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幕間・情報屋は過去を追想し、少女は一つ秘密を暴く


 何やっても気が乗らない日の一つや二つあるもんだ。

 そう言い訳をして俺は店を閉め、食品街を散歩することにした。

 肉屋で格安コロッケパンを購入し、早めのおやつを一人占めして楽しむ。

 そんな中遭遇したのが、

「……何してんの?」

 街路樹の上で震えているアミカ・ブレンヌスだった。

「お、下りられないのよ! 察しなさいよ!」

「えー、助けられる側なのに強気」

 梯子を借りてきて下ろしてやると、羞恥心からか気まずそうに礼を言ってきた。

「ありがとうございました」

「いえいえー。てか本当に何してたの?」

「その、子猫が」

「子猫?」

「枝の上でじっとしてるから、下りれなくなったのかなって思って……」

「ほぉん」

「そしたら、その」

「そいつだけ先に下りれちゃったのか」

「はい……」

 なんだか不憫だったので、

「あー、コロッケパン半分いるか?」

「……下さい」



 お互いにおかずパンを頬張りながら、ぶらぶら街を歩く。

「この国はどうだ? 色んな奴がいるだろ」

 まあ、俺のことは知らないだろうから、気さくな感じで問いかける。

「そうですね」

 こぼれたパンくずをはたき落としてから、彼女はニヤリと笑う。

「まあ、一番驚かされたのはあなたですが」

 その上、嫌味ったらしくスカートの裾をつまみ上げて、完璧な淑女の礼をした。

「直接お会いしたのは初めてですね? ——次期公爵閣下」

 小生意気な態度に対し、余裕ぶって笑顔を返す。

「やっぱり知ってやがったか」

「元貴族なもので。社交界で見たことがあります。髪をかなり変えてるようですけど」

 ……元貴族で同郷のこいつがいなけりゃ、シリウスの一件も、もうちょい手伝ってよかったんだがな。

「元っていうと、今は?」

「吸血鬼ハンター兼何でも屋です。実は所属している団体がこの街で迷惑をかけまして……そのお詫びに色々とお手伝いをしております閣下」

「その呼び方やめてくんない? まだ継いでねぇからな?」

「わかりました閣下」

「ちょっと」

「なんでしょう閣下」

 ……やっぱり生意気だ。

「仕事が無くなったら、最悪うちで雇ってもいいぜ。侍女(メイド)として」

「あら、それは最悪なパターンですね!」

 そう言って笑う少女に軽く手を振り、俺はベンチに深く座り込む。

 軽い足音が徐々に遠ざかっていった。

 明るく、前向きで、おそらく臨機応変。

 そう形容すべきなのかもな。ああいった人物は。

「『重ねるな』ってのはちと、無意味な忠告だったか?」

 あの元令嬢が家族を亡くしたのより何年か前に、シリウスも両親を病気で亡くしている。

 そのことを聞いた時、あいつの年齢にそぐわぬ幼さを感じることに納得がいった。


 俺自身、家族というのはあくまでも枠組みの一つに過ぎないと思っている。

 いわば、最初に生き抜かなきゃいけない社会なのだ。

 両親が揃っていようがいまいが。親の愛情を受けられようが受けられまいが。

 親、もしくはその代行をする保護者がいる限り、その最も身近な他者相手に最低限のコミュニケーションを取る必要がある。

 少なくとも、俺はそう考えている。

 そしてあいつは、シリウスは、発達段階の途中でその社会を失った。

 その上、早々に死刑執行人を命ぜられたため、孤児院に入ることも無かった――最初の社会の代替も得られなかった。

 むしろこの状況で、他者と会話を円滑に進められ、かつ共感能力も順調に育っているのは、あいつの想像力と親御さんが残した書物様々だな。

 最初にあの書斎を見せて貰った時、いや俺が見せろってごねたんだったかな……まあいい、その時思わず泣きそうになっちまった。

 もしかしたら一生この国を出られないシリウスが、少しでも多くのことを学べるよう、感じられるようにと、多種多様に集められたあれらの本は、確かに残された親御さんの愛情だ。

 かつて、俺が得ることを諦めたものだ。

 そのことが少しだけ羨ましい。

 街路樹から伸びた細い枝の先で、まだ色の薄い新芽が風に揺れた。

 その木の名前も知らないが、なんとなく触れてみると、予想外に固い感触が返って来る。

「……戻るか」

 裏路地へと入った時、なんでか昔のことを思い出した。

 まだ俺が自国にいた頃のこと。

 俺が、最初で最後、先代シリウスに出会った日のことを。



 俺の祖国は、基本死刑がくだされない。

 そしたら、数十年ぶりの死刑判決で、経験のある死刑執行人がいないって自体が起きた。

 近隣諸国に協力を募った結果、新王国のシリウスだけが引き受けてくれた。

 その日のことはよく覚えている。

 せっかくのパーティーで、大人達はみんな不機嫌だった。

 それは俺の父母も例外ではない。

「遠縁とはいえ……あんな卑しい輩が親戚だとは」

「怖いわぁ。急に暴れ出したりしないかしら?」

 俺のことなど眼中に無い両親を無視して、俺は初めて訪れた宮殿の探索を始めた。

 一人探検隊の気分で歩いていると、向こうからほっそりとした人影が近づいて来た。

 見たこともない服装に、手に持った黒い矢。

 思わず脇に避ければ、その人は寂しそうに笑って通り過ぎて行った。

 ちょっと罪悪感を感じていると、絨毯の上に落し物を見つけた。

 興味本位で拾って見たところ、自分と同い年ぐらいの少年に、明るそうな女性と、さっきの男性が写っている。

 最初意味がわからなかったが、どうやらあの人は家族と写真を撮ったらしい。

 家族と写真を撮る。そんなことをする意味が、本当に理解できなかった。

 けれど、落とし主がわかったなら届けねばいけない。

 俺は小走りで彼を追いかけた。

「これ。落としてました」

 写真をなかば押し付けるように渡すと、彼は、シリウスは穏やかな声で話しかけたきた。

「ありがとう。大事なものなんだ」

「……どうして大事なの、ですか」

「ううん。そうだね」

 シリウスは悩んだ末にこう言った。

「ちょっとでも、寂しくないようにしてあげたいからね」

 わけがわからず首を傾げる俺に、

「君は、今いくつ?」

「もうすぐ六歳です」

「じゃあ、うちの子とは一つ違いかな。もし私の国にくることがあったら、遊びにおいで、きっと息子も喜ぶよ」

「本当!?」

 歳の近い遊び相手がいなかった俺は、敬語も忘れて食いついた。

 その様子を見てもバカにせず、叱りもせず、彼は静かに頷いていた。



 数年して、俺が公爵になる前の猶予期間を貰えた時、俺は「修行」を称して国を出た。

 実際不自由な立場になってしまうのだから、その前に色んなものを見たかった。

 その選択は間違っていなかったと思う。

 行く先を決める際に、シリウスとの出来事を思い出したのは、我が脳ながらよくやったと褒めてやりたい。

 訪れた異国で部屋を借り、しかしその場所がわからず立ち往生した時、知っている服と髪の色をした人物に声をかけたのは、今思えば運が良かった。

 その人物が俺と同年代だという時点で、あの日会ったあの人は亡くなったのだとわかった。

 当代のシリウスは、写真で知っていた印象よりも暗くて、正直少しがっかりした。

 俺と仲良くしてくれるような奴かわからなかったから。

 けれど、わざわざ道案内してくれた上、案内の最後にお礼を言うと、なんだか慣れてないみたいで面白かったので、周囲の反応は気にせず構うことにしたのだ。

 その判断は当たっていて、性格は全く噛み合わないが、互いが一番気を許せる友になった。

 っていう、いつの時代のどこにでもよくある話。

 それが俺達の友情の始まり。なーんて言い方をすると、少し、いやかなり照れるな。

 もうちょい年取ったらシリウスにこのことを話して、酒のつまみにするつもりだ。



 俺が家に戻ると、今朝得たばかりの情報をしまい忘れてたことに気がついた。

 情報の内容自体は極めて簡潔で——この新王国が死刑廃止するってことだ。

 元々議論にはなってたのだが、最近ようやく見つかった先代の死刑執行人の論文が決め手だったらしい。

 その肝心の論文は、長いこと平の役人が無断で隠しちまってたそうだ。

「……この国はもう限界だろーな」

 末端がそもそも信用ならないってのが証明されちまった。

 しかし、死刑の廃止決定となると……。

「あいつ大丈夫なのか?」

 今時ありえないぐらい義理堅いあいつが、この国を出るという判断をしないのは、

『両親が死んで、天涯孤独になった俺を守ってくれたのはこの国だから』

 だそうだ。

 果たして本当に守ってると言えるのか? とは思うが。

 経済的には確かに救われてたんだったんだろう。

 精神的に守られていたかは微妙だけど。

 だから、オレがこの情報を教えてやっても、国に残ることにするかもしれない。

「まぁ、忠告ぐらいはしてやっか……友だち、だかんな」

 その後どうするかは、本人が勝手に決めればいい。

 そういやあいつ、今日はどっこにも見かけねぇなぁ。

 今何やってんだろ。






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