54、ホップ村 〜 格にこだわる種族
「あれ?誰もいないぞ」
「ほんとですね〜。ナタリーさんは居るかと思ってたけど…」
畑だらけのフロアから、上に戻ってきたら、辺りには誰も居なかった。まぁ、かなりの時間、下に居たからなぁ…。ハンスさんが心配して探しにきたくらいだから。
「たぶん、ルーシーの家だぞ。こっち、こっち」
そう言ってクラインは、僕の腕を引っ張ってズンズンと歩いていった。
途中で、何人かの住人に出会ったので、その度に僕は軽く会釈をした。
だがクラインは、誰かに話しかけられても、あまり相手にしないようだった。人見知りなのか、それとも構われすぎて反抗期なのか?そのあたりはよくわからない。
入り口にだいぶ近づいた場所にある家に、クラインは僕を引っ張っていった。
「あら、おかえりなさい〜。遅かったわねぇ」
「ナタリーさん、すみません」
「ライトは別に謝らなくていいじゃん」
「ん?だって心配させてしまったかもしれないから」
「なんで心配するんだよー。村の中に居るのにー」
「あ、確かにそうですね、ははっ」
すると、奥からルーシーがパタパタと走ってきた。
「クライン、遅いよ! 心配したよー」
「ごめん…俺ちょっと、寝ちゃったからさ」
(ルーシーには謝るんだな。あははっ)
「なんで寝ちゃったのよー」
「うーん…」
「ルーシー様、たぶん魔力切れだと思いますよ。かなり派手にぶっ放してたので…」
「えっ?クライン、魔剣使ったの?」
「おう! ライトが奴の根を触っちゃったからさー」
「めちゃくちゃ暴れてましたよね、あの根っこ」
「クラインが……火?」
「おう!じゃないと無理だったからな」
すると、ルーシーが慌てて大変だぁと騒ぎながら奥にいる誰かに話しに行った。
ナタリーさんの方を見ると、やっぱりニコニコしていた。
「ライトくん、ハンスさんと話した?」
「はい。クライン様が寝てる間に」
「そう、ふふっ」
「ん?何の話をしたんだ?」
「秘密ですよ〜」
「えーっ! ずるいぞ、ライト!」
「あ、それより、あの持ち帰ったデザートってどうしたんでしたっけ?」
「あれは、ルーシーと、ルーシーの母さんと、俺の母さんで分けるんだぞ」
「えー、私には分けてくれないのかしら〜?」
「ナタリーは、甘い物よりもお酒の方が好きなんだろ?」
「ふふっ、まぁそうね〜」
奥から、ルーシーが女性を連れてきた。ん〜?クラインに似てる?
「クライン! あなた、火を使えたのね」
そう言って、彼女はクラインをきゅーっと抱きしめた。
「苦しいよ、母さん…」
「あ、ごめんごめん」
その女性、クラインの母親は、僕に気づいて、目で何かを語られた。クラインには聞かせたくないようで…僕がうなずくと、にっこりと微笑まれた。
「ライト、これ、俺の母さん」
「これ、って何よー。クラインの母です、ライトさん、いろいろありがとうございます」
「あ、はじめまして。ライトです。いえいえそんな何も…」
「いろいろってなんだよー」
「いろいろお世話になったでしょう?」
「俺がお世話してるんだぞ、な?ライト!」
「あはは、確かに。クライン様にはたくさん助けてもらっています」
「えっ、そうなんですか?」
「はい」
「あー!ライトくん、そろそろ地上に戻るわよ〜。お姉さん、ちょっと次の予定もあるのよねー」
「あ、そうですよね、だいぶ長居してしまいました」
「えー、ライト、地上に戻るのー? ヤダ」
「クライン様、また来ます。何かご用があれば、お呼びください」
「えー、どうやって呼んだらいいの?」
僕はナタリーさんの方を見た。ナタリーさんは、僕が言いたいことがわかったようで…
「私が、連絡役になってあげるわよ〜。ハンスさんにでも頼んで、念話を飛ばしてもらえばいいわ〜」
「ナタリー、わかった!」
「ふふっ、いい返事ね〜」
そして、ナタリーさんと共に、石山のみなさんに別れを告げ、ナタリーさんの飛翔魔法で、イーシアへの出入り口に戻った。
別れ際に、チビっ子ふたりがちょっとうるうるしていたのがかわいくて、僕は少し後ろ髪を引かれる思いだった。
塔の近くを通ったとき、村の様子を確認したが、あんなに派手に魔法攻撃されていたのに、全くどこも壊れた様子はなかった。
「村は、無傷でしたね」
「魔法の塔の防御は、そう簡単には破れないからね〜」
魔族の国の出入り口で、ナタリーさんは門番に声をかけた。すると、こないだとは違う種族が門番をしていた。頭が2つある…。
今日からしばらくは、双頭竜族がここの門番をするのだそうだ。たくさんある出入り口を定期的に交代して担当しているらしい。
「ナタリー、いや女神様だったか。待ち人がいるぞ」
「えー?またぁ?」
そういえば、こないだはチビっ子ふたりが待ちくたびれていたんだっけ…。
門番の人達は、やたらと僕の方を見る…。今の僕は、ただの人族の姿をしているんだけど…。僕は一応、念のため、軽くバリアを張った。
「ライトくん、大丈夫よ〜、あ!…ちょっと!なんなのよ!」
ん?ナタリーさんのこの反応は、もしかして…
「うるさいな、おまえに用はない。黙っておれ」
「なんですって?」
(あわわわ…やっぱり…)
「おまえより、ライトの方が俺を察知するのが早かったようだな。オールバリアでも張ったか?」
「えっ、あ…ライトくん…」
「いえ、たまたま偶然です。門番さん怖そうだなと思って…」
「ふん、誤魔化さずともよい」
(いや、ほんとですってば…)
「それより大魔王様、もしかして僕に何かご用ですか? この国へのポーションの納品は、今はまだ考えていませんが?」
「はぁ?そんな話はどうでもよい。おまえの好きにすればいいではないか」
「えっ?は、はぁ…」
「石山に行こうとしたら、もうナタリーが飛翔魔法を唱えていたのでな、仕方なくここに来たんだ」
「えーっと…大魔王様にわざわざ出向いていただくようなことをしましたか?僕は全く身に覚えがないですけど」
「ふん、ナタリーはわかっておるようだがな」
僕はナタリーさんの方を振り返ると、ちょっと複雑そうな顔をしていた。
(なんだか嫌な予感しかしない…)
「下剋上なのよね…ライトくんの場合、ここでは死霊だからねぇ」
「意味が全くわからないのですが…」
「おまえは、人族だな?いや、人族の村で生まれた死霊、というべきか」
「ライトくんは、神族よ!」
「神族なぞ、種族ではない!」
「あの、だから何なのですか?全く話がわからないのですが」
「魔族の国で生まれた死霊より、人族の国で生まれた死霊の方が地位が低い、ってこの国では言ってるのよー。バカよね〜」
「おまえは、リッチ並みの知能も魔法力もあるようだが、死霊には変わりないし、おまけに人族生まれではな…」
(何?これ?人種差別?じゃなくて種族差別?)
「だから、それが何なんですか?」
「クラインの第1配下にふさわしくないのだ」
「は?」
「第1配下は他の者に譲ると、クラインに申せ。俺が何を言ってもアイツは言うことを聞かぬ」
「そんなの知りませんよ。ご自分で説得なさってください。序列や何やらは僕にはわかりません」
「なんだと?」
「それに、今は配下にすると言ってても、大人になったら気が変わるかもしれませんよ。まだまだ先のことでゴタゴタ言われても…」
「何を言っておる? 先のことではない、お前たちは互いに意思の確認を終え、種族の大勢の承認も得た。もう既にクラインとおまえは主従の関係にある」
「えっ?」
「まぁ、俺の承認がまだ終わっていないから、仮の関係だがな…」
「クライン様の成年の儀が終わってから、と聞いてましたが?」
「それは、成年の儀が終われば、必ず配下を指名しなければならないという種族の習慣だ。それまでに指名することを妨げるような掟ではない」
「そのことをクライン様は?」
「さぁ?まぁ今頃は、ハンスが伝えておるだろうが」
「そうですか。では僕は、クライン様の判断に従いますよ」
「いや、だから、第1配下はダメだと言っておるではないか。クラインの格が下がるのだ」
「そんなこと、僕に言われても…。僕がそう言ってもクライン様は聞きませんよ」
「なっ?懐いているのではないのか?」
「彼は自分の意志をしっかりと持っておられますから…。僕を守ってくださるつもりのようですから、大魔王様のお考えとは真逆だと思いますよ」
「おまえがクラインを誘導したのであろう?」
「だから、逆ですってば!」
「なっ?なんだと?生意気な口を!」
「もう、いい加減にしなさいよ! ライトくん、バカは放っておいて、地上に戻るわよ〜」
「はい!」
「おい、待て!」
「バカ兄貴、しつこいわよ! ライトくんがキレても知らないわよ? 二クレア池で、深き闇を一瞬制御できなくなってたの見てたでしょ!」
「…っく…」
(…僕は…危険人物扱い…)
「ライトくん、こっち来て〜」
「はい」
大魔王様はそこで諦めたようで、こっちをジロリと睨んだあと、その場からスッと消えた。
双頭竜族の門番達は、なぜか僕にやたらと興味があるようで、ひたすらジロジロ見てくる。
(感じわる〜)
僕はナタリーさんのそばへ歩いて行った。そこは、上へと、キラキラした光が昇っていた。
「じゃあ、地上に戻るわよ〜」
「はーい」
僕達は、キラキラした優しい光に包まれ、地上へと昇っていった。
「うわっ!まぶしい」
久しぶりの地上だった。なんだかすんごくひさびさに太陽の光に照らされた気がした。
「ライトくん!綿菓子にならなきゃ!」
「えっ?わっ!」
バッシャーンッ!
(湖の上に出るの忘れてた…)
「あらら〜 やっちゃったわねー」
僕は、霊体化!そして、ふわふわと湖岸に飛んでいった。そして霊体化を解除し、風火魔法をゆるゆると自分にかけて、服と髪を乾かした。
(うん、魔法って便利〜)
まわりを見渡してみたが…アトラ様はいない…。
まぁ、湖に落っこちたのを見られなくてよかったと考えておこう…。
「ふふっ。大丈夫〜?」
「はい、大丈夫です…あはは」
「アトラちゃんいないわねぇ〜。お姉さん、ちょっと急ぐから行くわねぇ」
「え? あの僕は?」
「街へは、あっちの森を抜けたとこに馬車が来るわよ〜。ライトくん、いろいろ助かったわ〜。ありがとー、またねぇ」
そう言うと、ナタリーさんは転移魔法を唱えたらしく、その場からフッと消えた。
(えっ! イーシアに置き去り?…まじ…か…)




