77、ヘルシ玉湯 〜 カンパリソーダ風味のポーション
「ライトさん、お休み中にすみません」
僕が、タイガさんに叩き起こされて、まだボーっとしていたときに、見たことのある初老の紳士に声をかけられた。えーっと…誰だっけ?あ! フリード王子の執事さん?
「いえ、大丈夫です」
僕が寝ぼけていて、状況がわかっていないことがタイガさんにはバレたようで、目が合うと、はぁーっと、ため息をつかれてしまった。
「アレク、こいつ寝ぼけとるわ〜」
(あ、そうだ、アレクさんだ。タイガさんナイス!)
「叩き起こされてましたもんね、すみません」
「こいつ、あーでもせんと、なかなか起きへんからな」
(だからって、ハリセンは…)
「クリアポーションですよね」
「ええ、昨夜、臨時販売されたようですが、在庫はありますか?」
「はい、大丈夫ですよ。どれくらい必要ですか?」
「できれば、1,000本と言いたいところですが、とりあえず可能な範囲で構いません」
「大丈夫ですよ、1,000本でも」
「本当ですか? もし1,500本でも?」
「はい、大丈夫です」
「おお〜、助かります。来た甲斐がありました」
僕は、テーブルの上に、パナシェ風味のクリアポーションを出していった。確か魔法袋に6,000本くらいあったはずだから……2,000本出した。
「こんなに! 助かります」
「こちらこそ、魔法袋がパンパンだったので、ありがたいです」
「では、査定額がふたつ付いたと聞きましたが…」
「無償で提供されるんですよね?」
「ええ、もちろん」
「では、僕のイーシアでの病人への直売価格で構いません。1本銀貨2枚で、2,000本ですから、金貨40枚で」
「え? ギルドの価格だと銀貨5枚だから、金貨100枚になりますが?」
「僕が直接お手伝いしないのに、査定額をいただくのは気がひけるので、金貨40枚で大丈夫です」
「おまえ、いつまでたっても、魔導ローブ買えへんで」
「いいんです。簡単に買えてしまったら、目標がなくなるじゃないですか」
「はぁ…そーでっか」
「あの、本当に40枚でいいのですか?」
「はい。それにこんな所まで来ていただいたので…その分ということで」
「はははっ。わかりました、ではそれでお願いします」
僕は、アレクさんから代金として金貨40枚を受け取った。
アレクさんは、急いでいたようで、挨拶を済ませると、そのままスッと転移して帰っていった。
「さて、朝飯にするか?」
「え? もう朝ですか? 」
「そろそろ、太陽、赤いのが昇るで」
「ちょっと、リュックの整理をしてからでいいですか? 異空間ストックが増えると、リュックくんの機嫌が悪くなるんで…」
「はぁ? なんやそれ。どっちが主人やねん…」
「だって…」
「わかった、好きにしとけ。じゃあ、俺は風呂入ってくるわ〜」
「ん? 水着持ってきたんですか?」
「何言うてんねん。そこに水着あるやないけ」
タイガさんの視線を追うと、寝るときのパジャマなのかと思ってた部屋着風の服があった。
「えっ? これ、部屋着じゃないんですか?」
「どう見ても、入浴用の服やろ…。みんなこれ着てたやんけ、あちこちで」
「あ、そう言えば……確かに」
「1階の室内大浴場に行ってくるわ〜。整理終わったら来いや」
「あ、はい」
バタン!
(わ! 早っ! もう行っちゃった)
僕は、リュックを開けてみた。やっぱり、どっちゃり入っていた。絶対、生産スピード上がったよね。
女神様は、リュックくんが進化しても作るポーションのレベルが上がっていないとか言ってたけど、こんなに早く作れるようになったのは、すごい進化だと思うんだよね、うん。
僕は、中身をせっせとテーブルの上に出していった。クリアポーションと新作のモスコミュール風味が多いかな。カシスオレンジ風味がない。何か素材不足なのかな?
(リュックくん、何か素材不足になってる?)
『別に』
(水や薬草は、まだまだある?)
『ある』
(そっか、よかった)
あれ? 見たことない色! ポーションはどれも茶色がかった瓶に入っていて中身の色は、パッと見てもわからないのだが、赤い! 瓶が透明なんだ。
(何? これ…。もしかして失敗作?)
『違う』
(瓶が、これ、透明だよ?)
『まぁな』
(その反応は…自信ありだね、説明見てみよう)
僕は、ラベルを見た。『H10 』何? もしかして、ハイポーション?
少しテンションが上がった僕は、ラベルに魔力を流して、説明書きを読んでみた。ん?何? うん? 意味がわからない…
『H10 』媚薬効果つきポーション。体力を1,000回復する。媚薬効果は、中程度の呪いの一種。効果時間は2〜3時間。
(注)洗脳状態でさえ解除する程、この媚薬効果は強い。使用時には注意が必要。
(リュックくん、媚薬って、何?)
『さぁ』
(えー、また意地悪してる? 教えてよ)
『さぁ』
(もしかして、わからない?)
『…疲れた』
(ええーっ? わかったよ……じゃあね〜)
何だろ? これ、瓶が透明って、何か意味あるのかな? ただの気まぐれ? しかし呪いの一種って…。
(まぁ、とりあえず、飲んでみよう)
僕は、新作の『H10 』を飲んでみた。
ん〜、なんか少し薬っぽい? 苦いな、甘いけど…。これ、何だろ? うーむ…。炭酸で割ればカンパリソーダみたいな感じ? あ、でも、ほんの少しだけ微炭酸かも?
カンパリソーダというのは、カンパリという真っ赤なリキュールをソーダで割るだけで簡単に作れるカクテルだ。
初めて飲むと、少しニガイと感じる人が多いかもしれない。でも、だんだんこの苦さにハマって、おうちカクテルとして、愛用する人も結構いるようだ。
(まぁ…微炭酸のカンパリソーダだな、うん)
しかし、媚薬ってなんだろ? 体力は寝起きだから回復しないし、飲んでも何の効果もなかった。
あ、中程度の呪いだから、僕には効果がないのかもしれない。
(あとでタイガさんに飲んでみてもらおう)
とりあえず、新作の変なポーションをうでわに20本入れた。
美容ポーションは20本入れてたとこに80本入れて100本にした。
あとは、魔法袋に、すべて入れた。
魔法袋の中は、カルーアミルク風味が55本、モヒート風味が7,600本くらい、カシスオレンジ風味は3,900本くらいのまま、パナシェ風味が4,500本くらい、モスコミュール風味が221本、そして新作のカンパリソーダ風味が36本、になった。
(在庫、かなり増えたよね。種類も増えたから管理が大変…)
リュックの整理もできたので、お風呂に行こうかな。お風呂に、リュック持ち込んでいいのかな?
(リュックくん、お風呂行くけど、置いて行っでもいいかな?)
『嫌だね』
(ん? 温泉、入りたい?)
『まぁな』
(どうしようかな……あ、リュックくんを透明化すればいいかな?)
『あぁ』
(じゃあ、そうしよっか。服のまま入るんだから、まぁいいよね)
そして、僕は部屋着っぽい入浴着に着替え、1階の大浴場に行った。
お風呂なのに、男湯、女湯に分けてないから、入るのに少し戸惑ってしまった。
中に入ると、普通の室内温水プールのように広かった。入り口には、遊泳禁止の看板がつり下げられていた。
(やっぱ、泳ぎたくなるんだな)
僕はタイガさんを探したけど、湯気でよく見えない。ここで『眼』の能力を使うのは、やはりさすがにダメな気がする。
キョロキョロしていたら、施設の人っぽい人に声をかけられた。
「初めていらっしゃったのですか?」
「あ、はい」
「そのまま、お好きな湯に入っていただいて大丈夫です。遊泳は他のお客様にご迷惑になるので、禁止させていただいております」
「あ、はい」
「出られるときは、あちらで入浴着や髪の乾燥ができますので、よかったらご利用ください」
「はい、わかりました」
僕は、まわりの小さなプールに入ってみることにした。こっそりとリュックくんを持ち込んでるから、あまり人が多くないとこがいいよね。
まぁ、人が多いなら、リュックくんを霊体化してもいいんだけど…。
プールの中は階段状になっていて、浅い所に座ってもいいし、深い所で立ってもいいようになっていた。
僕は、浅い所に座ってみた。かなりぬるい湯だけど、湯には薬効成分が含まれているのか、なんとなく落ち着く香りがした。
真ん中の大きなプールの端に、たくさんの人だかりができているのが見えた。そのほとんどが女性だった。
(有名人でも居るのかな?)
すると、その人だかりの中にいた人が、こちらを指差している。ん?何?
そして、女性が2人、僕の方へと走ってきた。
「あの、ライトさんですよね」
「え、あ、はい」
「こっちで一緒におしゃべりしましょうよ」
「いえ、僕は…。人が多いと落ち着かないので、すみません」
「えーっ、やだ、ふられちゃったわ〜」
僕は、ちょっと居心地が悪くなってきたので、出ることにした。
「僕、そろそろ、失礼します」
彼女達が、何かを言っていたけど、僕は、そそくさと退散した。
出入り口付近で、シャワー魔法を使って、服を乾かし、逃げるように部屋へと戻った。
(なんか、びっくりした〜)
僕が部屋に戻って、少しするとタイガさんが戻ってきた。
「おまえ、なんやねん。せっかく彼女達が誘いに行ったのに、ふりやがって〜」
「え? もしかして、さっきの人だかりは…」
「あ? 楽しくおしゃべりや。まぁ、半分は情報収集やけどな」
「どんな有名人がいるのかと思ってました」
「は? 俺やと『見えた』やろ?」
「いえ、お風呂で『眼』の能力を使うのはマズイかなって…」
「リュックを持ち込む方がマズイと思うで」
「えっ? バレてました?」
「持ち込んだんか? アホか」
「えっ? なっ…」
「拗ねるなや、ガキじゃあるまいし」
(気づいたんじゃないんだ)
「はぁ、まぁいいです。それより、また新作できたんですよ。味見どうですか?」
「魔ポーションか?」
「いえ、体力1,000回復のポーションです。よくわからない効果つきなんですが」
「何がついとんねん? 美容の次は、ダイエットか?」
「飲んでみたけど何も起こらなかったんです。よかったら飲んでみてください」
僕は、新作を1本渡した。タイガさんは、邪魔くさそうに、蓋を開けて、一気に飲み干した。
「うっ! お、おまえ、なんや、コレ…暑〜っ!」
「えっ? 暑いですか? お風呂上がりだからかな?」
タイガさんは、ラベルの説明を読んで、固まっていた。
「おまえ、俺に、なんちゅーもん飲ますんや! どアホ! どないすんねん、これ!」
「暑いなら冷やしましょうか?」
「解毒や。いや、違うな、呪いか? 呪詛の塊はないから蘇生では無理か、クリアポーション出せ! いますぐ」
「は、はい」
(なんでそんな怒るかなー)
僕は、タイガさんにクリアポーションを渡した。
受け取るとすぐに飲み干し、結局3本飲んで、少し落ち着いたようだけど、タイガさんの顔は赤くなっていた。
「そんな暑いですか?」
「当たり前やろ! 媚薬なんて盛られたら…。しかも、めちゃくちゃ強いやんけ!」
「あの、媚薬って……何の薬なんですか?」
「はぁ? アホか。エロ薬や!」
「は?」
「エッチな気分になる薬や!」
「へ?」
「あー、もうあかん! ちょっと出かけてくる!」
バタン!
(えーっと……えーっ? リュックくん!)




