52、ホップ村 〜 パナシェ風味のポーション
「主君って、何?」
「主君って、何?ん〜誰?」
僕は…けっこう気合いをを入れて宣言したのに、当の本人に伝わっていないなんて、ちょっと笑ってしまった。ははっ…。
「あのね、クラインくんの配下になるって、ライトくんが言ったのよ〜」
「坊っちゃん、主君というのは、自分が仕える主人のことだぞ。まさか坊っちゃんが…本当に従えてしまう器をお持ちとは…」
「すぐに、メトロギウス様に報告しなければ!」
「他に村の被害はないか?何かあれば知らせてくるように。では、我々は、これにて」
武装した男達は、そそくさと退散して行った。
そして、村の住人達も全員びっくりして、あれこれと議論していた。
「なんで、みんな驚いてるの?俺、ライトを配下にするって言ってたじゃん」
「そーよ、そーよ」
チビっ子ふたりは、きょとんとしていた。彼らの頭の中では、僕はもう既に、配下なんだろうな。
「僕が、クライン様のことを将来の主君って言ったからですよ」
「んん?配下になるって言ったってこと?」
「そうですよ」
「私だって、びっくりしちゃったもの〜」
「なんで、それで驚くんだよ? そんなのごはんの時に決めたことじゃん」
「そーよ、そーよ」
「あはっ、確かに、そうでしたね」
「あら、あの時にもう決まってたのね〜」
村の中は、ふだんの生活に戻りつつあった。突然の魔法攻撃によって崩落したガレキで負傷した人達も、みんなすっかり回復し、あちこちの片付けを始めた。
そして僕のところに、ハンスさんがやってきた。
「ライトさん、俺を見つけて助けてくれたんだと聞いたよ。ありがとう。あの時は、君の姿が見えなかった。もう俺は死んだんだと思ってたよ」
「あ、あのときは、僕は姿を隠していました。木の魔物がどんな反応をするかわからなかったので…」
「そうなのかい、俺はこれでも察知には自信があったんだがな…。意識が飛びそうな状態だったからかな」
「そうですね。出血もかなりの量だったようですから…。しばらくは無理しないでくださいね」
「ああ、そうするよ」
「あ、ハンス! ライトは畑を見たいって言ってたぞ」
またまた将来の主君が、僕のフォローを!
「ん?畑?何か必要なのか?」
「いえ、先程、入り口でホップを少し摘んでいたら、中でも栽培されてると聞いたのですが…でもホップはもう充分なんですが」
「ホップなら有り余ってるぞ? エールを作るのか?」
「いえ、僕は、ポーション屋なので、ポーションの素材集めをあちこちでやってるんです」
「さっき、ハンスさんが飲んだやつ、ライトくんが作ったのよー」
「えーっと、俺はあいにく記憶がないが…あ、フルーツエールのような香りが口に残っていたが?」
「はい、それです」
「え?ポーションっていえば、人族の、臭い飲み物だろ?あれは臭くなかったぞ?」
「ライトくんのポーションは、精霊の加護を受けた水で作るから、臭くないのよ〜。新作、数はあるのぉ?」
「けっこうありますよ。僕もまだ味見していないので、ご一緒します?」
「ふふっ。ご一緒するわぁ〜」
僕は、リュックから新作ポーションを取り出して、ナタリーさんに渡した。さらに、こちらをじーっと見ているチビっ子ふたりにも。
「あれ?これまたラベルが違うじゃん」
「違うじゃん、ん〜読めないけど…」
「これは、『C10』クリアポーションです。体力1,000回復と、毒、細菌、呪いを消す効果があるようです。ただし弱いものにしか効かないから、強い毒とかには役に立ちませんが」
「めちゃくちゃ便利じゃん! 呪樹に触れても呪術魔導のとこにいかなくていいんだ」
「めちゃくちゃ便利じゃん!あの婆ちゃんこわいもんね」
「そうね、便利ね〜。これ、炭酸の抜けたフルーツエールって感じね」
あ!ナタリーさんもう飲んでる。僕も蓋を開けて飲んでみた。確かに、炭酸の抜けたフルーツエール…。
カクテルで言えば、パナシェかな?
パナシェというのは、ビールと同量の、レモネードやレモン炭酸飲料やサイダーなどを入れるだけで作れるカクテルだ。
アルコール度数はビールの半分になるので、お酒に強くない人にも安心のカクテルだ。お手軽にいろいろな炭酸ジュースで割ればいいだけだから失敗しないので、お家カクテルとしてもオススメだ。
(うん、炭酸の抜けたパナシェって感じだな)
僕は、ついでにリュックの中のポーションをすべて、魔法袋へと移し替えた。リュックが重すぎると歩くのもつらいもんね…。
(よし、じゃあ、ビー玉、拾いに行きたいな)
「ナタリーさん、あの、ビー玉、拾ってきていいですか? さっきの場所の近くなんですけど…」
「もしかして…呪樹の生えてる土の中だったりする?」
「え?あ、はい、たぶん…」
「ライト、呪樹は根が凶暴だぞ!根は呪いを持たないから触るとめちゃくちゃ攻撃してくるぞ!」
「えっ…やばそうですね」
「俺がついて行ってやる! アンデッドはアイツには弱いからな」
「ええーっ?そんな危険なヤツなのに…」
「俺なら平気だぞ。いつも野生の呪樹を狩っているんだぞ」
「えっ!クライン様、すごいですね」
「おうっ」
「あたいは、アイツ無理だからね」
「うん、わかってるよ」
僕はナタリーさんを見た。ナタリーさんは妙にニコニコしていた…。なんだろ?
「クラインくん、ライトくんは全然、剣が使えないのよ〜。だから全く役に立たないわよー」
「えっ…うん、大丈夫だぞ! 」
「使えないどころか、ナイフしか刃物は持ってないです…」
「ええーっ、爪はあるのか?」
「ん?つめ?」
すると、クラインは手の爪をシュッと伸ばした。
「えっえっ?爪が伸びた!」
「ライトは、やっぱり死霊だから…ないよな」
「はい、そんなすごい爪はないですー」
「うーん…」
「クライン、どうしたの?」
「ライトをどうやって戦えるようにすればいいか、考えてるんだよ」
「あはは、僕は…」
「うーん…」
僕は困ってナタリーさんの方を見た。でも…ナタリーさんはやっぱりニコニコしているだけだった。
「ナタリーさん、あの…」
「ふふっ。いい機会だから、将来の主君くんと一緒に行ってきたらいいわ〜。ライトくんのこと、知らないものね」
「へ?はぁ…」
「そうだな。ライトのことを見てからじゃないと考えてもわかんないよな。じゃあ、行くぞ!」
「えっと…ほんとに?って、わっ!」
クラインは、僕の腕を掴むと、ずんずん畑の方へ歩いて行った。
そして、畑の中を進み、だが突然、頭を抱えて座り込んでしまった。
「うわぁ〜だめだ!」
「ど、どうしたんですか?」
「さっきので、下に降りる通路が潰れてるじゃん」
クラインが指差している方を見ると、下に降りる階段らしきものが土砂で埋まっていた。ここから下のフロアに降りるんだな。
「じゃあ、僕、ひとりでコッソリ行ってきますね」
「ちょちょっと待って! どうやって行く気なんだよ。潰れてて通れないんだぞ」
「僕は通れるんで…」
そう言って、僕はアレコレとガードを張り直し、霊体化!を念じた。
「うわっ!ライト、おまえ、なんなの?その色!」
「ん?変ですか?」
「青いじゃん! 死霊は黒いだろ?あ、だから爺ちゃんはライトのことを変だって言ってたのか」
「なぜかこの色なんですよ〜。じゃあ行ってきます」
「ちょっと待って! 俺も行かなきゃ!」
クラインはそう言うと、埋まってる階段の方へと走って行った。
(それ、掘り起こすの無謀…ってかアブナイ)
不安定な土砂の上に乗ってクラインが、土砂を掻き出そうとしている…。
「クライン様、わかりましたから危ないからやめてください」
「何がわかったんだよー」
「お連れしますから〜」
「どうやって? 俺は死霊に化けれないからすり抜けられないぞ」
「手を繋いでもらえますか?」
僕は、右手を実体化してクラインの左手を掴んだ。そして、霊体化!を念じた。
「わぁっ!」
「じゃあ、行きますね」
「お、俺はどうすれば?」
「手を離さないでください」
「わかった!」
そして、僕は重力魔法を使って、クラインと共に、土の中へと入った。
「おわっ、ぷ、ん?」
「大丈夫ですよ、クライン様もいま半分霊体化してますから〜」
「お、おう!」
そして、先程、ハンスさんが串刺しになっていた呪樹のところに出た。僕は、クラインを地面に下ろして手を離した。
「おまえ、すごい能力だな! こんなことが出来る死霊なんて、知らないぞ」
「ははっ。ちょっと、変なんですよね、僕…」
「めちゃくちゃ変じゃん」
「あはは。じゃあ、ちょっと拾ってきます」
「その姿で行くのか?」
「はい、こっちの方が逃げやすいので」
「わかった、奴が暴れたら俺が倒してやるからな」
「はい、ありがとうございます。行ってきます」
そして僕は、光の筋の方を『見た』
(あー、根の近くというか、根っこの中にある感じだな…)
僕は、木の根元に近づき、土の中に手を入れ、ビー玉を掴んだ。すると、ビー玉を掴んだ瞬間に手が実体化したことで、根に触れてしまった。
突然、奴の根が、ツタのように地面から出てきた。そして僕を叩き落そうと、ツタのような根を振り回し始めた。
(僕には当たらないと思うけど…)
「ライト、右に避けろ!」
クラインの叫び声に、僕は驚いて右に飛んだ。
すると、クラインが放った炎を纏った何かが飛んできて、ツタのような木の根を次々に焼き切っていった。
そして、クラインが剣に炎を纏わせて木の根元に剣を打ちおろす。ガッ!ボゥオッ!
呪樹は、一気に燃え上がった。
「わっ!わっ!火を消さなきゃ!どうしよう」
(水?いや土をかける方がいい?)
僕は、燃え上がる木に、土をかけるイメージをすると読めない文字が頭の中に浮かんだ。そして土を操りドカドカ被せた。そして氷魔法!土の中の水分が凍って…溶けた。シューッ。よし、消えたね。
クラインは…その場にへたり込んでしまっていた。僕は霊体化を解除して、クラインのそばへ行った。
「クライン様、あの炎を飛ばしたのは何なのですか?びっくりしました。すごいですね」
「え?あ、うん、あれは魔剣だぞ。剣に纏わせた炎を飛ばしたんだぞ」
「すごい!」
「あぁ、うん」
(あれ?おう!じゃなくて、うんになってる…。子供っぽさが出てる。ちょっとビビってるのかな?)
クラインは少し震えているようだった。燃え上がった炎に焦っていた。そのときの恐怖があとから出てきたんだろうか…。まだ5才だもんね。
僕は、クラインがへたり込んでいる真横に座った。
「ちょっと休憩してから戻りましょうか」
「あ、うん」
そう返事をしたかと思ったら、クラインは僕の方へ倒れてきた。一瞬驚いたが……スゥ〜スゥ〜
(寝ちゃった…疲れたんだな)
僕は、握っていたビー玉をうでわの小箱に入れた。相変わらず、入れるとサッと消える。
『ライト、その子供の配下になったそうじゃな』
(あはは、成り行きで…。マズイですか?)
『その子が爺に似なければよいのじゃがの』
(大魔王様ですか?)
『うむ。大魔王はちょっと野望が…野蛮なのじゃ』
(どのように?)
『まぁ、それはまたそのうちなのじゃ。またね、なのじゃ!』
(野蛮な野望って……まさか地上征服とか?)
『………。』
(…ここで圏外って…。めちゃくちゃ気になる…)




