62、ロバタージュ 〜 王宮勤めの魔導士カール
女神の城の居住区のカフェ、いつものメンバーでのランチ中に突然、女神イロハカルティアのスプーンが止まった。
だが、そんな様子は気にもせず、他のふたりはランチ後の飲み物メニューを見ながらなんだか揉めているようだった。
「久しぶりにここに戻ってきたのに、この時間はエールがないのね〜」
「ファミレスなら、いつでもビールくらい置いとるやろ」
「だって、夕方からになってるわよ〜」
「そんなもん、気にしたら負けや」
「タイガも、エール飲みたいのかしら〜?」
「いや、俺はそんなジュースは いらん」
「はぁ〜仕方ないから紅茶にしようかしら」
「お上品なことで。俺は…おまえがアホなこと言うから、酒飲みたくなってきたやんけ」
「なぁに? 何か言った?」
「……チッ。別に…何も言うてへん…」
そして何事もなかったかのように、女神様のスプーンが動き始めた。
少し冷えてしまったオムライスを無言で食べ終わると、彼女は すかさずデザートのメニューを掴んだ。
「追加の注文は、もうしておるのか?」
「ふふっ。まだ迷ってたからしてないわよ〜」
「ふむ。じゃあ、店員を呼ぶのじゃ」
「はいはい」
そして、季節のオススメパフェを注文するのを見て、ナタリーも同じものを頼んだ。
「おまえ、お上品な紅茶は どないしてん?」
「気が変わったのよ〜。女心と秋の空っていうでしょ〜」
「はぁ、そうでっか」
「ん? いろはちゃん、どうしたの? 何かあった?」
念話する前は、ハイテンションだったのが、急におとなしくなった女神様の様子に、ナタリーもタイガも気づいていた。
何か想定外のことが起こると、女神イロハカルティアは考え込んで、妙におとなしくなる。
「うむ。ちょっとライトがな、なめられておるようなのじゃ」
「あいつは、甘っちょろいから、そらなめられるやろ」
「誰に、なめられてるのぉ? 最近、ライトくん活躍してるから、逆に怖がられたりしてるかもだけど?」
「うーむ……リュックじゃ」
「は? なんやて?」
「ライトくんが背負ってるリュックかしら? リュックは意思を持つの? ただの魔道具でしょ?」
「リュックの成長は、主人次第なんじゃ。ライトの魔力が5,000を超えておるのに、リュックが成長しないのじゃ」
「あら。リュックは確か1回目の進化は早いわよね? でもそれがなめられてるっていうのは、違うんじゃないかしら?」
「確認してみなければハッキリせぬが、おそらく意思を持っておるのじゃ」
「魔道具がかいな?」
「ライトは、リュックを友達のように扱っておるからの。ちょくちょく話しかけたりしておるのじゃ」
「あいつ、アホか」
「えー、もしかして、それで…学習しちゃったのかしら?」
「それに、ライトは闇を抱えておるからの。リュックにも影響あるかもしれぬのじゃ」
「影響って?」
「いわゆる、あれじゃ。反抗期ってやつじゃ」
「は?」
「あらあら…。面白そうねー」
「そのせいで、妾が嘘つき呼ばわりされておるのじゃ!」
「ん? ライトが何か言うとるんか?」
「魔力3,000で成長すると教えたからの…」
「あら、いろはちゃん、嘘ついちゃったのねぇ〜」
「なっ? 妾は嘘つきじゃないのじゃ!あのリュックがおかしいのじゃ。ライトがなめられておるのが悪いのじゃ!」
「じゃあ、まだまだ進化しないのかしら?」
「わからぬ…。だがこのままでは妾が嘘つきになってしまうのじゃ。タイガ、ライトを今すぐ連れて来るのじゃ!」
「は? 自分で迎えに行けばええやんけ。ヘンテコな猫、気に入っとるんやろ?」
「なっ?ヘンテコ…じゃと? おぬし、妾にケンカ売っておるのか? 買うぞ? 妾は買うぞ?」
「あー、もーまたそれかいな、邪魔くさいな。売り切れとるってなんべん言わせる気や?」
「もうっ!ふたりとも、そのネタ禁止! 話が進まないじゃないの」
「ネタちゃうって」
「私も、いろはちゃんが迎えに行けば、お迎え代で コーヒー牛乳のポーション貰えるからいいと思うわよ?」
「うぬぬ…。妾は行けぬのじゃ」
「なんでや?」
「ライトは、ギルドに捕獲されておる。この後は王宮に拉致されるのじゃ。猫では横取りできぬのじゃ」
「あらあら。王宮からのお迎えなら断れないわね」
「だから、タイガが連れてくるしかないのじゃ! ライトのお世話係じゃろ? はよ行ってくるのじゃ」
「はぁ? 別に急いで連れてくる必要もないんちゃうか?」
「急ぐのじゃ! 妾が嘘つきにされてしまうのじゃ!」
「はぁ……」
「はよ、はよ」
「…ッチ。しゃーないな、ったく。はぁ」
ギルドの奥の応接室に、僕は居た。新作ポーションの価格査定に来たら、奥へと連れて来られたんだ。
会いたくないギルドマスターのノームさんに、僕がしばらくの間、行方不明になっていたことを叱られた。
確かに、街を離れるという連絡をしないで魔族の国に行ってしまったけど、こんなに長い時間がかかるなんて思わなかったんだから…。
そして、いま、僕に客人だと言う…。嫌な予感しかしない。
「ノームさん、お待たせしてしまいまして…」
「いえ、こちらこそ、お呼び立てして申し訳ありませんな」
応接室に入って来たのは、身なりの良い初老の紳士と、魔導士風の青年と、護衛っぽい剣士2人だった。
身なりの良い初老の紳士と目が合ってしまった…。
「あなたがライトさんですね。私は、フリード王子に仕えておりますアレクと申します。主人の命を助けていただき……うまく言葉が見つかりません、本当にありがとうございます」
「はい、ライトです。あの、いえ、そんなご丁寧に…」
「フリード王子と学友だった縁で、王宮勤めの魔導士をしているカールです、初めまして」
「あ、はい、初めまして」
「まぁ、立ち話もなんですから、お掛けください。すぐにお茶を用意させますから」
そう言われ、紳士アレクさんと魔導士カールさんは、ソファ席に座った。あとの2人はやはり護衛のようで、少し離れた場所に立っていた。
「で、早速ですが、ライトさん、我々に協力をお願いできますか?」
「えっと…何を…?」
「まだ、ギルマスから聞いてないんですか? もしくは能力が足りないとか?」
(何? さっきの調査命令のこと?)
「カール、失礼な言い方になっていますよ」
「おっと、すみません…。ライトさんがイメージと違って子供だったもんで なんだか…」
「カール! また失礼な言い方に…」
「え、あ、大丈夫ですよ。僕、いろいろと残念な感じなので…。なんか妙な噂で誤解されていたんでしょうし」
「アレク様、ライトさんが大丈夫って言ってくれてるので、フランクにいきましょうよ」
「はぁ、まったく…すみません。カールは貴族の中で最も優秀な魔導士だなどと言われ、甘やかされて育ったようでしてな…。冒険者の中に入れば、まだまだ上がいることをわかってないのです」
「お言葉ですがアレク様、冒険者の中に入っても、私より優れた者は、ギルドの守護者くらいなものじゃないですか」
(プライド高そう…でも軽くてチャラそう…)
「はぁ。すみません、話が進まないですね」
「いえ…」
「カールさん、冒険者ランクは今、どのあたりでした? 確かAランクは越えてましたよね?」
「ギルドマスターに覚えていただいて光栄ですね。もう少しで Sランクですね」
「能力は最近、測られましたか?」
「Aランクに上がったときだから、1年ほど測ってませんね〜。まぁ、そう上がるものでもないですがね」
「実は、ライトさんはさっき測ったばかりなんですよ。やっとミッションを受注して Fランクに上がりましてね」
「えっ! Fランクですか? ふっ、やはり素人じゃない。アレク様、無駄足でしたよ。私が能力を確認する必要もない」
(ん?諦めてくれる感じ?)
「カール! またそのようなことを」
「カールさん、登録者カードお持ちですか?」
「はい、持ってますが…見せましょうか? ギルドマスターは私の能力を知りたいようですね」
「ええ、ぜひ。 そうそう、もしもカールさんの能力の中で、ひとつでも彼に負けている部分があれば、彼を認めてあげてくださいますよね?」
(な、何? 僕にも出せってこと?イヤだよ)
「私が劣る部分があるとでも? ふっふ、構いませんよ。じゃあ、同時に見せましょうか?ライトさん」
「えっ、ちょっと待ってください。僕も見せるんですか? めちゃくちゃ残念な感じなので…見せたくないんですが」
「確かに、ライトさんはいろいろ残念ですよね…。宝の持ち腐れだ」
「もしかして多属性持ちなのに、魔攻が低いとか?」
「ええ、まぁ…」
「うっわぁ〜、残念ですねー」
(…感じわる)
「こら、カール!」
「アレクさん、カールさんがこうおっしゃるので、ライトさんとの能力対決をしてみましょう。もしひとつでも劣るなら、口の利き方も変わるでしょう」
「ギルドマスターがそうおっしゃるなら…」
「ちょっと、僕、ほんとにイヤなんですけど!」
「ライトさん、まぁいいじゃないの。王宮勤めの魔導士の能力を見る機会なんて、そうはないよ?」
そして嫌がる僕を無視して、登録者カードの見せ合いをすることになった。
まぁ、始めから、僕の能力を見るつもりだったんだろうけど…。
僕は、もう、仕方なく、カードに魔力を流してステイタスを表示して、初老の紳士に渡した。
「なっ! これは…」
「もういいですよね? 返してください。残念なのはわかっていますから…。王宮に協力する能力もありませんし」
それをニヤニヤしながら、カールさんは席を立ちカードを覗きに行った。だが、カールさんは下の方を見て、その表情からニヤニヤが消えた。
「何? この回復魔法力、桁おかしいんじゃないの? それに4属性+他の、他って何?」
「えっと、たぶん、重力魔法、闇魔法、闇の反射で聖魔法、だったと思います」
「闇の反射って? 」
「アンデッドの闇に 僕が持つ闇をぶつけて、起爆剤として蘇生魔法をぶち込むと属性が反転して、聖魔法になるみたいなんです」
「なっ? そんな同時発動ができるのか?」
「あ、はい…」
(シャワー魔法も、火水風の同時発動だし…)
すると今度は、ギルマスがニヤニヤしている。カールさんのカードを見て言った。
「さすがですな。MP、魔攻、魔防が10,000超え、回復、補助が3,000超えとは、完璧な万能タイプだ。素晴らしいですね」
「ですが、回復は比較にもならないし、補助もライトさんの方が高いですね。ここまでの数値があるからこそ、呪術士じゃなく魔導士でも呪詛を消せるのですね」
ギルマスは褒めていたのに、紳士アレクさんがキツイことを言ったためか、カールさんは黙り込んでしまった。なんだか泣きそうに見える…が、気のせいだろう。
「これだけの数値があれば、消費魔力も少なく抑えられるでしょうから、MPの低さは問題にはなりませんね。ぜひ、我々に協力いただきたい」
「ええっと…」
(これ断ってもいいのかな)
「ライトさんに、拒否権はないと思いますがね」
「なっ、そ、そうなんですか…?」
「だって、そもそも、貴方がフリード王子をけしかけたから、こうなっているんですよ? 先程も言いましたが」
「は、はぁ」
(もう……ほんとギルマス嫌い)




