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幼馴染メイドとお洋服


 スタッフロールまで見終えて、ほとんど人がいなくなるまで僕たちは席を立たなかった。


 というのも――。


「ほら、もう立てそうか?」


「ガクガクガク」


 恋愛映画だと思っていたらまさかのホラー映画で、という予想外の展開で僕は楽しめたのだけれど、ホラーが苦手な揚羽は腰を抜かして立てなくなってしまったのだ。


「まだ立てなそうか?」


「た、立てます。立てますとも。私を誰だと思っているのですか。こ、この程度で臆するなどありえません」


「無理に立とうとするな。足が震えっぱなしだぞ」


 よく生まれたての小鹿などと表現されるけれど、今の揚羽はまさしくそれである。


 膝が小刻みに振動していて、前の椅子の背もたれを手摺り代わりにしなければ真面に立っていられないらしい。


「くっ……途中まではつまらない恋愛映画だと思っていたのに、油断させてからのホラー要素なんてずるいではありませんか!」


「なんならSFの要素もあったよなぁ」


「あれだけいろいろな要素を詰め込んだ割に、面白かったのが余計に腹立たしいです……!」


「多分、脚本書いた人は天才だな」


道理で人気なわけだと僕は苦笑する。


 会話している間も、やはり揚羽は歩くこともままならないみたいで、一歩踏み出すごとに転びそうだった。


 僕は仕方ないと肩を竦める。


「はあ……僕の手でよければ支えにしろよ」


「いいのですか?」


「僕から提案したんだからいいに決まってるだろ?」


 揚羽は僕が差し出した手を見て目を丸くしていたが、次第に頬を赤くしていき最終的には躊躇いがちに僕の手を取った。


 僕の左手は揚羽の左手よりも一回り大きくて、簡単に彼女の手を包み込んでしまった。


「……修太郎くんの手。大きいですね」


「お前の手が小さいんだ」


「ふふ。手を繋いだのなんて何年ぶりでしょうか。本当に……とても大きくなりましたね。修太郎くんの手。すっかり男の子の手になりました」


「……」


「あら? どうかしましたか? 顔が真っ赤ですよ?」


「うるせぇ。ほら、さっさと出るぞ」


「ふふ。そうですね。早く出ましょうか」


 僕はぶっきら棒に言って、そのまま揚羽の手を引きながら映画館を出る。

「次はどこへ行くのですか?」


「フードコートだよ。もういい時間だろ?」


 一二時三四分と表記されたスマホの画面を揚羽に見せる。


「あ、本当ですね。それではフードコートに参りましょうか、ハッサムのお買い物はその後に……」


「あー……それなんだけどさ」


「なんですか? なにか問題が?」


「いや、ハッサムの買い物をする前にお前の服を買った方がいいかなと」


 僕は立ち止まって揚羽の服装を見ながら口にする。


「え? なぜですか?」


「お前、他所行きの服を持ってないんだろ? さすがに、毎回毎回メイド服のお前と一緒に歩くには精神的にキツイんだよ」


 周囲の視線が突き刺さるし、中には勝手にスマホを取り出して写真を取る不届きな輩までいるだろう。


 だから、いい機会だし服を一着くらい見繕うべきだと僕は考えた。


 これに対して揚羽は案の定、首を横に振る。


「大丈夫です。ただでさえ、修太郎くんに猫用品のお代を出していただくのに私のお洋服までなんて……私のお洋服までお金を出させるわけには――」


「いつか返してくれればいいよ。とにかく、今は僕が肩代わりしておくから」


「いえいえ、それでもやはり忍びないと言いますか……」


「いいから。その恰好のお前と一緒にいると目立って落ち着かないんだよ」


 そんな押し問答を数分したところで、ようやく揚羽が折れた。


「分かりました……できる限り早く返済しますから」


「別に急がなくてもいいんだけど……」


「ダメです! お金の問題はちゃんとしておかないと!」


 こういうところは意外と律儀なんだよなぁ。


 そんなことを内心で考えつつ、結局僕と揚羽はフードコートに向かう手前で見つけた洋服を売っているお店に立ち寄って、先に揚羽の服を買ってしまうことにした。


「とりあえず、好きなのを選んでくれ」


「そう言われましても……ふと今思ったのですが、布だけ買っていただければ、後はお裁縫で服を自分で作ることができますよ? そちらの方が安いですし……」


「それでもいいけど、今日のところは今すぐに着替えて欲しいんだよ。見ろ。お店の人たちから浴びさせられている好奇の目を」


「……?」


「お前のメンタルは鋼でできているのか?」


 いや、よく考えればブラックな職場で十年以上働いていたのだから、この程度で動じる彼女でもないか。


 それはともかくとして。


「ほら、いいから早く選べよ。店員さんがこっち見て話かけたそうにしてるぞ」


「正直、下手な方より私が選んだ方がいいんですよね」


「めっちゃ失礼なこと言うなお前……」


「事実ですので」


 この完璧超人女むかつくな。


 ただ、本人が言うように残念ながら事実だから言い返せない。


 瀬戸揚羽はあらゆる分野においてトップクラスの実力を持った完璧超人。


 当然、服選びに関してもプロ顔負けのコーディネートなど朝飯前だろう。


 そう思っていた――数分前までは。


「修太郎くん! このTシャツとても可愛らしいと思いませんか!? この胸にプリントされた猫ちゃんのイラストとか最高にキュートですよね!?」


「あ、すみまーん店員さん。こいつに似合う服を見繕ってもらえますかー?」


 僕は素っ頓狂なことを言う揚羽を放って、服選びプロの店員さんを召喚することにした。


 よく考えたらこの女、メイド服しか着ているのを見たことがない。


 そんな人間が真面な服を選ぶなんてできるわけがなかった。


 揚羽は僕の対応にご不満みたいでリスよろしく、頬を膨らませながらも店員さんに従った。


 店員は若い女性で、揚羽を見て嬉々とした表情で服を選んでいる。


 しばらくして店員さんの選んだ服を持って試着室に入った揚羽。


 試着室の前で揚羽の着替えを待っている間、僕と店員さんの二人きりになった。


 他にも店員さんやお客さんがいたため、正確には二人きりでもなかったけれど……。


「すみません。お手数かけて」


「いえいえ! とんでもないです! 私もあんなにお綺麗な方の服を選べて楽しいですし!」


「そうですか。それならよかったです」


「えっと……お客様は彼氏さんで……?」


「違います」


 僕が即答すると店員さんは、「あ……そうですか」とややバツが悪そうに言った。


「ええっとですねぇ……お連れ様もお洋服買っていきますか?」


 と、店員さんが言ったと同時に試着室のカーテンが開いた。


 見ると、そこにはメイド服とはまた趣の違う姿をした揚羽が立っていた。


 メイド服も似合っていた。

 だが、これは――驚いた。


 メイドを服の彼女を見慣れていたからだろうか、私服姿の彼女を見るのは十年以上の付き合いを経た今日が初めてで衝撃が強かった。


 否、刺激が強かった。


「んー……? どうでしょう? 似合ってますか?」


 揚羽は自分だと分からないようで僕と店員さんに尋ねる。


 店員さんが目をキラキラさせて「素敵です!」と答える中、僕はなんと答えるべきか考えあぐねていた。


 華やかなデザインの白いシャツはボリュームのある袖口を前腕の途中まで捲り上げ、細くしなやかな女性らしいフォルムが強調されていた。


 下はクラシックなデニムスカートで足首まで丈が伸びている。


非常にシンプルながらシャツの白とデニムの青が、清楚で可憐な印象を強くしていた。


極め付けにはシャツを押し上げる豊満なバストと金髪の髪――。


「店員さん。これいくらですか? あと他にも服選んでもらえます? こいつに似合う服なら全部買います」


「え? は、はい! かしこまりました!」


「ちょ……なにを言っているのですか修太郎くん!? 待ってください店員さん! この服だけでいいですから!」


 その後、僕が正気に戻るまで十分くらいかかった。


面白かったらブックマークとポイント評価をしていただけると、やる気が……出ます!

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