91、ロバタージュ 〜 王宮の上級魔導士セシル
僕はいま、ロバタージュのギルドの入り口前にいる。
チビ生首達が、タイガさんとレンさんも、ヘルシ玉湯からワープでここまで、一瞬で運んでくれたんだ。
急に僕達が現れたものだから、ギルド前に座り込んでいた人達は、ちょっと驚いていたようだ。
だけど、タイガさんが居るのがわかると、なーんだという感じに…。タイガさんなら、ワープを使っても特別なことだとは思われないんだな。
「さて、さっさと報告して、ランク上げるで」
「あ、はい」
「ライトさん、あのレアの討伐ポイントが入るから、Cランクまで上がるんじゃないですか?」
「あー、やめとけ。ひとつずつ上げる方がええ。ライトは、めちゃくちゃ体力残念やからな、体力上げるには下位ランクのミッションやる方がええんや」
「はぁ」
バン! バタン!
タイガさんは、乱暴にギルドの入り口の扉を開けた。当然、注目される。すると、職員さんが2人駆け寄ってきた。
「えっ、いつ、戻られたのですか? ちょうどお迎えに行かせるつもりだったのですが」
「あー、今、戻ったとこや」
「すみません、門番に、タイガさん達が街に入られたら、すぐギルドに連絡するように言っていたのですが…」
「なんや? さっきから変な言い方しとるやんけ。誰が俺に用があるんや?」
「王宮から、タイガさんに緊急要請です。すぐ王宮に連絡しますから、少しこちらでお待ちいただけませんか。すぐに来てもらいますから、ほんとにすぐに」
(ん? タイガさんを待たせちゃいけないルールがあるのかな?)
「はぁ、とりあえずミッション完了の手続きが先や」
「そうですね、こちらへどうぞ」
報告カウンターには長い行列ができていたんだけど、僕達は、奥の事務所の方へと通された。
そこですべての報告手続きをしてくれることになった。
「ライトさん、ちょっとラッキーでしたね」
「あ、はい。でも、タイガさんだけに用があるなら僕達までなぜ事務所に?」
「あー、タイガさんが付き添いだからじゃないですか? 報告終わるまでがミッションですから」
「なるほど。なら、いいんですが…。でも、なんだか、変な対応ですよね? 職員さん達」
「ん?」
「タイガさんが街に入ったらすぐに連絡を受けて、王宮に連絡をとるつもりだったみたいですし…」
「あー、そういうことなんですね。ライトさん、よく見てますねぇ」
「え、あ、はい。職員さん達の様子がなんだか…」
「職員さん達は、Lランク冒険者には、あんな感じですよ。Lランクはギルドの守護者ですから、ギルマスと地位は同じなんです。だから他の冒険者への態度とは全く違うんですよね〜」
「あ、それで、あんなに待たせちゃいけないとか、ハラハラしてるんですね」
「ですね。まぁ、特にタイガさんだから余計にそうなのかもしれませんが」
「ん? やっぱり?」
「はい。タイガさんは、待たされるのが嫌いな人ですからねー」
「なるほど…」
タイガさんは、応接室に連れて行かれ、僕達は、事務所内で、ミッションの報告を済ませた。
僕は、討伐したウサギや、雑草魔物、レアモンスター、あと採取した湯の花を渡した。
「レアが2体ですね、タイガさんがメイン討伐者ですよね?」
職員さんに、状況確認のための聞き取りをされた。僕は、ランクFだし、戦闘力は残念だし、まぁ普通ならそういう反応だよね。
「うーん、そうなりますかねぇ」
「ちょっと職員さん、タイガさんは最低限のサポートしかされてないはずですよ」
「レンさん、でも、僕は、たいしたことしてないですよ」
「いやいや、玉湯に清浄の光が降り注いだのは、雑草魔物をライトさんが討伐したって証拠ですし、火の魔物がライトさんに擬態してるのも、レアモンスターをライトさんが討伐したって証拠じゃないですか」
「えっ……ちょっと確認してきます。しばらくお待ちください」
そう言うと、職員さんはタイガさんのいる応接室に入っていった。
そしてほんの1分もしないうちに、慌てて出てきた。タイガさんに怒鳴られでもしたのだろうか? なんだか、変な笑顔を張り付けている…。
「あの、ライトさん、確認なのですが闇属性持ちですか?」
「え? あ、はい」
「もしかして……タイガさんと同族ですか?」
(ん? 神族かと聞いてるの? あ、人族は知らないんだよね、神族の存在…)
「あの……意味がよくわからないのですが」
「あ! 失礼しました。もしかしたら、番犬なのかと思って…」
「番犬? ですか?」
「いえ、忘れてください。すみません」
(なぜ知ってるの?)
「ライトさんは、女神様の番犬ですよ」
(ちょ、レンさん!)
「レンさん、あの…」
「隠さなくていいですよ、この職員さんは俺と同郷なんです。血は薄いですけど」
「あ、そうなんですね」
「ライトさん、やはり…。すみません、ランクとステイタスだけで判断する癖がついてしまってて…」
「いえ…」
「いま、タイガさんに怒鳴られました」
「えっ」
「俺が、闇使えるわけないやろ! ライトは、ある意味、俺より強い神族なんや、ってね」
「あ、やはり…怒鳴られましたか」
「はい、あ、顔に出てましたかね」
「ええ、ちょっと、変な笑顔だなぁと…」
「失礼しました。あ、種族のことは他言しませんから、と言っても何人も聞いてるようですが…」
「はぁ」
「でも、まぁ、ここのみんなは、ライトさんは神族じゃないかと噂してたので、逆に納得したと思います」
「はぁ」
「でも、ランクは地道に上げていってくださいね。特例とかはできないので」
「はい」
「確かに、レアの残骸は、闇属性の攻撃を受けた跡があります。見落としていました、すみません。では、手続きしてきます」
「はい」
僕達が事務所のすみっこでコソコソ話をしていると、スッと突然、人が現れた。えっ? 転移? あ、室内に現れるならワープだっけ。
そういえば、ギルドから、フリード王子が去るときに、転移魔法を使う人がいたような…。レンさんは転移は街の中ではできないって言ってたよね? あ、転移陣が作れないってことだけなのかな?
僕が、現れた人をじーっと見て固まっていると、現れた人は、ニコッと笑った。
「転移魔法は、初めて見たのかい? お嬢さん」
(ん? お嬢さん?)
僕は、思わず後ろを振り返るが誰もいない。レンさんも、もう元の姿だし、彼は僕の目を見て話している。
「あの、男なんですが…」
「おや、失礼。かわいらしいから女性かと思ってしまった」
(なに? チャラい?)
「はぁ」
「転移魔法はね、街の中では使えないから知らないだろうけど、転移魔法陣と同じなんだよ。行きたい所へ飛べるんだ」
「あ、はい。転移はわかります」
「あー、じゃあ、なぜ室内に? って驚いているのかい?」
「はい」
「それは、俺には特権があるからなんだよ」
「はい?」
すると、レンさんが小声で教えてくれた。
「ライトさん、王宮の魔導士は、どこにでも転移できる特権というか特別な転移魔法を知っているのです」
「ん? そうなんですね。王宮の魔導士さんなんだ」
「ふっ。そうだよ。ワープと転移のいいとこ取りができるんだよ。あ、ワープもわからないかい?」
「ヘルシで、トロッコに乗ったことがあるから、わかります」
「よかった、説明の手間が省けたよ」
声を聞いたのか、気配を察したのか、タイガさんが応接室から出てきた。うわ、ギルマスもいるよ…。
「おい、緊急なわりに、ガキとおしゃべりする余裕はあるんか?」
「タイガさん、意外に早く見つかってよかった。下手すりゃ、数日探し回るハメになることも少なくないですからね〜」
「なんや、数日後でええなら、俺はいったん、家に帰るで」
「あ、いえ、早い方が助かりますよ、もちろん」
「王宮の上級魔導士が何の用や? おまえ絡みだと、辛気くさい話やろ」
「まぁ、確かに」
「お話は、奥でどうぞ」
「ノームさん、わざわざ座って話すほどのことでもないですよ」
「いや、ここには部外者も」
ギルマスは、僕達の方を見た。そりゃそうだよね。
「普通の冒険者に聞かせると、噂が広がるとマズイですからね」
「構わへん。こっちは警備隊や、こいつは俺と同じや」
「えっ? お嬢さんが? じゃなかった、男性でしたね、あはは」
(次に会っても、お嬢さんって言われそう…)
「で、なんや? 何人死んだ?」
「5人パーティ2つずつで、両方のルートを同時に進み、ほぼ全滅です。その捜索に行った隊が連絡つかなくなりました」
「で、捜索隊を捜索しに行くって、言い出しよったんか」
「おお! さすがによくおわかりで」
「メンツは?」
「魔導士は、私セシルとカールが同行します。あとはいつものメンバーです」
「全滅したのは、開拓チームか?」
「はい、生き残りは今のところ、2人だけのようです」
「反対派思想の奴か?」
「え? あ、はい、おそらく」
「それ、敵に生かされたんやろな。洗脳されとるスパイやろ」
「なんですって?」
「あー、騒ぐなよ。スパイだと決まったわけちゃうしな、もしスパイなら泳がせる方がええ」
「あ、はい」
「そんな中に、また人を送り込むのは、頭悪すぎへんか?」
「ですが…。だから、タイガさんを探して…」
「まぁ、あいつも、俺に黙って動いたら縁切るって言うてあるから、一応、守ってるみたいやな」
「はい、あの、いつなら可能ですか? のんびりしていると捜索隊も全滅しかねないかと…」
「ライト、あの赤いやつ、3本あるか?」
「えっと、どっちの赤いやつですか?」
「あー、俺にコッソリ飲ませた方や」
(コッソリって…)
僕は、魔法袋の中から、カンパリソーダ風味の、媚薬つきポーションを3本出した。
「それは、また新作ですかな?」
ギルマスが、即座に食いついた。タイガさんはそれを無視して、セシルさんに渡した。
「今すぐ、おまえが1本飲め。そしたら、明日から捜索を手伝ってやるわ」
「わかりました」
「あー、ラベルは読むな。読んだらこの話は なしや」
「え……毒なのかい?」
セシルさんは、僕にそう問いかけた。
「いえ、ポーションです」
「なんだ、私が体力減ってるのがわかったんですね。素直にそう言ってくれたらいいのに〜」
そう言うと、セシルさんは、蓋を開けて一気に飲み干した。
すると、セシルさんから黒い霧のようなものが出てきて、彼を覆った。
(なに? この霧…)
そして、霧がだんだんガラス状に固まってきた。セシルさんは、黒い霧ガラスの中で苦しみ出していた。
「タイガさん、これはいったい…」
「おまえの呪いの霧やろ。セシルの洗脳状態を解除する間に、他の邪魔が入らんよう、バリア張ったんちゃうか」
「え?」
「常に遠隔操作されてるんやろ、外から。それを遮断する霧や」
しばらくすると、黒い霧ガラスはスッと消え、うつろな目をしたセシルさんが、口を開いた。
「私に何を? ちょっと頭の中がピンク色なんですが」
僕は、クリアポーションを渡した。
「これで、少しスッキリするかと…」
彼は、ラベルを見てすぐに飲み干した。クリアポーションのことは知っていたのだろう。
「まだ、少しムラムラしますが、だいぶ落ち着きました。一体、私に何を?」
「洗脳解除のポーションや。副作用は媚薬効果やけどな」
(えっ、媚薬が副作用扱い…)




