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幼馴染メイドの味方


 フードコートを出た僕たちは、本来の予定である猫用品を買い揃えるためにショッピングモールの一階にあるペットショップまでやってきた。


「猫ちゃん用の物がたくさん置いてありますね」


「とりあえず、キャットフードだよな」


「お水を飲むお皿も買いましょうか」


「あとトイレのやつ」


 揚羽がいろいろ知っていたから、買い物はスムーズに進んだ。


「あとはなにか買いますか?」


「おもちゃとか」


「なるほど。猫じゃらしとか定番ですよね」


「そうだなぁ」


 僕はハッサムのためにおもちゃをいくつか買い物カゴに放り込んだ。


 その後は特に何事もなく会計を済ませてペットショップを出られた。


「じゃあ、もういい時間だし帰るか」


「そうですね。その前にちょっとお手洗いに行ってきてもいいですか?」


「分かった。あそこのベンチで待ってる」


 揚羽は「すぐに戻ってきますから」と言って、トイレの方へ向かって行った。


 残された僕はショッピングモールの出入り口付近に置かれた休憩用のベンチに座って、揚羽が帰ってくるのを待った。


 足もとに置いた手荷物の中を確認すると、思いの外予定にはなかった買い物が多かったなと僕は苦笑いを浮かべる。


「ねえ、ちょっと」


 と、視線を下に向けていて気がつなかったが僕のすぐ横に誰かが立っているのに、声をかけられたことで気がついた。


 今日は声をかけられることが多いなと考えつつ顔をあげると、僕の目の前に私服姿の恭子が立っていた。


 目が合うこと数秒。


「やっぱ、あんたあの時に揚羽と一緒にいた冴えない男じゃない」


「……」


 傷ついた。


 恭子は黒色で無地のノースリーブと白いワイドパンツという簡素な服装だったが、持ち前のスタイルのよさか様になっていた。


 シンプルイズベストの典型例だろう。


 首から下げられたアクセサリーや、背中をくすぐる程度の長さがある黒髪から垣間見えるピアスが白い耳で煌めいていた。


 こうして見ているだけなら揚羽の姉なだけあって美人なのだが――性格があれなのが残念でならない。


「ねえ、今あんた失礼なこと考えてなかった?」


「いえ、別に」


「あっそ」


 なんて興味のない相槌なのだろうか。


「ええっと……なぜこんなところに?」


「はあ? あたしがここにいちゃ悪いの?


「別にそんなことないですけど……」


「それより、あいつは?」


「誰のことですか?」


「はあ? 言わなきゃ分からないわけ?」


「ちょっと分からないですね。あ、もしかして辰威小吉ですか?」


「は? 誰それ?」


「僕の友達です」


「舐めてんの?」


 ちょっとしたジョークのつもりだったけれど、割と本気のトーンで凄まれた。


 僕はため息混じりにこう返しておく。


「舐めてませんよ。バカにしてるんです」


「ずいぶんと礼儀のなってないクソガキみたいね?」


「ほぼ初対面の僕に対しての第一声が『冴えない男』だった人よりかは、幾分か礼儀はあると思いますよ。なんなら敬語もやめましょうか」


「……」


 恭子の額に青筋が立った。


「へえ。このあたしに喧嘩売るとか中々度胸があるじゃない。今からここであんたを血祭りにしてやろうかしら?」


「できるとでも?」


「喧嘩に自信があるのかしら? イキがるのも大概にした方がいいわよ?」


「まさか。僕は普通の高校生ですよ。瀬戸家の人たちみたいに武術とか習ってませんし、せいぜい授業で柔道を習ったくらいなもんで」


 しかしと、僕は冷然とした態度で続ける。


「腕っ節に自信がないので警察にでも駆け込むことにします」


「か弱い女のあたしと冴えない男のあんた……警察はどっちを信じるかしらねぇ」


「実はこの会話は全て録音していて――」


「ダウトよそれ。あんたはあたしと話している間、携帯電話を触っていない」


「……」


 特に打てる手がなくなった僕が苦虫を噛み潰した顔をしていると、恭子が僕を鼻で笑った。


「はっ。所詮はガキね。でも、このあたしを前にして一歩も引かない度胸は認めてあげる」


 なんか認められた。


「あとさっきまでのはただのストレス発散。八つ当たりだから間に受けなくてもいいわ。あんたみたいなクソガキにぶち切れるほど暇じゃないから」


「酷いこと言いますね」


「事実でしょ? ストレス溜まってんのよ。揚羽のせいであたしがバカ女の世話係になっちゃったから」


「……」


 恭子は肩を竦めてなに食わぬ顔で僕の隣に腰を下ろした。


「まあ、揚羽がいないならちょうどいいわ。あんたに話があったのよ」


「え? 僕に?」


「そ。揚羽は家族と仲が悪いから基本的に自分のことを話さないんだけど……」


「瀬戸家って結構やばいんですね」


「話の腰を折るな」


「すみません」


「とにかく、揚羽は自分のことを話さないからあんたが揚羽とどんな関係か知らないけど、あいつ一緒にいたってことはそこそこ仲がいいんでしょ?」


「いえ、別に?」


「目が泳いでるわよ。あんたってすぐ顔に出るタイプなのね。分かりやすすぎ」


「……」


 僕は天井を仰いだ。


 それは揚羽にも指摘されたことだけれど、僕ってそんな顔に出ているのだろうか。


 恭子はそんなことを気に留めることもなくサラッとこんなことを言った。


「あんた、あたしに協力しなさい」


「……はい? どういうことですか?」


「あんたは一から十まで言われないと分かんないの? 揚羽をうちに連れ帰って、バカ女の世話係に戻すために協力しろって言ってんの」


「お断りします」


「はあ? なんでよ?」


「逆になぜ頷くと思ったんですかね?」


 僕はため息を吐いて隣に座る恭子を見据えた。


「僕はあいつの味方ですよ。あなたに協力することはありえません」


「ふーん? なにが目当てなの? 揚羽の体? それならあたしの体をくれてやってもいいわよ?」


「なぜその発想に至ったのか疑問なんですけど」


「だって男なんて下半身で動く生き物でしょうが」


「酷い偏見だ」


「じゃあなに? あんたはどうしてあいつの味方なの?」


「理由なんてないですけど」


「バカなの? 人が人を助けるのは大なり小なり下心があんのよ。無償の善意なんて反吐が出る。気持ち悪い」


「すごいはっきり言いますね……」


「あたしは嘘を口にするのが大嫌いだから。なんでもハッキリと言いたいタイプなのよ」


 正直者といえば聞こえはいいかもしれないが――いや、実際の正直者ってこういう人なのだろうなと思った。


 それにしても、どうして揚羽の味方なのか……ねぇ。


 僕は彼女のその問いに対して至極真面目に答えることにした。


「それは僕があいつのこと――」


 口を開いて僕の想いを伝えようとした時だった。


 目の前にある通路を小さな女の子が泣きながら歩いている姿が視界に入った。


 それを見た恭子がおもむろに立ち上がったかと思うと、泣いている女の子の前でしゃがんだ。


「ねえ、あんた迷子? なに泣いてんのよ?」


 恭子は泣いている女の子を相手に、僕と同じような高圧的な態度と口調で問いかける。


 女の子は目尻に涙を一杯溜めたままコクリと頷く。


「はあ……しょうがないわねぇ。じゃあ、あたしが迷子センターまで連れて行ってあげる」


「そうしたらママに会える?」


「言わなきゃ分からないの? 会えるから連れて行くんでしょうが」


「ちょ……子供にも容赦ないですね」


 荷物を持って僕も恭子と女の子のもとに近寄って感想を述べると、恭子は「はっ」と鼻で笑った。


「あたし、子供って大嫌いなのよ。笑った顔は可愛いし、ほっぺは餅みたいに柔らかいし」


「それむしろプラス要素では」


「だから嫌いなのよ。どっちもあたしにはないものだから」


 自分にないものを持っているから嫌い――それは暗に揚羽のことを指しているのだろうか。


 恭子の真意は分からなかったけれど、ただ一つ分かったことがある。


「ほら、さっさと行くわよ」


「で、でも……ママが知らない人にはついて行っちゃダメって……」


「ふーん? ママの言いつけを守るのは偉いわね。そうねぇ……じゃあ、自己紹介するから。それで問題ないでしょ」


「じこしょうかい?」


「知らないなら知ればいいだけじゃない。そしたら、もう知らない人じゃないでしょ?」


 それはいつぞや揚羽が迷子の女の子に向かって言っていたこととまったく同じ言葉を、恭子も女の子に言っていた。


 恭子は女の子の手を握ってやり、改めて僕に視線を向ける。


「じゃあ。協力の件考えておきなさい。あたしはこのガキを迷子センターまで連れていくから。ほら、行くわよ」


「うん!」


 恭子は嵐のように現れて、嵐のように去って行く。


 そんな嵐が如き彼女の背をぼーっと眺めながら、


「本当に揚羽の姉なんだな」


 僕はぽつりと呟いた。


 あの人は「嫌な人」ではあっても、「悪い人」ではないかもしれない。


 それから間もなく揚羽が戻ってきて、なにかしら異変を感じたのか首を傾げて尋ねてきた。


「あの……もしかしてなにかありましたか?」


「ん? なんで?」


「いえ、なんとなくですけれど」


 僕は少しだけ考える素振りを見せてから、彼女の問いに対して簡潔に答える。


「別になにも」


 揚羽は訝しげな表情をしていたもののすぐに微笑みを浮かべて、「そういうことにしておきましょう」と手を後ろに組んで歩き出す。


 僕も荷物を持ち直して彼女の後を追うように歩き出すのだった。

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