90、ヘルシ玉湯 〜 アレキサンダー風味の魔ポーション
「だいたい、おまえな〜、最近ちょっと調子こいどるんちゃうか」
「えっ、僕? それ、とばっちりですよー」
「媚薬の次は、女装かいな」
僕はいま、レンさんと一緒に、玉湯のリゾートホテル内のレストランにいる。レンさんが、女性に変身していてタイガさんを驚かせたのだった。
「タイガさん、俺、女装じゃなくて、ほんとに女性になってますよ、背も低くなって…」
「はぁ……ほんま、なんやねん。見せてみぃ」
「えっ? 脱ぐんですか?」
「どアホ! 俺は、ポーションを見せてみろって言うとんねん」
「え? あ、僕? ちょっと待ってください」
僕は、女性達が帰った席を借り、リュックの中を探した。あ、あったあった。あれ? 赤くない? ん?
ラベルに「化」マークがついたポーションを掴んだつもりが、色が…赤くない、茶色だ。それに透き通っていないコーヒー牛乳色。劣化? 変色したのかな?
僕が固まっていると、レンさんが覗き込んできた。
「ちょ、ちょっと近いです……レンさん、いま女性なんですからね、忘れないでください」
「ぷぷっ、やっぱりライトさん、面白いですね」
「もう、クリアポーション飲んでくださいよ〜」
「はいはい。あれ? 色濁ってますね…」
「そうなんですよね……ん?」
な、何? なぞなぞの次は、間違い探し? ラベルが、ちょっとだけ、さっきと違う。
『化y100』
「ライトさん、それ、ラベルほんの少し違いません? ペケが右下の方、かすれてる?」
「なんや? なに揉めとんねん」
「また新作かも?」
僕は、ラベルに魔力を流して、説明書きを出した。何? またまた変なもの……あれ? ええーっ!
『化y100』
変身魔ポーション。時間逆転。魔力を10,000回復する。変身効果は、弱い呪いの一種。効果時間は1日。
時間逆転は、生まれてからの今の年齢と、残り寿命が逆転する。すなわち、子供が飲むと老人に、老人が飲むと子供に変身する。
(注)効果継続中に再び飲むと、変身効果は上書きされる。最後に飲んでから1日で効果は消える。
(魔ポーションだ……しかも、いちまん?)
僕が固まっていると、タイガさんに、ヒョイと取られた。そしてラベルを読んで、眉間にしわを寄せていた。
「なんや? これ。おまえ作るもん、最近、変な呪い付きばっかりやな」
でも、そう言うわりには、興味ありそう…。
レンさんは、やっとクリアポーションを飲んで元の姿に戻ってくれた。なんか、ジタバタしていたけど…?
「レンさん、どうしたんですか?」
「あ、いえ、ベルト緩めてなかったから、苦しくて…」
「さっき、ベルト締めましたもんね、ぶかぶかだったから…」
「そうなんです、次は気をつけなきゃ」
「ん? 次? また女性になるつもりですか?」
「だって、楽しいじゃないですか〜」
「はぁ…」
レンさんは、タイガさんから、新作を受け取り、説明書きを読んでいる。
(また、レンさんがワクワクしてる…)
僕は、リュックの中がいっぱいなので、とりあえず、「化」マーク以外のものを魔法袋に移す作業をしていた。クリアポーションだらけだな…。
そしてリュックの中にあった、男女逆転ポーションをタイガさんに渡した。
「これ、おもろいな。体力1万回復ってとこも使えるし。そっちの魔ポーションは、査定したら価格えらいことになりそうやな。老けた魔導士なら、いくらでも払うんちゃうか」
「変身効果は1日だけですよ?」
「でも、夢がありますよね〜」
「レンさんが飲むと、オッサンになりますよ?」
「あー、うーん…でも、ちょっと飲んでみたいかも」
「数はあるんか? 魔ポーションなら、そんなないやろ?」
「これは、さすがに売れないですから、いいですよ。飲んでみます?」
「ここでか? まぁ……大丈夫か」
僕は、タイガさんとレンさんに、コーヒー牛乳色の変身ポーションを渡した。僕も飲んでみよう。
蓋を開けて、イメージと違って少し驚いた。コーヒー牛乳色なのに、チョコレートケーキのような匂いがする。あ、これ、カカオ使ったんだな。
飲んでみると、甘い。ブランデーの香り。ぶどうからワインじゃなくて、こっちはブランデーかぁ。
あとクリームの甘い香りもする。うん、アレキサンダーだね。
アレキサンダーというのは、ブランデー、カカオリキュール、生クリームをシェイクして作るショートカクテルだ。ナツメグを上にふって仕上げる。
ブランデーの代わりにジンを使うと、プリンセスメアリーというカクテルになる。こっちはナツメグはふらない、と思う。
とある国の国王が、愛する王妃に捧げたカクテルとして知られている。このカクテルは、王妃の名をそのまま、アレクサンドラと名付けられたが、いつの間にか、アレキサンダーと呼ばれるようになったそうだ。
口当たりがよく、飲みやすい甘いカクテルだが、アルコール度数はかなり高めだから、お酒に弱い人にはおすすめできない。
(うん、かなり完成度の高いアレキサンダーだね、ノンアルコールなのが残念なくらい)
僕は、二人の様子を見てみた。
レンさんは、初老の紳士になっていた。おだやかな品のいい、優しそうなオジサンだった。
(レンさんって、こんな感じになるんだな)
そしてタイガさんは、少し若返っていたが、そんなにイメージは変わらない。相変わらずのチョイ悪イケメンだ。話さなければ、モテるだろうな。
残り寿命と今の年齢があまり変わらないと、ほとんど変化しないんだ。あれ? でも、タイガさんって、神族だから、不死じゃないのかな?
(リュックくん、不死の種族は変身しないの?)
『する』
(でも、残り寿命わからないじゃん)
『想定』
(ん? 何? 想定って…。見た目年齢ってこと?)
『違う』
(うーむ…。あ、適当に決めるの?)
『違う』
(わかんないよ)
『生命力』
(ん? 生命力が何? それで決めるの?)
『たぶん』
(生命力が高いと若いってこと?)
『そう』
(じゃあ生命力が低いと年寄りなんだ)
『そう』
(へぇ、そっか、わかったよ)
『またな』
(あ、うん、またねぇ)
レンさんは、タイガさんの若返りを少し不満そうに見ていた。
「レン、なんや?」
「タイガさん、あまり変わらないですね。少し若返ったけど、驚くほどではなくて…」
「おまえは、驚くほど変わってるで」
「え? そうなんですか!」
「あぁ、若い奴が使うと将来の自分に会えるわけやな。年寄りなら昔の自分に会える、ってことは、やっぱ年寄りに高く売れるで」
「タイガさん、売らないですよ。瓶が透明なやつは、ちょっとヤバイ感じのばかりですし」
「うっかり間違わんように、瓶が透明なんちゃうか? 呪い付きのやつは」
「あ! そうなのかも」
僕は、二人にクリアポーションを渡した。でも、二人とも、なぜか飲まない…。
「呪い解除してくださいよ〜」
「はぁ? 俺はほとんど変わらずやから、ええわ」
(ちょっと若返ってますけど?)
「俺は、しばらくコレで」
(レンさん、変身好きだよね…)
「まぁ、とりあえず、ロバタージュのギルドに報告に戻ろか〜。レン、そのままでは、報告できへんのちゃうか?」
「あ、確かに…。じゃあ、ロビーで確認したら、解除します」
(やっぱ、鏡見るんだね)
僕達は、その後すぐに店を出た。ロビーの鏡でレンさんが自分の初老の姿を確認した後、ホテルを出た。
レンさんは、何かショックを受けていて、すぐにクリアポーションを飲んでいた。
「レン、なに、たそがれとんねん」
「俺は魔族の血が濃いのに、全然クールじゃなかったので…」
(レンさんも、渋くてクールな大人に憧れてる?)
「は? 何をしょーもないこと言うとんねん。ライトと似とるな」
「えっ? ライトさんも、クールで威厳ある感じになりたいとか?」
「あれ? ちょっと違います…。渋くてクールなバーテンになりたいので、威厳は求めてなくて」
「あ、なるほど〜。でもクールは絶対ですよね」
「うんうん、カッコいいですよね、クールな大人」
「はぁ〜、なんか、しょーもな〜。あ、もう手懐けたんかいな」
「ん?」
タイガさんは、僕に向かって、アゴをクイクイしている。そのアゴで指された方を見ると、チビ生首がいっぱい集まっていた。
(何? 褒めてもらいにきたわけ?)
僕が、気づいたのがわかると、チビ生首達は、ワラワラと、どんどん増えていった。
(そんなに集まると、キモイ…)
キモイなと思ってると、奴らは悲しそうな表情になった。でも、生首だよ? 普通キモイでしょ。
「きゃ〜っ! ここに いっぱい居るわ、かわいいっ」
温泉の利用客が、ちょっと集まってきた。そして生首達をたくさん腕の中に閉じ込め、むぎゅっと抱いている。
奴らは、客に抱きつかれたり、ほおをぷにぷにされても、なぜか嬉しそうにしていた。
「こいつら、なんか嬉しそうですね」
「あ、おまえらが湯の谷に行ってる間に、コイツらが、玉湯のゆるキャラ認定されとったで」
「は?」
「あちこち、ふわふわ飛んどるからな。かわいいらしいで。完全にマスコットやな」
「はぁ…。生首ですよ? 」
「顔だけの、せや、軟式のテニスボールみたいなもんやんけ。女の子やしな、癒しキャラやな」
「やっぱり、ライトさんだけですよ〜、キモイって言ってるの。かわいそうじゃないですかー」
「でも…」
ん? また映像が頭の中に浮かんできた。ロバタージュの入り口と、ロバタージュのギルドの入り口の映像。
なんなんだろ? 誰も探してって言ってないよ?僕達は、ギルドに報告に戻るんだけど?
すると、チビ生首達は、僕の足元に、どこからわいてきたのか大量に集まってきた。そして、タイガさんとレンさんの足元にも。
そしてまた、雲のクッションのようになった。
「ライトさん、この子達、また」
「蹴散らしましょうか」
「はぁ? おまえアホか。ワープワームやぞ。運んでやるってことや。俺、これまだ2度目なんや」
そういうと、タイガさんは少しワクワクした様子で、生首達を踏んだ。
(えーっ、キモイ)
レンさんも、ワクワクしながらタイガさんと同じく、生首達を踏んだ。
「ライト、おまえが乗らな、動かんやんけ」
「えーっ」
僕は仕方なく、生首達の…雲のクッションに乗った。すると、ふわりと少し浮かんだと思った瞬間…、ヒュン!
「えっ? ウソ…」
僕達は、次の瞬間にはロバタージュのギルドの入り口にいた。
「ワープだ! ライトさんすごいですね、この子達」
「この魔物、あちこちで支配権争いになっとるんや。族ごとに同じ主人に仕えるからな、25〜30個くらいしか支配権ないんや」
(すごっ! 転移酔いしなかった)
僕がそう思うと、生首達はクルクルと飛び回って、はしゃいだ後に、スッと消えた。
「さて、さっさと報告、済ませよか」
「「はい」」
生首達って、スパイとワープができるんだ! そりゃ、支配権争いになるよね。
人族に取られたくなくて、あんな大勢の魔族が来たのも、当然のことか。
(…うーん…僕が主人でいいのかな?)




