6、イーシア湖 〜この世界のポーション
ブックマークありがとうございます。評価もありがとうございます。めちゃ嬉しいです。20話くらいまでは、毎日2話投稿したいと思っています。よろしくお願いします。
空が青い。
僕は、湖岸から少し離れた草原で、大の字になって寝転んでいた。空腹で倒れているわけではない。
そう……僕は いま、猛烈に落ち込んでいる。
落ち込んで、ふて寝…というわけでもない。なんだか身体からチカラが抜けてしまっていたのだ。
風が冷たくなってきた。やっと夕方になるのかな。この世界は、1日は24時間じゃないのかな?
(少し、眠くなってきたな…)
あのあと、僕は、兵士らしき人達にご飯をご馳走になった。
とは言っても、携帯用の食事だそうで、米っぽいものを丸めて乾燥させた団子サイズの、とにかく初めて食べた不思議な物だった。
味もないに等しいが、空腹は充分に満たされた。
彼らは、兵士ではなく、警備隊の隊員だと言っていた。僕の前世で考えるなら、警察官と消防士を兼業しているような、そんな感じの仕事らしい。
警備隊に入隊するには、それなりに難しい試験があるという。でも彼らは、エリートではなく、どこにでもいるその他大勢だと言っていた。
そして、街の冒険者のミッションと、彼らの仕事はたいして変わらないらしい。
いろいろと話している間に、僕が、大きな勘違いをしていたことを教えられた。
あまりにも勘違いがひどすぎて、言葉が出なくなったとまで言われた。
僕が必死に庇っていたアトラ様は、実はかなり強い守護獣なのだそうだ。おとぎ話にも出てくるほど有名で、怒らせると血の雨が降るという…。
そしてあのとき、彼らの方が、アトラ様に殺されそうになっていたらしい。
僕が来たことで、隊員達の命が救われたと感謝された。
また、彼らが湖に来たのは、討伐や侵略ではなく、伝染病の調査のためだったそうだ。
誤解が解けたことと、アトラ様への無礼な発言をひたすら謝ったことで、なんとか和解できたようだ。
そして今、アトラ様は、彼らの調査にしぶしぶ協力しているようだ。
そして、僕は…
(あまりにもピエロすぎるじゃん…)
いろいろ突っ走ってしまった反動は大きく、いまだに立ち直れずにいた。
それに、アトラ様にキスされたことで、僕は完全に舞い上がっていたのに、この彼女の行動には深い意味はなかったらしい。
「だって、なんか、かわいかったからー」
そして、その言葉に呆然としていた僕の頭を、なでなでヨシヨシされ…
「やっぱり、子犬だね! 生まれたてな感じ〜」
「えーっ……僕は、人間だと思うんですけど…」
「ふふっ。うんうん」
(古の守護獣様からすると、僕はペットか何かに見えるのかな…)
アトラ様を異性として見てしまっていた僕は、なんとも複雑な気持ちになっていたのだった。
そう、告白もしていないのにフラれてしまったような……そんな気分だった。
(はぁ、何度思い出しても……はぁ、切り替えなきゃ)
いつまでも空を見ているわけにもいかない。でも、足も痛いし動く気になれない。
あのときは必死だったから走れたけど、無理したせいか、いま僕の足は鉛のように重く、怪我した場所だけじゃなくて左足全体が、ズキズキしている。
(病院どこにあるのかなぁ? あ! 回復魔法とかあるのかなぁ? 後で女神様に聞いてみよう)
空は、まだ青い。雲ひとつない晴天だ。
「しかし、いつになったら夜が来るんだろ? まさか、ずーっと昼間なのかな」
なぜか夜にならない。白夜なんだろうか? この世界の人は、いつ眠るのだろう?
「うん? 坊や、この地の子じゃないのか?」
ふいに真上から突然話しかけられ、僕は驚いて飛び起きる。
兵士らしき人、じゃなかった、警備隊の隊員の、リーダー格の、確かレオンさんだっけ?
「わっ! あ、あの、僕、実は昨日までの記憶がなくって…」
「えっ! そ、そうか。かわいそうに。湖に来たのは精霊の加護で記憶を取り戻すためか?」
「あ、いえ、ここには水を求めて、偶然立ち寄ったのです」
「そうか、で、こんなバタバタに巻き込まれて、災難だったな。いや、騒ぎの原因は俺達か、わるいな」
「…いえ」
「さっきの話だが、この地には、2つの太陽が昇るんだ。赤い太陽が出ている間は、暖かく活動しやすいから昼間。赤い太陽が沈んで青い太陽が昇れば、少し寒くなって眠くなってくるから夜。こう考えるのが、この辺りの人族の常識だ。他の種族は考え方が違うだろうがな」
「そうなんですか。太陽がふたつ…」
そういえば、いま真上にある太陽は、青みがかっている。そして僕は、確かに眠くなっていた。
「あ! おまえ、足、怪我してるんだな」
「えっ、あっ、はい。もう血は止まりましたけど」
「じゃあ、これやるよ。ただのポーションだが、それくらいの怪我ならこれで効くはずだ」
「いいんですか? ありがとうございます!」
病院を探さなきゃと考えていた僕は、助かったと喜んだ。
それに、ポーション!!
前世で、僕はある日、コンビニで某有名RPGのコラボ商品のようなポーションを売っているのを見つけた。迷ったけど結局買わなかった僕は、後から後悔したのだった。
それが今、目の前に本物があるなんて! めちゃドキドキする。
「一気に飲み干せ。途中で止めると、むせるぞ」
「ん? は、はい」
僕は、人生初のポーションに、わくわくドキドキしつつ、蓋を開ける。
そして、瓶に口を近づけて……思わず止まってしまった。
(な、なにこれ? ドブの臭いがする…)
「あの、これ、ほんとに飲んでもいいのですか?」
隊員レオンさんは、僕が遠慮していると思ったのか、これは国からの支給品で、安物だし、気にするなと言われた。
僕は、改めて小瓶をながめる。
『P1』と書いたラベルが貼ってある。
ラベルを触ってみると手に、もぞもぞっとした弱いチカラが流れてきた。
わっ! やっぱ、ポーションって、魔法の世界のアイテムなんだ! ラベルも不思議だし、このもぞもぞも、何だかわからないけど不思議だし。
僕は、せっかくだし、どんな味かの好奇心もあって、ありがたくいただくことにする。
そして、言われたように息を止めて一気に飲み干そうとした……が…
「ゲホッ、ゲホゲホゲホッ…ッうー」
想像を裏切らない味がした。きっとドブの水を飲んだらこんな味がするに違いない!
「あと、もう少しだ! 飲みきれ!」
「…は、はい」
僕は、涙目になりながら、がんばった。なんとか飲みきった! ほんの100ミリ程度の小さな小瓶なのに、あまりにも強敵だった。
すると、身体がカァーっと熱くなり、何かが身体の中を一気に駆け巡るような感じがした。
そして、みるみるうちに、足の怪我が治っていく!
「すご! めちゃ治っていく…」
「坊や、ポーションを飲んだのは初めてか?」
「は、はい。たぶん」
「っはは。なら、クソ不味くて驚いただろ? 同じ効き目でも、もうちょい飲みやすいのもあるぞ。だが値段は10倍以上するから、高ランクの冒険者か、よほどの金持ちじゃなきゃ、買わないがな」
「高価な薬なんですね」
「あ、いや、いま坊やが飲んだのは、銅貨1〜2枚で手に入る大衆品だ。飲みやすいやつが、その10倍以上するんだ」
「なるほど……えっと銅貨?」
「ん? もしかして、貨幣のない田舎暮らしか? なら、銅貨を知らないのも無理はない」
「あ、いえ、貨幣って、お金ですよね? いろいろな物と交換できる…」
「お! わかってるじゃねーか」
「あ、はい。ただ、銅貨がどれくらいの価値なのかは知らないです」
「なんだ、そっちか。うーん、そうだな、朝飯が銅貨5枚、晩飯に安酒つけて銅貨20枚ってとこか」
(ん? ってことは、銅貨1枚は100円くらいかな)
改めて、がんばって飲み干したポーションの空き瓶を見た。ラベルを触ると、あれ? 手がもぞもぞしたあと、ラベルの下に商品説明が現れた。
『ポーション、体力を100回復する』
ん? 100? 100%回復ってこと? にしては、まだ身体にダルさが残っているけど…。ダルさは体力とは関係ないのかな?
「どうした? 瓶をジッと見て。ラベルが読めないのか? 魔力を少しこめれば、商品説明が出てくるんだが」
「あ、いえ、読めました。意味がよくわからないですけど…。えっと、ポーションは朝飯よりは安いんですね」
「まぁこれはな。ポーションと言っても、たくさん種類があるからな。これは、一番回復量が低いんだ。ぶっちゃけ、この程度のは使えねー」
「え? でも足の怪我、ほとんど治りましたよ?」
「だろ? 完治してねーだろ? その様子なら、もう1本飲めば完治するぞ。飲むか?」
「えっ? い、いえ、もう大丈夫です」
「くくっ。だろ? だから使えねーんだ。これは体力100しか回復しねーからな」
(体力100しか? ってことは100%じゃないんだ。HPみたいなものかな? ってゲームみたい)
僕は、子供の頃に夢中になってやっていた某有名RPGを思い出した。
さっき思い出したポーションコラボ商品のゲームも好きだけど、子供の頃は、やくそうがでてくる方のゲームにハマっていた。
特に錬金釜のレシピを集めるのが楽しくて、新たな町に行くと、まず本棚を探していた。
(懐かしい…)
この世界で、もし、自分のHPやMPや、攻撃力、防御力などが数値化されていたら面白いだろうなと思った。
転生者は、やっぱりチートなのかな? なんて考えると、少しワクワクしてくる。
「えっと、回復には、たくさん飲まなきゃならないからですか?」
「あぁ、そうだよ。だから俺達は、他のポーションをギルドや行商人から買うんだ」
「他のポーションなら、味がその、飲みやすかったりするんですか?」
「いや、味は似たようなもんだ。回復量が多いポーションなら1本飲めばいいからな、高いけどな」
そして、カバンからゴソゴソと出して、見せてくれた。
『P10』と書いてある物は、体力を1,000回復するらしい。
それから『PーⅢ』は体力を30%回復、『PーⅩ』は体力を100%全回復するそうだ。
固定値回復の物よりも、パーセント回復の方が貴重で高いらしい。
「まぁ、俺は体力だけは高いから、パーセント回復薬も持っているが、体力が低い奴がパーセント回復薬を使うと逆に損だからな。固定値回復薬の方が安いし、使い勝手はいいんだ」
(話が難しくなってきた…)
「えっと……損なのですか?」
「あぁ、体力10,000の高ランク冒険者を基準に、値段が決められてるんだ。10%回復薬と、1,000固定値回復薬は、値段同じなんだ」
「あ! わかりました。体力3,000の人が10%回復薬を使ったら300しか回復しないから、同じ値段の1,000固定値回復薬の方が、おトクなんですね」
「おう、そういうことだ。坊や、計算速いな、商売の才能があるんじゃないか?」
「あはっ。ありがとうこざいます」
(僕は、前世では、もともと計算の世界にいたから、これくらいは電卓なくても計算できる)
僕は、翔太は、バーテンに転職する前は、家電量販店の店員をやっていた。価格にシビアなお客さんに、むちゃくちゃな値引きを要求される、という厳しい世界にいたのだ。
僕は、頼まれると断るのが苦手で、やっちゃいけないとこまで値引きしてしまって、よく上司に叱られた。
その挙句、家電販売に向かないと言われ、ドラッグストアコーナーに担当を変えられたのだった。
僕の、消したい過去のひとつだ。
(結局、バーテンになれなかったな。見習いは大変だったけど、でも楽しかったなぁ)
「ライト〜! ぐだーっとしてないで、薬草、摘んだ方がいいんじゃないのー?」
「わっ! アトラ様! あ、 そうでした! 忘れてました」
「やっぱり…。ほんとこの子は もうっ。あたしがお世話してあげないとダメなんだから〜。ほんと手のかかる子犬だなぁー。ふふっ」
(うー、やっぱり子犬扱いされている……ぐすん)
「いっぱい摘んできますっ!」
「あんまり同じ場所ばかり摘みすぎちゃダメだよーっ。あちこちから少しずつねー」
「えっ? あ、はい。わかりましたよっ」
(あれ? ライト、ぷぃっと顔を逸らして、行っちゃった。なんか、ぷりぷりしてるのかなー? んー、ま、いっかー)