89、ヘルシ玉湯 〜 キール風味のポーション
僕はいま、レンさんと湯の谷の底のトロッコ乗り場の待合室にいる。
トロッコが来るまでの時間に、ちょっとリュックの整理を始めたんだけど、なんだか変な新作が出来ていたんだ。ラベルが、なぞなぞみたいで…。
それに、瓶がまた透明なんだ。リュックくんのマイブームなのかな?
「また、新作が出来ていました」
「えっ! 飲んでみましょうよ〜」
「ただ、嫌な予感がするんです……前回の新作と同じく瓶が透明で…」
「んん?」
「前回の新作、変な効果がついていて、飲んだタイガさんに叱られたんですよね〜」
「何がついてたのですか?」
「媚薬効果…」
「えっ、あ、あのときの人生終わるで〜って言ってたやつ?」
「はい。あはは、モノマネうまいですね」
「ははっ、いえいえ。うん、確かに、媚薬なんて飲んだら、何をしでかしてしまうか…」
「ですよね、僕には効かないのでわからないんですけど…。中程度の呪い属性だったんで」
「ライトさん、そんなに呪い耐性、高いんですね」
「闇属性持ちですからねぇ」
「あ、そうでしたよね」
僕は、新作の説明を読む気になれずに、しばし、ジッと見つめていた。こんなことをしてても仕方ない。僕は覚悟を決めて、怪しげなラベルに魔力を流した。
『化x100』
変身ポーション。男女逆転。体力を10,000回復する。変身効果は、弱い呪いの一種。効果時間は1日。
(注)効果継続中に再び飲むと変身効果は上書きされる。最後に飲んでから1日で効果は消える。
「はぁ? 何これ……えっ? いちまん?」
僕が、ぽかんとしていると、レンさんが興味深そうに寄ってきた。
「俺にも見せてください」
「はい、また変なポーションが…」
僕がレンさんに、新作を渡すと、説明を読んだレンさんは、めちゃくちゃ驚いていた。そして…
「飲んでみましょうよ〜」
「え? まじっすか? レンさん、女性になっちゃうかもしれませんよ」
「どんな感じになるか興味あります」
「えー」
「それに、弱い呪いなら、クリアポーションですぐ解除できるんじゃ?」
「あ、そっか。これは弱い呪いですもんね。だからクリアポーションを大量に作ってるのかな、リュックくん」
僕は、リュックの中を探すと、何本か出来てるのを見つけた。また、赤い色…。媚薬効果のよりは少し淡い赤かな?
レンさんがあまりにもワクワクしているので、仕方なく、新作と、クリアポーションを渡した。
「ありがとうございます。では、さっそく〜」
僕も、1本開けてみた。僕の場合、1万も回復するポーションは、あまりにももったいない気がするんだけど…。
瓶を開けたら匂いで、わかっちゃった。この匂いでこの色は…白ワインとカシスの香りで赤いカクテル、うん、キールでしょ? 僕は、一気に飲み干した。
思った通り、キールだ。キールロワイヤルかとも思ったけど炭酸入ってないもんね。
キールというのは、カシスリキュールに白ワインを入れて作るカクテルだ。アルコール度数は、中程度かな? 甘くて飲みやすいけど、結構強いから、飲み過ぎには注意が必要だ。
おうちカクテルとしては、飲み残した白ワインを翌日に飲むときに、カシスリキュールを少し入れて混ぜれば完成。これだと白ワインの味の劣化も気にならないから、オススメだ。
また、白ワインではなく、赤ワインを使うと、カーディナルというカクテルになる。
カシスシロップと、白ぶどうジュースを混ぜると、キール風のソフトドリンクもできる。こっちは使うジュースによってはかなり甘くなるので、炭酸割りにしても美味しい。
(うん、思いっきり、キールだね)
「ライトさん、俺、どうなりました?」
(あれ? 女性の声…)
隣を見ると、レンさんの服を着たおとなしそうな女性がいた!
「レンさん? 女性になってます。声も…」
「ライトさんは変わらないですね〜。俺、どんな姿か、自分で見れないです。ミラー魔法、使えたりします?」
「ミラー? あ、鏡? 使ったことないです…」
「じゃあ、玉湯のホテルロビーのガラスで見るしかないかぁ」
「ん? もしかして、そのまま、ホテルロビーに行くつもりですか」
「え? 変ですか?」
「いえ、別に変ではないですが…。服がぶかぶかかも…」
「あー、ほんとですね〜」
そう言ってレンさんが立ち上がると、背もかなり低くなっていた。でも、僕と同じくらい…。
「動きにくいとかはないですか?」
「大丈夫です。逆に身体が軽くて動きやすいかも〜」
「じゃあ、よかったですが…」
「うん?」
「いえ、見慣れない女性がいると、なんだか落ち着かないです」
「あははっ、俺は、居心地いいです」
「あ、いや、そういうことを言われると、なんだか勘違いしてしまいそうなので…」
「っぷぷ。このポーション、楽しい!」
「えー」
ガタゴト ガタゴト ガタゴト
「あ、トロッコが戻ってきた! ライトさん、行きましょう」
「あ、は、はい…。あの、腕を掴まないで…。な、なんで腕を組むんですかー。ダメですよ」
「え? なぜですか?」
「いま、レンさん、女性なので…」
「だから、この方がカップルっぽくて、面白いじゃないですか〜」
「いえ、あの、腕を組むのは…」
「ん? 嫌ですか?」
「あの……あ、当たってますから…」
「なにが?」
「腕に、あの、えっと、柔らかなものが…」
「キャハハッ! ほんとだ〜」
「ちょ、その女の子のような笑い方って」
「ぷぷっ。ライトさん、女性にからかわれること、多くないですか?」
「あー、確かに…」
「あははっ。やっぱりー」
「えーっと…」
「ライトさんが、女性からどう見えるか、少しわかっちゃいましたよー」
「は、はぁ」
「っぷぷ」
トロッコからは、たくさんの冒険者が降りてきた。こちらから乗るのは、まだ僕達だけしか客はいなかった。
発車間近になって、冒険者達が駆け込んできた。彼らは、僕を見てハッとしていたが、その横に女性がいるので声をかけるのを遠慮したみたいだ。
でも、コソコソ話が聞こえてくる。
「あの人、レア退治した人だろ? あれ、彼女か?」
「冒険者風だけど見ない顔だよな。おとなしくて従順そうじゃねぇか」
「そういや、あの警備隊はどこへ行ったんだ?」
「別ルートで帰ったんじゃねーか」
レンさんは、このコソコソ話を聞いて、めちゃくちゃ楽しそうにしていた。
「俺って、おとなしくて従順そうなんですね。ぷぷっ」
「えっと、うん、上品な感じです」
「あ、じゃあ、俺じゃなくて、わたくしって言わなきゃ」
「えーっと……どんだけ気に入ってるんですか」
「だって楽しいんだもの。別人になるのって」
「ま、また、女の子の話し方…」
(ダメだ、完全にワクワクしてるよ……あ、トロッコだからかな)
やっと発車時間になった。ガタゴト、ガタゴトと、汽車のような音を立ててゆっくり進み始めた。
そして、トロッコが光った?と思った瞬間、ビューンっと急加速した。
え? 何? と僕が混乱していると、すぐまたガタゴト、ガタゴトに変わり、リゾートホテルの地下のトロッコ乗り場に到着した。
「えっ? 何が起こったんですか?」
「ライトさん、到着ですよ。ワープ魔法ですよ」
「転移?」
「あー、転移と同じような原理だと思いますけど、ちょっと違うみたいですが」
「確かに、転移酔いしなかったです」
「たぶん、距離の差じゃないかと思います。 ワープ魔法は、せいぜい馬車で半日くらいの距離までしか使えないそうですが、転移魔法は、どの転移魔法陣にでも飛べるから」
「あ、なるほど。ワープ魔法って近距離用なんですね」
「それから、転移魔法陣は、街の中には作れないけど、ワープ魔法はどこでも使えるんですよ」
「確かに、転移は街の外に出なきゃですよね」
(だから女神様の変な猫は、街の出入り口まで転移魔法を使わないんだな〜)
「俺は、じゃなかった…わたくしは、トロッコの方が転移より好きです、わ」
「…レンさん……無理して女の子の話し方しなくていいですから〜」
「あははは。練習が必要ですね」
「いやいや、練習しなくていいですから〜」
トロッコ乗り場から、階段を上ってホテルロビーに向かった。
あ、今まで気づかなかったけど、ロビーのフロント前のガラス、裏側からだと光の加減で鏡になってる。
レンさんは、鏡の前に立って、服装を整えていた。ぶかぶかな服だけど、ウエストのベルトをしぼったり、袖を折り返したりしている。
(姿を見たのにまだ解除しないつもりかな…)
「レンさん、そろそろ元に戻ったらどうですか?」
「タイガさんにも見せないと〜」
「えーっと…」
(さっさとタイガさんを探そう)
僕は、まだ服の調整をしているレンさんの横で、タイガさんを探して『見た』
こんなたくさん人がいる中から、探すなんて無理な気はしていたんだけど、やはり見つけられない…。
(はぁ、だよね、タイガさんどこに……ん?)
急に、僕の頭の中に、映像が流れてきた。店の中で、数人の女性と飲んでいるタイガさんの映像。
(え? 何? これ、どこ?)
すると、スーッと視線が動いていって、店の入り口の看板の映像が流れた。あ! 一緒にごはん食べた店だ! でも、なぜ映像が……ん?
映像は、近くをふわふわ飛んでいたチビ生首を映した。そして映像が切り替わると、店の入り口の前で、お気楽そうな顔をしているチビ生首が映った。
(え? もしかして、チビ生首達が?)
すると、お気楽そうな顔が、めちゃくちゃ嬉しそうな表情に変わった。まるで褒めて褒めてと言っているかのような、ちょっと自慢げな表情でもある。
(すごい能力だね…)
僕がそう思うと、チビ生首は、クルクルと飛び回った。これは、たぶん、はしゃいでいる。
(ありがとう、もういいよ。場所はわかった)
そう頭の中で思うと、映像はスッと消えた。
(スパイみたい……だから、わざわざ魔族が、支配権を取り返しに来たのか…)
「レンさん、タイガさんは、前に一緒にごはん食べた店で飲んでるみたいです。行きましょう」
「ん? は〜い」
僕達は、タイガさんのいる店に向かった。でも、さっき居たはずの生首達は居ない。あの映像って、まさかニセモノじゃ?
店内に入ると、さっき見たままの状態だった。僕に気づいたタイガさんは、立ち上がり、怪訝な顔をしている。
「ライト、おまえ、何ナンパしてんねん? 湯の花は終わったんか」
「終わりましたよ。それにナンパしてません」
僕達は、タイガさんの近くへと移動した。
「タイガさん、わたくしのことがわからないの? ひどいわ」
(ちょ、ちょっと、レンさん…)
「あらあら、タイガ、こんなお嬢さんにまで…。ちゃんと、誠意を示しなさいよー」
「はぁ? 俺はこんな女……知らんと思うんやけど、ごめん、誰やったっけ?」
「タイガさん、あの…」
「あたし達は、いくねぇー。タイガ、ごちそうさま〜。ちゃんと話し合いなさいよー」
「なっ……あぁ…」
そう言うと、彼女達は、お店を出て行った。
「で、誰やっけ?」
「レンフォードです」
「……ん?」
「レンさんですよ。新作ポーションでこんなことに…」
「はぁ? なんやねん、おまえら! めちゃくちゃ焦ったやないけ。あー、もー、クソガキども!」
(だって、レンさんが…)




