七行詩 691.~700.
『七行詩』
691.
貴方に伝える 言葉一つのために呼吸し
貴方が寄れば 水面から顔を出すような
飲み込んだ言葉に 息を詰まらせ
悔しさに溺れてしまうような
私はこの広い 河に住まう魚です
貴方に会うため 対岸で待ち続けることができず
思わず 身を投げてしまったのです
692.
その名を口にすることは
何よりも特別なことで
世界の全てが 名前をなくしても
私はきっと 思い出すでしょう
貴方の生きるままの姿を 象り意味する その名前を
世界が全てを忘れても
貴方を呼ぶために 必要なもの
693.
私の目には 色も形もわからないから
上手に絵を描くことはできない
上手に真似をすることもできない
言葉も多くは知らないから
私が持つ 薄っぺらな辞書の中を探すけど
気持ちを伝えるには 多くの言葉はいらないでしょう
私にはそれで 十分なのです
694.
言葉にすることは 溢れ返る雑念の中
意識の在り処を探す行為で
旅をすることは 流れる景色に身を置きながら
魂の在り処を探す行為で
伝えることは 伝わらぬ孤独に耐えきれず
救いを求める 身勝手な行為で
貴方にぶつかり 止まるまで 転がり続ける岩のよう
695.
何かを組み立てようとする度
この手は傷だらけになるのに
この家は人に建てられたものだと
知れば驚いてしまう
貴方と棚を分け合うために 自分の荷物を捌いている
これからこの家で暮らすのです
二人の場所は 譲り合い 守ってゆかなくては
696.
感じていますか
ほんの少しずつ 日が短くなってゆくのを
暦は入れ替わるように
貴方の季節へと向かってゆく
次の幕はもう始まろうとしている
私は先を知らない このまま客席につくのか
貴方に並ぶため 舞台に躍り出るのか
697.
優しさが貴方を嘘つきにするなら
その優しさは 今すぐ捨てて
ナイフで私を切りつけ 追い払ってくれてもいい
私は嘘さえ信じますが
嘘が 貴方を知るきっかけを奪うのです
教えてくれるなら 私は得た傷を愛し
同じ傷を 貴方の中に探さなければならない
698.
貴方に奪われた心は
他の誰にも取り戻せない
貴方が欲していなかったとしても
心はいつからか 私のものではなくなってしまった
私が身を投げたのは
底の見えない闇の中か 底なしの愛の器の中か
自分の姿さえ 見失うほどに 盲目で
699.
去年の夏を覚えていますか
そこに貴方は居らず
日々照りつける 七月の暑さに
抗いながら この身をやつれさせていた
今年は 梅雨に別れを惜しむように
肌寒ささえ残りました
終わりのない疲れを癒し 温もりが恋しくなるほどに
700.
背に背を感じ それぞれの舞台に立ち
疲れきって眠るときは 安息を祈っている
今まで何度 貴方を想い 呼びかけたでしょう
それが私の力になる
目を伏せれば 整ったまつげが
その瞳が傷つかぬよう 守っている
こんなにも 眩しい光を放つ瞳を