68、女神の城 〜 リュックの第1進化
僕は、衝撃的なことを聞いてしまった。
この星と女神様が死にかけているんだと、タイガさんが教えてくれた。他の星の神々の攻撃によって、星に次元の綻びが出来てしまっているせいだという。
どんな状況なのかは、僕には実際のところよくわからないけど、そのせいで女神様は眠ることができず、魔力を回復することができないのだと知った。
そのために毎日大量の、普通の魔ポーションを飲まされていると言っていた。
女神様の持つポーションは、胃薬みたいな味だけど、ドブ味よりは全然マシだと思う。
ただ、薬の味が嫌なのだそうだ…。それを毎日大量に、というのは苦行でしかない。
だから、カルーアミルク風味の魔ポーションをあんなに必死に欲しがっていたんだな…。
でも、女神様は買い占めることもできるのに、それをしない。僕にこのことを言わなかったのも、言うと縛ることになるから……ということなんだろうな。
僕は、まだ付き合いが浅いけど、言動がいつも残念だけど、でもだからといって、こんな不器用な女神様を放っておけるわけがない。
たぶん、女神様のまわりにいる女神の番犬と呼ばれる隠居者達は、僕と同じ気持ちなんじゃないかと思う。
あ、僕も番犬なんだっけ? 勝手に任命されていた?
「そうだ! あの、女神様、僕は番犬も兼任しているってナタリーさんが言ってましたけど……どういうことですか」
季節のパフェを食べ終え、スプーンをクルクル回していた女神様が、ギクッとされた。
「どうもこうもないのじゃ。ライトは『落とし物』係と番犬、両方なのじゃ」
「それって、いつからですか?」
「うーむ……忘れたのじゃ」
「初めからやで。だから俺がおまえの世話係…いや教育係なんや」
「えっ! 新記録だからって…」
「いろはちゃん、もうっ! 火山のときに決めたのに忘れちゃダメじゃない〜」
「あ! そうじゃ! 宝玉10個の最短記録更新だからじゃ」
「もう、いまさら遅いっちゅーねん、アホか」
「私が嘘つきになっちゃったじゃないの〜」
「あの、最初からって?」
「…妾の…神族は、属性を持つ者は、光属性や聖属性ばかりなんじゃ。だから闇属性を持つ神族が欲しかったのじゃ」
「えっと…」
「おまえは最初から、番犬に…つまり女神の側近にするために、この世界に転生させられたっちゅうことや」
「ええっ?」
「ふふっ。タイガも同じねー」
「おまえもやろが」
「えーっと…。隠居してから番犬の役になるんじゃなくて、始めから決まっているんですか?」
「初めて会ったときに決めるみたいよ〜。番犬のお仕事ができるようになるまでは、秘密にしてるみたいだけど〜」
「そ、そうなんですね」
(僕、そんな……できるのかな)
「心配するでない。ライトは回復要員じゃ。ビビりでヘタレでも問題ないのじゃ」
「えっ…」
「何言うとんねん、アンデッド斬り要員やろ。だからナタリーが魔界に連れてったんやろが」
「魔界じゃなくて、魔族の国なんだけど……何回教えても覚えられないのねぇ」
「魔界は魔界やろ」
(あれ?)
女神様は、なぜか僕の様子をじーっと見ていらっしゃる。なにか不安なのかな? ん? 背中を見ている?
「ライト、リュックを妾に見せるのじゃ」
「え、あ、はい」
僕は、リュックを下ろして女神様に渡した。ちょっとリュックは重くなっていたけど、この程度なら平気だろう。
「うぬぬ…なんじゃ! 持てぬではないか。 やっぱり反抗期なのじゃ!」
(また、反抗期って…)
「女神様、リュックは魔道具ですよね? 反抗期なわけないじゃないですか」
(なんで、反抗期だと言うのかな? 何かの比喩?)
「反抗期だから、反抗期なのじゃ! 中身を空にするのじゃ」
「あ、はい…」
僕は、リュックの中身をテーブルに全部出してみた。パナシェ風味ばかりが62本できていた。僕は、もともと持っていた魔法袋に入れた。
そして、空になったリュックを女神様に渡した。
すると、女神様は、両手から何かの光を出してリュックをアレコレと触っていらっしゃる。
その様子を、タイガさんは退屈そうに見ていた。
「ライトくん、魔法袋からうでわにポーション移しておいたら? もう空きがないのでしょう?」
「あ、そうでした」
僕は、小さい魔法袋から、3種類を500本ずつ、うでわに移した。これで少し余裕ができたかな? うでわは3種類 1,000本ずつになった。
「500本ずつ移しただけでいいのぉ?」
「あ、はい。うでわは魔法袋を盗られたときのための予備にと思ってて…」
「ん? うでわは無限に入るわよ〜?」
「お客さんの前で、うでわから出すことがない方がいいかと思って…。そのうでわは何?って聞かれると慌てそうで…」
「それで、なるべく魔法袋に入れておきたいのねぇ」
「はい」
「ふふっ。確かにライトくん、慌てちゃいそうだもんね」
「あはは…」
ポーションの移し替えが完了してしばらくすると、女神様からリュックが返却された。
「背負ってみるのじゃ」
「ん? あ、はい」
僕はリュックをいつものように背負った。すると、背中が、カァーっと熱くなった。
「えっ? あ、熱っ!」
魔力が急に吸い取られているような、妙に熱いというか痛いに近い熱を背中に感じた。
「ふむ。やっぱり」
しばらくすると落ち着いてきたが、なんだったんだろう。まだ背中がチリチリと痛い。
「いったい、どうなってるのですか?」
「ふむ。ちょっと脅しただけじゃ」
「は?」
「成長する気がないなら、不良品だから廃棄処分すると教えたのじゃ」
(教えた?)
僕は、リュックを下ろしてみた。すると……
「うわ! リュックくんの形が変わってる!」
「おまえ、アホか! そんなこと言うてるから舐められるんや」
「はい? 誰にですか?」
「リュックくんが、ライトくんをなめてるらしいのよぉ〜。ふふっ、面白いわよねー」
「へ? リュックは魔道具ですよね? 感情があるのですか?」
「ライトが、リュックを友達扱いするからじゃ。意思を持っておる」
「えっ? じゃあ、しゃべるんですか? この子」
「しゃべるわけないのじゃ! じゃが…今後はわからぬ。変な成長の仕方をしておる……反抗期じゃ!」
「変なんですか?」
「うむ。作るポーションのレベルが上がっておらぬ。普通はリュックは成長すると、より上級の物を作れるようになるのじゃが…」
「見た目が変わっただけ?」
「不足素材の通知くらいはできるじゃろ」
僕はリュックを改めて確認してみた。今までは巾着袋のようだったが、随分とリュックらしくなっている。
紐だったのが肩ベルトになったし、前ポケットもついた。あ、横にもチビポケットがある。
ポケットと言ってたも網ポケットだから、外から中身丸見えのネット状のものだけど。
あ!この網ポケットにポーション入れておけば、外から見えるから、ポーション屋ってわかるかも!
(リュックくん、なかなかいい仕事をするじゃん)
『まぁな』
「えっ? いま…しゃべった?」
「は? 誰も何も言うてへんで」
「あの、いま、まぁなって、聞こえませんでした?」
「ライトくん、何を言ってるのかわからないわ〜」
女神様を見た。すると…なんか、変顔をしていらっしゃる…。いや、呆気にとられている顔?
「妾にも声は聞こえぬ……が、ライトが『まぁな』と言われたと慌てているのは見える…」
「主人のライトくんだけに念話できるってことなのぉ?」
「主人というより、友達のつもりのようじゃ」
「やっぱり、舐められとるやんけ」
「えっえっ」
(リュックくん、しゃべれるの?)
『あんまり』
(すごい! 会話できるじゃん! かしこいね)
『まぁな』
(わぁ〜! なんか嬉しい)
『そうかよ』
(あれ? 機嫌が悪い?)
『疲れる』
(あ、ごめん。話すの疲れるんだね、やめとく)
『……また』
(うん、またね〜)
あれ? リュックくんとの会話を終えて背負うと、女神様がジト〜っとこっちを見ていらっしゃる。
「えっ? あの…」
「ライト、なぜ、リュックに気を遣うのじゃ? 完全に舐められておるではないか」
「ん? そうですか?」
「どっちが主人か、わからないわねぇ」
「えっ? ナタリーさんも声がわかるんですか?」
「いろはちゃんが実況中継してたのよぉ」
「あ、なるほど」
「まぁ、会話できるんなら、作るポーションの種類を指定したり、不足素材を聞けばええから、扱いやすいんちゃうか」
「扱いやすいわけがないのじゃ。反抗期じゃ!」
「そうねぇ、成長したのは、形とおしゃべりだけなら……反抗期かもしれないわねぇ。ふふっ」
「えっ? 作らなくなるとかですか?」
「それはないのじゃ。作らなくなると道具として壊れたことになるから廃棄処分じゃ」
それを聞いて、リュックくんが少し熱くなった。
「あ、リュックくんが少し熱くなった…」
「なんじゃと? やはり反抗期じゃ」
「まわりの会話もわかるのかしら?」
「そんなわけないじゃろ。妾が作って、ライトに渡したのじゃから、妾とライトの言葉しか伝わらぬ」
「確かにまわりの会話を理解できるほど知能が高いなら、魔道具じゃなくて魔人になっちゃうわねー」
「今後は、わからぬがの…」
「そういえば、あのクマの魔道具も魔人化したよな」
「クマさん?」
「ベアトスじゃ。いま一番古い『落とし物』係じゃ」
「僕と同じ役割の人なんですね。魔人化?」
「大柄でクマっぽいから、みんな、クマって呼んでるのよ〜」
「あいつのリュックは成長が早くて、魔法袋がおかしくなったんやんな」
「リュック持ち! 何を錬金する人なんですか?」
「普通に、貴金属や鉱石を錬金しておる。売りにくい物は、ゴミ捨て場のように妾に押しつけるのじゃ」
「ゴミ処理されるんですか?」
「ゴミじゃないでしょ? 貴重すぎる金属や、大きすぎる鉱石は加工しにくいから、たまに来たときに山のように置いていくのよねー」
「そんなに大量に?高価なものばかり?」
「だから、ベアトスの…妾が渡した魔法袋は、巨大化して魔人化してしまったのじゃ。魔法袋のくせに文句ばかり言う うるさい奴なのじゃ」
「それを、加工すれば高価な物になるのよ。街の技術では限界があるから、ドワーフの居る魔族の国に持っていかないと加工できないのよ〜」
「魔界に持ち込むと、襲われて奪われるだけやって言ってたで」
「それで、ここに置いていくんですね」
「そうなのよ〜。隠居者で、元ドワーフが何人かいるから、彼らが加工しているわ〜」
「ドワーフ! 居るんだ」
「ふふっ。ライトくんが買った剣も、彼らが作ってるのよ〜」
「えっ! そうなんですね。高級品なイメージです、ドワーフが作ったって…」
「街なら高級品やで。ここの倍はするからな。剣は、俺は居住区でしか買わへん」
「わぁ〜」
「さて、ライトそろそろ行こか」
「あ、はい!」
「ライト! これを忘れるでない」
「あ、はい。あはは、ご飯ご馳走さまです」
「うむ」
女神様は、満面の笑みで…パフェの別伝票を渡された。僕は、パフェのお代、銅貨5枚をレジで支払い、タイガさんと店を出た。
そしてタイガさんの転移魔法で、ロバタージュに戻った。




