたか? ちょうどおかゆができたので起こす手間が省けてよかったです」
揚羽はおかゆの入った小鍋を自分の膝に乗せていた。
見ると、中々おいしそうなおかゆである。
「おお……うまそう」
「見直しましたか?」
「そうだなぁ。日頃の行いから差し引きプラマイ・ゼロだな」
「やった! いつもマイナスの方が大きいはずですからね! この程度のことで普段のマイナスが帳消しにされるということは、相当プラスだったということですよね?」
「ポジティブだなぁ」
それからおかゆを食べるようとしたのだが揚羽が、「私が食べさせてあげましょう」などと言い始めた。
「いや、それはなんか恥ずかしいからやだ」
「遠慮しないでいいですから。今の修太郎くんは病人なんですから」
そんな感じで僕が首を横に振っても、揚羽が強引に「あーん」を強行しようとしてきたので、僕はなし崩し的にそれを受け入れることにした。
いや、僕は別に「あーん」して欲しいとか、そんなことは微塵も思っていない。
この「なし崩し的に」という部分をぜひ強調させてもらいたい。
などと、僕は内心で見えすいた言い訳をしながらも揚羽の「あーん」を待った。
「それじゃあ、ちょっと冷ましますね。ふーふー」
「……」
「……? なんですか? 私の顔を食い入るように見て」
「別に」
ただ、控えめに言って最高のシュチュエーションすぎるとか微塵も思っていない。
そんなことは露ほども思っていない。
「それじゃあ、どうぞ。あーん」
「あーん……もぐもぐ」
「どれくらいおいしいですか?」
「おいしいのは確定なのかよ」
「味見しましたから」
「じゃあ、まずいわけがないな」
「むぅ……ずいぶんと捻くれた感想ですね。はっきりおしいいと言ってもらいたいものです」
「分かったよ。素直な感想を言えばいいんだろ?」
「そうです。言えばいいのですよ」
そうだなぁ……感想ねぇ。
「まあ、お店を出せるレベルだと思う。僕なら一万円は出す」
「急に過大評価しますね!?」
「おい揚羽。このおかゆを過小評価するな。これは世界を狙える」
「別におかゆで世界は狙ってませんよ……それに、このおかゆで世界は狙えませんよ。修太郎くん好みの味付けをしていますから」
「……よく僕の好みが分かったな」
そう言うと、揚羽はクスクス笑った。
「言ったでしょう? 修太郎くんのことなら六割くらい分かるのですから。それに、修太郎くんだって普段、私に出す料理は私好みの味付けしているではありませんか」
「なんでバレた」
「それくらい分かりますよ。私を誰だと思っているのですか?」
僕は天井を仰いで肩を竦めた。
本当にこの幼馴染はとんでもない。
さすがに完璧超人メイドは伊達じゃない。
おかゆを食べた後、僕はもう一眠りした。
途中、部屋に侵入してきたハッサムが僕の顔を舐めまわしてきたせいで起きてしまったが、ぐっすり眠れたので夕方頃には体調も回復していた。
そして、時刻が一六時になろうかという時だった。
ピンポーンと、インターホンが鳴らされた。
『おーい、修太郎〜。風邪で休んだって聞いたからお見舞いに来だぞ〜』
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