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67、女神の城 〜 女神様との取引

 いま、僕は女神様の真ん前の席に座っている。

 ここは、城の居住区にあるカフェ風の外観の、ファミレスの個室。ナタリーさんとタイガさんもいる。


 注文した料理を待つ間に、なぜかコーヒー牛乳争奪戦タイムというものが、勝手に始まってしまっていた。

 女神様に質問すると、カルーアミルク風味の魔ポーションを報酬として渡さなければならない。争奪戦というより略奪戦タイムだと、思うんだよね…。


 さっき、3人は一斉に念話をしていたのか固まっていた。何かが起こったようだが、タイガさんは話そうとされたのに、ナタリーさんは隠しておこうとされているようだった。


 何があったのかは気になるけど、それに女神様が急に聞きたいことはないかと言い出した原因も、気になる。


 女神様は、ハチャメチャで強引な人だけど、自分の利益を求めるタイプではない。突然、争奪戦タイムという横暴なことが始まったが、何か理由があるんだと思う。


(魔ポーションが必要なのかな…?)




「もう、いろはちゃん、強引ねぇ〜。ライトくんは 貧乏なんだから、欲しければ買ってあげればいいじゃないの〜」


「嫌じゃ! 買うとポーションの味が落ちるのじゃ」


「アホか。変わるわけないやろ」


「変わるのじゃ! 脳筋のタイガには、わからぬのじゃ」


 そういえば、馳走になる方が何でも美味くなるって……いつぞや、力説されていたような…。



「女神様、何を聞いても答えてくれるんですか?」


「うっ…答えられるものは答えるのじゃ」


 よし! 僕は、魔法袋からすべてのカルーアミルク風味の魔ポーションを取り出した。


「魔法袋の分、36本あります」


「なっ、なんじゃ? やけくそか?」


 なぜか、女神様の目が泳いでいる。欲しいんじゃないのかな? うでわに100本あるからヤケクソでもないんだけどなぁ。


 僕は、1本女神様の前に置いた。ナタリーさんが面白そうに見ている。タイガさんはニヤニヤしていた。女神様は、少しオロオロされている。そして僕は質問を始めた。


「さっき、みんな一斉に固まっていましたけど、何があったんですか?」


「えぇ〜、ライトくん、それ聞いちゃうのぉ?」


「ババア、黙っとれ。いまタイマン中や」


「…ふぅ。直球じゃの」


「はい」


 女神様は、ふたりを見ている…。たぶん念話で話してるんだろうけど、僕には聞こえない。


「…ふむ。うでわが、ふたつ戻ってきたのじゃ」


「うん? 女神のうでわですか?」


「そうじゃ」


「えっ? 勝手にですか?」


「うむ。そういう仕組みになっておる」


「もしかして…『落とし物』係が、死んだってことですか?」


「いや、死んではおらぬ。死んだのなら3時間ルールで救えるのじゃ。もちろん隠居させるがの」


「えっ…ってことは…?」


「捕まって、寝返ったのじゃ。ひとりは赤、もうひとりは青の、他の星の神の配下になったのじゃ」


「裏切り?ってことですか…」


「より強い神に仕える方がいい、という転生者もおるのじゃ」


「そんな…」


「落とし物を探すより、より高みを目指す神と共に戦う方が楽しいのじゃ」


「…そう、なんでしょうか」


「ふむ。隠居者にしか、妾の考えを話さぬから、こういうことも起こるのじゃ」


「どうして話さないのですか?」


「話すと……縛ることになってしまうのじゃ」


 女神様は、そう、ぽつんと、力なく呟いた。


(あれ? いつもと違う。元気がない……妙に真面目な顔)



 やっぱり……。女神様は、自分のことよりも転生者の意思を大切にしているんだと僕は確信した。


 そういえば、以前 女神様は、転生者のことを…神族のことを、自分の家族だと言っていた。だから、他の星の神へと寝返る人がいると、きっとツライだろうな…。


 いろいろと言動が残念すぎるから気づかなかったけど、彼女は、やはり『神様』なんだ。


 以前、ナタリーさんが、女神様は状況がマズイときほど、残念になると言ってたっけ?


 彼女は、侵略しようとする他の星の神々とはタイプが違う。自分は道化を演じて、神族の、そう自分の配下にも、生き方を自由に選ばせようとしているんだ。


(じゃあ……僕は…)


 僕は女神様の前に、また1本置いた。

 女神様は それを見て、ギクリとされたようだった。



「お待たせしました〜」


(あ! ごはん、きちゃった)


「ライト、残りの瓶を片付けるのじゃ! 料理が置けないのじゃ。争奪戦タイムは終了なのじゃ」


 いま、置いた1本も、どさくさに紛れて、にぎってらっしゃる…。まぁ、仕方ない。僕はテーブルに出していた魔ポーションを魔法袋に片付けた。



「かなりボリュームあるわねぇ〜。デザートは無理ね」


「別腹なのじゃ!」


 結局、いつもの残念な雰囲気に戻ってしまった。


「タイガ、晩ごはんなのに、エールを注文しておらぬのか? 頭でも打ったのか?」


「うるさいわ、ババア! この後、ライトとミッションに行く約束してるんや」


「あらあら。夜は寝ないと疲れがたまるわよ〜」


「寝んでも死なへん」


「えっ? 寝ないで大丈夫なんですか?」


「はぁ? おまえも寝んでも平気やろが」


「あ、はい。でも僕は半分幽霊だからかなぁ?って…」


「なに寝ぼけたこと言うとんねん。神族は全員、寝んでも死なへん」


「えっ! そうなんですね。僕だけが異質なのかと思ってました…」


「いろはちゃん、説明してないのね?」


「むぐっ? なんじゃ? 妾はいま忙しいのじゃ。はよ食べて、デザートを注文せねば」




 僕は、ガッツリボリュームのハンバーグ2種盛りを食べながら、さっきのことを考えていた。


  『落とし物』係が、ふたり消えて、たぶんその兆しはわかっていたんだろうけど、急な争奪戦タイム…。きっと女神様は、魔ポーションが必要なんだ。


 あ!そっか、欠員を補充するには、あの猫みたいな奴を使うんだよね。あれは女神様が魔力で作った分体だと言ってたっけ。それで魔力が必要なんだ。


 僕が、こんなことを考えていても、僕の頭の中を覗いているはずなのに、こっちをチラ見するだけで知らんぷりをしておられる。


(この反応って、ほぼ当たりってことだよね)



「女神様、あの」


「なんじゃ?」


「デザート食べるんですか?」


「は? …た、食べるのじゃ」


 女神様が、なぜか、きょとんとされている。


「デザート、おごります」


「な! なんじゃと? 本当か?」


「はい」


「男に二言はないな?」


「あははっ、はい」


 女神様は急に元気になって、メニューを取り、裏表紙を真剣に見つめておられる。


「ライトくん、急にどうしちゃったのぉ?」


「前に、宿代を出してもらう代わりに、朝食をご馳走する約束を果たしてなかったのを思い出して…」


「あら、律儀なのねぇ〜。タイガとは大違いだわぁ」



 女神様は、さっそく店員さんを呼んで、季節のパフェを注文された。そして…


「このパフェは、伝票は別にするのじゃ!」


 ちゃっかり、別伝票の手配まで……ははっ。



 そして、パフェが来た。フルーツたっぷりで美味しそう。でも、ファミレスのデザートって、だいたい小さいよね。


「思ってたよりも、小さいのじゃ」


「ガッツリの後には、ちょうどいいじゃないの〜」


「うーむ…。今日は我慢してやるのじゃ」


(あれ? お腹いっぱいなのかな?)



「それでライト、何が言いたいのじゃ?」


「えっ? お腹いっぱいなんじゃないかなーって…」


「ちがーう! パフェをおごるのは別の理由があるのじゃろ」


「いろはちゃん、また覗いたのぉ? エッチねー」


「ちがーう! 妾は、破廉恥ではないのじゃ! 見えなかったのじゃ。ライトは闇が深いからの…」


(えっ?)


「えっ? は、見えるのじゃ。深層部分がときどき見えぬのじゃ」


「いろはちゃんってば、もう〜」


(ときどき見えないって…だいたい見えてるってことじゃん)


「で? なんじゃ?」


「女神様、僕と取引をしませんか?」


「なんの取引じゃ?」


「1,000回復の魔ポーション、ありますよね?」


「たんまりあるのじゃ。毎日飽きるほど飲まされておる」


「え?」


「あ……しまった…のじゃ」


「俺、話すで。ババア、ライトは気づいとるで」


「むむ? なにをじゃ?」


「おまえが魔ポーションが必要なことや。薬の味が嫌でも飲むしかない事情があることもな」


「事情って?」


「ほれ、わかっておらぬではないか」


「ライトは、状況は だいたい察しとるわ。覗き見ばかりしとるから、おまえ気づかんねやろ」


「なっ? 覗き魔のように言うでない」


「いろはちゃんは、覗き魔だわよ?」


「なっ…」


「ライト、何を考えてるか言うたれ」


「え、あの…、女神様が魔ポーションが必要なことはわかっています。おそらく魔力を使うにはポーションが必要…」


「あらあら、バレちゃってるわねぇ」


「ぬぅう〜」


「こいつは、ずっと、魔力はポーションでしか回復できへん状態なんや。眠らな回復せんからな」


「えっ? そんなに忙しいのですか」


「そ、そうじゃ」


「アホか、ちゃうわ。こいつは、他の星の神々のせいで眠れんのや。次元の綻びのせいで、こいつと繋がっとる星の生命エネルギーが枯渇寸前や。最大魔力値も全盛期の数%しかあらへん」


「えっえっ? それって…」


「死にかけとるんや、女神も、この星も」



 僕は、あまりのことに、頭をガンと殴られたような衝撃を受けた。頭が真っ白になった…。


「え、ど、どうしたら…」


「策はあるのじゃ! 気にするでない」


 あ! 前にナタリーさんから聞いた話…僕達が集めている宝玉で回復魔法を撃つんだっけ。


 でも女神様と星の生命のことは聞いていなかった。


 眠れないようにさせて、魔力を回復させないなんて……僕なら頭おかしくなりそう。



「じゃあ、やはり、僕と取引しましょう」


「同情は、いらぬのじゃ…」


「だから、取引ですよ。僕、行商人ですから」


「なんじゃ?」


「1,000回復の魔ポーションは金貨1枚っておっしゃってましたよね?」


「うむ」


「僕の魔ポーションは金貨2枚の査定をもらいました。だから、2対1の交換、しませんか?」


「なっ?」


「僕は、自分の魔ポーション1本より、1,000回復の方が倍近く回復量が多い。女神様は逆ですよね?倍じゃなくて、何百倍ってとこですか?」


「……いまは、百倍もいかぬ。10%ポーションで8〜9万しか回復せぬ」


「…8〜9万…ッ?」


「しょぼって思ったじゃろ」


「逆ですよ。魔力MPが80〜90万もあるんですよね、数%で…。全盛期なら2,000万前後?」


「なっ? なんでそんな計算ができるのじゃ? 頭おかしいのじゃ!」


「えっ、間違えました?」


「…間違えて…おらぬ…」


「10%回復するのに、80本とか90本飲まなきゃならないんですね…」


「なっ? 2対1じゃと言うたではないか。90対1にする気か? ひどいのじゃ」


「では、2対1で?」


「うむ」


 女神様は、20本も、どこからか出してこられた。僕は、カルーアミルク風味の魔ポーションを10本渡した。


「取引、成立ですね」


「うむ…。なんだか悔しいのじゃ」


 そう言いつつも、女神様は嬉しそうに瓶を抱えていらっしゃる。僕は、交換した1,000回復の魔ポーションをうでわに入れた。


(ふぅ〜。女神様は10本で全回復 1回分かぁ…僕の方が得した感じ?)


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