8、ロバタージュ 〜 モヒート風味のポーション
僕は、警備隊のレオンさんを待ちながら、じーっと小瓶を見つめていた。いや、睨んでいた…という方が正しい。
僕が、リュックで錬金したらしき小瓶、ポーションとラベルには書いてあるが、はぁ….…あの、ポーションか。
僕は、レオンさんから貰って飲んだ、あのドブ味を思い出していた。あれはもう、大怪我でもしないと、飲む気になれない。
だが、これを売るなら、やはり一度は飲んでみなければいけないとは思う。
なにより、本当にポーションなのかも確認しなければならない。
ポーションだと言って売ったあとに、何の効果もないただのポーションという名前の飲み物だったりしたら、詐欺だということになる。
(でもなぁ、左足の怪我もほとんど治ってるし)
馬車の中で変な姿勢で寝たことで、首が痛くなっていたが、これも薬を飲むほどではない。
(うーん…)
「おう! 坊や、待たせたな!」
僕が飲まない理由を探しながら、グダグダしていると、レオンさんが戻ってきた。
「あ、お疲れ様です。報告は完了ですか?」
「ああ、ついでに本日の仕事も完了だ。さて、ギルド行くか」
「えっ、あ、はい、あの…」
「ん? どうした? 足まだ痛いのか? なら…」
と、レオンさんがカバンをゴソゴソしている。
これは、あのドブ味ポーションが登場する流れ?
「あ! ち、違うんです。ポーションじゃないんです! じゃなくて、ポーションなんですが…」
「あ? 何言ってるかわかんねーぞ。そんな焦らなくても……ククッ」
レオンさんは、肩を揺らして笑いを堪えている。
そんな彼を、僕はジト目で見ながら、リュックで作ったポーションをそっと差し出す。
「ん? 坊やもポーション持ってたのか?」
「あ、いえ。持ってたというか、出来たというか…」
「なんだ? どういうことだ?」
「実は……このリュック、魔道具なんです。飲み物とかの錬金ができるみたいなんです。素材を入れて魔力を注いだら出来上がりって感じで」
「へぇー、そっち系の錬金具は珍しいな。どうやって手に入れたんだ? って聞いても記憶ないんだったな、わるい」
「え? あ、いえ…」
(たぶん、女神様のこととか転生者だとか、言っちゃマズイよね。うん、黙っておこう…)
「で、あの薬草からポーションが出来たんだな。精霊イーシアの加護のある薬草だろうから、上質なやつが出来たんじゃないか?」
「えっと、あ、飲みやすいってやつですか?」
「ああ。普通のクソ不味いやつは、その辺の薬草と魔法で出した水で作るんだ。上質なやつは、加護のある地の薬草を使ったり、加護のある水を使ったりして出来てるんだ」
「なら、あの味じゃないかもしれないんですね!」
「ん? 飲んでないのか? 味見してみようぜ? と言っても、そんなに数はないのか?」
「まだ数はあまりないですけど、リュックに薬草はまだ入ってるので作れると思います」
それじゃあ、ということで、二人で飲んでみることにする。効果も確認するために、ひとり1本ずつ飲むことにした。
(あれ? これ、何の匂いだろ?)
なんか、記憶にあるような……ミントっぽい香りがする。明らかに、あのドブ味のとは違う。
そして、一気に飲んでみる。カァーっと身体が熱くなり、何かが身体の中を駆けめぐる感覚。
うん、ポーションで間違いない。そして首の痛みもなくなり、足の傷もキレイに消えた。
(うん、ポーションだ! よかった)
あ! わかった! これ、モヒートっぽいんだ!
モヒートというのは、カクテルの名前。ミント、ライム、砂糖をつぶすようにして混ぜ、氷、ラム酒を注ぎ、その上からソーダを注いで完成。
家でも簡単にできる人気のカクテルだ。
ラムの代わりにジンベースにするのも僕は好きだった。
ノンアルコールのモヒートってのも、よくある。飲みやすく、爽やかなミントが香るライムソーダみたいな感じ。
(炭酸の抜けたノンアルコールモヒートって感じだな)
「なぁ、坊や」
ん? あれ? レオンさんが、瓶を握りしめて、固まっていた。いや、なんか、ワナワナぷるぷるしている?
「えっ、レオンさん、どうしたんですか? 変でしたか?」
「ああ、変だよ。なんだこれ? ジュースのように甘いポーションなんて……それに、ダブルじゃねーか」
「ん? ダブル?」
「ラベルは10%回復薬のと同じだが、固定値つき。高い方を回復するなんて、これ、高位の魔導士にしか作れないはずだぞ」
「えっ! そ、そんなすごいんですか?」
「ああ。これが10%じゃなくて50%とかなら……とんでもない値段になる。100%回復薬に近い値段になるかもな」
「あ、昨日、見せてくれた『PーⅩ』ですか?」
「そうだ、あれは報酬代わりに貰ったんだがな。あれは、そもそもほとんど市場に出回らねぇ。売るバカはいないからな」
「そ、そんな貴重なんですね」
「ああ、パーセント回復薬は、そもそも貴重品だからな。いま飲んじまったが」
「味見しないと、売るわけにもいかないですからね」
「そうだな。で、坊や、もっとパーセントの高いものは作れないか? 30%とか」
「あー、えっと、わからないです。でも僕の魔力を使って作るみたいだから、僕がそれなりの魔力を持っていないと…」
「そうか! じゃあ、坊やの魔力が鍛えられたら、30%も作れるようになるんだな!」
「あ、いや、わからないですけど…」
「そ、そうだな、わるい。つい興奮しちまった。とりあえず、ギルドだな。そのポーションの価格査定もしてもらおう」
「ギルドに売るんじゃなくて、価格査定ですか?」
「ああ、ギルドに売らなくても、公正な価格がわかれば、どこででも売れる。というか、俺も欲しい。売ってくれ!」
「10%ですよ? 固定値100ですよ?」
「俺は、体力20,000超えなんだ。クソ不味い1,000回復薬をいつも使ってるがな」
「20,000超え! じゃあ…2,000回復? うわっ」
「だろ? 俺、ただの人間じゃなくてな……ちょっと魔物の血が入ってるんだ。だから体力だけは高いんだ」
「えっ? そ、そうなんですか」
「おい、急にドン引きしてんじゃねーぞ。守護獣アトラなんて、たぶん体力、俺の何十倍だろうし」
「…え?」
「ックック。おまえ、わかりやすいな。ぶはははっ」
「……。」
「さて、さっさとギルド行こうぜ。俺、次の仕事まで数日休みだから、冒険者で稼ぎたいんだからよ」
「え? 警備隊なのに、冒険者してもいいんですか?」
「は? 任務中じゃなきゃ、どう過ごすかなんてのは個人の自由だろーが」
「そうなんですね。兼業禁止とかじゃないんですね」
「当たり前じゃねーか。兼業禁止は、教会の牧師くらいだろーよ」
「なるほどー」
僕は、警備隊って、警察のイメージだったから、公務員だし兼業禁止だと思っていたんだ。
でもここは異世界だ、そもそもの常識が違うんだな。
そして、レオンさんに連れられ、人生初のギルドに入った。ちょっとドキドキしつつ順番待ちをしていると、なぜかやたらと見られる…。
それにヒソヒソ話しながら僕を指差してる人や、笑ってる人や、すんごい汚いものを見るような目で見ている人も…。
(あ! あれ? 僕の服かな?)
今まで全然気にしなかったけど、そういえば僕は、死装束のままだ…。
それに、けっこう、いや、めちゃめちゃ汚れている。特に左足は……かなり出血したからなぁ。ちょっと通り魔に刺されましたというくらい汚れている。
「あ、あのレオンさん、僕の服って…」
「ん? あー、部族臭ガンガンだな。ククッ、ここはこれでも都会だからな。ちょっと目立ってるな」
「やっぱり……あの、僕…」
「気にすんなって。すぐ登録するだろ? そしたら、冒険者の服を、登録特典でくれるから、そこで着替えればいいんだよ」
「登録? ですか? 冒険者の?」
「はっ。ギルドで他に何の登録するんだよ。当たり前じゃねーか。坊や、おまえほんとに、おもしろいな。ククッ」
(っ! おもしろいのか? 僕…)
どちらかと言えば、僕は、カッコいいとか、シブいとか、クールで素敵とか…そういう方向を目指したいと思っている。
それなのに、アトラ様には子犬扱いされてヨシヨシされるし、レオンさんにはおもしろいと言われるし、ついでに女神様にもおもしろいと言われ…
「ん? どうした?」
「あ、いえ、なんでもないです…」
僕が、ちょっと涙目になっていたとき、やっと僕の順番がきた。
ギルドの職員さんに、登録時の確認ということで いろいろ聞かれたけど、答えることができたのは、名前と年齢だけだった。
レオンさんが、僕の記憶のことを説明してくれたおかげで、変に疑われることもなく、登録できることになった。
そして、登録特典としての冒険者の服を貰った。
しばらくは、パーティに入るか、Cランク以上の冒険者に付き添ってもらわないと、ミッションを受けることはできないらしい。
そして、その貰った冒険者の服に着替えて、他の装備品をすべてはずすように言われた。
「これから、登録時の能力検査を行います。能力補助具の使用はできません。すべて取り外してください」
(えっ? リュックは置いておくとして、うでわ! 女神のうでわ……外れないよ、どうしよう)
「あ、あの、うでわが外れないのですけど…」
「え? うでわですか? 何もつけておられないように見えますが? 魔道具ですか?」
「あ、いえ、この世界に生まれたときからついていて…」
「あー、部族の何かの印ですね。それなら構いませんよ、そのままで」
「あ、はい。わかりました」
能力検査って、あれだよな。めちゃドキドキしてきた! 僕は転生者だから、絶対チートだよね。
どうしよう、転生者ってバレたりするのかな。騒ぎになったりしたら…。
「こちらへ! その丸い円の中心に立ってください。いくつか光を当てますが、動かないでくださいね」
「…はい」
僕は指示どおり、円の中心に立った。
レオンさんの方を見ると、心配するなって、クチパクされた。僕は、心配っていうか……まぁいいや。なるようにしかならない。
何色かの光が次々と当たる。レントゲンみたいなものなのかな。
目を閉じろとは言われていないけど、僕は光るたびに目を閉じた。条件反射ってやつかもしれない。
「はい、終了です。結果は登録者カードに入れますので、しばらくお待ちください」
「はい、ありがとうございました」
僕は、待ってくれていたレオンさんのところに戻った。
「おう、お疲れ! 緊張してたみたいだな?」
「え、あ、はい。でも、結果って、その場で発表されるのかと思ってましたけど、カードに入れますって…」
「ん? そりゃそうだろ。能力は、みんな隠すもんだからな。その場で公表なんてされたら、暴動が起こるだろ」
「あ、なるほど…」
チートで騒がれる、なんてこともないんだ。よかった。でもなぜか少し残念な気がする。僕はそんな目立ちたがりではないはずだけど…。
「登録者カードは、ちょっと時間かかるからな、先にポーションの価格査定に行くか」
「あ、はい」
そうして、僕は、レオンさんと一緒に買取の列に並んだ。今回は、誰にも見られなかった。
(やっぱり、身だしなみって大事だな。気をつけなきゃ…)