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85、ヘルシ玉湯 〜 湯の花は1人1つ

「ライトさん、これ、下まで運んでくれるつもりじゃないでしょうか」


「えー、巣があるからここから先は通さないってことでは?」


「いや、そんな意地悪はしないですよ。自分達が敵う相手じゃないってわかってるから擬態してるんですし」


「でも、こんな雲みたいなのに乗った瞬間、下に落ちたりすると、痛いではすまないですよ」


「奴らは、ライトさんの機嫌をとるのに必死なはずですから、そんな失態はしないかと…」




 いま、僕はレンさんと、湯の谷の崖の階段を降り始めた場所で立ち止まっている。


 僕に媚びるために、僕に似た女の子に擬態している火の魔物達が、僕達の足元に集まり、先の階段を隠してしまっているのだ。


 谷は、底が見えないほど、奴らが大量に飛んでいる。

 遠目に見れば、赤黒い雪が舞っている幻想的な光景なのだが、奴らは、なんせ生首だ。赤黒い霧に生首が乗っているんだから、めちゃくちゃキモイのだ。


 でも、レンさんやセイラさんは、奴らのことを、小さくてフワフワなボールみたいでかわいいと言う。

 僕には、キモイ生首にしか見えないんだけど…。



「ちょっと乗ってみません?」


 レンさんは、面白そうに雲のようなクッションを見ている。彼は僕より好奇心が強い。でも僕は、警戒心が強いんだ。


「いや、落ちたら大変だし、やめておきましょう」


 まぁ、僕はとっさに霊体化して飛べるけど、持つものも…レンさんも半分霊体化させることができるけど、その姿をレンさんに見せるわけにはいかない。


 見せると、僕がアンデッドだと思われてしまう…。僕は友達を失いたくない。


 透明化すれば見られないけど、とっさに透明化まで、できる自信がない。レンさんを霊体化するだけでタイムリミットだと思う。


「えー、楽しそうなのに〜」


「生首を踏むのもキモイですから」


「ははっ、ライトさん、奴らに厳しいですねぇ」


「うーむ、だって、生首ですから」


「でも、奴ら、俺達が乗るのを待ってますよ」


「蹴散らしましょう!」


「ええっ? かわいそう…」


「勝手に階段を隠す奴らが悪いんです」



 レンさんは、なぜか奴らに好意的だ。あの擬態した姿は、やはり効果があるのだろう。でも、僕は騙されないんだからね。


 僕は、まわりをフワフワ飛んでる奴を睨んだ。お気楽そうな生首の顔が一瞬にして、ひきつった。


「なんで階段を隠すわけ? 退いてくれる?」


 すると、僕と目が合った生首が、パニックになる。そして、それが他の奴らにも伝わったようで、また1ヶ所に集まり始めた。

 いや、違う……あちこちに、奴らの密集地ができ始め、谷底がやっと見えるようになった。


 だが、足元の雲のクッションは、そのままだった。僕は、水魔法をクッションに飛ばした。

 チョロチョロの水だけど、手を振ると、ひしゃくで水を撒いたようにクッションにかかった。


 すると、やっと、足元の雲のクッションは、散り散りになった。


「よし、行きましょう」


「ライトさん、ははっ、ほんと奴らに厳しいですねぇ、みんな悲しそうですよ〜」


「火の魔物ですよ? 見た目に騙されちゃダメです」


「確かにそうですけど……みんなかわいいのに」



 そして僕達は、階段を降りていった。途中の壁に、奴らの密集地がいくつかあった。たぶん巣の入り口なのだろうな。ここが巣だと自らバラしていることに、奴らは気づいていないのだろう。


「巣のある辺りにも、奴らは集合していますね」


「ん? やはりあれって、巣の入り口なんですね」


「そうだと思いますよ」


「こっちが襲撃する気なら、巣の場所まるわかりですよね。入り口を守っているのでしょうか」


「いえ、守っているというより、巣に避難した感じじゃないでしょうか」


「ん? 避難なら、巣の中に入って隠れるんじゃ?」


「ライトさんの機嫌を取らなきゃならないから、巣に入っちゃダメとかの指令が出されてるかもですね」


「はぁ…」


「ここで全く襲われないなんて、はじめてですよ。なんだか楽しい」


「もしかして、僕は、奴らからすれば、レアモンスターが来襲してきたとでも思われているんでしょうか」


「ぷぷぷ、まさしく、そんな感じでしょうね」


「はぁ…」



 そして、僕達は、谷底にたどり着いた。硫黄の臭いに慣れたはずだったが、シューっと湯気が出ている付近は、めちゃくちゃ臭い。

 あの湯気の中に卵を入れたら、きっと美味しい温泉たまごになるんだろうな……なんて考えながら、レンさんの後ろを歩いていった。


 谷底は、とても賑わっていた。湯の花を採取しに来る冒険者狙いの露店がズラリと並んでいる。ここには火の魔物はいないようだ。


「なんだか、観光地みたいですね」


「観光?」


「あ、温泉とか景色の綺麗な所とかで、人が集まる名所みたいな感じの場所かな」


「あー、なるほど。タイガさんの娘のミサさんもたまによくわからない言葉を使われるから、ライトさんなら話が合うかもですね」


「ん? そうですか?」


「あ! ライトさんは好きなコがいるんでしたね、すみません。ミサさんは彼氏いないから、つい」


「え? タイガさんは、ミサさんに彼氏がたくさんいるってボヤいてましたよ」


「うーん、飲み友達は多いみたいですけどね」


「それを勘違いしてるのかな」


「かもしれませんね〜。あ、着きましたよ」



 湯の花って、ただの入浴剤に使う白っぽい結晶かと思ってたら、本当にハスのような花が咲いている?


「花が咲いているのですか?」


「え? はい。花の採取ですから」


 レンさんは、きょとんとしていた。僕は前世の知識が邪魔をして、変なことを聞いてしまったみたいだ。


「あ、はい、確かに」


「ただ、とても壊れやすいので、そっと魔法袋を被せるか、凍らせるかしないとキレイに採取できないんです」


「たまに、湯の花に化けた魔物もいますから、気をつけてくださいね」


「えっ?」


「火属性ですから、水か氷が有効ですが、結構強いんですよね」


(そんなの無理…)


「どうやって見抜くのですか?」


「サーチの魔道具を使うんですよ。魔物だと攻撃力が高いから」


「なるほど。レンさん、持ってるんですか?」


「まさか、持ってないです。魔道具は高いので…」


「ですよねー」


(あ、サーチってことは、ゲージサーチでいいのかな? もしくは透視?)


 僕は『眼』にチカラを込めた。うわぁ〜、いっぱいいるじゃん。それにビー玉もあるなー。

 普通の湯の花は動かないけど、魔物は心臓ばくばく動いてるから、まるわかりだった。


「結構いますね、魔物…」


「えっ? わかるんですか?」


「はい、透視も少しできるので、見てみました。心臓ばくばくしてるのが魔物でしょうね」


「ライトさん、遠視も透視もって、すごい便利な能力ですね」


「ははっ、タイガさんには使わないと意味がないと言われましたけどねー」


「あはははっ、確かにそうですね」



 僕は、レンさんに教わりながら湯の花を採取した。

 湯の花の上に透明な魔法袋をそっと被せると、湯の花が魔法袋にスッと吸い込まれ、花がラミネート加工されたようになった。

 なるほど、これなら形は崩れないね。


 これを普通の魔法袋に入れて、ミッション完了かな。レンさんも、ひとつ採取していた。



「採取って、ひとつでいいのですか?」


「ライトさん、乱獲を防ぐために、ひとり1つしか取れない決まりになってるんです」


「へぇ、貴重なんですね」


「こんなにたくさんあるように見えるけど、半分以上は、ダミーですからね」


「あ、魔物ですもんね」


「でも、たぶんひとり1つの限定にしてるから、ここの露店で商売できるんですよ」


「確かに、採取の人がたくさん居ますもんね、あ!」


 冒険者のひとりが、魔物を引き当ててしまったようだ。少し離れたところで、剣を抜く音が聞こえた。


「あーあ、これで今日の湯の花はおしまいですよ。よかった、採取できて」


「ん? 魔物を引き当てたら終了っていう決まりなんですか?」


「いえ、魔物が暴れるので、湯の花が崩れてしまうので…」


「あー、なるほど」


「明日になれば、また、花が咲くんですけどね〜」



 湯の花の採取に来ていた冒険者達は、魔物と戦っている人達をギロッと睨み、ため息をついていた。


「おい、おまえらは終わったのか?」


 背後から、見知らぬ人に声をかけられた。レンさんを見ると、とても嫌そうな顔をしていた。

 僕は、どう答えるか悩んでいたら…


「その顔は、ミッション完了なんだな? 寄越せよ」


「は?」


(魔法袋、盗る気?)


  タイガさんの借り物だから渡すわけにはいかない。別の魔法袋には、売り物が入っている。


「そういうのは、罪になるって知らないんですか」


 レンさんは、さっきまでとは違って、厳しい表情をしている。仕事モードだな。


「はぁ? そんなもん、弱肉強食の世界で何を言ってるんだ?」


「俺、警備隊なんだけど」


「げっ?」


 警備隊だと聞いて、からんできた冒険者は少し怯んだようだった。だが、こっちは2人、奴らは5人。

 すぐに、ニヤッと笑い、調子を取り戻したようだ。


「制服を着ていないんだから非番なんだろ? なら、ただの冒険者じゃねーか」


「だったら、なんですか」


「俺達は、急いでるんだよ。湯の花、寄越せよ」


(コイツら、むちゃくちゃだな)


「ライトさん、逃げれますか?」


「えっ? 体力に自信がありません…」


「じゃあ、ボコりましょうか。できれば騒ぎは起こしたくなかったんだけど…」


「えっ!」


「何をごちゃごちゃ言ってるんだ。さっさと出せよ。じゃないと魔法袋ごと、いただくぜ」


(はぁ……仕方ないか)


「レンさん、僕に任せてもらっていいですか」


「えっ、何するんですか」


「おどします」


「ライトさんが?」


「はい。レンさんに言ってなかったことがあります。とりあえず、任せてもらっていいですか」


「あ、はい」


 僕は、透明化! 霊体化! を念じた。

 そして、奴らの頭上にふわふわと移動した。


「アイツ、どこへ行った?」


「真上にいるよ」


 すると、奴らはパッと僕の声がした方を向いた。でも僕はもう横にいるんだよね。


「遅いよ、反応」


 奴らは、ハッとして声のした方を向いた。でも僕は見つからない。あちこち見まわしている。


「チッ、気配がねーぞ」


「ねぇ、このまま凍らせたらどうなるかな、キミの心臓」


 僕は、リーダー格の男の身体にスッと手を入れ、胃の下あたりを少し冷やしてみた。


「はぐっ、痛っ、腹が…」


 リーダー格の男は、剣を抜き、あちこちめちゃくちゃに斬りまくるが、僕には当たらない。


 僕は、彼の耳元で、ささやいた。


「で、なんだっけ? 湯の花を寄越せだっけ? ふぅん……キミの命を寄越すなら、あげてもいいよ」


 僕は、魔族の国で、強気な発言をすることを覚えたんだ。霊体化した死霊の姿でいると、意外にもスムーズに怖いセリフを言えた。


「ひっ! ば、バケモノ!」


 そう言うと、奴らは逃げて行った。


 僕は霊体化と透明化を解除した。ひどいよね、死霊の姿は見せてないのに、バケモノだなんて…。


「ライトさん、いったい、今のは?」


「彼の耳元で、殺すよって言っただけなんですけど」


「ん?」


「まぁ、細かいことは、またそのうちに…」


「ははっ、ライトさんって謎がいっぱいですね」


「…そう、かな?」


「うん、うん」


(……まぁ、言えないことはあるもんね)


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