幼馴染メイドと映画館
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自宅の最寄り駅から電車で十分と少ししたところに大型のショッピングモールがある。
映画はもちろん、ゲームセンターのような娯楽施設が多数存在し、有名な服飾店から百均までありとあらゆるお店が揃っている。
五月十日、日曜日。
ハッサムを家で留守番させて僕と揚羽は、この大型ショッピングモールに来ていた。
目的は猫用品の買い物と映画である。
「ふふ。楽しみですね。デート」
「……」
僕は天井を仰いだ。
デートかぁ……やっぱり、これってデートだよなぁ。
僕は隣を歩く揚羽を横目で盗み見る。
いつも通りのメイド服を着ていて、髪も普段と特に変わらない。
ゆえに、はたから見るとコスプレイヤーにしか見えないわけで――。
「お前の隣を歩くと目立って仕方ないな」
「それは私が可愛いからということですか?」
「それもあるだろうけれど、その恰好に問題があると思うぞ」
周囲から向けられる奇異の視線がなんとも居心地悪い。
ひそひそ「なにコスプレ?」とか聞こえてくる度に、揚羽は「本物ですけどなにか?」みたいなオーラを出して睨みつけるしで……デートっぽくはなかった。
そのまま、揚羽のせいで周りから視線を浴びたままショッピングモールの中を並んで歩く。
「いろいろなお店があるのですね」
「お前は来たことないのか?」
「時間がなかったので。たまのお休みはいつも修太郎くんの家に行っていましたし」
「なるほど」
「修太郎くんはよく来るのですか?」
「いいや? あんまり来ないよ」
「そうなのですか?」
「単純にここに来る用がないからな。あと、無駄に大きいから歩き疲れるんだよ……」
「それは普段、あまり運動をしないからではありませんか? 少しは体を動かした方が健康にいいですよ?」
「運動ねぇ。そういうお前はやってるのか?」
「やっていますよ。私とて、この完璧なプロポーションを維持するために頑張っているのです」
「ふーん」
「しかし、どうしましょう……ここまで完璧なプロポーションだと、モデルのスカウトをされてしまうかもしれませんね。もしくはナンパとか……」
「自意識過剰すぎじゃね?」
「もしもナンパされたら助けてくださいね? 私、かっこよく助けてもらうお姫様が昔からの夢なのです」
「お前は自分でなんとかできるだろ」
この完璧超人、一見無害そうな顔はしているものの柔道や空手はもちろんのこと、合気道など一通りの護身術を身につけている。
その上、ボクシングやムエタイなどの格闘技においても大会で優勝した経験をいくつも持っている。
聞いた話では、ナイフを持った通り魔を相手に一歩も引かないどころか立ち向かい、ボコボコにしたという逸話がある。
本人に聞いても、「ふふ」と笑うだけでなにも教えてはくれなかった。
というか、僕もなんとなく怖くて深く追求できなかった。
そんなわけで、揚羽がか弱いお姫様の如く助けられるシーンなど皆目想像もできない。
揚羽は僕の言葉に、「分かってないですね」と唇を尖らせる。
「女の子はみんな誰しも白馬の王子様に憧れるものなのですよ?」
「お前が全女の子を代弁するな」
「分かりました。訂正しましょう。私は白馬の王子様に憧れています」
「そうか」
「あれ? それだけなんですか?」
「なにか言って欲しいのか?」
「ええ、まあ……『僕がお前の王子様になってやる』とか」
「僕がお前の王子様になってやる」
「ぷっ」
「張っ倒すぞ」
僕は隣で肩を震わせて笑った幼馴染に恨みがましい目を向ける。
そうこうしているうち、僕たちは目的地である映画館に到着した。
中は黒を基調とした暗い色調とライトで彩られていて、お洒落な装飾でとても雰囲気がよかった。
カップルや家族連れのお客さんが多く、やはりここでも揚羽が注目を集めた。
ここへ来るまでにずいぶんと視線を浴びていたからか、さすがに僕も慣れてしまって気にならなくなっていた。
「あ、ポップコーンとか買うか?」
「……」
「あれ? 揚羽さん?」
返事がなかったので隣の揚羽に目を向けると、彼女の目は立ち並ぶカップルに釘つけとなっていた。
「どうかしたのか? じっとカップルなんて見つめて」
「……いえ、周りから見たら私たちもカップルに見えるかなと思いまして」
「それはないだろ。メイド服を着た美女と普通の高校生にしか見えないよ」
なんなら揚羽が目立ちすぎて隣にいる僕の存在に気がつかないではなかろうか。
僕がそう言うと、彼女は呆れたようすでため息を吐いた。
「あれですよね。修太郎くんって、ちょっとデリカシーとかそういうのが欠けてますよね。そんなんじゃ女の子にモテませんよ?」
「いいよ別にモテなくても。そんなことよりポップコーンどうするよ」
「……キャラメルポップコーンで」
揚羽は少し面白くなさそうに唇を尖らせて言った。
「飲み物はウーロン茶でいいよな?」
僕はポップコーンと飲み物を二人分注文。
それらを受け取った時には上映五分前になっていたので、やや急いで自分たちの席につく。
席は中央のあたりで中々悪くない場所だった。
「真っ暗ですね」
「映画館だから」
「こういう場所は馴染みがないので緊張してしまいますね」
それからまもなくして映画が始まった。
噂に聞くほど面白い恋愛映画ではなかったように思う。
退屈というわけではなかったものの、かと言って感動するようなこともなかった。
隣で見ていた揚羽も終始無感情な表情でスクリーンを眺めながら、もぐもぐとポップコーンを食べている。
どうやら面白いと思えないのは僕だけではないらしい。
なぜこの映画があれだけ話題になっているのだろうかと考えた次の瞬間――。
『きゃあああ!?』
「「!?」」
突然、響いた女性の悲鳴の僕と揚羽は体を震わせた。
その女性の絶叫を皮切りに恋愛映画はホラー映画の様相を見せ始める。
バッと出てくるお化けに揚羽がプルプルと震わせ、落雷が落ちると「ひっ」と小さな悲鳴を上げる。
そういえば、揚羽はホラー映画とか苦手だったことを思い出す。
雷もすこぶる怖いみたいで雷が落ちると決まって電話をしてきて、
『修太郎くん! お願いです! か、雷が止むまでお話してください!』
などと、夜中に叩き起こしてくることもしばしば。
ホラー映画を見た日には夜が明けるまで電話を繋いでいたこともあった。
『もう僕寝てもいい?』
『お願いです一人にしないでくださいー!』
揚羽が僕に泣きつくことは滅多になかったし、まあ仕方ないと付き合っていたっけなぁ。
僕は映画で怖がっている揚羽を横目に見ながら、ふと昔のことを思い出すのだった。




