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5、イーシア湖 〜 守護獣アトラ

 時は少しだけ遡る。


 イーシア湖へ続く細い道。名もなき集落を襲撃した彼らは、2台の馬車で湖を目指して進んでいた。


 彼らは、この国の警備隊の隊員だった。


 だが、王宮や街の治安を守るエリート達ではない。あちらこちらに次々と現れる異常な現象や疫病などの対応に当たっている、いわゆる、その他大勢だった。


 そして彼らは、いま駐屯している街ロバタージュの長からの依頼により、イーシアの森へと向かった。


 森の奥の疫病が蔓延した集落の焼却と、その病の調査のために周辺の土および湖の水を入手する、というのが今回の任務の内容だった。




「はぁ、仕方ないとはいえ、何の罪もない大量の人間を焼き殺すなんて、やっぱ、きついな、精神的に」


「馬車で半日も離れてるんだから、放っておいても街に影響なんてなかったんじゃないか?」


「俺達がわざわざ焼き払わなくても、近いうちにあの集落は全滅して、朽ち果てただろうに」


「だが、放置して、もしそこから魔物やアンデッドがわいてきたら、大変なことになるぞ」


「まぁ、それもそうだが…。そのときは、ギルドが片付けてくれるんじゃないか? 冒険者も仕事が増えて喜ぶだろう?」


「その冒険者に払う報酬は、この街の長が支払うことになるんだから、先手を打ったんじゃないか」


「あぁそうか。俺達なら、ただで働かせられるってわけだ」


「そうだ。街の長からすりゃ、俺達は、ただで使える何でも屋だ」






 ライトを風魔法で吹き飛ばした守護獣アトラは、湖に近づいてくる馬車を警戒していた。

 その馬車から火薬の臭いがするのだ。集落だけでなく、ここ、イーシア湖まで焼き払うつもりなのかもしれない。


 人族の事情を理解する気など、彼女にはない。


 種族が異なるから、などという単純な理由ではない。人族は、その王が変わるたびに、大きくその態度を変えるからだ。


 彼女は、同じ服を着て集団で行動する人族が、多くの種族を滅ぼし、多くの罪を作ってきたことを鮮明に記憶していた。

 そして、同じ種族であるはずの人族同士でも、縄張り争いを好み、地形が変わってしまうほどの自然破壊を繰り返す。


 そのたびに精霊達は、その地の回復のために、莫大なチカラを使わされることになり、消耗させられるのだった。



 いま、この地を守る精霊イーシアは、人族のもたらした災いからこの地を回復するために、ほとんどのチカラを使い果たし、実体を保てないほどにまで衰弱していた。


 そのため、精霊イーシアのすまいであるこの湖は、その存在を保つために、絶対に、けがしてはならない生命線となっていた。


 招かれざる客、この地をこれ以上けがすなら、一人残らず抹殺するしかない。

 




 あたしは、ふと、ライトの様子が気になった。


 風魔法で一応ガードもしたつもりだったが、けっこうな距離を吹き飛ばしたのだ。もしかしたら、大怪我をしているかもしれない。


(あ、動いた? うん生きてるね。よかった)


 あれ? でも、なんか……座ったまま固まっている? やはりどこか怪我しちゃったかな。


 これが片付いたら、回復魔法をかけに行ってやらないといけないなぁと考えると、あたしは少し頬が緩んだ。


 あの子、ほんと手のかかる子だな。まるで生まれたての子犬みたい。


(ふふっ、あたしがお世話してあげないとー)


 そう考えていて、あたしはもしかしたら? と、一つの可能性を思いついた。


 あんな弱い子が、あの集落から逃げだせたということは、何か特殊な能力があるのだろう。

 そして、各地にいる多くの守護獣の中でも特に、魔法が得意なあたしでさえ、その能力が見えない。


 それに記憶がないと言っていた。さらに妙な魔道具を持っている。なのに、使い方がまだわかっていない。と、いうことは…?


 あの子は、ほんとに生まれたての子犬かもしれないなぁ。あの女神イロハカルティア様の新しいペットかも?


 女神が与える特殊な能力なら、当然あたしには感知できない。だとすると…?


(ライトは異世界からの転生者!)



 あたしがそんなことを考えていると、馬車が2台、ここからもはっきりと見える、湖の入り口にまでやってきた。


 そこで馬車は止まり、中から数人の人族がこちらに向かって歩いてきた。

 そのひとりの手には大きな樽を持っているのが見えた。皆、腰に剣を差し、同じ服を着ている。


(火薬樽か? にしては臭いが弱いか?)




「何をしにきた?」


 あたしは、ひとまず、普通にたずねてみた。あたしの存在に気づかなかったのか、驚いた顔をしている者もいる。


「なんだ? 獣人の小娘か? どこかの屋敷から逃げてきたのか?」


「は?」


「違うのか? この辺りには、獣人の繁殖地はないはずだが?」


(なんだと? やはり、か。コイツらは獣人を奴隷にしているのか。全く、人族は、これだから…)


「何をしにきた? って聞いてるんだけど」


「獣人には関係のないことだ。我々の邪魔をするなよ」


「かまって欲しいなら、後で街に連れ帰ってやるぞ。意味はわかるな?」


 威圧的に命令してくる者や、ニタニタしながら下から上まで舐めるように見てくる者、そんな奴らを止めもせず、おもしろそうに様子をうかがっている者…。


(まともなやつは、いない、か)


 あたしの中で、コイツらに対する処遇が決まった。やはり排除する。一人残らず……抹殺する。


 そして、あたしはチカラを解放した。青い光に包まれ、さらに魔力を解き放った。

 あたしの本来の姿、青き大狼、古の守護獣アトラの姿に…。



「うわーっ!」


「こいつ、獣人じゃないぞ! 精霊イーシアの守護者じゃねぇか?」


「ま、まさか、ほんとに実在したのか! 青いバケモノ! 」


「おとぎ話じゃなかったのか! 古の守護獣、破壊の大狼!」



 あたしが本来の姿を見せると、コイツらは好き勝手にわめき始めた。


『ウルサイ……この地をけがす人の子よ、我が主人が守りし地を焼き払わんとする罪、許しがたし』


「うわぁ〜! マズイ! 退避ー! 全員、散れ! 逃げろ!」

 


(逃すか!)


 ピカッ、グワンッ!



 あたしは、眼から魔力を放ち、瞬時にコイツらを拘束した。


「な、なんだ? カラダが……急に動かない…うわぁ〜!」


「動ける奴は逃げろ! バケモノから離れろ!」


(さて、さっさと、刈り取って……っ…あ! あの子…)


 いつのまにか、ライトがこちらに向かって、必死に走ってきている。ここでコイツらを消すと、あの子も巻き添えになりかねない…。


(隠れてろって言ったのに! あ、左足をかばっている……やはり怪我させちゃったか)





 僕は、なんだか嫌な予感がした。


 もしかしたら、アトラ様は、自分だけで戦うつもりなのかもしれない。

 あの兵士達は……兵士かどうか知らないけど、きっと、誰かの命令で来たんだ。


 もしかしたら、この地の守護獣を狩りに来たのかもしれない。さらには精霊をも狩りに来たのかもしれない。


(僕は、僕は…)


 気がつくと、いつのまにか僕は、彼らに向かって走り出していた。足痛い……が、そんなことは気にしていられない。


 必死に走っていたら、アトラ様の声が頭の中に聞こえた。


 許しがたしとか言ってる! やっぱ、戦う気だ!


  あんな剣を持った奴らを相手に、たったひとりでなんて、無謀だ! 奴らは魔法も使うんだ! マズイよ。


 僕は、少しでも早く、彼らの元にたどり着くことだけを考えた。


 でも、魔法の使い方はわからない。

 霧状になっても透明になっても意味がない。


(空を飛べたら、いいのに! ワープとか)


 なんて考えても、どうにもならない。


 ただ、ひたすら走った。足の怪我から血が流れてきているのがわかる。足がからまり、こけそうになる。


(間に合って! 神様! 仏様! いい子にしますから、どうか間に合わせて! お願いします!)




「はっ、はっ、はぁはぁ」


 僕は、アトラ様の所に、戦闘が始まる前になんとかたどり着けた。


 そして、その美しく青い狼を、僕の背に庇った。


 兵士らしき者達は、微動だにしない。僕が突然やってきたことに、驚いているようだった。



「あの! あなた方は、何をしに来られたのですか!」


「な、なんだ、坊やこそ」


「こんな大勢でやって来て、アトラ様を狩る気ですか! やめてください! 僕は……僕の、はじめての友達なんです!」


「へ?」


「どこかの偉い人が何を依頼したのかは知りませんけど! やめてください! こんなの人権侵害です! あ、いや、違う……動物愛護法に反します! お引き取りください!」


「は?」


『………あの…お兄さん。もしかして、あたしを守ってくれているの?』


「はい! そのつもりです! この人達は、僕が説得しますから! 絶対にアトラ様を狩らせませんから!」



 僕は、めちゃめちゃ怒っていた。


 この人達にも事情があるのはわかっている。

 僕の、いや、この身体の……もともとの持ち主ライトの村を焼き払ったのも、なんとなく理由はわかる。


 でも、でもでも、だからといって、こんな大勢で、アトラ様まで殺そうとするなんて、絶対イヤだ!


(僕は、僕は……あ、あれ?)


 なんだか様子がおかしい。兵士らしき人達が、僕を見つめて、ポカンとしている。


「な、なんですか! その、えっと……僕、変なこと言ってますか?」


 それでも、兵士らしき人達は、なんだか複雑な顔をしている。誰も言葉を発しない。お互いに顔を見合わせて、なんだか妙な空気感…。


『………っくく。ぶははっ』


 突然、なぜかアトラ様が笑い出した。


 僕は、驚いて後ろを振り返った。

 その瞬間、空気がグワンッと揺れる感覚がして、アトラ様が青く強い光を纏った。


 そして、その光が収まると、アトラ様は、元の人の姿に戻っていた。うん、やっぱ かわいい。


 そして…


(えっ?)


 僕の唇に、柔らかいものがそっと触れた。


「なっ……えっえっ?」


「ふふっ。ライト、かわいいっ!」



 ぼ、僕は、アトラ様に……この世界にきて初めての……ファーストキスを奪われたっ!


 僕は……


(ど、どうしよう!)


 ……頭が真っ白になった。



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