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GROWIN

作者: 柊 柊一

 何をしている時間が一番幸せか、その問いかけに俺は迷わず小説を書いている時と答える。


 きっかけは一冊の文庫本。何気なく駅前の本屋で手に取った一冊に俺は直ぐに魅了された。


 こんな世界を書きたい、誰にも奪えない俺だけの世界を。


 そう決意するのにあまり時間はかからなかった。


 それから俺は小説の世界を学んだ。著名な作家の本を読み漁り、朝も夜も頭がキリキリする程に頑張った。


 更に時間を掛ける為に学校でも原稿用紙を使って書いた。


 書いて書いて、他の事などどうでもよくなる位に書き続けた。


 俺は自分が神にでもなったような気分になっていた。


 そう思った時点で俺には小説を書く資格が無くなった。


 わかっていたことだ。俺の書いた小説は確かに俺の世界だ。だがそれを人に押し付けるのは、果たして小説

 なのだろうか。


「・・・君、五十嵐(いがらし)君」


 顔を上げる。その瞬間、俺の中で何かが割れる音がした。


「はあ、やっとこっち見た。先刻からずっと呼んでるのに」


 目の前にいる彼女は呆れたようにこちらを見ている。


「・・・えっと、ごめん。何?」


 彼女は俺の問いかけを無視し、俺の机の隅に置いてあった文庫本を手に取ると、パラパラとページを捲る。


「この本、好きなの?」

「ああ、好きだよ」

「ふーん、だからこの小説の真似事をしようとしてたって訳ね」


 彼女は次に俺の書いた小説を見せろと言ってきた。もちろん断ったが彼女は隙を突いて原稿用紙の束を奪い取った。


 この際、しょうがないので彼女に最初の読者になって貰うことにした。


 一通り読み終わったのか、彼女は俺にそれを返した。


「まあ読んだ感想はと言うと、はっきり言ってつまらない。駄作ね」


 それを聞いた時、自分の作品を貶された怒りと初めて自分の作品を読んでくれた喜びが混ざり合い、うまく言葉に出来なかった。


「だけど、それは今だけ。今日から私があなたを一流にしてあげる」


 彼女は近くの椅子を引っ張って来て、俺の前に座る。


「あなたの大好きな小説家、早見綾音(はやみあやね)がね」


 その日、俺は初めて彼女の顔をまじまじと見て驚愕した。


 その顔はずっと憧れていた小説家、早見綾音そのものだった。


 それから俺は、早見の指導の元、小説を執筆し続けた。


 だが早見は俺の理想像とは正反対で、教えるのが下手だった。


 もっと時間を割く為に文芸部に入ってから、吉野(よしの)雨宮(あまみや)といった仲間が加わり、白熱した議論を何日も繰り返した。


 いつしか俺はこんな時間が楽しいと思った。心の全てをぶつけて話すなんて初めての経験だった。


 仲間と知恵を出し合い、更なる良い物に変えていく。俺に必要なものはこれだったのだ。


 そんなある日の放課後、俺と早見は屋上にいた。


 昼間はあんなに暑かったのに、今は冷たい空気が頬を撫で、夏を感じさせる。


「あの花、なんて名前だっけ?」


 転落防止に設置された手すりに体を預けた早見はスカートの裾を押さえながら、花壇の花を指差す。


「さあね、あんまり花には詳しくないから」

「そう、なら調べといてよ。凄い綺麗」

「今度書く小説に使おうかな」

「私が先に見つけたのよ!」

「調べるのは俺だ」

「ふうん、言うようになったじゃない」


 早見は目を細めて睨んできた。


「えっと、まあ・・・。それで何の用だよ」


 俺は強引に話題を変える。


「仕事が忙しくなってきてね。もう学校には来れないだ、ゴメンね」


 俺は曖昧に頷く。


 知っていた。天才小説家、早見綾音。最近になって出版された小説が爆発的ヒットとなっていることを、俺


 達の為に時間を割く余裕など元々なかったことも。


「いや、いいんだよ・・・」


 沈黙が屋上を包む。居心地が悪い、だがいつまでも浸っていたいと思う自分がいる。


 それを破ったのは俺だった。


「今まで俺に小説を教えてくれてありがとう。感謝してる」

「それは私も同じよ。あなたや吉野、部長から学んだお陰で最高の小説を書けた」

「天才小説家にそんなに言ってもらえるなんて、この上ない喜びです」

「からかわないでよ!」


 早見は静かに笑う。


「悪い。でも最後に聞きたいことがあるんだ」

「うん、どんとこい!」


 自信ありげに胸を張る早見を見て、思わず苦笑した。

「なんで俺だったんだ。教えるならもっと才能がある奴が他にいるだろ」

「そうね。確かにあなたより才能がある人は他にもいる。でもね、そういう人達の世界には輝きがないの」


 早見は腕を組む。


「ただ真面目な世界を描いても面白みがない。けどあの日、初めて君の書いた小説を見た時、君の世界は不器用だけど確かに強い輝きを感じたの。これが君に教えようと思った理由」


 早見は西に傾き始めた太陽を眩しそうに眺めた。


「それとね、君には私のライバルになって欲しかったの」

「俺はそんな大層な人間じゃないよ」

「・・・五十嵐君は自分を過小評価し過ぎなのよ。誰がなんと言おうと、私はあの日の君に可能性を感じたよ」


 早見はかつて「対戦相手がいなきゃゲームは始まらない」と言った。早見は退屈なのだ。今の世界に対して。人生には少し位の刺激がなければつまらない。早見がそれを求めているのなら、答えはもう俺の中にある。


「早見、俺はいつか辿り着くよ。お前がいる世界へ」

「うん、待ってる。いつか絶対、凄い世界を創ろうね」


 この日の約束を俺は生涯、忘れることはないだろう。しかし、果たされる日は永遠にない。

 早見は翌日、不慮すがたの交通事故により、帰らぬ人となるからだ。



 ◆◇◆◇



 ガラッとドアが開く音がした。俺は音の方へ振り返る。


「ほら、やっぱりここだ」

「ほんとだ。珍しく吉野君の勘が当たったね」

「珍しくってなんですか」


 吉野和也(よしのかずや)はチッと舌打ちすると、俺の近くに歩み寄って来た。


 かけたメガネの奥の鋭い眼光を受け、俺は思わず起立しそうになる。


「まったく手間取らせるなよ五十嵐。部誌の締め切りあと一週間、時間がないの知ってるよな?」


 放課後は部活動の時間。俺は文芸部に所属している。学園祭に一冊五十円で売る部誌『ドラマチック』に命をかける。正直言ってギリギリ存続できている部だ。


「コラコラ急かさないの、五十嵐君はいつもほんとギリギリだけど良い作品仕上げてくれるじゃない」


 そうして部長の雨宮唯(あまみやゆい)は先刻まで早見が居た席に着いて、手に持ったノートパソコンを広げた。


「すいません部長。あともう少しで推敲終わるんで」

「喋ってる暇あったら手を動かそう、印刷所と学園祭は待ってくれないぞ」


 近くの机をこちらに引っ張って来た吉野は乱暴に座ると、俺が推敲し終わった箇所を読む。


「今回もまた暗そうな話だな。俺にはこんなの到底書けない」


「あんまり愉快な話書くの得意じゃないんだよ。どっちかって言うとどん底から何かを見つけるっていう展開のほうが書きやすい」


 丁度その時、推敲が終わった。


「部長、完成しました」

「よし、これで後は綾音ちゃんのを・・・」


 その名前を聞いた時、言葉が詰まった。


 早見綾音。文芸部部員、俺達の中で最も凄い作品を書き続けた『ドラマチック』の顔とも言える存在だった。


 でも彼女はもういない、三ヶ月前に交通事故で亡くなった。


「ごめんね二人とも、やっぱりまだ慣れなくて」

「それを言ったら俺もです。あんなに突然・・・」


 それから三人は何も言わずに手を動かした。胸の痛みを掻き消すように。


「よし、これで大体終わったかな。後の問題といえば・・・」


 俺は雨宮の意図を察し、机の横に掛けた鞄から一つのUSBメモリを取り出した。


 どう見ても可愛いとは言えない変な熊のストラップがついている。これには早見が亡くなる前に執筆していた早見の作品が入っていると聞かされていた。


 俺達はそれを追悼として部誌に載せるつもりだったが、いざ見てみるとタイトルすら残されていなかった。だから今の問題は空白の早見の部分をどう埋めるかである。


 俺は早見の分も書きたい、そうしなくてはいけない。


「部長、早見の分は俺が書きます。だからもう少しだけ時間をください」


 雨宮は吉野と目を合わせると、吉野はわかっていたかのように小さく頷く。そして再び俺の方へ顔を向けた。


「そう言うと思ったよ。でも一人じゃないよ。私と吉野君も手伝います」

「俺も暇だからな、それにお前に任せてたら早見に笑われちまう」


 俺はこの時間より大切なものはないと思った。


 ――――そうか、これもお前のお陰なんだな、早見。


 それからは本当に忙しかった。印刷所にはギリギリまで待って貰い、俺達は必死に執筆した。意見と意見がぶつかり合い、今までで一番壮絶な論争を繰り広げた。


 やっと完成した時はもう、学園祭の直前だった。



 ◆◇◆◇



 どれだけ時が経っても、俺は屋上に来てしまう。そして、そこには決まって彼女がいた。


「やっぱりまだいたか。・・・まあ、これも今日が最後か」


 早見綾音という彼女はにこりと笑う。


「見たよ。あの部誌、大人気だったじゃん」

「当然だろ。どれだけ時間かけたと思ってる」


 彼女がまだ存在しているような、完璧な会話だった。


「なあ、お前は一体誰なんだ?」

「見ての通り、早見綾音だよ。まあ、正確には五十嵐君の中にいる早見綾音なんだけど」


 笑っている彼女は何も変わっていない、あの時のまま。


「だけどそろそろ私は消えないとね、私という存在は君を縛るばかりで何もしない」

「いいや、君は俺を縛れてないよ。元から、人間は自由なんだから」

「相変わらずだね、面白い」


 きっかけは、ほんの些細なこと。そんなことで人は変わってしまう、なんて単純なんだろう。


「五十嵐君、ごめんね。約束、守れなくて」


 今、気付いた。彼女は見た目より何倍も大人びていることに。


「いいや、約束はまだ続いてる。君がいつまでも俺の中にいるなら、俺が引っ張ってでも連れていくから」


 それを聞くと彼女はゆっくりと瞳を閉じて、吐息を漏らす。それはひどく残念そうで、けれど安堵しているようにも思える。


「不満か?」

「ううん、そうね私ちょっとおかしくなってたのね。もう終わったものだと、簡単に諦められる筈がないよね」


 彼女は俺に近づき、そっと手を握る。


「五十嵐君、私も一緒に君の世界へ連れていってね」


 長い静寂の後、俺の手には温もりが残っている。


 彼女の笑顔を心の中で描きながら、俺は今も覚めない夢を見続けている。




























こんにちは、柊です。短編を投稿するのは二回目です。早見が最後に言った言葉の意味に気付く時、皆様は何を思いましたか? なろうで小説を書く皆様に少しでも響きますように。ここまで読んで頂き本当に有り難う御座いました。

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