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74、ヘルシ玉湯 〜 モスコミュール風味のポーション

 僕はいま、雑草魔物との戦いが終わったばかりのコテージ風の小屋の中にいた。

 ここに居たカップルは、まだ放心状態だった。


「終わりましたよ。もう大丈夫です」


 僕がそう言うと、やっと緊張から解放されたのか、彼女は泣き出し、彼はそんな彼女を気遣う余裕ができたようだった。


 小屋の扉のドアノブに手をかけると、普通にギィーっと開いた。


 扉が開くと同時に、タイガさんがパッと現れた。


「わっ! びっくりした」


「はぁ? 何言うとんねん」


「いや、開けた瞬間に現れるから…」


「俺はオバケか? ったく…。で、片付いたんか?」


「えーっと、はい」


 タイガさんは、小屋の中をぐるりと見渡した。そして、床にへたり込んでいるカップルに目をとめた。


「おまえら、閉鎖してるとこに忍び込むと、下手すりゃ死ぬぞ! わかってんのか」


「は、はい、す、すみません」


 タイガさんの怒鳴り声に、ふたりはすっかり怯えてしまっていた。まぁでも、ほんと、死ぬとこだったんだから…。反省してほしいと僕も思った。


「ライト、アレも回収しとけ。放置するとまたアレから草が生えてきよる」


「再生するんですか? 死んでも?」


「魔力満タンやろ、死んでも再生するためや」


「わかりました」


 僕は、雑草魔物の本体の、深緑色の塊をタイガさんから預かった魔法袋に入れた。

 魔法袋の中は時間が止まるから、劣化もしなければ再生もしないよね、うん。


「じゃあ、出よか。おまえら歩けるか?」


「うん」「はい」


「さぁ行きましょう。封鎖の看板の所に、ここの案内の人がいますから」




 そうして、僕達は、道が封鎖された所に戻った。戻ってみると案内の人…というかここの施設の人が増えていた。


「片付いたで」


 タイガさんがそう言うと、案内の人達はホッとした顔をしていた。


「あの、このキラキラした光は何なんですか?」


「不思議な光が、封鎖エリアから流れてきたとお客様から問い合わせが殺到しまして…」


(あー、それで案内の人が増えていたんだ)


「身体に害はないはずやで」


「はい、確認済みです。神経痛で動けなかった人が歩けるようになったとか、奇跡のような報告もあって…」


「まぁ、聖魔法やからな。動けんようになった原因が軽い呪いやったら治るやろ」


「えっ! 聖魔法? 貴方が?」


「はぁ? 俺は剣士に見えへんか? そんなもんできるわけないやろが」


 すると、みんなの目が僕に集まった…。やめてよ、こういうの苦手…。僕が黙ってるとカップルが口を開いた。


「このお兄さん、すんごい魔導士なんだよ! ね?」


「ゾンビみたいな草のバケモノを一瞬で消したんだ」


「それに、ポーションくれたよね、美味しかった」


「あ、売り物なら、お代払わないと!」


「いえ、ギルドのミッション中でしたから、別に構わないですよ。僕が魔力を温存したくてポーションを渡したので…」



 急に、妙に笑顔すぎる施設の人が、僕に話しかけてきた。さっきから僕のリュックを、たぶんコペルの旗をじーっと見ていた人だ。


「このキラキラした光は、ゾンビを浄化したことによる光ですか?」


「はい、そうです」


「もしかして精霊魔法ですか?」


「いえ、闇の反射です。ゾンビの闇が強かった反動で、清浄の光は広範囲に広がってしまったようで…」


「ほう! そうでしたか、そうでしたか」


(なに? なんか、嫌な笑顔…)


「この玉湯内、ほとんどの場所にキラキラした光が降り注いでいるのですよ。室内にいた人も外へ出てきています。キラキラを浴びると体力が回復すると噂になって」


「そうですか。お役に立てたのなら良かったです」


「それに、コペルの許可したポーション屋さんですか。ポーションのようなものにコペルがなぜ?と思いましたが、こんな聖魔法を撃つ方のポーションなら、納得ですね」


「うん、美味しいんだよ、ポーションなのに」


「それは、素晴らしい」


(うわ……やはり嫌な笑顔…)


 するとタイガさんが、とんでもないことを言い出した。


「あと、玉湯でのミッションが2つ残ってるんや。今日ここに泊めてくれたら、ライトに臨時販売所、作らせるで」


「えっ、タイガさん…何を」


「おぉー! それは嬉しいお申し出です。ぜひお願いします。すぐに部屋を用意させていただきます」


「宿泊費は?」


「もちろん無料で。ただ、こちらとしては、湯治に来られる方の多いエリアで販売していただきたいのですが…」


「ん? 構わへんで?」


「ただ、予約がいっぱいで、空きは1室しかないのですが…」


「ふたりでは無理なら…」


「ここのホテルか?」


「はい、おふたりでも広さは大丈夫だと思いますが、同室で構いませんか?」


「別にええで。冒険者は、ざこ寝に慣れてる」


「よかった。では、ご案内します」


(えー、こんな高そうなとこ、気疲れしそう…)


「何、ふくれっ面しとんねん。商売のチャンスやろ」


「別に宿泊しなくても…」


「はぁ? 何言うとんねん。いまにも死にそうな顔しとるくせに」


(え? 僕のための休憩?)


「こんな高そうなところ…」


「たいしたことあらへん。これの奥の方が、もっと高いわ」


「はぁ」



 助け出したカップルは、遊園地エリアに部屋を借りて、休むようだ。ここで、彼らと別れ、僕達は、リゾートホテルのような建物へと案内された。


 ホテルの入り口で、部屋を用意すると言っていた嫌な笑顔の施設の人が、ドアマンに何かコソコソと話をすると、ドアマンがフロントへすっ飛んでいった。


「ささ、どうぞ」


 そして、僕達は、フロントの奥から出てきた、オールバックのオジサンに案内されて、階段を上った。



 案内された部屋は、ふたりで使うには広すぎる、スイートルームじゃないかと思うくらい高級そうな部屋だった。


「高そう…」


「ははっ、宿泊費はいただきませんから、ご心配なさらず」


「おまえなぁ、心の声を、声に出すなや」


「は、はい」


「別にこの部屋だけ特別なわけちゃうで。他もこんなもんや」


「よくご存知で。ご利用いただいてるのですね」


「まぁ、奥よりはマシやからな。ヘルシ玉湯に来たら、だいたいこのホテルや」


「それはそれは。毎度ご贔屓にありがとうございます。奥は別荘地になっておりますから、ゲストハウスも好評ですよ」


「そんな金ないわ」


「またまたー、あはは。では後ほど、係の者が参ります。しばし、ごゆっくりおくつろぎくださいませ」


 そう言うと、オールバックのオジサンは、丁寧に頭を下げて部屋から出ていった。


「はぁ、なんか疲れたな。さっきの奴、このホテルの支配人やで。ホテル内に販売所を作るつもりやろ」


「支配人?」


「あぁ、今ごろ館内放送の準備でもしとるんちゃうか? おまえのポーション、めちゃ売れるかもな」


「はぁ。じゃあ、リュックから魔法袋に移してしまいますね」


「俺は、ちょっとビール買ってくるわ〜。おまえも飲むか?」


「へ? 一応、未成年じゃ?」


「何言うとんねん、この国は16歳で成人やで」


「そうなんだ! じゃあ、お願いします」


「あいよ。あとで、おつかいの駄賃、請求するからな〜」


「えっ?」


 バタン!


(あ、行ってしまった)



 あらためて、部屋を見渡すと、ほんとに広い……逆に落ち着かない。寝室が、なぜか3つもある。多人数で泊まるのかな?


 僕は、大きなテーブルにリュックからポーションを出していった。いつもながら、どっちゃり入っている。


(ねぇ、リュックくん、完成品の異空間ストックあったりする?)


『あぁ』


(えっ、まじ? しばらく整理してなかったね、ごめん)


『あぁ』


 僕は、中身が空になったリュックを背負った。リュックはすぐに重くなった。

 リュックを下ろして、中身をせっせと出した。


(まだある?)


『あぁ』


(えっ、ご、ごめん。すぐに出すね)


『まだ』


(えっ? 何? まだあるの?)


『あぁ』


(わわっ、ごめん! そんなに放置しちゃったっけ)


 僕は、空になったリュックを背負った。そしてまた中身を出して背負って……これをさらに3回繰り返した。

 テーブルの上は、大変なことになってしまった…というか途中で乗らなくなってきた。

 魔法袋には、絶対入らない。仕方ないから、うでわに入れるしかないな。


 僕は、モヒート風味、カシスオレンジ風味、パナシェ風味を1,000本ずつ、うでわに入れた。

 カルーアミルク風味も100本、うでわに入れた。


 そして、ん? 何これ?『B10 』 新作発見!


 おぉ〜、埋もれててわからなかった。魔力を流して説明書きを出してみた。



『B10 』輝きポーション。体力を1,000回復する。

 最も輝いていたときのすべての輝きを1%付与する。

(注)1日1本まで。それ以上飲むと毒に変わるおそれがある。また、輝きを失っていない若者には効果はない。



(何? これ? 美容ポーション?)


『さぁ?』


(えっ?作ったリュックくんがわからないの?)


『わかる』


(じゃあ、B10 のBって、ビューティとかのB?)


『たぶん』


(ってことは、ビューティポーション? 美容系?)


『さぁな』


(えーっ、教えてよー)


『嫌だ』


(なんで! あ、ため込んだから怒ってる?)


『別に』


(えー、怒ってるでしょ、それ)


『疲れた』


(あ、長い会話はしんどいんだったね、ごめん)


『…また』


(うん、またね〜)



 僕は、とりあえず新作をうでわに20本入れた。この新作は、数がまだ少なかった。


 変なポーションだけど、中高年の女性には嬉しいのかもしれないな。価格は、たぶん銀貨1枚だよね、ギルドの査定も、いらないかな?



 そこに、タイガさんが、買い物を終えて戻ってきた。


「なんや、おまえ、派手にとっちらかしとんな」


「あ、タイガさん、リュックの整理してたら、新作出来てたんですよ〜。ちょっと変なやつなんですが…」


 僕がラベルを見せると、タイガさんはエールを冷蔵庫にいれながら興味なさげにチラ見して…


「はぁ? 『B10 』なんや?美容のBか?」


「そうみたいです。今から試飲してみるので一緒にどうですか?」


「まぁ、飲んでもええけど…」



 そして、ふたりで、1本ずつ飲んでみた。うーむ…レモン?いやライムっぽい香り? ジンジャエール?あ、モスコミュールかな?うん。


 モスコミュールというのは、ウォッカにライムジュースとジンジャエールを入れて混ぜるだけで手軽に作れるカクテルだ。


 居酒屋さんでもよく置いているから、お酒を飲む人はほとんどの人が知っているほど有名なカクテル。

 とても飲みやすいけど、アルコールはそれなりだから、飲みすぎには注意が必要だ。


(うん、炭酸の抜けたモスコミュール、かな?)



「おい! これ……もしかしたら」


「ん? モスコミュール風味ですよね」


「味のことやなくて、これ、説明見たんか?」


「はい、中高年の女性には嬉しいかなと…」


「どれくらいあるんや?」


「まだ、あまりないですけど、うでわに20本入れたんですが、あとはテーブルの上です」


「ちょっと、これ、あるだけくれ!」


「ん? はい。じゃあ、テーブルの上のをどうぞ」


 僕がそう言うと、タイガさんはテーブルを物色し始めた。『B10 』を見つけると、片っ端から自分の魔法袋に入れている。


(アヤシイな…。邪魔くさがりなのに せっせと集めてる。女性に渡すのかな?)

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