最終章(上)・死刑執行人と吸血鬼の約束された結末
「なんだか浮かない顔だね?」
太陽が傾き始めた正午過ぎ。
湖の岸辺で横たわる俺に、水面に降り立ったあいつが話しかけてきた。
俺がここにいることは伝えていないはずだが。もしやわざわざ探したのだろうか。
「もっと笑えばいいのにー。ほらにぱーって」
「笑うような気分じゃない時に、笑顔になれるわけがない」
「そういうもんなの?」
「そういうものだろう」
依然としてへらへら笑っているのを見る限り、あまり理解はしていないらしい。
俺はため息を吐いて重い腰を持ち上げる。
そして、寄りかかっていた岩に立てかけてあった相棒を——黒い大鎌を手に取った。
すると、あいつは刃の届く位置まで移動して来た。なんだかんだ真面目な奴だ。
あいつの長い髪と肩にかかる赤いヴェールが風に揺れていた。
これから起こることを知っているというのに、本心からの笑みを浮かべて、あいつはその薄紅色の目に俺のことを写した。
目を逸らしたい衝動を必死に堪える。
軽く深呼吸をしてから、いつも通り、あいつの細い首に刃を当てた。
あとはお互い何も語らず俺がこの刃をずらすだけ、のはずだった。
「——ねぇ、シリウス」
その言葉でやっとあいつに抱きつかれていることに気がついた。
今まで手を触れたことすらも無い距離がいきなりゼロになって、耳元で少し寂しそうな声が通り過ぎていく。
「明日も明後日もその先も、ずーっとわたしを覚えていてね」
「……ああ。約束しよう」
ゆっくりとあいつが離れて行くのを待ってから、俺は大鎌を振りかざす。
この瞬間でさえも、俺はあいつの名前を呼んでやれなかった。
死刑執行人であった俺と、吸血鬼だったあいつとの関係を、どう呼ぶべきなのかよくわからない。
友人と言うには血腥すぎて。
他人と言うには、あいつとの思い出を作り過ぎた。




