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I KILL 生きる  作者: 猫背半透明
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へたくそ野郎

この世界にスライムの「悲鳴」を聞いたことがあるプレイヤーは何人いるのだろうか?


眼下で木の板に固定された状態でうねる碧色の軟体を眺めながらふとそんなことを思った。


スリップダメージを与える「毒」の素材を入手できるグリーンスライムは被膜を剥いで中枢にある核に触れるとキイキイと甲高い声で鳴く。


それとは対照的に相手の動きを封じる「麻痺毒」の素材になるイエロースライムはウシガエルのようにグエグエと鳴く。


このゲームの作り込みには本当に驚かされる。それと同時に開発したクリエータは狂ってるんじゃないかって思う。


睡眠毒の素材となるこのブルースライムはどんな声で鳴くのだろう?



保護手袋を装備し、片方の手で切開する位置を抑えてもう片方の手でメスを握り、スライムの核を保護している被膜を丁寧に剥いでいく。


ほどなくして核に到達。胸が高鳴る。深呼吸をして、核に刃を差し込もうとした瞬間。


強い衝撃で視界が揺れた。


インターフェイスの映像が一瞬乱れる。


視線を動かして即座にステータスを確認する。


画面の隅に人型のアイコンが表示されていて、その左胸の辺りが攻撃の被弾を表すレッドに染まっている。


ライフポイントは1だけ残っており、警告するようにその数字がせわしなく明滅している。


見ると胸板を突き破って鋭い剣の切っ先が顔を出しており、鈍く光る刀身に真っ赤な鮮血がまつわりついている。


『バックスタブ』相手に悟られることなく接近し背後から攻撃することにより発生する致命の一撃。


咄嗟に前方に向かって走りだす。剣が抜け、遅れてそこから鮮血が溢れだす。走りながらステータスを再度確認。毒や麻痺などの状態異常は無し。それなら。


数メートル進んだ所で身を翻らせる。盾を構えるのと同時に回復薬を使いライフポイントを全回復させる。

ん?攻撃が飛んでこない?


盾を持つ指に装備されていた身代わりの指輪が灰色に変色しぽろぽろとくずれ落ちる。


昨日戦ってキルしたプレイヤーから奪って装備していたレアアイテム。即死級のダメージを受けた際にヒットポイントを1だけ残してくれる効果を持っている。


すぐに売ってしまわなくて良かった、と心底思った。それと同時に売れば高かったのになとも思った。


それにどうやら相手がバックスタブという分野において詰めの甘いタイプだということも分かった。


攻撃と同時に麻痺毒などのバッドステータスを付与すればよかったのに。


麻痺毒なら相手の動きを封じることができるからライフポイントを回復したとしても再度バックスタブを狙える。


毒状態に陥ってるとすぐに察知して解毒をしたとしても、今度はライフポイントの回復がおろそかになる。

ライフポイントは1。


僕が生き延びたのを確認したのと同時に二の太刀を入れるかナイフでも小石でも投げれば充分削れる数値だ。


ライフポイントを回復したならば二度目のバックスタブを決める。毒を治そうとしたならばなんでもいいから攻撃を加える。

これで詰み。


僕だったら『最低』そこまでの行動をワンセットにして『バックスタブ』を敢行する。


相手の姿は目視できない。辺りには隠れることのできる遮蔽物は無い。どうやら隠形のスキルを使って姿をくらましているようだ。


真っ向勝負は苦手なんだろうか?ということは再度バックスタブを狙っている?


だとしたら背後からの一撃に特化した能力のキャラクタを使っている?。あるはいその装備。


ならこの戦術の薄さはなんだ?僕はこんな奴に背後を取られたのか?


「へたくそ野郎」


思わず口を突いて出たのは、姿の見えない相手と自分に対する悪態だった。



召喚石を取り出して使用する。石は光の粒子となって掌の上でほどけ一枚の鏡の姿をなした。

『テスカトリポカ』煙を吐く鏡。


その名の通りダメージも何も与えない煙を吐き出すだけのコモンクラスの使い魔。


鏡面から噴水のように煙が吹き出し辺りを埋め尽くしていく。間髪入れずに次の行動に移る。


低級魔法の「凝固」を選択。効果を及ぼす対象はテスカトリポカの吐き出した煙。


固める形状はひし型。大きさは小指の第二関節くらい。発動。


僕の身体から発せられた青色の波動が煙を一瞬同じ色に染める。


すると辺りを漂っていた煙は設定した形に収縮して固まり、設定した形のブロックの雨となって地面に降り注いだ。


右斜め後ろで微かにだが金属を叩くような音が聞こえた。振り向いてそこに目をやると、何もない中空でブロックが跳ねまわっている。


見つけた。


投げナイフを取り出してそこに投げつける。どうやら相手は気づかれないように背後に回り込んで再度背後からの攻撃を狙っていたようだ。


金属と金属のぶつかる音が聞こえた。相手が得物で投げナイフをはじいたのだろう。


そのレベルの技術は持っているのだなと思ったけれど、相手が投げてきたものに触れるのはいかがなものかとも思った。


はじいた。ということは『見えている』ということだ。それなら回避すればいい。それに何かが仕込まれているかもしれない。今みたいに。


はじかれて砕けた投げナイフが中空で極彩色の液体となって飛び散る。


それは姿の見えぬ相手の身体に付着した。それによって隠形のスキルで隠されていた相手の外見が部分的にだが露になる。


頭を覆う甲冑と、細身の鎧が確認できた。


「どうする?」


僕は相手に聞いた。隠形のスキルは自身と自身が装備している物を不可視にすることはできるが、それ以外の物には効果を及ぼすことができない。


よって、今僕が相手に付着させたどぎつい色のペイントを消すことはできない。


今の相手に残された選択肢は隠形を解いて僕と真っ向勝負をするか、降参する。そのどちらか。ああ、逃げるという手もあるな。


だけどこっちは昨日得た戦利品を一つ失っている。相手がいずれの選択肢を選んだにしても最低それ分は取り立てさせてもらわなければならない。


相手はこちらを向いたまま、じりじりと後ずさっていく。

相手が下がった分だけ僕は間合いを詰めた。腰に数本吊ったレイピアの内の一本を手に取って体の前で構える。


すると相手が後退するのをやめ、隠形を解いて姿を現した。


銀色の甲冑を纏った騎士のキャラクタ。どうやら真っ向勝負をすることを選択したのだろう。


当初の反応を見るになんとかして逃げるつもりでいたのだろうが、僕の取り出した武器を見てそれをやめたのだろう。


それもそのはず、僕が手に取っている「朽木のレイピア」はとんでもなく安く、とんでもなく脆い武器だ。

相手にヒットさせても、相手の武器とかち合っても砕けてしまう。


おまけに攻撃力は皆無と言ってもいいほどに低い。初心者でさえ装備することをためらう何のために存在するのか分からない武器。


相手が両手剣を体の前に構えて、雑に間合いを詰めてくる。


その足取りから僕に対する警戒心がすっかり低くなってしまったことが分かる。


即座に隠形を暴かれたという醜態を晒したことなど、まるで無かったかとのように。


騎士は剣を振り上げて、それを馬鹿正直に上段から振り下ろしてきた。それを難なくかわすと相手の鎧の隙間、首筋の辺りを入り口にしてあばらの方に向かってレイピアを突き入れた。


根元まで吸い込まれるように刀身が沈んだところで中をかき混ぜるようにしたあと手首をスナップさせる。


薄氷を踏み割るような音と共に刀身が相手の体内で砕け散る。


後方にバックステップして間合いを取り、刀身の無くなったグリップを投げ捨てると次のレイピアを取り出して構えた。


さあ、どうなる?


胸が高鳴る。スライムの核にメスを通す時と同じ気分の高揚を感じる。


相手は刺された箇所を抑えて一瞬動きを止めたが、全くと言っていいほどにダメージが無いのを確認したのか、立ち上がって地面に埋まった剣を引き抜いてこちらに向き直る。


騎士が左足を踏み出して一歩間合いを詰めてきた。しかし次に前に出てくるはずの右足が不自然に後ろに蹴りだされ、騎士はバランスを崩して転倒した。


うつ伏せに倒れ込んだ騎士の手足が、それぞれ別の生き物のように不規則にのたうつ。


どうやらレイピアに仕込んでいた「毒」が効いたようだ。


朽木のレイピアは砕け散った無数の破片の一片一片にダメージ判定がある。毒などのバッドステータスを相手に付与する武器は、そのダメージの量ではなく攻撃を当てるたびに抽選が行われ一定の確率で発症する。


朽木のレイピアは平均して四十から五十ほどのかけらとなって砕け散る。ダメージはまるで与えることはできないが、バッドステータスが付与されるかどうかの抽選の回数は段違いだ。


よって、発症確率が低いバッドステータスも、これならほぼ百パーセントの確率で発症させることができる。


騎士の体内に突き入れたレイピアに仕込んでいた毒は「視覚以上」と「混乱」


今、騎士のインターフェイスに表示されている情報はむちゃくちゃになっていることだろう、おまけに所持しているアイテムの名前が全く別の物に書き換えられてしまうというおまけつき。


それに加えて混乱。キャラクタの操作もままならない。


僕はレイピアを鞘に戻すと、騎士にゆっくりと歩み寄った。


騎士の傍らに横たわった剣を手に取るとそれを両手で逆手に持ち、高々と振り上げる。


騎士がえずくような声を上げる。混乱によって生じた操作不良と視覚異常の影響で、プレイヤ―がリアルで吐いてしまったようだ。


不快な呻きが辺りを這いまわる。


僕は全体重をかけて地面をまさぐるように動いていた騎士の後頭部に剣を突き刺した。


鈍い感触と共に血しぶきが舞い、騎士は動くのを止めて静かになった。




ブルースライムの核にメスを入れる。


その悲鳴は、先ほど殺した騎士の呻きに酷く似ていた。


おえ うぐえ おえ うぐえ おえ


ふふふふふふ ふふふふふふ


おえ うぐえ おえ うぐえ・・・・・・


ふふふふふふ ふふふふふふ・・・・・・

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