84、ヘルシ玉湯 〜 物物交換っていいね
僕はいま、玉湯のリゾートホテルの裏側に居る。湯の花を採取するために、湯の谷という場所に向かっているんだ。
「レンさん、ホテルの裏側って、ただの森に見えていましたけど、道が整備されていたんですね」
「ここは、施設の迂回路みたいな感じなんですよ」
「あ、普通の道なんですね。施設内を通らない」
「はい。このまま、源泉にも行けますよ」
「なるほど〜」
そして、僕達が歩く後ろを大量の丸いものがフワフワと浮かんでついて来ていた。
僕が、後ろを振り返ると、奴らはギクッとした顔をして、1ヶ所に集まり始める。
あの集まる習性は、なんなんだろう?
「しかし、ライトさんのチビ生首、ずっとついてきますね」
「僕のものじゃないですよー」
「ん? ライトさんの配下みたいなものでしょう?」
「いやいや、生首の配下はいらないですって」
「でも、セイラが言ってたみたいに、小さなフワフワなボールみたいで、ちょっとかわいいですよね。女の子だし、顔もわりとかわいいし」
「……かわいいとは思えないですけど…。僕が見るとすぐ1ヶ所に集まり始めるのも変な感じです」
「あー、寒いんじゃないですか?」
「へ?」
「怖いと群れたがる魔物ってよくいますよ。寒気がするから集まるんじゃないかと言われています」
「え、僕が見ると、アイツら寒気がするんですかね」
「あははっ、たぶん」
「なんか複雑です…」
こんな話をしながら歩いていくと、突然、明るく広い場所に出た。ここは湯の谷の上に広がる草原だという。
崖の方はただの草原だけど、手前の方には、畑が広がっている。
そして、農作業をする人達が、僕達を見つけ、挨拶してくれた。
「やぁ、湯の花かい?」
「はい、そうです」
「ライトさん、ちょっと交換に行ってきたいんですが、いいですか?」
「ん? あ、は〜い」
レンさんと共に、畑仕事をしていた人達に近づいて行った。あ、生首連れはダメだよね。
僕が、後ろを振り返ると、ついさっきまでついてきていた生首達がいない。
(あれ? アイツら消えた。ま、いっか)
火の魔物達が消えたことは、レンさんも気づいていたようだった。
「ライトさんの配下、草原に入ったとたんに消えましたね」
「えっ? 消える瞬間を見たんですか?」
「はい、なんか地面に吸い込まれるようにして次々と消えていきましたよ。奴らのテリトリーですからね」
「ん? テリトリー? ナワバリですか?」
「そうなんですよ。湯の花を採取しようと、崖を降り始めると、壁面に奴らの巣があるんで、決まったルートを外れると大変なんです」
「へぇ、じゃあ、奴らは巣に帰ったんですね、よかった」
「ですね〜」
僕達が近寄っていくと、畑仕事をしていた他の人も、作業をやめてこちらへと歩いてきた。
「交換お願いできますか?」
「あー、警備隊の兄ちゃんかいな。そんなかっこしてるから、冒険者かと思ったよ」
「今日は、非番なので、冒険者ですよ〜。一緒に湯の花を採取しにいくライトさんです」
「え、あ、ライトです。はじめまして」
「へぇ、兄ちゃんが友達連れだなんて珍しいな。あー、俺は、レッチっていうんだ。よろしくな」
「レッチさんは、レオン隊長のお兄さんなんですよ」
「えっ、レオンさんの? そうなんですね」
「レオンも知り合いかい? ってことは、ライトさんも警備隊の人?」
「いえ、僕はポーション屋なんです」
僕は、リュックにつけた旗が見えるように、少し横を向いた。
「おっ! コペルか? ポーション?」
「はい」
「へぇ、めちゃくちゃ高そうだな」
「あはは、よく言われます」
「ライトさんのポーションは少し特殊なんですよ。それに、高くはないと思いますけど…。あ! 5本分のお代、まだ払ってなかった!」
「えっと、なんでしたっけ? もういいですよ〜」
「またそんな〜、ミサさんにまた商売人失格って言われちゃいますよ」
「あははっ、そうですね」
話を聞いて、他の人達も興味ありそうに声をかけてきた。
「コペルの行商人のポーションだって?」
「はい、ポーション屋です」
僕は、魔法袋から、3種を出した。モヒート風味の100または10%回復、カシスオレンジ風味の火無効つき1,000回復、パナシェ風味の1,000回復クリアポーション。
「うわ! これ、スゲェ! 毒、細菌、呪い? 呪いまで解除できるのか!」
「弱いものなら解除できます」
「なるほど、だからコペルか…。欲しいけど金あまり持ってないんだよな。基本、物物交換だからな…」
「とりあえず、俺のいつもの交換からお願いします」
「あいよー」
レンさんは、魔法袋から、肉を大量に出していた。それと農作物を交換するらしい。
「レンさん、すごい量ですね」
「警備隊の食料調達係なんですよ。俺、まだまだ新人なんで…」
「買うんじゃなくて交換なんですね」
「交換の方が、いいものが安く手に入るし、農家の人もわざわざ肉の調達に行かなくていいから、お互いに便利なんですって」
「なるほど〜」
僕は、レンさんが交換する間、畑のあちこちをぶらぶらと見てまわっていた。
『左』
(うん? リュックくんから話しかけるの珍しいね、何?)
『左』
ん? 僕は左側を見た。畑から外れたところにまた森林が広がっている。その木々には、大きな卵型の何かがたくさん実って、というか、ぶら下がっている。
(もしかして、この実が必要なの?)
『あぁ』
(何? これ…食べれそうにないよ?)
僕は、木に登り、実をひとつ取ってみた。重い。果実じゃなくて木の実だ。ナイフで、割ってみた。すると、あれ? もしかして、カカオっぽい?
(これ、カカオ?)
『たぶん』
(チョコレートの原料だね。わかった。リュックに入れるね)
僕は、割った木の実をリュックに入れた。あ! これ、もしかして栽培されているんじゃ…
僕は、もう2つ、木の実を取って、木から降りた。
それを手に持ち、畑の方へと戻っていくと、レンさんが、驚いた顔をしている。
「ライトさん、それ、手で持ってたらマズイですよ」
「ん?」
「あー、お兄さん、その実は木から落ちる前に触ったら、呪われるんだ」
「え! 勝手に取ってすみません、栽培されてるんですね」
「いや、勝手に生えてるんだよ。木から落ちた実は、それを拾いにくる冒険者がいるが、俺達は触らないよ」
「じゃあ、もらっても大丈夫ですか」
「あぁ、呪いは大丈夫なのか?」
「はい。毒と呪いは、少し耐性あるんです」
「なら、よかった」
僕は、手に持っていた木の実も、リュックに入れた。
完成品がどっちゃりできているけど、いま、入れ替えをするわけにもいかないからなぁ。
(リュックくん、ちょっと完成品、まだ出せないけど、怒らないでね)
『もっと』
(何? カカオもっといるの?)
『あぁ』
(うん、わかった、取ってくるよ)
「もう少し、木の実、もらっていいですか?」
「へ? あー、いいよ〜」
僕は、再び、森林の方へと戻り、木登りをして、卵型の木の実を取った。めちゃくちゃたくさんぶら下がっている。カカオってこんな感じなんだ…。あ、この世界とは違うのかもしれないけど。
そして、リュックくんがもういらないと言うまで、結局20個くらい取った気がする。中に大量の豆というかカカオが入っているから、これ、かなりの量だよね。
レンさんのとこへ戻っていく途中で、ぶどうっぽい木を見つけた。というか、ぶどうだ! でも、不思議なことに1本の木に、巨峰みたいな黒ぶどうも、マスカットみたいな白ぶどうも、実っていた。これは、絶対、栽培してるよね。
(これ、交換してもらおうかな?)
『あぁ』
僕がぶどうをじーっと見ていると、農作業をしていた人が近寄ってきた。
「それ、いるかい?」
「あ、はい。交換してもらえますか? と言ってもポーションしかないですけど」
「もちろん! 珍しいポーションは大歓迎だよ」
「あの、結構たくさん、取っても大丈夫ですか?」
「いいよ、手伝うよ」
「ありがとうございます」
そして、交換を終えたレンさんも、手伝いに参加してくれた。
「ポーションの素材ですね」
「はい、そうですよ〜」
いつの間にか、大量のぶどうと、なぜか、いちごみたいなものや、リンゴみたいなものも加わっていた。
リュックくんに聞くと、どれも一応あってもいいらしいので、リュックに入れた。
対価は、よくわからなかったので、レンさんに聞いてみた。
「クリアポーションって、通常価格は銀貨50枚ですよね? 他のは銀貨1枚だけど」
それを聞いて、手伝ってくれてた人達は、驚くかと思ったけど、頷いている。妥当な価格だと思われたのかな?
「でも病人には、銀貨5枚でという査定になってますよ」
「じゃあ、3種1本ずつでいいと思いますよ」
「そうなんですか? 安すぎないですか?」
「いや、もらいすぎだよ」
僕は、手伝ってもらったし、カカオももらったから、手伝ってくれた人達に、3種1本ずつ渡した。
「えっ? いいの? 嬉しいけど、もらいすぎ」
「手伝ってもらいましたし、素材たくさん調達できたので」
ついでにと、野菜もくれたけど、魔法袋の容量が不安だったので悩んでいると、レンさんが引き受けてくれた。
そして、レッチさん達に別れを告げて、僕達は、湯の谷の崖の方へと歩き出した。
「すごい収穫でしたね」
「はい、いろいろ素材が揃いました〜」
「また新作が楽しみです」
「楽しみにしててください〜」
(リュックくん、進化したんだからそろそろ30%とか作ってほしいなぁ)
レンさんに案内され、湯の谷の崖にたどり着いた。ここを降りれば、湯の花があるのだという。
ただ、風もキツイので、ルートを外れないように気をつけて降りていかないと、火の魔物に襲撃されるそうだ。
「でも、火の魔物達は、ライトさんのことは襲わないと思いますけどね」
「ん? さっきの生首の奴ら以外のもいるのでは?」
「大量にいますけど、たぶん、念話のような意思疎通ができるみたいだから…」
「襲われないなら嬉しいですけどね」
僕は、念のため、バリアをフルで張り直した。レンさんにもバリアをフル装備した。
「ライトさんのバリア、めちゃ弾くから助かります」
「僕、戦闘は無理ですから、お願いしますよ〜」
「ははっ、了解です」
そして、レンさんについて、崖沿いの谷への階段を降り始めると、硫黄の匂いがツンと鼻をついてきた。
(腐ったたまごのニオイ……くっさ〜)
すると突然、レンさんが立ち止まった。
「ん? レンさん、どうしたんですか?」
「ライトさん、大変です…」
「はい?」
レンさんが、壁際に寄って、その先の景色を見せてくれた。
それは、谷底が見えないほどあたり一面に、まるで赤黒い雪が舞っているかのような、幻想的で美しい光景だった。
その赤黒い雪は……無数のチビ生首達は、しだいに僕達の元に集まってきた。
そして、だんだん僕達の足元には、雲のクッションのようなものができてきて、その先の階段を隠してしまった。
(これは……どういうこと?)




