49、ホップ村 〜 鳥系獣族の内乱
「ライトは、俺の成人の儀が終わったら、配下1号にしてやるからな。それまでは誰の配下にもなっちゃダメだよ」
「んー、ライトくんは神族だから、イロハカルティア様が主君なのよー。主従関係とは少し違うんだけど」
「ナタリーと同じだろ?知ってるよ。でもここに住んでる神族は、ほとんどみんな誰かの配下になってるじゃん」
「まぁそうねー。でも神族は、一番に従わなければならないのはここの主人じゃなくて、イロハカルティア様なのよー」
「それは、魔族と神族が戦争したら、だろ?そんなことにはならないから大丈夫だよ」
いま、ナタリーさんと対等に議論をしているのは、悪魔族のチビっ子、クライン。
僕は少し驚いていた。クラインはすごくしっかりしている。見た目から5〜6才かと思っていたが、もっと上なのかもしれない。
それに、冷徹なのが悪魔族の特徴らしいけど、クラインはとても優しい。言葉は偉そうだけど、相手を思いやることができる子だ。
僕は、もし本当に魔族の国で、誰かに仕えなければならなくなったときには、クラインが主君というのも悪くないと思うようになっていた。
「クライン様、成人の儀って、あとどれくらい先なのですか?」
「ん?えっと…俺はいま5才だから…えっと…」
「成人の儀は、21歳だから、まだまだ先よー」
「そうなんだ、まだまだ先なんだよー」
「あと16年ですね。でも意外にあっという間かもしれませんね」
「ライトくん、計算速いわね。さすが行商人ね〜」
「そうだな、ライトすごいな」
「そうだな、ライトすごいな、って計算って何?」
「ふふっ。人族の学校に行けば学べるわよ〜」
「え、いえ…。ん?人族の学校に通われるのですか?」
「13歳になったら、人族のフリをして、人族の学校に通うんだよ。でも、ルーシーは俺が13歳になるまで待ってるんだぞ」
「うん、クラインが13歳になるまで待ってるよ」
「ルーシー様の方が年上なんですか?」
「あたいは、6才だよ」
「ルーシー、7才になったじゃん」
「あ!そうだった。まちがえた」
そして、このやり取りを大魔王メトロギウスは、とても興味深く聞いていた。
自分の孫が…いや孫の孫か?…まだまだ子供だと思っていたクラインが、しっかりと自分の考えを持って大人と対等に議論をしている。この成長をとても嬉しく思っていた。
それに、厄介だと思っていたライトを自分の配下にすると言い、それに対してライトは断わる様子がない。
もしかすると、クラインは本当に厄介者のライトを従えてしまう器を持っているのかもしれない。
やはり、自分が将来有望だと思っていた子だけのことはある。
「なに、ひとりでニヤニヤしてるのよ! 気持ち悪いわね、何をたくらんでいるのよ」
「あぁ? おまえには関係ないことだ」
「なんですって?」
「ナタリーさん、お店の中ですから…」
「…そうね、ごめんなさい」
「爺ちゃんも、すぐナタリーとケンカするの、よくないよー」
「よくないよー」
「あぁ、そうだな、悪かった」
(大魔王様が素直に謝ってる! チビっ子パワー…すごっ)
「あの、大魔王様」
「なんだ?」
「ここに突然いらっしゃった理由は何なのですか? ポーションが必要なわけないですよね?おふたりを心配されて、ということですか?」
「ふん。生意気な…。俺の思考を見切ったとでも言うつもりか?」
「…ってことは、やはりそういうことなんですね。それなら心配はご無用ですよ」
「はぁ?姑息なアンデッドを信用しろとでも言う気か?」
「逆ですよ。クライン様とルーシー様を信用されていないのですか? おふたりはこんなにしっかりとされているのに…」
「なっ?…ったくおまえは…」
「爺ちゃん、俺を信用してないのかー? 俺がライトに騙されると思ってるの?」
「そんなこと…コホン、思ってないぞ。クラインは、もう子供じゃないからな」
「じゃあ、ライトは俺の配下にするんだから、爺ちゃんでも命令しちゃダメだよ」
「なっ?なぜそうなる?」
「爺ちゃん、ライトのこと気に入ってるんでしょ? でも、あげないからね」
「別に気に入っているわけではないのだ。ただ、コイツは厄介だからな…」
「ん?厄介じゃないよ! ライトはいいヤツだよ」
「はっはっは、まぁ…人型でいるときは、ただのガキだからな」
「やっぱ、ライトって変なの?」
「ん?ルーシーもそう思ったか? あぁ、ライトは変わっているな。珍しい個体だ」
すると、チビっ子ふたりがまたコソコソ話を始めた。ほんと、仲良しだなー。
バタバタバタッ!
「メトロギウス様! すぐお戻りください」
「何があった?」
「鳥系の獣族が、また!」
「はぁ、懲りない奴らだな……すぐ戻る」
「はっ!」
バタバタバタバタッ!
「ナタリー、食事が終わったら、この子達を石山の方へ連れて行ってくれ」
「なに?反乱?」
「まぁ、大したことないがな…。アイツらの幹部の数人が、外の奴らに操られておる」
「内乱ね…で、彼らの魔王様から救援要請ってことかしら?」
「あぁ、その通りだ。頼むぞ」
そう言うと大魔王様は、チビっ子ふたりの頭を撫で、僕の方をチラッと見たあと、店から出て行った。
「なんだか大変そうですね…他の星からの?」
「えぇそうね、地上の方が平和なのよねー」
ナタリーさんは、お店の人に持ち帰りの依頼をしていた。ルーシーが当たったクレープの花畑のプレートは大きく、それを崩さないように持ち帰るにはプレートの買い取りが必要なようだった。
店員さんが、クレープの花畑を持ち帰りできるように、結界魔法のようなもので囲ってくれた。
(魔法って、ほんと便利〜)
クラインが当たったケーキは、ほとんど食べ尽くしてしまっていた。かなり大きかったけど、フルーツたっぷりでクリームも甘すぎないので、僕もけっこう食べた。
「じゃあ、そろそろ帰るわよ〜」
「えー、ヤダ!」
「えー、ヤダ! でも石山ってことは…」
「このあたりも飛び火してくるかもしれないってことね。何かが起こる前に帰るわよー」
「わかったよ」
「わかったよ〜」
4人で店を出ると、遠くに火柱が上がっているのが見えた。何かが爆発するような爆音も聞こえてくる。
「けっこう派手にやってるわねぇ…」
「早く帰らなきゃ叱られる」
「そーよ、そーよ、戦火が見えたらすぐ石山に帰りなさいって言われてるの」
ナタリーさんは、4人に飛翔魔法をかけ、石山を目指して一気に移動した。ふわりと身体が浮いたかと思ったら、いつもより倍くらい速いスピードで飛んでいった。
「ナタリーさん、速いですね」
「これが最高速度なのよ〜。風使いさんのスピードには全然およばないわぁー」
「あれは、びっくりしました。風になったようでしたもんね」
「風使いって何?」
「風使いって何?精霊?」
「妖精さんだそうですよ〜」
「へぇ〜、そうなんだ」
「へぇ〜、そうなんだ、ん?妖精って精霊じゃないの?」
「ふふっ。ちょっと違うのよー。同じのもいるけど」
「ふぅん」
「ふぅん、ん〜よくわからないの」
(僕もよくわからない…)
「ふふっ。地上に行けばわかるわよ。学校行くようになってからのお楽しみねー」
そして、石山の入り口にたどり着いた。ここは、さっきの村よりも高台にあって、まさに石の山をくり抜いたような巨大な洞窟の村だった。
この入り口付近は、草木で覆われて少し見つけにくい。その手前には畑のようなものが広がっていた。
「あれ?これ、ホップですか?」
この入り口を隠している、ツルがうねうねと伸びている植物は、たくさんの緑色っぽい花のようなものをつけていた。確か、この花みたいな実みたいなものがビールの苦味になるホップだよね。
「よく知ってるわねー」
「そーだよ」
「そーよ、ん?ホップって村の名前だよー」
「ルーシー、この植物がホップだから、ホップ村なんだぞ」
「そーなんだ。クラインすごい」
「おう」
「ちょっとだけ摘んでもいいですか?」
「いいよー。でも、これは野生のだから苦いんだぞ?」
「はい、大丈夫です」
僕は、ぷちぷちと、ホップの実?花?を摘み始めた。これでたぶん、ビールっぽいカクテルが出来ると思うんだよね。
「なんで苦いのに摘んでるの?やっぱ、ライト変だよ」
「ルーシー、苦いのも大人には美味かったりするらしいぞ」
「ふぅん、変なのー」
「まぁ、女の子にはわからないかもな。ナタリーも苦いのは嫌いなんだろ?」
「えー、この流れで嫌いじゃないって言ったら、女の子扱いしてもらえなくなるのかしらー?」
「ナタリーは、女の子じゃなくて、女の人じゃん」
「もう、そういうとこ、バカ兄貴に似たのね〜。ダメよー。女はいくつになっても、女子なんだから〜」
「うん?ナタリー…話がむつかしくて、わかんない」
「あたいも、わかんない」
(僕もわからない……あ、女子会とかってこと?)
「ふふっ。大人になったらわかるわよー」
僕は、ホップをぷちぷちと摘んではリュックに入れていた。数はそんなにいらないかなと思いつつも、取っても全然減らない大量のホップに夢中になっていた。ほんと、摘み始めると集中してしまう…。
「ライト、中にも畑はいっぱいあるぞ? 中のやつの方が美味いエールになるらしいぞ」
「え? 中のは、栽培されてるんですよね?」
「ん〜、畑はいっぱい余ってるから取っても全然大丈夫だぞ」
「でも、それだと、なんか悪いし…」
「ライトくん、それまた新しいのが出来そうかしら?」
「うーん、すぐできるかはわからないですけど、素材は集めれるときに、取っておきたいので」
「そうね。それがいいと思うわ。ついでに中も見せてもらうといいわ。ほんとに有り余ってるからー」
「なら、はい。お言葉に甘えて」
そして、僕は、入り口を覆っているホップにまだ心ひかれつつも、摘むのをやめて、リュックを背負った。
チビっ子ふたりは、またコソコソ話をしていたが、ナタリーさんにうながされ、入り口の方を向いた、その瞬間…
ドゴーン!ドカドカ!! バキバキ!ドゴーン!!
強烈な地震のような揺れと、何かが降ってきたような爆音が、すぐ近くで響き渡った。
ナタリーさんは、即座に4人にバリアを張ってくれていた。
「ちょっとマズイわね」
いま、僕達が入ろうとした石山の村に、空から派手な攻撃魔法が降り注いだようだった。
攻撃をしてきた奴らは、もうこの石山を離れ、先程まで僕達がご飯を食べていた村へと攻撃魔法の雨を降らせていた。
チビっ子達は、これに慣れているのか、平然としていた。それに対して、僕は…
(これ、映画じゃないよね……ちょっと…やめて)
僕は、恐怖で動けなくなっていた…。




