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幼馴染メイドのだらだら

 駅から徒歩十分ほどあるいたところにあるマンション。


そこで一人暮らしをしていた僕――千葉ちば修太郎しゅうたろうは、いつも通り洗濯物を干すために窓を開けた。


 そよ風の心地いい朝。

 照り輝く太陽を見るに絶好の洗濯日和である。


 僕は洗濯カゴを持ってベランダに出ると、物干し竿に順次洗濯機で洗った衣類をかけていく。


 ふと、その途中で女性ものの下着を見つけた。


 白だった。

 白色の可愛らしい清楚な下着の上下セットである。


「……」


 僕がそれを手にして頬を引きつらせていると。


「女性の下着を手に取ってジッと眺めるなんて、とてもいやらしい人なんですね。修太郎しゅうたろうくんは」


 その声に室内の方へ振り返ると、メイド服姿の美しい美少女が僕を見ていた。


 肩口まで伸びた綺麗な金髪で女性にしては高い身長。


 それでいて均衡の取れたプロポーションをしており、とても同じ日本人とは思えない端正な顔立ちをしている。


「違う。僕を勝手に変態扱いするな」


「でも、女性物の――それも私の下着を食い入るように見ていましたよね?」


「見てない。虚偽の情報を入れるな」


「大丈夫です。言わなくても私はちゃんと分かっていますよ。修太郎くんも年頃の男の子。女性に興味を持つのは当然です」


「あれ? 話し聞いてる?」


「特にそれが私のような同い年の美少女の物であるなら、気にならない方がむしろ異常でしょう」


「自分で言うな」


「だから、興味を持つなとは言いません。しかし、幼い頃から付き合いのある幼馴染が性犯罪者になって捕まるのはいやなので、そこだけは気をつけてくださいね?」


「……」


 どうしよう。

 この女、ちっとも僕の話を聞かないんだけれど。


 僕はため息を吐きながら立ち上がり、洗濯カゴに紛れていた彼女の下着を彼女に突きつける。


「お前が言うように、僕とお前は年頃の男女なんだ。だから、お互いの洗濯物は分けようって言っただろ? 僕だって幼馴染の下着を朝から見たくないよ」


「興奮してしまうからですか?」


「興奮しない……おい、なんだその疑わしい人間を見る目は。しない……しないって言ってんだろ」


 どれだけ彼女の中で僕への信用は低いのだろうか。


 一応、仮にも幼馴染なのだからもう少し信用してくれてもいいのではなかろうか。


 そう言うと彼女は怪訝な表情を浮かべながら、おもむろに一冊の本をどこからともなく手に持った。


「しかし、修太郎くんの趣味を考えるとやはり私は心配なのです」


「おい待て。ちょっと待て。それは僕の持っている成人向けの本じゃないか!」


「はい。修太郎くんの部屋のベッド下から発掘しました」


 彼女は手に持っていたのは紛れもなく僕の買ったエッチな本だった。


 この女、人の部屋に勝手に入った挙句なんてことしてくれたんだ。


「この本を見る限り、修太郎くんは金髪で巨乳なメイドさんが好きなご様子。もうこれ完全に私のことですよね?」


「違う」


 僕は即答した。


「というか、お前ちょっと前まで黒髪だったろ」


「まあ、そうですね。金髪に染めてみました。似合っていますか?」


「それは……まあ、似合ってるけど……じゃなくてだな!」


 思わず彼女のペースに呑まれるところだったと僕は再びため息を吐く。


「話題を戻すけれど……とにかく、僕たちは年頃の男女なんだ。これから清い同居生活をするなら、最低限ルールは守らないと。たとえば僕の部屋には勝手に入らないとか」


「あ、そろそろ日課の朝アニメの時間ですね。テレビを点けませんと」

「おい」


 僕の制止も虚しく、彼女はリビングのテレビを点けると人が二人座れる大きさのソファに横たわってくつろぎ始めた。


 こうなったらこの女は話を聞くまい……。


 僕は諦めて家事に戻る。


 洗濯物を全て干し、軽く部屋の掃除を行い、朝食で使ったお皿に片付けを済ませる。


 その間、彼女はテレビでアニメを見ながら、


「……ポリポリ」


 ソファで寝転がったままポテトチップスを食べていた。


 ここは僕の家なわけで彼女は居候の身なのだけれど、どうして一切合切家事を手伝ってくれないのだろう。


 しかも、めちゃくちゃくつろいでるし。

 とりあえず無視して、そのままお皿を食器棚へ戻していく。


「……だらだら」


「……」


「……ふあ〜眠い」


「……」


「あ、修太郎くん。ポテトチップスが切れてしまったので買ってきてもらっていいですか?」


「張っ倒すぞ」


 僕は三度目となる盛大なため息を吐いた。



 食器棚を整理し終えた僕は、改めてソファでだらだらとしているメイド服姿の美少女に目を向ける。


 彼女と出会ったのは十年くらい前だっただろうか。


 瀬戸せと揚羽あげは――彼女とはそれなりに長い付き合いの幼馴染だ。


 揚羽の実家である瀬戸家は、日本で有数の名家と言われる東條家に代々使えている執事の家だ。


 揚羽も例に違わず東條家の長女――お嬢様に仕えている瀬戸のメイドである。


 見目の美しさはさることながら東條のメイドとして相応しい教養を幼い頃から叩き込まれていたらしい揚羽は、まさに文武両道・才色兼備の完璧超人。


 勉学は全国模試でもトップクラスに入り、あらゆるスポーツや芸術のコンクールなどで賞を得ている。


 そんな優秀で有能な東條家のメイドたる揚羽だが……。


「……だらだら」


 今はソファでだらっとしていた。


 これが本当に巷で言われている才女の姿なのだろうかと疑わしくなるが、残念なことにこれが真実である。


 幼馴染である僕は知っている。

 瀬戸揚羽はとんでもないだらけ癖のあるだらしない人間だと。


 一言で彼女を言い表すなら「駄メイド」だろう。間違いない。


 やろうと思えばなんでもできるが、そもそもやる気がないというか。


「はあ……あのさ。揚羽さんや」


「なんですか修太郎くん?」


「別にだらけるのは構わないけれど、少しは家事を手伝ってくれないか」


「いやです」


「即答かよ」


「だって面倒臭いんですもん」


「もんって……僕、時々お前が本当に名家のお嬢様に仕えてるメイドなのか疑わしくなるんだけど」


「失礼な。ちゃんと名家のお嬢様に仕えていたメイドですよ? 私がだらけた姿を見せるのは修太郎くんの前でだけです」


「それめっちゃいやなんだけど」


「あれ? 君にしか見せない姿ってドキッてしませんか?」


「しない。僕にとってはだらだらしてるのがデフォルトすぎて、逆に普段のお前がバリバリ働いてる姿が想像できないし」


「私だって働く時は働きますよ。ほら、メイドですし。メイド服も着てますし」

「恰好だけのメイドならコスプレだろ。というか、なんでここでメイド服……?」


「お屋敷にあった私の服、これしかなかったんですよ」


 揚羽はそう言ってソファの上で寝ながらメイド服のスカートをひらひらさせる。


 足首まであるスカート丈ゆえ、その程度では中が見えることはなかったが、はしたない行動には変わりない。


「まあ、別に家事は僕がやるからいいけどさ。慣れてるし……」


「……修太郎くん」


 父親は中学の頃に交通事故でいなくなり、母親は海外を飛び回っているから基本的に家にはいない。


 それを知っている揚羽は少しだけ目尻を下げて問いかけてくる。


「寂しいとか感じたことはありますか……?」


「いや、昔はともかく今は別に。親父に厳しく育てられたのもあって、一人暮らしには不自由してないしな」


 僕は言いながら天井を仰ぐ。


 父親は元ヤンキーだったらしくて、幼少期の頃から物凄く怖かった。


 殴ったり怒鳴ったりはほとんどして来なかったけれど、とても厳しく育てられた。


 その甲斐あって高校二年生の一人暮らしでも、なに不自由なく過ごせているのだから親父には感謝している。


「それにもう高校二年生だ。やろうと思えばなんでもできる年齢だしな。親がいないからなにもできないなんて言ってらんないだろ」


 揚羽は「そうですか」と頷くと、いつも通りの調子で口を開いた。


「まあ、この私が一緒に住んであげるんですから寂しいわけがありません。こんな美少女と一つ屋根の下で暮らせるのですから嬉しいですよね?」


「自分で言うな。幼馴染のよしみでうちに泊めてるんだからな? お前、居候ってこと忘れてるんじゃないだろうな?」


「え?」


「え?」


 なにその今思い出しましたみたいな顔……。

 僕はため息を吐いた。


「ああ、そういえばさっきの話題で気になっていたんだけれど」


「さっきの話題ですか? えっと、修太郎くんが持っていた成人向けの本の話題ですか?」


「それは忘れろ。じゃなくて……お前が髪を染めた話題だよ。ちょっと前までは黒髪だったろ? なんで金髪に染めたんだ?」


 金髪が似合っていないわけじゃない。


 元々、金髪だったと言われても違和感のないレベルで似合っている。


 しかし、今までずっと髪を染めたことのなかった彼女が急に髪を染めたのだから気にならないと言ったら嘘になる。


「なんだ? 現代社会に対する反発か? 非行少女か?」


「私を反抗期の子供と一緒にしないでください」


「一七歳だしおかしくもないだろ?」


「違いますから……私が金髪に染めたのは……その……」


「ん? お前にしては歯切れが悪い。言いにくいなら別に言わなくてもいいけど」


「じゃ、じゃあ言いません。恥ずかしいので……」


「恥ずかしい……?」


 金髪に染めた理由が恥ずかしいとはどういうことなのだろうか。


 ふと、揚羽が体を起こして居住まいを正してソファに座ったかと思うと、なにやら金髪に染めた前髪を左手の指先でいじり出した。


「あ、あの……修太郎くん。似合っていますか?」


「ん? さっき言っただろ? 似合ってるよ」


 素直な感想を述べると揚羽は、「ふへへ」とくすぐったそうな笑みを溢した。

「ふふ……似合っているのならよいのです」


「……? そうか?」


 なんだかよく分からないけれど揚羽の機嫌がよくなった。


 揚羽がこんな上機嫌に笑うのは久しぶりに見たかもしれない。


 ここ最近はストレスが溜まっていたみたいで、上辺だけの取ってつけたような笑みがほとんどだったから。


 僕は機嫌よく微笑む揚羽を他所に、ふと彼女がうちへやって来た時のことを思い返した。

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