88、ヘルシ玉湯 〜 他の星からの侵入者
パタパタ、パタパタ
「あれ? 爺ちゃん、なんで門番してるの?」
「そーよ、そーよ」
「戻ったか。おまえ達が無事に戻るかと、少し心配になってな」
「なんでー?」
「なんでー?」
「地上だぞ? しかも冒険者のたまり場に乗り込んだのだからな」
「ん? 意味わかんない」
「そーよ、そーよ」
「地上の冒険者達は、魔族を狩りたがる野蛮人ばかりだからな」
「そんなことないよ? 雑種も居たよー。ライトの友達だって〜」
「ライトの友達だって〜、ちょっとだけ強いよ」
「雑種? ハーフか?」
「メトロギウス様、ただいま戻りました」
「ハンス、地上の様子はどうだったのだ? やはり、あの火の魔物の主人は、あの死霊か?」
「はい。ちょうどライトさんが居ましてね。先に行った次官とケンカになっていたようですが」
「ケンカだと?」
「次官が、ライトさんを見た目で判断して、卑下したことで、ライトさんが気分を悪くされたそうです」
「それで、よく次官は生きて帰れたな」
大魔王メトロギウスは、次官と呼ばれる男を見た。
彼は、文官のわりには腕に自信があったのだろう。だが、相手の力量に気づかないという失態をしでかしてしまったのだ。実際のところ、彼の力量判断は正しかったのだが…。
大魔王の冷たい視線に、彼はただただ縮こまるばかりだった。そして、恐れつつ、口を開いた。
「クライン様達が登場されたことで、あいつの表情は一転しました。おふたりが来られなかったら、もしかすると…」
「侵略者として、排除されたか?」
「いえ、我々もそう簡単には…」
「メトロギウス様、例の件、本人の口から確認が取れました。嘘か否かのサーチもかけました」
「ハンス、やはり、犬だったか?」
「いえ、番犬の方でした」
「なっ? ナタリーが言っていたのは本当のことか。どう考えても…いつもの戯言だと思ったのだが…」
「はい、それに、レアモンスターの倒され方が尋常ではありません。地上の火の魔物達の記憶をよみましたが…」
「どう、尋常じゃないのだ?」
「ライトさんは、闇属性の雷雲を操り、さらに4属性を同時発動した魔剣を使ったようです。ほんの一瞬で、一撃で倒しています」
「は? アイツにそんな攻撃力は……チッ、俺は、本当にダミーを見せられていたのか? 俺の眼を欺くなどと…」
「おそらく。でなければ、あのままの戦闘力では、女神の番犬には選ばれないでしょうからね」
「っとに、いやらしい死霊だ…。本当に厄介だ!」
「メトロギウス様、いえ、爺さま、ライトさんを敵視するのは愚策です。親しくする方向を検討すべきではないですか」
「だが、下等な死霊だぞ?」
「彼は、特殊ですよ。そして俺は命を救われた。だから、俺は、爺さまが彼と敵対するなら、彼につきますよ」
「脅しか?」
「俺は、クラインの保護者ですからね。クラインは、ライトさんに亡き父親の面影を重ねている…」
「それは気づいておるが…」
「それに、ライトさんは、クラインの配下になると、さっきも言っていました。優しい目をしてね」
「あの死霊がか?」
「ライトさんは損得では動かせないようですよ。彼は、自分の感情で…好きか嫌いかで価値判断をしているようです」
「なぜ死霊が、感情で動く?」
「だから特殊なんですよ。火の魔物達の支配権もいらないと言っていたようですからね」
「は? 大量の偵察隊を、あのワープワームをいらないだと?」
「ええ、生首の配下はいらないそうです。見た目が嫌いなんじゃないでしょうか」
「あいつ、バカなのか? 」
「素直なんだと思いますよ。自分の感情に」
突然現れた魔族達だったが、しばしの話し合いの後、すんなりと地底に帰っていった。
湯の谷の底の冒険者達や商売をする者達は、ホーッと安堵のため息をついていた。
そして、魔族が、レンを見て、ハーフかと言って卑下していたことから、先程のレンが魔族じゃないかとの騒ぎもおさまったようだった。
一方で、ライトが、源泉のレアモンスターを討伐したのだとわかり、冒険者達の態度はコロリと変わった。
また、魔族と対等に話をしていたことや、魔族の子供と親しげにしていたことを皆はジッと見ていた。
皆、ライトには逆らうとマズイとか、親しくなりたいなどと考えていた。
そして、遠方の声を聞く能力を持つひとりの幻術士は、その会話に言葉を失っていた。
「おまえ、なに固まってんだよ?」
「話を聞いてたんだよ」
「聞かなくても、あの様子を見てれば、あの二人が只者じゃないのはわかるよ」
「レア討伐者だとはな…。あの場にいたという冒険者から聞いたが、一撃だったらしいぞ。えげつない雷撃で」
「でも、警備隊が強いのはわかるが、もうひとりの弱そうな奴が討伐者なんだろ? 攻撃力、低すぎないか?」
「魔族が言っていたけど……ステイタス隠してるらしいよ。ダミーを見せてるって」
「え? 話、聞こえたのか?」
「聞いたんだよ、音を拾う能力くらい持ってる」
「そうか、おまえ、確かハーフだったよな」
「まぁね。魔族の血が濃い、あの警備隊と同じようなもんだよ」
「ふぅん、他に何か面白いこと言ってなかった?」
「いろいろ言ってたけど……純血の人族が知らない話もしてたね。さすがに言えないよ」
「何? それ聞きたい!」
一方で、僕はレンさんと、皆が騒然とし始めたドサクサに紛れて、トロッコ乗り場を目指していた。簡易宿泊所の地下に、その乗り場があるという。
魔族達と話したり、レア討伐者だとわかったからか、僕達にからんでくる者は居なかった。何か話しかけてこられても、レンさんが機嫌悪そうに追い返していた。
「なんか、急にチヤホヤですよね。俺、こういうの大嫌いなんですよ」
「僕も、相手によってコロリと態度を変える人、嫌いです」
「似てますね〜」
「うんうん」
「しかし、結構ハーフいますね、ここ」
「そうなんですか? 僕にはサッパリ」
「魔族は、そういう感知能力があるんですよ〜」
「へぇ、便利なのかな?」
「うーん、どうかな? あ、濃いハーフがいる。ん?
ハーフかな? なんか違う…。あいつ、たぶん話を聞いてましたね。幻術士だ」
「幻術士? あ、幻を見せたり眠らせたり?」
「ええ、操り士とも言います。洗脳が得意な種族なので…」
「操られるんだ…」
「通り道だから、挨拶していきましょう。念のため、口止めも」
「え? 操られるんじゃ…」
「ライトさんは、呪い耐性あるから、幻惑も効きにくいと思いますよ、大丈夫です」
「なら、いいんですけど…」
僕は、レンさんの後について、その幻術士だという人の方へと歩いて行った。たどり着く前に、彼はこちらに気づいて、少し嫌そうな顔をしていた。
(口止めって言ってたのも聞こえてたのかな)
それにしても、警戒されすぎな気がする…。体力か魔力切れで、ビビってるのかな?
僕は、彼のゲージサーチをしてみた。
(あれ? なんで?)
彼のゲージの数がおかしい。数値はわからないけど、ゲージが5本もあるんだ。
上2本が体力かな、下3本が魔力、の5本。普通みんな2本だよね。あ、ゾンビ化していた魔物は4本あったっけ? でも5本なんて、初めて見た。
『5本あるのか?』
(あ、女神様、はい、目の前の幻術士のゲージ5本です)
『なら、そいつは他の星からの侵入者じゃ。気づかぬフリは、ライトには無理だから、ズバッと聞いてみるのじゃ』
(えっ? でも…)
『そやつが警戒しておるなら、ライトが番犬だと知ったからじゃ。なのに素知らぬふりをすると、逆に舐められるのじゃ』
(わ、わかりました)
『じゃ、テキトーによろしくなのじゃ!』
(はい…)
僕達が近づくと、幻術士と同じパーティなのか、他の冒険者が、緊張した声で話しかけてきた。
「あ、あの、俺達、何かしましたっけ? すみません」
(へ? なんで謝る?)
「いえ別に。俺、そちらの方と少し話したいことがあるので、ちょっとお借りしていいですか?」
「な、なんでしょう?」
レンさんは、他の冒険者達から離れて話すつもりのようだ。でも幻術士の彼は、逆に冒険者達がいる方がいいと思っているようで、動く様子はない。
「この方々に聞かれても大丈夫ですか?」
「同じパーティなので、知ってますから」
(ん? みんな、他の星のスパイ?)
僕は、他の冒険者達もゲージサーチをしてみたが、みな2本だけだった。この世界の住人だ。
「じゃあ、貴方がハーフだということも?」
「うん、知ってますよ」
「では、俺が言いたいこともわかってますよね」
「純血の人族が知らないことは、話してませんよ。話すつもりもないから安心してくださいね」
そういうと、彼は何か仕掛けようとした。僕はとっさに、レンさんにバリアをフルでかけた。その瞬間、キィンと嫌な音がした。
「な、何?」
「ありゃりゃ…。まさか弾かれるとは思わなかったな。さすが番犬ですね〜。バリア展開も速い」
(僕を試した?)
「おだてる作戦ですか? 外からの迷い子さん」
「なっ? なぜ…」
僕がそう言うと、彼はありえないという顔をしていた。心を読まれないという自信でもあったのかな?
「ん? 迷い子?」
「レンさん、わけわからないこと言ってすみません。説明は、ちょっと出来ないです」
「なるほど、そっち系ですね。了解です」
「貴方は、何者なのですか? なぜそんな深き闇が…」
「あー、僕を覗かないでくださいよ」
「貴方は、こっちを覗いたくせに! 」
「覗いてませんよ、ほとんど。僕にはそんな能力はありません」
「嘘だ! 俺が見れないなんて…阻害認識に闇を使っているなんて。高位のリッチなのか?」
「僕は、人族ですよ。それも、おだてる作戦のひとつなんですか」
「くっ…」
僕は、レンさんの方を見て、頷いた。レンさんは、僕の意図を読み取って頷き、口を開いた。
「じゃあ、そういうことで。一応、口止めしましたからね」
「うん、レンさん、帰りましょうか」
「は? 俺を見逃すつもりか? 番犬」
「…殺してほしいんですか?」
「…ッツ」
「なーんて、冗談です。では、失礼します」
僕は、レンさんと、トロッコ乗り場へと向かった。背後から、嫌な殺気を感じつつ…。
トロッコ乗り場に着くと、ちょうど出発したばかりだった。トロッコが戻ってくるまで、少し待たなければならないようだ。
僕達は、料金銅貨10枚を支払い、待合室に移動した。僕達の他に客はいなかった。
「レンさん、ちょっとリュックの整理をしていいですか?」
「どうぞ、どうぞ。あ!そうだ、クリアポーション飲んでみたいんですが、余裕ありますか?」
「ありますよ〜。じゃあ、試飲用に、どうぞ。気に入ったら買ってくださいねー」
「やった! ありがとうございます」
僕は、リュックを開けた。もちろんどっちゃり…。せっせと魔法袋に移していった。クリアポーションだらけだな。すると見慣れないラベルが…。
『化x100』
(あれ? 何? これ……掛け算? なぞなぞ?)




