82、ヘルシ玉湯 〜 擬態する魔物
僕はいま、ヘルシ玉湯の源泉にいる。
さっき、僕は、驚くことに、メドゥーサのような化け物を討伐したみたいなんだ。
確かに、剣を奴に突き立てた。記憶がないわけではない。でも、なんていうか、僕は、攻撃力はとても残念なんだ。だから強いレアモンスターを狩れるわけがない。
でも、狩れたんだ。戦い方なんて知らない。ただ、何かに取り憑かれたような、自分が自分じゃないような、そんな感じだった。
だが、その何かに乗っ取られていたわけではない。突き動かされたというか、導かれたというか、そんな不思議な感覚だった。
「ちょ…っと、あんた、白魔導士…じゃ? ないん?」
ミサさんが呆然としていた。あ! そうだ、みんな猛毒をくらって瀕死の状態の人もいるんだった!
「僕は、ポーション屋です。ミサさん、もう一度、手伝ってもらっていいですか?」
「え? なにを?」
「彼らの回復、やり直さなきゃ…。ミサさん以外、防御しなかったから、猛毒で死にかけてます」
「え、あ! わっ、ほんまや」
僕は、ミサさんに再び、クリアポーションを渡し、彼らを回復した後に毒消しをして回ってもらった。
ミサさんは、毒は大丈夫だったから、回復だけしておいた。
彼らは、みな、黙っていた。何かを言おうとする人もいたけど、言葉が見つからないようだった。
「じゃあ、僕は、これで」
「え、あ、ありがとうな」
「いえいえ」
回復を終え、ミサさんとの挨拶も済ませたあと、僕は、レンさん達を探しに行った。
さっき、かなりの数の、レアモンスターに擬態した火山の魔物に囲まれていたんだ。
(あ! 見つけた)
僕が、レンさんのもとへ、行こうとすると、後ろから首根っこをむんずと掴まれた。
「おい、おまえ、空気読めや。邪魔すんな」
「へ?」
「いま、ザコが片付いたとこや。恋人同士の愛の語らいタイムやないけ」
(誰? この人? まさかのタイガさんが……愛とか言ってるよ)
「えーと」
「なんや? その顔」
「タイガさんですか?」
「はぁ? なに寝ぼけたこと言うとんねん」
「だって、愛がどうのって…」
「なんか文句あるんか」
「いや……もしかして、タイガさんに擬態した別人かなって思って…」
「おまえなー……ったく。頭大丈夫か?」
「大丈夫です」
なぜかタイガさんは、僕の様子を確認しているようだ。いろいろと『見て』いるのかもしれない。
「まぁ、暴走直後にしては、マシか」
「ん? 暴走ですか?」
「おまえ、闇、暴走させたやんけ。ナタリーが心配しとったけど…。まぁまぁ制御できてそうやな」
(ん? どういうこと?)
「僕が、暴走したんですか?」
「はぁ? 気づいてへんとか言う気ちゃうやろな? まさか操られとったんか?」
「いえ……操られてはいないですが。ただ、導かれたというか…」
「ふぅん、ならええわ。怒らんでも使えるようにせなあかんな。怒ってると制御しにくいやろ」
「えーと……よくわからないです。あのレアモンスターって、僕が倒した、で、合ってますか?」
「はぁ? あぁ、俺は手出ししてへん。おまえがひとりで倒したんや」
「そっか。ひとりというより……もうひとり居たのかも?」
「……その身体の元の持ち主か?」
「あ、そうなのかな? うーむ…」
「まぁ、そのうち、だんだんわかってくるやろ」
「はい…。っていうか、タイガさんは僕が闇を暴走させるって思ってたんですか?」
「あぁ。おまえの闇が、ちょっと色が変わってきてたからな。深き闇という言葉通り、漆黒にな」
「えっ? そうなんですか」
「それも自覚ないんかいな…」
「あ、はぁ」
「まぁええわ。レアの残骸、拾ってこいや。ギルドに提出や」
「は、はい。燃えちゃって骨とかだけですが…」
「なんでも構わへん。骨から、魔力量も測れるしな」
「なるほど」
僕は、せっかく挨拶をしたのに、再びレアモンスターの残骸の場所に戻った。
だが、ミサさん達は立ち去った後だった。そして、残骸はなかった。
タイガさんの元に戻ると、どこか明後日の方向を見てボーっとしていた。これは、たぶん、誰かと念話だよね。邪魔しちゃマズイよね…。
「なんや? もう拾ってきたんか?」
「いえ……燃え尽きちゃったのかもしれません」
「はぁ? アホか、手柄を横取りされたんや」
「えっ!」
「おまえがさっさと回収せんからやろ」
「あ、ミッションは失敗したってことになるんですか?」
「フリーミッションやから、貢献度に応じてポイントが入るんや。誰かが討伐したら、何も出来んでも成功や」
「じゃあ、よかった」
「おまえなー、横取りされたポイント、かなりのもんやで」
「うーん…。でも、僕は普通に狩りできないから、ギルドランク上げなくても大丈夫です」
「なに言うとんねん。さっさとAランクに上げな、落とし物ミッション受注できへんで」
「ん?」
「受注できんでも、ハデナのときみたいに助っ人に呼ばれたら、タダ働きになるやんけ」
「はぁ」
「しかし、アイツら、小さい男やな〜。ミサがどんだけ男を見る目がないかっちゅーことや」
「えーっと…ミサさんの彼なんですか?」
「そんなもん知らん」
「は、はぁ」
なんだかんだと話していると、レンさん達がこっちに戻ってきた。タイガさんの声が大きいから、愛の何ちゃらタイムの邪魔になったよね、きっと。
「お疲れさまです。なんとか、ザコは片付きました」
「レンさん、お疲れさまです。すごい数だったのに…。怪我は大丈夫ですか?」
「あ、はい。セイラが治してくれたんで大丈夫です」
(おっと、余計なことを言ってしまった…)
「はいはい、ごちそーさん」
「タイガさん、そんなんじゃありませんから」
レンさんはなんだか慌てていて、セイラさんは少し赤くなっているような…。
「まぁ、そういうことにしといたるわ」
「はい、ありがとうございます」
「タイガさん、あまりレンさんをからかっちゃダメですよ」
「あぁ? こんなん普通の挨拶やんけ」
「はぁ…」
「とりあえず暑いし、ホテルの方に戻るで」
「「はい」」
そして、僕達は、源泉からホテルの方へと歩き出した。すると、前方から、施設の人が慌てた様子で走ってきた。
「あの、あの、大変なんです! 魔物が」
「なんや? また何か、出てきたんかいな」
「違うんです! 人の顔をした幽霊が出たんです」
(ん? 人の幽霊? なら、人の顔だよね?)
僕には、施設の人が何を言ってるのか、全くわからなかった。タイガさんも、レンさんも、そしてセイラさんも、キョトンとしている。
「人の幽霊なら、人の顔をしているんじゃないですか?」
僕が、そう言うと、施設の人がハッとした顔をした。
「あの、全部同じ顔で……貴方に似ていますが、女性っぽい顔で…」
「へ?」
「そいつ、火、吐いてるか?」
「はい、吐いてます…」
「火山の魔物ですよね、おそらく。ライトさんに擬態したのでしょうか?」
(ちょっと、なんで、僕の真似?)
「なるほど、そういうことか…。今度はライトに媚びるために、性別逆転で擬態しとるんやな」
「性別逆転に見せる方が、より効果的ってことですよね」
「レン、意味がわからない」
(僕も、意味がわからない)
「セイラ、さっき囲まれてた魔物、途中で急に動かなくなっただろ?」
「ええ、だからあのとき、仕留めるチャンス到来って」
「動かなくなったとき、姿がブレて見えたよな」
「え? あー、あのレアの姿から、メラメラと小さな炎が出る火の魔物に変わっていったのがいたわね」
「そこから、また人の頭っぽいのに戻って」
「うん、また、レアの姿に擬態しようとしたんじゃないの?」
「別のレアの姿に、やろ」
「奴らは、あのレアを倒した人の姿に擬態し始めたんだよ。自分達を守るために、見た目だけかもだけど、性別も逆転させたんだ」
(えっ、やだ、やめて)
「レン、でも、それならなぜ幽霊なの?」
「人だと、顔しか擬態できないのかもな」
「ライトが、幽霊みたいやからちゃうか〜」
「タイガさんっ!」
「幽霊っていうより、女の子みたいですよね。あ、悪い意味じゃないです。話しやすいなって…」
「セイラ、それは、悪い意味にしか聞こえない…。ライトさん、すみません」
「あ、いえ…。僕も、中性的な顔だと自分で自覚していますから」
「あの、貴方がレアモンスターを討伐されたのですか?」
「え、あ、はい」
「で、でも……他の討伐したっていう人達に、社長が会ってます、いま…」
「あー、謝礼を渡すとかってことかいな」
「はい。討伐されたレアモンスターの頭部っぽい焼けた残骸を持ってこられたので…」
「その連中は、男ばかりやったか?」
「いえ、女性ひとりを含む7人です」
「はぁ……あのアホ、しばかなあかんな」
「そのライトさんに似た魔物は、どこにいるのですか? 」
「それが突然、施設の中に、わいてきたみたいなんです」
「えっ! 被害が出ているのですね。大変だわ」
「たいした被害は出ていません。ただ、火を吐く幽霊に、お客様がパニックに…」
「擬態しとるだけで。ただのよくおる火山の魔物やで。水かければ逃げよる」
「えっ? 水かければいいだけなんですか?」
「離れていきよるだけやけどな。倒すなら、キッチリ斬るか 凍らせなあかんで」
「わかりました!では、取り急ぎ戻ります。ありがとうございました」
そう言うと、施設の人は、ホテルの方へと走っていった。
「僕の顔があちこちにいるんですか…。キモイ」
「おまえの女装姿で、ふわふわ飛んどるんちゃうか」
「俺、ちょっと見たくなってきました」
「私も、ちょっと興味が…」
「えー。そんな…」
「ほな、蹴散らされる前に、ホテルまで戻らなあかんな」
タイガさんがニヤニヤしている。レンさんとセイラさんは…もしかしてワクワクしている?
(もー、なんでそうなるの〜)
そして、ホテル近くに戻ってくると、静かだったリゾートホテルが騒然としていた。
利用客は、キャーキャーと逃げ回り、水桶を持った施設の人が、必死に奴らに向かって水をまいていた。
「大騒ぎになってますね、ライトさんに似た魔物、多すぎませんか」
「でも、似てるかな? よくわからないわ」
「せやな、捕まえてみよか。ライト捕まえてこいや」
「無理ですって」
奴らは、50体、いやその倍はいるかもしれない。その姿は、生首に赤黒い霧の胴体が付いているような…。だから、顔が付いた幽霊って言われてたんだ。
「しかし、キモイ……それに小さいですね。こぶし大くらい?」
「は? 通常サイズやろ。レアのは、数十体が合体しとったんや」
「そうなんだ…」
僕達が近づくと、奴らは急におとなしくなった。そして、生首は、ふわふわ浮かびながら、僕達の方を……いや、僕の方をジーっと見ている。
「あんま、似てへんな」
「フワフワなボールみたい。小さくてかわいいですわ」
なんて言われている間に、うじゃうじゃと奴らは1ヶ所に集まってきた。こっちを…生首達が僕を見ている。
僕が、キモイなと思って顔をしかめると……奴らは、慌て始めた。泣きそうになっている生首や、パニックになっている生首や…。
(……お世辞にもかわいいとは言えない)




