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58、イーシアの森 〜 井戸の中の化け物

「ちょっと、あのお兄さんって何者なの?」


「手足の再生魔法にも驚いたけど、呪詛も消せるなんて…。あり得ないくらい高位の魔導士だろ」


「あんなことができるから、再生やってみてもいいですか?なんて軽く言い出したんだよな。神かよ?」


「神様は女性でしょ? あの子、中性的だけど男の子でしょー」


「でも絶対、すごい師匠がいるはずだぞ。仲良くしないと損だぞ」


「そんな打算は見抜かれるだろ。そもそも俺達が相手してもらえるような人じゃないんじゃ?」


「フリード王子を助けた英雄なら、王家と繋がりがあるんじゃないの?」


「うっわ、雲の上の存在じゃねーの」




 僕が、アトラ様…じゃなかった巫女様と一緒に、病人の回復をしているのを見ていた冒険者達は、なんだか大げさなことを言っていた。


 ちょっと訂正しに行こうかとも思ったけど、やはり井戸の水を浄化する方が優先だよね…。


 僕は、冒険者達をチラ見しつつ、アト…じゃなかった巫女様と共に井戸の方へと向かった。



 僕達が歩いていくと、なんだか住人が サーっと道を譲るように端に寄っていく。


(ん? 感染したと思って避けてるのかな?)


「ライト、ビビられてるねー。ふふっ」


「えっ? あ、やっぱ感染したと思われてるのかな?」


「ん?違うよ。呪詛を消すなんて、あたしもできないもの。精霊の巫女様よりすごい人、ってことだよ」


「いやいや、そんな大げさな…」


「ナタリー様が言ってたよ。ライトくんは自信なさすぎるから、なんとかしてあげてね〜って」


「へっ?…うふぁ〜……えーっと」


「あはははっ。なぁに?それー。ふふっ」


「えっ、あ、う…いえ…」


「うふふっ、もう、笑かさないのー」


 僕は、別にふざけているわけじゃないんだけど…。でも、アトラ様が楽しそうに笑ってくれるから、ま、いっか〜。



 そして、井戸の近くにまで戻ってくると、警備隊のリーダーらしき人に声をかけられた。


「おい、ポーション屋、病人達は?」


「はい、回復しました。ただ体力が元に戻るまで、しばらくはゆっくり休んでもらう方がいいと思いますが」


「おまえのポーションを使ったのか?」


「はい。ポーションも使いました。魔力切れになると困るので、ポーションで治せないものだけ魔法を使いました」


「1本、見せてもらえるか?」


「どうぞ。新作なのでまだギルドの査定は受けていませんが」


 クリアポーションを受け取った警備隊のリーダーらしき人は、ラベルを見て、驚いていた。


「なんだ?これ! こんなポーションが実在するのか」


(いま、アナタ持ってるじゃないですか……と言いたい…けど我慢…)


「貴方、いま持ってるじゃないですか」


(わっ! アトラ様が言っちゃった…)


「あ、そうだな、失言だった。おま…ライトさん、これ、警備隊に売ってもらえませんか?」


(あー、急に敬語?)


「まだギルドの価格査定を受けていないので…」


「あ、そうでしたな、また失言だった。査定を受けた頃に、誰かを行かせるから、前向きに検討いただきたい」


「はい」




 そして、僕は井戸のそばに立った。


(うわっ、何? これ…)


 井戸の水位は高く、少し手を伸ばせば水に触れることができそうなくらいだった。

 だが、井戸の水位がここまで上がるなんて、普通はあり得ない。


 僕は、水の中を『見た』


(なっ!? ゾンビみたいなんが居る…しかも何体だ?)


 井戸の水は、見た目は特に濁りはない。だが、暗い井戸の中には何体ものゾンビのような化け物がうごめいていた。


 人のような形のものもいれば、犬や猫のようなサイズのものもいる。

 みな、皮膚が溶けたようにむけてドロドロしてそうだった。


 奴らの身体から溶け出したものが、毒となって、井戸の水を飲んだ人達の身体を蝕んでいるのだろう…。



「アト…巫女様、中の様子は、ご覧になりましたか?」


「うん、何体かいるね……人もいるでしょ?」


「はい。人が…呪いの原因でしょうか」


「他の奴らよりも強い念があふれてきてるからね、しかし、どうしようかな」


(これ、僕が潜っても……ゾンビに勝てる気はしない)


「奴ら、井戸から出せばいいのでしょうか?」


「ん〜、井戸から出ると、水の中だけじゃなくて、空気中にまで毒気をばら撒きそうなんだよね」


「巫女様の魔法で、倒せますか?」


「あたしは、火はあまり得意じゃないんだな……コイツらに有効なのは火魔法か、聖魔法だよ。ライト、聖魔法使えるんだよね」


(闇の反射か)


「はい、あのコイツらを、井戸から出せますか?」


「うん、重力魔法使えば、引っ張り出せると思うけど…いろいろなものをばら撒きながら出てくると思うよ」


 そう聞いたまわりの人達は、井戸からじわじわと離れていった。うーん……もっと離れないと意味ないんだけどな。



「皆さん、もうちょっと離れてもらえますか? 」


「いまから重力魔法を使うから、範囲バリアは使えないの。だから、かなり離れないと毒を浴びることになるかもしれないわ」


 アト…じゃなくて巫女様の話を聞いて、みんな驚いて距離を取った。顔が見えなくなるほど離れた人もいる。



「めっちゃ離れましたね」


「うん、これで気にせず作業できるよね」


「はい、じゃあ」


 僕は念のため、自分とアトラ様にバリアを張った。


「ふふっ、ありがと。じゃあ、いっくよー」



 アトラ様は、井戸の方に手をかざした。グワンッと景色が揺れるような感覚のあと、井戸から奴らがじわじわと浮き上がってきた。


(うわっ、気持ちわる! それに腐ってる…臭いがすごい…)


 奴らは、重力魔法に逆らおうと暴れていた。それをアトラ様が必死に制御していた。


 1体2体…と上がってきて、井戸のふちにまでほとんどすべてが上がってきた。人の形のゾンビが、やはり強烈な闇を放っていた。


 集落のあちこちから悲鳴が上がっている。その悲鳴に、ゾンビ達はニタリと顔を歪ませていた。


 僕は、ゾンビ達の執念のようなものを強く感じた。そしてまるで僕のことも誘うような、妙な何かを感じた。


(僕は、おまえ達の仲間には入らないよ)


 僕が否定の意を示すと、人の形のゾンビが何かを叫んだ。声にならない音だが、何かが聞こえた。


 すると、他のゾンビ達が一斉に、僕を標的に定めたようだった。ゾンビ達のまとわりつくような不快な念が、僕に向けられていた。



「ライト、そろそろ制御、厳しい…どうしよう」


「了解です。緩めてもらって大丈夫です」


「えっ? コイツら、ライトを襲う気だよ! 浄化するには、いったん鎮まらせないと」


「大丈夫ですよ、僕はアンデッド系には強いんです」



 そう言うと、僕は、右手を奴らに向けた。僕の深き闇が右手を覆う。と同時に、人の形のゾンビがこちらに向かってきた。


 奴の闇と僕の闇がぶつかる! その瞬間……ピカッ! 強く白い光が僕の右手から放たれた。


 強い光が収まると、そこにはもうゾンビ達の姿は消えてなくなっていた。

 そしてこの付近から集落全体を覆うように、キラキラした優しい白い光が降り注いでいた。



「わっ! 闇の反射! あたし初めて見たかも。この降ってる光って、清浄の光だよね? イーシア様みたい」


「はい、たぶん同じようなものだと思います」


「ふふっ。あ、あたしはあとは、井戸の毒消ししなきゃね」


「はい、お願いします」


 アトラ様は、毒消し魔法で 井戸の水を浄化された。水の水位もだいぶ下がり、通常の状態に戻ったようだった。




 すると、ようやく、集落の住人や警備隊の人達がそろそろと近づいてきた。


「あ、あの、巫女様、どうなりましたか? さっきの強い光は?」


「あれって、噂の聖魔法だろ? ハデナでも使ったんだよな? 浄化の光、すごいな……体力も回復するのか」


「ほんとだ! 体力が回復していくよ、この光を浴びると〜」


「ええ、ライトの聖魔法ですよ。私はここまでの浄化魔法は使えません」


「アト…巫女様、そんなまた大げさな…」



 冒険者達が、何かを思い出したという顔をした。


「あー、あれ! ハデナで遭難しかけた奴らが言ってたのって、冗談じゃなかったんだな」


「妙な悪霊に乗っ取られて頭がおかしくなったんじゃないかって言われてたAランクの人?」


「そうそう、これのことだったんだ。こんなの普通、精霊が使う魔法じゃないのかよ」


「あの……皆さん、大げさですってば。僕はそんな大したことしてないですよ。変な噂、流さないでくださいよ」


「ふふっ。ライトって、ほんと、ときどき変なこと言うよね〜」


「いやいや、巫女様、そんなことは…」


「はいはい、わかったよー。たいしたことないことにしておいてあげる」


「は、はい。ありがとうございます」


「いえいえ、ふふっ」




 井戸の水や、病人が集まっていた住居などを、警備隊の隊員達は調査して回っていた。

 それを見て、冒険者達も、ミッションを思い出したのか、あちこち確認に回っていた。


 そしてこの様子を少し不安そうに見ていた住人達だったが、警備隊も冒険者も、問題なしと判断したことで、やっとホッとしたようだった。


 だが、誰が井戸にこのようなことをしたのか、ということについてはわからなかった。

 川上の集落の仕業だと主張する住人達も、決定的な何かを目撃したわけではなかったようだ。


 敵対している川上の住人が、この集落の井戸の場所まで誰にも気づかれずに忍び寄り、そしてこんなものを投げ入れる音にも気づかれないのは、少しおかしい。


 僕だけでなく、アトラ様も、警備隊の隊員達も、そして冒険者達もなんだか妙な違和感を感じていたようだ。


(もしかしたら、外からの…他の星からの嫌がらせなんじゃないかな。ハデナにも何か変なの居たし…)



 集落の確認を終えて、警備隊や冒険者達が井戸の近くに戻ってきた。



「犯人が、どうやってここに死体を投げ入れたのか、原因を調べないとまた似たようなことが起こるかもしれないな」


「ギルドに、調査依頼とか、監視依頼を出したらいいんじゃない?」


「あぁ、警備隊が常駐するわけにもいかないから、集落から、ギルドへ監視員の依頼をする方がいいだろうな」


「私も、このあたりの動きはなるべく気にかけておきますが、ずっと見ておくわけにもいきませんので」


「巫女様に、そこまで甘えるわけには…」


「いえ、イーシアの森を守るのが私の使命ですから」


「とりあえず、集落からギルドへ依頼を出してみます。巨大な蟻が増えているのも気になりますから、冒険者が滞在してくれると安心ですからな」


「あの、巨大な蟻、増えているのですか?」


「出歩く奴が増えているんですよ。警備隊にも救援要請が増えているんですよね。蟻塚がなんだかおかしなことになっているので……あれは大量発生の前触れかもしれません」


「大量発生したら、国から討伐依頼が出され、この森が冒険者に荒らされるでしょうな。背に腹はかえられませんが、ウチの集落にも影響が出そうですな…」


(えっ! そんな…。森が荒らされたらアトラ様が…)


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