95、ロバタージュ 〜 男の嫉妬
僕はいま、ロバタージュの街を歩いている。
タイガさんが、急に、飯いくでーって言い出し、レンさんと共にギルドを後にしたんだ。
「ライトさん、なんだか大変な役目を負わされてしまいましたね」
「僕は、何がなんだか…」
「ギルマスは、ジャックにも、わけわからんランク低いときに、特定登録者にしよったで」
「ギルマスのノームさんは、出世欲が強いということで有名なんですよ」
「まぁ、そういう腹黒い奴じゃないと、ギルマスは務まらんやろな。冒険者よりズル賢くないとな」
「はぁ」
あれ? なんだか見覚えのある店の前で、タイガさんは、ここや! と店の扉を開けた。
中はカウンターだけの、細長い店で、バーのような感じ…。ナタリーさんと来た隠居者の店だ!
「まいど〜。3人や」
「おやおや、珍しい組み合わせですね〜、いらっしゃい」
「マスター、こんばんは」
「はい、ポーション屋さん、いらっしゃい」
「えっ! 店されてるんですか? 師匠」
(師匠?)
「そうなんですよ、あなたは警備隊に入ったって噂を聞きましたよ〜。お久しぶりですね」
「はぁ? 師匠ってなんや?」
「ちょっと、とある学校に、剣術を教えに行ってるんだよ。おまえが断ったやつだ」
「ん〜? そんな依頼されてへんで」
「もう20年以上前の話だからな、タイガは忘れてるんやろ」
「そんな昔の話、覚えてるわけないやんけ」
店の中は、僕達以外には、ひとり客が、3人いるだけだった。こないだよりも時間が遅いのだろう。3人とも、バーとして利用しているようだった。
タイガさんについて、奥の方へと進んだ。
「あ、奥2つは予約席だから、空けといてくださいね」
「あぁ、わかった。ってか、なんでアイツの方が遅いねん」
「え? 誰かと待ち合わせしてるんですか?」
「あぁ、だから、急いで話を打ち切ったのに、これや。ほんま勘弁せーや」
「もしかして、ナタリーさん?」
「ようわかったな」
「あ、奥が予約席って言われたから…。ナタリーさん、前に来たとき、一番奥に座ってたので」
「よく覚えてますねー、ナタリーの指定席みたいなもんなんですよ。えーっと夕食? それともお酒にしますか?」
「ライト、おまえ、何か作れや」
「は?」
「俺、肉じゃがと味噌汁でええわ」
「なんで、僕が?」
「いくら説明しても、マスターの肉じゃがは、おかしいんや。味噌汁も即席の方がマシなくらいやで」
「タイガの説明が、意味わからんから仕方ないやろ」
「はぁ…。僕、西の方の味は、よくわからないですよ?」
「かまへん、多少は我慢したる」
「はぁ」
僕は、仕方なく、カウンター内に入った。
(なんだか、久しぶり)
僕は、前世ではバーテン見習いをしていたんだ。飾りフルーツのカットや、まかないご飯は、僕の担当だった。
シェーカーは振らせてもらえなかったけど、ロングカクテルは、忙しい時間帯は、僕も作っていたんだ。
「ポーション屋さん、悪いね」
「いえ。僕も、久しぶりな感じで少し楽しいかも」
「そういえば、ナタリーが、キミのカクテルを飲んでみたいって言ってたな。バーテンだったんだよね」
「見習い、でしたが…」
肉じゃがだと聞いて、マスターは、あれこれと食材を出してきてくれた。タイガさんの店の日本の調味料もあった。
ただ、この世界の野菜と肉だから、ちょっと戸惑う。肉、緑色のイモ、人参っぽいものが出てきた。
「マスター、玉ねぎとしらたきはないですか?」
「ネギは、玉にはならないんですよ。しらたきって何ですか?」
「あー! 玉ねぎや! 玉ねぎ入れへんからおかしいんやで」
「ちょっと食材の貯蔵庫、見てもいいですか?」
「どーぞー」
こないだここで食べた中に、玉ねぎっぽいものが入ってた気がするんだよね。
あれこれと物色して、匂いの近いものを見つけた。まぁ、これでやってみよう。しらたきは断念だな。
僕が、食材を物色している間に、タイガさんが、粉末のかつおだしと味噌をカウンターに出していた。
みりんとかはないんだよね…。まぁ、酒と砂糖でいいかな。しょうゆは、テーブルサイズのがあるのは知っていた。よし、これで、なんとかなるかな。
味噌汁の具は、豆腐もないから、イモと玉ねぎもどきにしようかな。
そして、興味津々なレンさんの分も、ついでに自分の分も…。緑色のイモは、さつまいものように甘かったので、肉じゃがは、砂糖は控えめにして、だしをきかせて作ってみた。味噌汁は、まぁ、適当に。
味見をしてみたが、まぁ悪くはないか。ちょっと薄味になったかな? 薄ければ、しょうゆ入れて食べてもらおう。
「一応、できました」
「じゃあ、配膳は、やりますから、ポーション屋さんも席にどうぞ」
「はい、お願いします」
そして、僕達の前には、僕が作った肉じゃがもどき定食が出された。
「おっ、見た目は悪くないな」
(え? 緑色の甘イモが、ちょっと変だよ?)
まぁ、タイガさんがいいなら、いいんだけど。
「不思議な匂いですね。いただきますー」
「レンさん、ダシがどっちにも入ってますから」
「あ、あの朝食のやつですね」
「はい」
「オレも、味見させてもらおうかな」
マスターも、興味あるみたいだった。まぁ、タイガさんに何度も作らされたみたいだから…。
「へぇ、オレが作ってたのとは随分、違うんだな。ダシとイモが喧嘩してるっていつも言われてたが、なるほどな」
「ちょっと、味、薄かったら、しょうゆ入れてもらえたらマシになるかもです」
「いや、これくらいで、ちょうどええわ」
(えっ? タイガさんが褒めた?)
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「まぁまぁやな。こっちで食うた中では一番マシや」
(あ、褒めてない…)
「タイガがそんなに褒めるの珍しいな。ちょっと気持ち悪い」
「おまえなー」
(ん? やっぱ褒めてる?)
「あ、こちらも、どうぞ」
マスターは、何かのから揚げとサラダを出してくれた。肉じゃがだけだと少ないもんね。
メインの肉登場に、僕もレンさんも、から揚げにがっついていたが、タイガさんは、肉じゃがをおかわりしていた。
意外に気に入ってくれたみたいで、よかった。まぁ、もしかしたら、タイガさんなりの配慮かもしれないけど。
「しかし、まだ、来ーへんな。なにしとんねん」
「あの、待ち合わせなら、俺がいたらマズくないですか? 」
「いや、レンも居てもらう方がええんや」
「タイガ、レンはどこまで知ってるんだ?」
「ん〜、魔族が知ってることは、全部知ってるはずや。ライトが一番、気ぃ許してる友達みたいやからな」
「そうか。じゃあ、オレもあまり言葉に気を遣わなくてもいいな」
「他の客も、みんなオレと同じやし」
「えっ? そうなんですか。みな、神族…。神族ってどれくらいいるんですか?」
「レン、それは知らん方がええで。妙なことを知ってると、おまえに危険が及ぶかもしれん」
「そ、そうなんですね、わかりました。すみません」
すると、他の客が、会話に入ってきた。しかも、3人とも…爺さんひとりと、若い男がふたり。
「ひとり魔族がいるなぁと思って、話せんかったけど、新人くんと親しいなら、まぁいいか」
「なんや? 爺さん」
「その新人くんは、大魔王が敵視してる死霊か?」
「えっ、ライトさんって死霊?」
「おっと、爺、それストレートすぎ」
「レン、ライトは半分アンデッドや。死人に宿った命やからな」
「へぇ珍しいタイプやん。闇属性持ちって、ほとんど神族には居ないからさー。でも戦闘力低すぎやん」
(サーチされてる…)
「だから不思議なんだよ。なぜ大魔王が、怖れるのか…」
「えっ、ライトさんって…」
「僕も、不思議です。勝手に誤解されてるみたいで」
「でも、キミ、ワープワームを従えただろ? 奴らは、より強き者を主人に選ぶんだ。なぜキミが?」
なんか、3人とも視線が冷たい。僕のことを、少なくとも好意的には思ってないんだ。弱いくせになぜ? ってことかな。
「おまえら、新人ライトに嫉妬か?」
「いや、そんなんじゃないが…」
「まぁ、正直なところ、納得はできないな」
「あ、新人くん、気にしなくていいよん。みんな、ちょっと酔っ払いだからさー」
「なぜ、それで番犬なんだ? まだ、隠居もしてないだろうが」
「おい、そっちの話は、さすがにやめとけ」
(これって、嫉妬されてるの?)
僕が、なんだかんだ言われているのを、レンさんは、じっと聞いていた。目が合うと、なんとも言えない顔をしていた。
「レンさん、なんか、すみません。まだ話してなかったことがいろいろ…」
「いえ、それはいいんです。でも、なんか、どこでもこういうのってあるんだなぁって…」
僕達が、小声でコソコソ話をしていると、店の入り口のドアが開いた。
バタン!
「マスター、空いてるー?」
「いらっしゃい、遅かったな。空けてあるよ」
「あ、ライトくん、お待たせ〜。あ! レンくん、お久しぶり〜」
「ナタリーさん、こんばんは」
「ナタリー様、お久しぶりです」
(ん? 様呼び?)
「おい、俺は無視か。ってか、遅すぎるやろ、おまえ」
「だって、下から来たから仕方ないのよ〜。バカ兄貴が、うざくて」
「ナタリー、相変わらず、にぎやかだな」
「ふふっ、ん〜? なんで、あなた達まで居るの?」
「もともと、常連だからさー。みんな今日は飲みすぎで、絡み酒になってるよん」
「あらあら。 あ、マスター、奥でいいわよね」
「あぁ」
ナタリーさんについて、男の子が店に入ってきた。僕と同じくらいかな?
「その子か? 新入り」
「そうよ〜。私が教育係なの。ライトくんより2つ年下なのよー。アダンくん、ご挨拶〜」
「あー、ども」
そう言っただけで、また口を閉ざしてそのまま、席に座って、じっとしていた。人見知りなのかな?
「こんばんは、ライトです」
「初めまして、警備隊のレンフォードです」
彼は、ちらっとこちらを見て、軽く頭を下げたような下げてないような挨拶を返した。
「なんや、まともに挨拶もできへんのか」
タイガさんがそう言うと、ジッと睨んだあと…
「アダン、です。たぶん、あなた達とは、俺は違う」
(ん? 意味わからない)
「何が違うんや?」
また、彼はタイガさんをジッと睨んだ。目が悪いのかな? タイガさんは、そんな彼の態度を特に気にしてないみたいだけど。
「俺は、くだらない仕事のノルマが終わったら、好きにさせてもらう」
「何をする気や?」
「魔王、いや、大魔王になってやる。あなた達のような、女神の下僕にはならない」
「ふぅん。魔族か?」
「そうだよ。闇竜人、ダークドラゴンだ」
(ドラゴン!)
「へぇ、闇属性持ちか。ババア、闇属性の神族増やす計画、爆進中やな」
「アダンくん、ライトくんも、闇属性持ちなのよ〜」
「死霊だからでしょ。こんな能力しかないのに、なぜ……その辺のザコじゃね?」
(あれ? 初対面なのに、敵視されてる? サーチもされてる?)




