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第二話 魔女と兄妹と馬鹿な王子

 ある春の日差しと風があたたかな日。

 森の中にある魔女の家に幼い兄妹が訪れました。

「おばあさん」「遊び、何か手伝いに来たよ」

「お前たちかい。ふん、上がんなよ」

 腰の曲がったおばあさんは、悪態をつきながらも兄妹を家の扉を開けました。




 村の近くにある森、その中にある魔女の家。

 普段は森に入り30分もかからず魔女の家に着けます。

 兄妹たちは週一回、朝から魔女の家に来てはお手伝いをしていたのです。

「おばあさん、これを運べばいいんだね」

「おばあさん、床の掃除は終わったわ」


 見た目よりも中は大きな魔女の家。大きな家には複数の部屋にそれぞれ、たくさんの本や箱、薬草、変な人形や動物の肉や骨、液体の入ったビーカーなどが立て並べてありました。

 兄妹は壊さないように気を付けながら、掃除などを行います。

 きちんと働く兄妹に、座ってみていたおばあさんは少し疑問に思います。

「……お前たちの性格がそこそこ悪いのは私は知っているが、真面目に仕事をするんだね」

「当たり前だよ! ここに来たらお勉強しなくてもいいもの!」

「そうよ! おばあさんの家で働いて帰ると、その日の家のご飯が豪勢になるのよ!」

「ああ、うん。お前たちはそういう性格だったね」


 おばあさんの言い分に妹は言い返します。

「おばあさんだって性格悪いじゃないの。この前、村に来た時に食堂で食べた物にケチ付けてたじゃない」

「あれは年寄り用に食事を勝手に柔らかくしたからだよ、私はあの時、硬いのが食べたかったんだよ」

「硬かったら、硬かったで文句を言うくせに。硬いのは頭だけでいいんじゃないかしら?」

 ロープが蛇のように現れ妹をぐるぐる巻きにしました。


 おばあさんの言い分に兄は言い返します。

「おばあさんだって性格悪いじゃないか。靴屋のおじいさんの仕事にケチ付けて言い合いになってたじゃないか」

「あれは靴の磨きが足りなかったからだよ、それを指摘したらあの偏屈爺がうるさいのなんの」

「おばあさんも偏屈だし、ちょうどいいんじゃないの?」

 ロープが蛇のように現れ兄をぐるぐる巻きにしました。



 二人の兄妹は家の軒先で逆さ吊りにされました。

「ごめんなさーい、おばあさんは良い人ですー!」

「大理石のようにぴかぴかですー!」

「心の広さは海のごとしですー!」

「心の温かさは太陽のごとくですー!」



 宙づりから解放された兄妹は仕事を再開しました。

「……狭量ババア……」

「……乱暴ババア……」

「何か言ったかい?」

「いいえ! 何も言ってないです、素敵なおばあ様!」

「はい! ちゃんと掃除してます、上品なおばあ様!」



 掃除を終えて、魔女の館の一室で兄妹は一息つきました。

「ああ、疲れたわ」

「ああ、肉体的な疲労感はないけど、なんか疲れた。年齢かな?」

「あんたらの年齢で何を言ってるんだい」

 魔女のおばあさんは机についた兄妹に、お菓子と紅茶を持ってきます。

 兄妹は笑顔でそれを食べます、ため息をつく魔女に二人は話をしました。

「もう今日はこれで仕事は終わりだから、食べたら帰りな」

「えー、まだ正午じゃない」

「そうだよ、まだ早いよ。今帰ったらお勉強させられる」

「というわけで麗しきおばあ様。森で遊んでから帰るから、午後まで働いていたと口裏を合わせてもらえないかしら?」

「さっさと帰れ」


 むぅと頬を膨らませる兄妹。ふと兄は口を開きました。

「おばあさん。さっき気付いたんだけど」

「無駄話で時間を稼ぐ魂胆だね。ふん、まあいい、なんだい?」

 腹のうちを読まれた兄は少しためらいますが、とりあえず疑問に思ったことを口にしました。

「あそこの棚の上の奥にある、この金色の小さな箱はなに? 何か豪華で気になったんだけど」

 兄が指さしたのは、取っ手のついた手のひらサイズの立方体の金色の箱でした。

 兄は掃除中にその箱を見つけ、何か金の匂いがしたのです。

「ああ、それは」

 おばあさんが何か言う前に兄は机を離れて、棚にあった金色の箱を手に取ります。

 そして試しについていた取っ手を力尽くで引っ張り開けました。

「それは金庫、あっ!」


 大量の金貨と宝石が箱から溢れ出します。

 部屋の半分を埋め尽くし、黄金が兄を飲み込みました。

 さらに魔女の老婆の衣服にも、黄金の王冠やネックレスがたくさん身に着けられ、そして皺だらけの手の指それぞれにも宝石の指輪が嵌められていました。

「何かある時は、一言、何か言ってから実行しろと言っただろうが」

 黄金の山から顔を出した兄に、呆れたように魔女は言います。

 兄は驚き、口を開きます。

「凄いね、おばあさん!」

「あげないよ」

「まだ何も言ってないよ、ケチ!」

 おばあさんが小さな金庫の箱を持ち上げ、呪文を唱えます。すると金銀財宝が中へと吸い込まれて行きました。もちろん、おばあさんが身に着けていた物もです。


 数秒後、残ったのは床に座る兄だけでした。部屋の中の調度品なども財宝が出てくる前の状況に戻っています。

「うわあ、本当にすごい。魔法だ!」

「服の中の金貨を出しなさい」

 魔女が兄の頭を叩くと、服から金貨がぽろぽろとこぼれ落ち、それも金庫の中に吸い込まれました。

「ケチ!」

「はん」

 魔女は金の箱を閉じて棚に戻し、何かの魔法を唱えて厳重に閉じました。椅子に戻り、紅茶を口にします。

「これは私が今まで、仕事をしてもらった報酬、そして馬鹿な王国や人から貰った捧げ物、つまり全部、私の物さ。誰かにやるつもりなんてないよ」

「死んだら、どうするのさ」

「死ぬ? こっちはおそらく千年以上、生きているんだよ? 寿命で死ぬなんざ、ありえんね」

 くくっと笑う老婆。

 残念がりながらも、面白い物が見えたのか、兄も笑いました。


 しかし妹だけは黙っています。何かに驚いた顔をし、そして悩んでいました。

 兄と妹も椅子に戻り、そして今度は黙っていた妹が口を開きました。

「おばあさん、おばあさん」

「ん、どうしたんだい?」

「おばあさんの過去について話を聞いていい?」

「あんたも家に帰るまでの時間稼ぎかい?」

「ううん、ただの好奇心。さっき言っていた馬鹿な国や人について聞きたい」

「……?」

「お願い、おばあさん。どうしても気になる事があるの」

「ふん、まあいいだろう」

 妹にせがまれ、魔女は昔話をし始めました。




 まずは五百年前、ここにいた時の話だ。

 その前はどこに住んでいたのか?

 ……悪いがあんまり覚えていないね。千年ぐらい生きていた気がするが昔過ぎて。気が付いたら、ここにいたのさ。

 でまあ、五百年前に、ここの国の女王が兵士を派遣してきたのさ。

 森に住みつく正体不明の魔女。

 きっと悪い神を崇拝しているに違いない、きっと子供を攫っているに違いない。

 そんな噂話を聞いて、私を倒す為にね。

 あっちにしたら気味の悪い魔女を倒した箔をつけたかったんだろうね。

 二千人の兵士が派遣されたよ。

 森に火をつけようとしたからね、魔法をかけて全ての兵士を蛙に変えてやったさ。

 雨でも降ればいいと、ゲーコゲコとね。

 ちなみに蛙の呪いは女王のキスでしか治らないようにしたよ。

 いや、あれは本当に笑えた。女王は蛙が嫌いだったからね、あれを千里眼で見た時は本当に笑ったよ。

 その後に、二度と攻め込まないという証文と、金銀財宝。

 そしてたくさんの奴隷が送られてきたか? うん、あんまり覚えてないな。


 次はその百年後に、隣の国の王様が攻めて来た。

 不老不死の薬を求めてね。そんなの私は持ってないというのに。

 近くの海岸まで軍艦十隻を寄せて、たくさんの兵士を連れて来た。

 いや? 兵士の数までは知らないよ。そこまでいくと魔法をかけるのも面倒だからね。

 だから船から降りてくる前に、海を操って船をかき回してやったさん。

 お手玉だよ。船をぽんぽん、空中に投げ飛ばし、波を操りキャッチしてを繰り返して。

 船の中ゲロ塗れでね。さすがに汚くて中まで見てないよ。

 後日、その国から二度と攻め込まないという証文と、金銀財宝が送られてきたね。

 あと、また奴隷? いや、その辺は受け取らなかったから知らないよ。


 その後も、腕の覚えのある剣士や魔法使いが来ることもあったよ。

 面倒だから、敵意のある人間は森の中でさ迷うようにしたから、家まではこれなかったさ。

 知らないうちに私に賞金までかけられていてね。

 悪い事なんてやってないのにね。やった事と言えば、女王を蛙の悪夢に、隣の王を海の悪夢にうなされるようになっただけさ。



 だが二百年前ぐらいだったかね。森を突破してきた男がいたのさ。

 そいつは隣の隣の国の王子だった。白馬に乗って現れたのさ。

 どうにも敵意が薄くて、森の魔法の効き目が薄かったみたいだ。

 私も家を荒らされるのは面倒だったから、玄関で迎えたさ。「何しに来たんだい?」と尋ねたよ。

 「見目麗しき魔女よ、あなたに話がある」

 そう王子は……あ? 嘘吐くなとかなんだよ! 私だって若い時ぐらいあったわ! 黙って聞け餓鬼ども!

 それでその王子様曰く、隣の隣の隣の国の王女が呪いで苦しんでるだとよ。

 隣の隣の国の森の魔女。つまり私に呪いをかけられたとの話だ。

 「魔女よ、あなたはその王女の美しさに嫉妬し呪いをかけたと聞く。だがあなたも美しさでは引けを取らない。どうかそのような呪いは止めてくれ」

 「知らないよ、そんなの」

 実際、そんな三つ隣の国の事なんざ、私は知らなかった。五百年間、この森の周辺を離れる事は無かったから。

 暇ではなかったよ。魔法の研究とか、あとそれに五百年間、私を楽しませてくれた人々もいたし。いや、何でもない。

 「……白を切るつもりですか」

 「もし、そんな魔女だとして、あんた一人でどうするつもりだい。呪いをかけられに来たのかい?」

 「僕にはこれがある!」

 そういって首飾りを見せつけて来たのさ。何でも、あらゆる呪いを防ぐ宝石だと王子さまは言うのさ。

 私が見通したら、その首飾りの宝石には何の力もなかった。というか宝石ですらない、ただのガラス玉だった。

 どうやら王子様は、多少は武芸のできる正直者……いや、ただの馬鹿だったようだ。

 その後、色々と話を聞くと、どうやら王子様は騙されているようだった。

 どうにも王子には腹違いの弟がいて、そいつが隣の国と結託して兄王子を私と争わせて亡き者にしようとしているようだ。

 弟王子は隣国を利用しているつもりだが、呪われたとかいう王女様の国は混乱に乗じて乗っ取る魂胆らしい。

 正直、どこぞの国の政略話なんぞ、私にはどうでもよかった。馬鹿の相手なんざしたくなかった。

 私は王子を森の外へとワープさせたよ。


 ところが王子は諦めなかった。ワープさせても、すぐに戻ってきやがった。

 一回や二回ならともかく二十回は外に追い出したよ。普通は諦めるだろうに。

 さすがに苛立った私も、隣の国までワープさせてやった。

 だけど一週間後には戻ってくるんだよ。もう二回ワープさせても同じ事だった。

 もう面倒だったから、そいつの国までワープさせてやったよ。これでさすがに諦めるだろうと。

 うん、諦めなかったよ、あの馬鹿。

 一か月後に家の前に戻ってきた時は、さすがに私も少し悲鳴を口にしてしまった。

 「頼む、王女の呪いを解いてやってくれ」

 王子のその言葉に、私はブチ切れた。

 私は王子の手を取って、一緒に王子の国にワープしたよ。


 その後は、弟王子に真実を話す魔法をかけてやったさ。

 そして全てを暴露させて。そいつと、そいつに協力したら取り立ててもらう手はずだった者達は他の兵士に捕まったよ。


 こうして弟王子は処罰されて、めでたしめでたし。

 だと思ったら、あの馬鹿、じゃなくて王子は弟王子を許して解放したのさ。

 「これは私が皆に信頼されていなかったことが原因。美しき魔女よ、どうか今回の事は許してほしい」

 確かにこの馬鹿王子より、多少は悪知恵の聞く弟王子の方が周囲はマシだと思うだろうな。

 でもそいつに任せても隣国に乗っ取られるぞ。

 「端麗な魔女よ。この宝石は私の亡き母がかつて旅の商人から購入し、私が受け継いだ物だ、どうかこれで今回の事の怒りを鎮めてくれ」

 怒ってるのはお前のしつこさだよと、言いたいのを我慢し、王子の開けた小さな箱の中を見たよ。

 宝石はガラス玉だった。どうやら見る目のなさは母親譲りの様だ。

 そんなの不要だったが、もう色々と面倒だった私は、それを受け取って家に帰ったよ。

 これでようやくあの馬鹿王子から解放されるとね。



 一年後、私の所に王子、いや馬鹿が訪れたよ。

 「麗しき魔女よ。どうか僕の妻になってほしい」


 「君の優しさに僕は心打たれた、どうか僕と共に来てくれ!」

 「帰れ」

 私は馬鹿を、そいつの国にワープさせたよ。

 



「これで馬鹿どもの話は終わりだよ、さあ、もう十分だろ、あんたたちも帰んな」

 扉が自動的に開き、魔女は兄妹に追い出すようなしぐさで手を払います。

 兄は驚いた顔で、尋ねました。

「ええ? その王子様はどうしたんだよ」

「はっ! 私はここを離れる気はないし、面倒なのも嫌だから森に王子が入れない魔法を使ったよ。それっきりさ」

「え~」

「ホラ、早く帰らなきゃ、あんたたちも追い出すよ?」


 兄妹は森の中を、並んで歩いて家へと帰って行きます。

「なんだよ、急に追い出して、乱暴ババア」

 口をとがらせる兄。

 対して妹の方はスッキリした顔でした。

「お兄さん、王子はきっと諦めなかったんじゃないかしら?」

「ん?」

「本当は私ね、それに気付いて言うべきかどうかタイミングをうかがってたの。でもおばあさんは知ってて身に着けていたみたい」

「何の話?」

 妹は笑顔で、兄に振り返りました。

「おばあさんが身に着けてた左手の薬指の指輪がガラス玉だったのよ。きっと見る目のない男に贈られたんだわ」



 兄妹を追い出し、一人家に残った老婆は、薄暗い部屋の中、薄く輝く石を手に昔を懐かしんでいましたとさ。


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