表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

59/286

59、イーシアの森 〜 守護獣としてのポリシー

 イーシアの森の名もなき集落、いま僕は、井戸に居たゾンビによって汚された水を飲んでいたために、奇妙な病気が発生した集落にいた。


 その病人の治療と、井戸のゾンビの浄化も完了し、井戸の水と、この集落の空気の浄化も終わった。


 だが、なぜこのようなことが起こったのか、その原因は わからなかった。

 自然現象ではなく、誰かが作為的に引き起こしたことに違いない。ただ、誰がこのようなことをしたのか、いや誰がこのようなことができたのかは不明なままだった。



 さらに、イーシアの森では、巨大な蟻の魔物が大量発生しそうな予兆があった。


 少し前に、サトウキビの生産をしている集落から街へ砂糖を運ぶ馬車が襲撃された後から、異変が始まったという。


 僕がイーシアで砂糖を失くしたのもその時期と重なる。これは蟻に盗まれたんだろうと言われたけど、あんな大きな蟻が近くにくれば、いくら僕でも気づくはずだ。

 でも、全く気づかなかったのが、今考えても不思議だった。



「もし大量発生して、討伐のために冒険者が大量に押し寄せたら、森が踏み荒らされるなら、その前に…」


「そうだよ、エサを減らせば大量発生しないはずだ」


「蟻塚に張ってる甘い匂いの膜を、はがせばいいんじゃないの?」


 冒険者達が、巨大な蟻についての意見を述べていた。

 彼らは、討伐するほどの戦闘能力はない。1匹の巨大な蟻に、パーティは全滅させられたわけだから…。


「冒険者としては、討伐で稼ぎたいんじゃないのか?」


「そんなことないよ。あんな化け物の討伐は、俺達には無理だ。もっと上のランクの人達じゃないと倒せない」


「あの膜をはがしたところで、変わらんと思うぞ」


「どうして?」


「サトウキビの生産地が襲撃されるだけだろ。そうすると街から砂糖が消えるぞ」


「あ、そうか…」



「あの巨大な蟻の食料は砂糖なんですか?」


「ライトさん、そんなわけないでしょ」


「巨大な蟻は肉食……だから俺達、手足を喰われたんだよ」


「あ、そうか、そうでした、すみません」


「はぁ? お前達、手足、あるじゃねーか」


「これは、ライトさんが治してくれたので…」


「えっ? ポーション屋、再生までできるのか!」


「あ、はい。できました」


「師匠は誰なんだ?」


「えーっと…誰になるのかな? うーん…」


「何人もいるのか?」


「えっと、まぁ」


「なるほどな」



「それより、巨大な蟻が肉食なら、砂糖は…蜜塚は?」


「アイツら、組織で動いてるんだよ。巨大な奴は蟻塚の防御をしてる。それ以外のは雑食で、特に女王蟻は繁殖期には甘い物を好むんだ」


「あ、だから、膜が張ってるのって…」


「女王蟻のエサだ。それに孵化したばかりの幼虫も甘い物を好むからな」


「エサ集めをしている奴らを潰すのが一番効率がいいんだが、エサ集めは小さい蟻がやるからな……草に隠れるから見つけるのが大変なんだ、親指くらいのサイズしかないからな」


(あ! だから僕が砂糖を取られたの気づかなかったんだ)


「でも、おかしいよな、砂糖を積んだ馬車の襲撃は巨大な蟻だろ?」


「巨大な奴が増えたから、連携しているのかもしれんな」


「厄介だな……巨大な蟻が増えたら、森の中、歩けなくなるぞ」



 すると、これまでずっと話を聞いていたアトラ様が、口を開いた。


「大丈夫ですよ。巨大な蟻が増えすぎることはありません」


「巫女様、なぜそう断言できるのですか? 精霊イーシア様が、そうおっしゃってるのですか」


「いえ、イーシア様ではなく、巨大な蟻が森の限度を超えて増えると、守護獣アトラが討伐しますから」


「え? 守護獣、この地にもいるのですか?」


「はい、いますよ」


「嘘!あ、いや、その…精霊の力が弱まっているイーシアでは、守護獣も役目を果たさないのでは?」


「ハデナなんか、逆に守護獣が冒険者を襲っているらしいじゃねーか。精霊がいないと守護獣と言ってもただの獣だろ」


「ハデナは、精霊ハデナ様がいま消滅されていますからね。ですが、精霊イーシア様は、力を失われていますが、存在し続けておられます」


「でも、イーシアの守護獣なんて、見た人、居ないだろ」


(目の前にいますよ…と言いたい)


「いや、うちの隊員が、イーシア湖で古の青き大狼に遭遇したと報告が あがってますよ」


「本当か! じゃあ、今もどこかにいるんだな」


(うん、目の前にいますよ)


「はい、守護獣アトラは、常にイーシアの森を巡回していますから、この異変にも気づいています」


「でも、守護獣は、この森を守るのが役目なら、森に住むモノの命を奪うことはできないのではないですか? 」


「通常なら守護獣アトラは すべての生き物に干渉しません。ですが、イーシアにとって大きな害となるモノに対しては、自らの手で排除し解決しようとするのが彼女のポリシーです」


「巫女様、アトラとも話せるのですか?」


(巫女様がアトラ様なんですよ〜)


「ええ、守護獣アトラとは、情報を共有しています」


「そうか、それなら安心だ。ホッとしましたよ」



 アト…じゃなくて巫女様は、みんなの顔を見渡し、みんなが落ちた様子なのを見て、穏やかな笑顔を浮かべていらっしゃる。


「でも、アトラって、あの巨大な蟻に勝てるんすか? めちゃくちゃ凶暴でしたよ」


 腕を喰われた冒険者は、巫女様にそうたずねていた。だが、警備隊の隊員達は、そんな彼らを鼻で笑っているようだった。


「冒険者が、アトラのことを知らないのは、ちょっと恥ずかしいぞ?」


「え? どういうことなの? おとぎ話じゃない」


「おとぎ話で、どう語られていた?」


「うーん…。青き大狼を怒らせると血の雨が降るとか、睨まれるだけで動けなくなるとか、天候さえ支配できる魔力を持つとか…そんな感じ?」


(うわっ…すごっ)


「それすべて事実だぞ。国の記録からおとぎ話は作られているんだ」


「えっ!」


「実際に、イーシア湖で遭遇した隊員の報告でも、睨まれただけで、身体が動かなくなったらしいぞ」


「そ、そんな、バケモノなんですね、アトラって」


(アトラ様のことをバケモノ扱いしないで!)


「ふふっ。蟻の魔物なんて、守護獣アトラにとってみれば、その辺の虫と変わらないのですよ。だから安心してくださいね」


「そ、そうなんだ! アトラすごいな」


「ちょっと待って! 精霊イーシアの力が弱まっているのに、アトラは正気を保っているの? ハデナのケトラみたいに狂っているんじゃ?」


「え? そんなバケモノが狂ったら、この世の終わりじゃねーか」


(アトラ様もケトラ様も、狂ってないよ!)


「いまは、ケトラも正気を取り戻しているようですよ。アトラも不安定でしたが、最近は大丈夫なようです」


「何かあったのですか? 正気を取り戻したり、不安定な状態が落ち着くようなことが?」


「ええ、そのようです」


 そう言うと、アト…巫女様は、僕の方を見た。


(えっ? 何? 僕、なにかしでかした?えっと…)


 巫女様の視線を追って、警備隊の隊員、何人かが僕の方を見た。ちょちょっと、やめてー!


「ぼ、僕は、何も…しでかしてませんよ?」


「ふぅん、そっか」


(あ、違う! アトラ様には…キスしてしまったけど、でもあれは、アトラ様がかわいすぎるからで…)


「あっ、あ、あの、そういう意味では…」


「ふふっ、ライトまた変なこと言ってるー」


「えっ、あ、はい、すみません…」


 僕は……たぶんいま顔が赤くなっている。なんだか暑い…。はぁ、もうっ。また、変な奴だと思われちゃったじゃないか…。穴があったら入りたい…。




「さて、そろそろ引き上げるか」


 警備隊のリーダーらしき人が、他の隊員さん達にそう声をかけた。


「おまえ達は、どうするんだ? ロバタージュに戻るなら、馬車2台で来ているから乗せて行ってやるぞ」


 すると、冒険者達は、目を輝かせた。


「ぜひぜひ! お願いします。ライトさんもそれでいいですよね」


「あ、はい」


(あ、アトラ様は…)


 僕は、せっかくアトラ様に会えたのに…と、少し後ろ髪を引かれる思いだった。


「じゃあ、行くか」


「あ、あのちょっとお待ちください、ライトさん」


「え、あ、はい」


 振り返ると、集落の長らしき人がいた。


「あの、ポーションを少し売ってもらえませんでしょうか?」


「えっと、クリアポーションですか?」


「はい。まだ体調に異変のない者も、これから体調を崩すかもしれませんから…」


「それは大丈夫ですわ。さっきのライトの聖魔法の光は、この集落の地も人もすべて浄化回復させているはずですよ」


「巫女様、そうなのですね。だがしかし…また同じようなことが起こるかもしれませんし…」


「うーん、確かに原因は…。私は、この後、川上の集落へ行って、ここの事情の説明をしてまいります。川上の集落が原因なら、これで収まるでしょう」


(アトラ様、この後も、お仕事なのかぁ)


「ですが、念のために…」


「おいおい、価格査定がまだだから、売れないって言ってたのを聞いていただろう?」


「ですが…」



 アトラ様が僕の方を見た。目が合うと、優しい顔で、巫女様の顔で微笑まれた。


(アトラ様が、渡せと言ってる? んだよね)


 確かに、疑心暗鬼になっている人達には、もしもの場合に、治せる薬があることは大きな安心になるんだろう。

 さっきから、アトラ様は、巫女様としてみんなを安心させようとされていた。それなら僕も…。



「わかりました。お譲りします。ただ、価格査定を受けていないので、僕が勝手に決めますが構いませんか?」


「は、はい。…もちろん、言い値で構いません」


「では、1本銀貨1枚で…10本ほどで構いませんか?」


「えっ? 金貨1枚?」


「いえ、銀貨1枚で」


「ええっと…銀貨でいいのですか? 聞き間違えでは」


「体力固定値1,000回復ですからね、他の1,000回復のものが銀貨1枚の査定を受けていますから、同じ価格で」


「ちょっと待て! 銀貨1枚はないぞ? 呪いを消すために呪術士を頼んだら金貨1枚取られるんだぞ?」


 警備隊の隊員さんに、なぜか叱られてしまった…。


「ん? じゃあ…銀貨2枚で、お願いします」


「本当にそれでいいのですか?」


「はい、病気を治す薬です。そんな高い価格は取れません。ただし、転売したりしないでくださいね。この集落の備蓄として魔法袋にでもいれておいてください」


「ありがとうございます。もちろんです! そんな恩をあだで返すようなことは絶対にしませんから」


 僕は、彼にクリアポーションを10本渡し、銀貨を20枚受け取った。



「じゃあ、そろそろ、いくぞ」


「お気をつけて。ありがとうございました」


 僕は、みなさんに軽く会釈をした。そしてアトラ様を見ると、アトラ様もこちらを見ていた。


「ライト、またねー」


「はい、巫女様。また来ます」



 そして、僕は冒険者達と共に、警備隊の後ろについて、集落をあとにした。


(もっとアトラ様と話したかったなぁ…。魔族の国のこととか、女神様から聞いたあのこととか…)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ