86、ヘルシ玉湯 〜 レンフォードの秘密
僕はいま、湯の谷の底にいる。湯の花を採取するミッションを終えたところなんだ。後はタイガさんと温泉で合流して、ロバタージュに戻るだけだ。
いま、湯の花のフリをした魔物が、少し離れた場所で暴れ始めたため、湯の花はどんどん崩れていっている。
そのため、湯の花を採取しに来た冒険者は、湯の花が再び咲く明日朝まで、待たなければならなくなってしまったようだ。
こういう騒ぎはよくあるようで、この場所には、露店だけじゃなく、簡易宿泊所もあるようだ。
でも、ここは硫黄の臭いがすごいんだ。宿泊するには勇気がいるんじゃないかと思う。
「ライトさん、どっちから戻りましょうか?」
「ん?」
「さっきは、交換したかったので、草原から降りてきましたけど、地下道のトロッコで戻る方法もあるんですよ」
「トロッコ?」
「はい、ただ、有料なんですが……ビュイーンって進むので、速いですし、楽しいんですよ」
(トロッコ乗りたいって言ってるよね?)
「レンさん、トロッコって、初めて乗っても怖くないですか?」
「大丈夫です! 楽しいですよ」
「じゃ、じゃあ、トロッコで戻りましょうか」
「うんうん、そうしましょう!」
レンさんは、急にワクワクした顔になっている。僕と似てると言われたりするけど、こういうとこは違うよね。僕は、好奇心より、安全第一だもんね。
(でも、ビー玉、拾いたいな…)
「レンさん、トロッコの前に拾いたいものがあるんですが、いいですか?」
「はい、素材ですか?」
「うーん、まぁ、そんな感じです」
「じゃあ、ついていきます。どこですか?」
「えーっと、土の中なので、透過魔法で行ってきます」
「そっか、じゃあ、俺はお土産屋をのぞいてますね」
「はい、すぐに拾ってきますね」
僕はレンさんと別れ、ビー玉の…宝玉の光の方へと近づいていった。透明化!霊体化! を念じ、谷底の土の中へと入っていった。
ビー玉を掴む瞬間だけ、手を半分だけ実体化する。そして掴むとスッと上に戻った。
霊体化だけを解除し、うでわの小箱を手探りで探し、ビー玉を入れ、うでわを閉じた。
『ライト、ひとつだけなのか?』
(はい、今いる場所には、ひとつだけでした)
『ふむ。熱くも何ともないのじゃ』
(…熱い方がいいのですか?)
『別に、そんなことは言ってないのじゃ! それより生首の配下じゃがの…』
(配下にした記憶はないですけど…)
『それは甘いのじゃ。他の場所にも、アレが伝染しておるのじゃ』
(は? 意味がわからないのですけど…)
『ヘルシと繋がる魔族の国の火山にも、ライトの生首が飛び回っておるのじゃ』
(えっ! 繋がるって、あ、イーシアみたいに出入り口があるんですか?)
『うむ。あるんですのじゃ。地上から伝染したからの……仕方なく調査団の通行を許可したのじゃ』
(調査団?)
『魔族の国から、人型の事務官が調査に行くそうじゃ。まぁ、テキトーによろしくなのじゃ』
(え? どうすれば?)
『うーむ…。火の魔物を従えるのが人族だと困るらしいのじゃ。だから支配権を取り返しに行くのじゃろ』
(へ? 僕、殺されるんですか?)
『ライトはアンデッドでもあるのじゃ。死ぬわけないのじゃ! まぁ、テキトーによろしくなのじゃ。あ、落とし物係だとは言うでないぞ』
(え? 何かマズイのですか?)
『番犬ならバレてもよいが、落とし物係はマズイのじゃ! 殺そうと狙われるのじゃ! ってことでまたね、なのじゃ!』
(え……まじっすか)
僕は、とりあえず透明化を解除し、レンさんを探しに行った。お土産屋さんって……露店かな?
あちこちの露店を見て回っていたが、レンさんの姿はない。それに、温泉たまごも売っていない。
(うーん…いないなぁ)
外の露店は、だいたい見てまわったから、あとはあの建物かな…。宿泊所の看板が出ている建物の入り口付近には、たくさんの人だかりができていた。
その入り口付近では、何か揉めているようだった。僕は近づいてみると、その中に、レンさんが居た。
「レンさん」
僕が声をかけると、レンさんと共に、何人もの人が僕の方を見た。なんだか、様子がおかしい?
「ライトさん、そこで待っててください」
(えっ…でも…)
僕がどうしようかと立ち尽くしていると、この騒ぎを見ていた人に声をかけられた。
「兄さん、あの警備隊の知り合いか?」
「あ、はい。あの…」
「まさか、あんたも警備隊か?」
「いえ、僕は行商人です」
「なんだ、じゃあ、あんたも騙されてるんじゃないか」
「え? 何をですか?」
「あの警備隊、人族じゃないらしいぜ」
「えっ?」
「その様子じゃ、知らないらしいな。湯の花に化ける火の魔物がな、あの警備隊には攻撃を仕掛けないんだよ」
「はぁ…」
「ピンときてねーみたいだな。湯の花に化ける火の魔物は、この谷の上にいる大量のザコの進化種なんだよ」
「へぇ」
「いわゆるこの谷の覇者だからな、プライドが高いんだ、魔物のくせに。暴れ始めると手に負えないんだ」
「はぁ」
「花のフリをしていないときに近づくと、絶対、火の玉を飛ばしてくるんだぜ」
「ほぅ」
「なのに、あの警備隊が近づくと、道を譲ったんだ。おかしいだろ?」
「ん? 彼が強いからでは?」
「はぁ? Sランクの俺にも火の玉を飛ばしてくるんだぜ? 強いかなんて、わかってねーよ」
(あ、自慢?)
「で、何を揉めているんですか?」
「あの警備隊が、魔族だってことだよ」
「ん?」
「人族のフリしてるが、俺はサーチ持ちでな。アイツの戦闘力を測ってやったんだ」
「へぇ。強いんですか」
「あぁ、俺より強い…。魔族に違いない」
「魔族だとマズイんですか?」
「当たり前だろ。地上を支配しようとしてるらしいぞ。その手下ってことだろ?」
「うーん。魔族の血が混ざってる人って多いみたいですし、そっち系では?」
「あ! ハーフか……地上で生まれたなら人族か…。おーい! おまえら、そいつ、ハーフかもしれんぞ」
ハーフかもしれないと聞いて、人々の態度は少し変わった。なるほど、地底からの侵略を恐れてるだけなのか。
すると、突然、硫黄の臭いがツンと、きつくなった。そして、目の前の入り口近くの湯気が出ている地面が光った。
(嫌な予感がする…)
みんなが光に気を取られている間に、僕はレンさんのもとへと駆け寄った。
「レンさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。それに……ライトさん、すみません」
「ん?」
「僕、魔族です…」
「え?」
「母はハーフで、父は魔族です…」
「そうなんですか〜。だから強いんですね」
「えっ?」
「はい?」
「あの……怖がらないんですか? 」
「えーっと……レンさんはレンさんですし」
「…ライトさん、変わってますねー。もしかして、犬ですか?」
「ん? 」
「あ、いえ、まさかね。すみません、忘れてください」
「あの、レンさん、質問していいですか?」
「はい」
「魔族だと、何か困るのですか?」
「へ? いえ……ただ警備隊は、ハーフで登録していますが…。血が濃いことがバレると少しややこしいけど」
「仕事がなくなる?」
「いえ、地上生まれですから、それはないかと…。部署が変わりそうですね」
「窓際族に?」
「窓際族? えーっと、討伐班にされちゃいそうです」
「あ、戦闘系の部署?」
「はい」
「うーん、じゃあ、内緒にしておきましょう。もしかして、タイガさんは知ってます?」
「あ、はい。速攻で見抜かれました。俺も、セイラも…」
「え? セイラさんも?」
「俺の生まれ育った集落は、みんなハーフなんです。ハーフの隠れ里だから…」
「そうなんですね」
「本来なら、もう一つの国に移住しなきゃならないんでしょうけど…。でも魔族というより人族に近い人の方が多いから、あっちの国に行くと滅ぼされるって」
「そっか…。魔族は、チカラこそ全てなり、ですもんね」
「え? どうして、それを?」
ギャー! うわぁ〜!!
突然の叫び声に、僕達の話は中断させられた。
光の中から、人族に見えない異形の者達が、ひとりまたひとりと現れたのだ。いろんな種族がいる。
「魔族が、地底から出てきたぞ!」
「あの警備隊が、呼んだんじゃないか」
突然の異形の戦闘力の高い者達の出現に、冒険者達や、ここで商売をしている人達はパニックになっていた。
腕に自信があるはずの、さっき僕達にからんできた高ランクの奴らも、固まってしまっていた。
みんながパニックになるのを、魔族達は、シラーっとした目で見ている。そして、そのひとりが空に向けて、空砲のようなものを鳴らした。ドガン!
その大きな音に驚き、みんな一斉に固まった。僕も、驚いて、声が出なくなった。
すると、空からハラハラと赤黒い雪が舞い降りてきた。そう、チビ生首達だ。
そっか、レンさんやセイラさんが、奴らをかわいいと言っていたのは、魔族の血のせいなんだ。
だが、僕の予想は大きく外れた…。固まっていたはずの冒険者達が、口々に、生首達を見て緊張を忘れている。
「ひゃー、かわいい魔物が降ってきた」
「上の火の魔物、おとなしくなって可愛くなったよな」
「レアを倒した人族に擬態してるんだよ、こっちから手出ししなきゃ無害だぜ」
「人族に媚びてるのか、かわいいじゃねーか」
(うそ…)
その様子を見て、生首達を呼び寄せた魔族が、口を開いた。
「我々は、侵略に来たのではない。コイツらの調査に来たのだ。レアモンスターを討伐し、コイツらの主人になった人族を探しに来た」
(げっ! やっぱり…)
「隠し立てをすると、この地の地形が変わりかねないぞ」
(はぁ……ザ・魔族! って感じ…)
「冒険者だ! 顔は知らねー」
魔族達は、ぐるりと見渡した。冒険者達はすっかり威圧されてしまっていた。
「顔は、コイツらを見ればだいたいわかる。だが……人族は顔の区別がつかぬ」
「ここに連れて来い。それが出来ねば、おまえ達、全員の命をもらう」
(むちゃくちゃじゃん)
僕は、レンさんを見た。でも、レンさんは首を横に振っている。
奴らは僕を探しに来たんだ。さっき女神様が言ってた調査団なんだろう。
僕を見つけて、生首達の支配権を取り戻すまでは帰らないだろう。そんな支配権、さっさと渡すよ。ってか、そもそも生首の配下なんていらない。
僕は、レンさんをもう一度見た。レンさんは僕の意図がわかったようだった。今度は頷いてくれた。
「ライトさん、一緒に行きます」
「レンさん、心強いです」
僕は、奴らの前に歩み出た。レンさんも、それに続いた。
「はぁ? おまえらが知ってるのか? そっちは、ハーフか、ふぅん」
僕は、魔族の国スイッチを入れた。ん? なんのスイッチかって? もちろん、はったりスイッチだ。
「あなた達の目は節穴ですか? 僕を探しに来たんですよね?」
「なっ? なんだと? 人族のガキが!」
すると、赤黒い雪が、チビ生首達が僕の前に集まり始めた。まるで僕を守ろうとするかのように…。
「やっぱり、かわいいですね、コイツら」
「え? うーん…」
(えー……生首だよ?)




