56、イーシアの森 〜 巨大な蟻の魔物の蜜塚
僕はいま、4人の冒険者達と一緒にイーシアの森の中にいる。
巨大な蟻の化け物に襲われて倒れていた彼らを回復したことがキッカケで、ロバタージュまで行動を共にすることになったのだ。
彼らは、男3人女1人のパーティで、幼なじみなのだという。冒険者としてはまだ経験は浅く、やっと全員がCランクになったばかりなのだそうだ。
いま、彼らのギルドミッションで、伝染病の調査のために、近くの名もなき集落を目指して歩いている。
「僕は、登録しただけで、まだ一度もミッションを受注していないんですよ」
「でも、白魔導士は足りないから、どこのパーティでも欲しがられるよ。すぐに俺達は抜かされそうだな」
「回復も再生も蘇生もできるなら、加入を断わるパーティはないわよ。すぐ稼げるようになるわ」
「そうだといいんですけど」
「なんなら、俺達もタイミング合えば、組んでもらいたいくらいだぜ」
「それにしても、なんでこんなとこにいたの?」
「ポーションの素材を集めに来たんです」
「戦えないのに、一人で?」
「あ、いえここへ連れて来てくれた人がいたんですが、用事で先に戻られて、僕は馬車で戻るつもりだったんです」
「なるほど〜。その時に俺達の声を聞いて、駆けつけてくれたんだな」
「あ、はい。あ、あれ?」
「ん?どうした?何かいるのか?」
「いえ、えっと、ちょっと待っていてもらえますか?素材になりそうな物を見つけて」
「一緒に取りに行ってやるけど?」
「いや、さっきの巨大な蟻も居るので…」
すると、4人の顔が引きつった。辺りをキョロキョロ見回している。そして、見つけた一人が、口を塞いで固まっていた。
「たぶん、近寄らなければ襲ってこないと思います。ここで、ちょっと待っていてください」
「おまえ、近寄ったら死ぬぞ? やめておけ!」
「バレないように姿を隠しますから…では」
僕は、バリアを張り直し、透明化!霊体化!を念じた。そして、巨大な蟻が集まっている所へと、近づいていった。
(やっぱり…蜜塚って、これだよね…)
僕がなくした砂糖のせいで、蟻塚がハチミツのような蜜を被っていた。しかし大きな蟻の巣だな…。
僕は、蜜塚を確認してため息をついた。もしかしたらそのせいで蟻が巨大化したり大量発生してたらどうしよう…。
(あれ?でも蜜塚の場所が違う?草原から森に入るところじゃなかったっけ?ここは思いっきり森の中…)
とりあえず今は、お目当ての物を取ることにしよう。蟻の巣のまわりの木々に、たくさんの琥珀色の塊がくっついていたのだ。
樹液に蜜塚の糖分が混ざったのか、ハチミツの塊のような拳サイズのものが、甘い香りを放っている。
僕は、手を実体化しても固くて取れなかったので、霊体化を解除し、魔法袋からナイフを出して、剥がし取った。そしてもう一つ剥がし取り、リュックに入れた。
僕は透明化しているだけだが、巨大な蟻達は、気づかないらしい。
なお、警戒しながらも、2つ、また2つ剥がし取りリュックに入れた。
そのとき、キィ〜ッと遠くからカン高い声が聞こえた。
すると蟻達はまわりを急に警戒し始めた。
(やばい、見つかったか)
僕は、霊体化!を念じ、その場を離れた。
すると、僕が離れたばかりのところに、何か粘着質なものが飛んできた。
(やっぱり、バレたんだな…)
僕は、すぐに冒険者達のもとへと、戻った。
霊体化を解除し、透明化したまま、彼らに小声でささやいた。
「声を出さないでくださいね。バリアかけますから」
すると彼らは、状況に気づいて慌て始めたものの、必死に口を押さえて、声を出さないようにしていた。
僕は、彼らにバリアを張り、蟻達の様子を『見た』
合図を送っていた蟻が、他の蟻達に合流し、辺りを見渡しているようだった。
だが、動くものを見つけられず、次第にイライラしてきているようだった。
そのとき、馬の鳴き声が聞こえた。馬車が停留所に来たという知らせなのだろう。
蟻達は、馬の方に僕が逃げたと思ったのだろう。合図を送った蟻とあともう一匹が、馬の鳴き声のした方へと向かって行った。
その隙に、僕達は、蟻の巣から離れた。
そのあとしばらくすると、蟻2匹が向かって行った方向から、火柱が上がった。
おそらく馬車に乗っていた人が、蟻を威嚇したか、倒したかということなんだろう。
僕が透明化を解除すると、4人はホッとしたように小声で話し始めた。
「もう大丈夫かな」
「はい、大丈夫だと思います」
「ふぅ、しかし焦った…」
「すみません…僕、巣の方ばかり気にしてたら、偵察蟻に見つかってしまって」
「いや、まぁ、逃げきれてよかったよ。それに不思議だった謎が解けた」
「ほんとほんと〜」
「ん?蟻の行動ですか?」
「お兄さんのことだよ。なんで戦えないのに、こんなとこに一人でいるんだろうって不思議だったのよね」
「戦えなくても、隠れる能力ハンパないよな」
「あはは、まぁ…」
「パーティで回復役って、だいたい逃げるときにお荷物になること多いけど、お兄さんの場合、放っておいても死なないどころか補助バリアまで張ってくれるし…」
「本気でパーティにスカウトしようかって思ってる俺」
「私もー」
「あはは、ありがとうこざいます。でも、おおげさですよ…僕、かなり足手まといになると思います。転移酔いもひどいし…」
「なにそれ?」
「転移魔法陣、酔って意識飛ぶんですよ、僕…」
「転移したことないぞ…」
「うん、私もー」
「転移して行くミッションは、だいたいランク高いからな…まだそこまでは無理なんだよな」
「でもCランクなら、ありそうですけど?」
「そっか、そうだよな。転移魔法陣使いたいしな」
「でも酔う人もいるんだね…気をつけなきゃ」
「僕は、体力めちゃくちゃ残念なので…」
「きゃははっ、確かに かよわそうだよねー」
「おい、そんなはっきりと言わなくても…」
「あはは…」
僕は彼らから、イーシアの森を歩くときには、迷い子にならないように、マッピングの魔道具が必須なんだと教えてもらった。
それを見せてもらうと、彼らが歩いてきた道と、今の場所がわかるようになっていた。
さらにイーシアの森には川がいくつも流れていることもわかった。
そして、馬車の停留所や、ミッションの目的地もわかるようになっている。
もうすぐ、目的地に着きそうだった。
(やっぱ、魔道具、買わなきゃ…)
その地図によると、目的地は川の近くにあり、そのすぐ川上にも集落があるようだった。
そして、彼らへの依頼主は、その川上の集落なのだそうだ。
「こんなに近い集落なのに、どうしてギルドに調査依頼をするんでしょうか?自分で見に行く方が早いですよね」
「近い集落って、だいたい仲が悪いからな」
「悪評をたてて、あわよくば焼き払わせようってことじゃないかと思うけどね〜」
「ここの調査依頼、2回目なんだよ。1回目のは、畑に灰を撒いて、黒い雨が降ったとかっていうでっちあげ依頼だったんだよね」
「灰を撒いて?」
「川上が川下の集落を潰したいみたいでな。自分のとこに灰を撒いて、水をまけば、黒い雨が降ったように見えるだろ?それを自作自演してたんだ」
「何のために?」
「川下からの風に乗って黒い雨が降ったから、川下の集落が呪われてるんだってさ」
「自分のところが呪われてると思わなかったんでしょうか?」
「あの辺りは、風は、川下から川上へ吹くからな…。それに川下の畑の、川上側にも灰を撒いて細工をしてあったんだよ」
「そこから流れてきたと見えるように?」
「そうそう」
「陰険なんだよね〜」
「今度は何をしてることやら…あ!うわ!…蟻いるんじゃないか」
「ん?あ…蜜塚がここにも…」
(蜜塚、ひとつじゃなかったんだ…)
みんなは急に警戒するが、幸い、近くに巨大な蟻はいなかった。通りすがりに、僕はナイフを取り出して、木々にくっついている琥珀色のものを剥がし取った。
いち、に、さん……よし、7個ゲット! そしてリュックに入れた。
「さっきも、それを取りに行ってたの?」
「はい、そうなんです」
「樹液の塊だよね? でもなんか甘い匂いがする」
「生姜の砂糖漬けみたいな変な味だぜ」
「ん?食べたんですか?」
「ちょっとなめてみたけど…不味すぎて吐いたな、うん」
「エグ味がすごそうですもんね…」
「あぁ…ひどいもんだった」
「この蜜塚ってあちこちにあるんですか?」
「蟻の巣の膜か? そういえばどこの蟻の巣も膜が張っているよな。いつもはこんな膜は張ってないが」
(うわ…やっぱ、僕のせい…?)
「ちょっと前に、サトウキビ産地の集落から街に 砂糖を運ぶ馬車が襲撃されたからじゃないの? Aランクミッション出てたよ〜」
「アイツらの産卵期の前にエサ減らさないと、大変なことになるじゃん」
「大量発生した蟻が育ってしまうと……この森、歩けないぞ」
そしてやっと、目的地の集落が見えてきた。
だが、なんだか様子がおかしい…人がたくさん集まって揉めているようだった。
(あれ?あの服…警備隊じゃん)
「先客がいるな。警備隊も動いてるのか」
「にしても、なんだかすごい騒ぎじゃない?」
「どうする?中に入る?」
「警備隊もいるし、入っても大丈夫だろ」
集落の入り口で、冒険者達が立ち話をしていると、それに気づいた警備隊のひとりがこちらにやってきた。
「この集落に、ご用ですか?」
「ギルドからのミッションで、来たんだけど…」
「えっと…どういうミッションか聞いても構いませんか?」
「この集落に、伝染病の発生源があるのではないかという依頼ですよ…」
「あぁ、なるほど…」
「ということは、伝染病の感染者がいるの?」
「伝染病というよりも……んー、ちょっとこちらへ来てもらえますか」
そういうと隊員さんは、人だかりの方へと戻っていき、リーダーらしき人に何か話をしていた。
すると、リーダーらしき人がこちらを見て、手招きしている。
「仕方ない、入るか」
「あの、僕も入って大丈夫ですか? 関係者じゃないですけど…」
「お兄さんも、ウチのパーティのメンバーに見えてるだろうから大丈夫よ。気にしたら負け〜」
「それに離れると、ややこしいことになっても困るからな。ここに立ってると何かと目立つし…」
「そうだな、川上の集落の奴らにも、別行動の見張りがいると思わせてもな…。妙に勘繰られても邪魔くさい」
「そっか、わかりました。ご一緒しますね」
「あぁ」
そして僕は冒険者達と共に、人だかりの方へと向かって行った。
その中心には、井戸と、そして揉めている人達、そして……あ!
(アトラ様だ!)
耳をフードで隠したアトラ様がいた!
(耳を隠しているということは、正体を隠してるんだよね…。何があったんだろ)
ふとアトラ様がこっちを見た。彼女はとても驚いた顔をしていたが、口に手を当てて、しぃ〜っという仕草をされた。
僕がうなづくと、ニッコリされた。
(うん、笑うとやっぱ、かわいい!)




