47、ホップ村 〜 ワクワクが止まらない
魔族の国の入り口で、待ちくたびれていたナタリーさんの一族のチビっ子ふたり。ナタリーさんも、チビっ子パワーにはお手上げ状態だった。
いま、チビっ子ふたりは、黒い翼を広げてパタパタと飛んでいる。
僕はナタリーさんの飛翔魔法で、ふたりの後を追うように、先程とは違う景色の遊覧を楽しんでいた。
「ライトは飛べないのか?」
「飛べないのか?」
まるで やまびこのように、クラインの言葉を真似るルーシー。ふたりは、許婚なのだそうだ。ただ、ふたりともその意味はわかっていないらしい。
「僕は、死霊の姿にならないと飛べないです」
「そっか、死霊は翼がないもんな、人型だと無理だよな」
「うん、死霊は翼がないもんな、あれ?どうやって飛ぶの?」
「ふわふわと浮かんで、飛ぶんですよ」
「ふぅん、へんなの〜」
「ふぅん、へん、かな? あんまり悪口はダメよ〜」
「なっ?悪口じゃねーよ」
僕は、最初はクラインの方が主導権を握っているのかと思っていた。でもふたりの会話を聞いていると、ルーシーの方がお姉さんっぽいなと思うようになってきていた。
そういえば、この世界に来て、チビっ子と出会ったのは初めてかもしれない。あ、ハデナのケトラ様も…チビっ子枠だけど…。
「ふたりとも、おなか減ってるかしら〜?」
「どこ行くの?」
「どこ行くの?ごはん?」
「どこがいいかしら?」
「「バンズ!」」
「わっ、声がそろった! お気に入りの店なんですね」
「じゃあ、バンズねぇ。ライトくん…覚悟してねー」
「えっ?覚悟って?」
「ふふっ、行けばわかるわ〜」
(な、なんだか…悪い予感しかしない…)
そして、チビっ子達の目的地、ナタリーさんの生まれ育った村に到着した。ここは、ホップ村というそうだ。僕は、村?というよりも、都市と呼ぶ方が正しいと感じた。人族の都市というイメージとは異なる。夜の遊園地…の方が近いような気がする。
村の中心には高い塔があり、その塔は防衛のためのバリアが何重にも張られていた。そのバリアは見る角度によって色が異なり、様々な色に輝いていた。
そして村は、塔を中心として放射状に、石で舗装された道がのびていた。その道に沿って、同じ高さの石造の建物が並んでいる。そして道を照らす街灯が道ごとに色が違っていて、とてもキレイだった。
完璧に計算され尽くしたようなまちづくりに、僕はめちゃくちゃ驚いていた。
「ナタリーさん、すごくキレイなところですね」
「そうかしら? なんだか整然としすぎていて、私はあまり好きじゃないわ〜」
「そう、なんですか」
「ここは、新しい村なのよ〜。もともとは、あの石山の中にあったのよ〜」
「村全体で引っ越したんですか?」
「そうよ〜。外からの襲撃に遭ってね…。爆破されちゃった感じなのよー」
「えっ? 外って?」
「他の星よ〜。魔族の国は、よく襲撃されるのよー」
「そ、そうなんですね…」
ナタリーさんが指差した石山、確かに何かで吹き飛ばされたような場所がある。でもその場所以外は、無傷に見えた。修復して住むことは考えなかったんだろうか。
(ん?光の筋がある。ビー玉、ありそうだな…)
「いま、あそこはどうなってるのですか?封鎖ですか?」
「いやいや、まだたくさん住んでるわよー。住み慣れた場所からは離れたくない人達がねー」
「じゃあ、この場所は?」
「新しい村は、住居はみんなに用意されてるけど住んでる人は少ないのよー。塔と住居以外の場所は、この国の娯楽施設って感じかしら〜。」
「国の、ってことは、魔族の国みんなが遊びに来るということですか?」
「ふふっ、そうよー。もともとホップ村は、この国で一番レストランが多いの。エールの生産地だからねー」
「エールって、ビールですよね? あ、だからホップ村っていうのかな」
「タイガと同じこと言ってるわ〜。ふふっ。あ、でもタイガはエールじゃなくてラガーがどうとか騒いでたわねぇ」
「あまり、エールって聞かないですからね〜」
「ふふっ」
「バンズに着いたぞ」
「バンズに着いたぞ、ヤター!」
塔がすぐ近くに見える建物の前で、チビっ子達が騒ぎ始めた。僕には同じ建物が並んでいるように見えていたが、シンプルな看板が出ていた。
(うわっ、わかりにくい…絶対、見つけられない自信がある)
そして、チビっ子達に手を引かれて、お店に入った。
ナタリーさんが、覚悟してねと言っていたから、僕は少しビビりながら入ったが、特におかしな店ではなかった。
建物の中は、フードコートのような感じだった。たくさんの店が壁沿いにズラリと並んでいた。
店内は、とてもにぎわっていて、壁沿いの店のいくつかには行列もできていた。
みんな好きなものを買って、あちこちに無造作に置いてあるテーブルやイスを使ったり、立ち食いしたり、自由に食事をするというスタイルのようだった。
「ナタリー、買ってきていいか?」
「ナタリー、買ってきていいか?何がいい?」
チビっ子達は、ワクワクが止まらないという顔をしている。
「もうすぐあの時間だけど、買いに行くのかしら?」
すると、チビっ子達は、ハッとして、壁時計を見た。お互いに顔を見合わせて、ハイタッチをしている。
「行かないよ、行くわけないじゃん」
「そーよ、そーよ」
「じゃあ、席を取らないといけないわねー」
ナタリーさんは、入り口近くのテーブルとイスを確保しに行った。チビっ子ふたりともソワソワしながら、ナタリーさんについて行っている。
(なにか始まるのかな?ショータイムとか?)
僕もはぐれないようにと、ナタリーさん達の方へと向かった。ただ、人が急に増えてきたような気がしたので、念のため、物防バリアを張った。
店内には、悪魔族だけでなく、いろいろな種族がいた。ちょっとぶつかるだけでも、骨折させられそうな奴らがたくさんいる。
「ライト、はやく座れよ」
「ライト、はやく座れよ、始まるよ」
そうせかされ、席のひとつをバンバン叩いているので、僕は素直に従うことにした。
「はーい」
「ライトくん、すっかり懐かれちゃったわねー」
「そうでしょうか?」
「ふふっ」
「あの、覚悟してねと言ってたのは?」
「ふふっ。これからよー。あの子達ねぇ、止めるの大変なのよー。ライトくんにお願いするわ〜」
「えっ?何を止めるんですか?」
「今から始まるゲームよ〜」
すると、突然、ゴーンゴーンと低い鐘の音が響いた。
隣のチビっ子達は、ワクワクが止まらないようだ。クゥ〜とかなんとか うなっている。
「皆様、お待たせしましたー! 本日1つ目の景品は、テンさんの肉だ〜!」
「うぉ〜!」
あちこちで歓声が上がっている。もちろんチビっ子達も、右手をぶんぶん振り回してノリノリだ。
「参加料は銀貨1枚! どの肉が当たるかはあなた次第!参加者は、こっちへ集まれーっ!」
「ナタリー、銀貨ちょうだい!早く早く」
「ナタリー、銀貨ちょうだい!そんなに急がなくても大丈夫よ」
「ふふっ。1回だけよ?食べきれないからね」
「わかった!」
「わかった、と言ってるだけよ」
ふたりは、ナタリーさんから銀貨を受け取ると、集まれーの場所にすっ飛んで行った。
派手な音楽が流れ始めた。そして、ダーツのようなものが登場した。うん、ダーツだな。
お客さんは、受け取った短剣を、くるくる回転している的に向けて投げている。そして当たった景品が貰えるらしい。
ふたりも、それぞれ、的に向かって短剣を投げた。そして当たった景品を引き換える券を持って席に戻ってきた。
だが、ふたりの表情は暗い…。
「あらら、食べたらまた行くわねー、これは…」
「お望みのものが当たらなかったんですかね」
「ええ、聞くまでもなさそうだわ〜」
しばらくすると、料理を乗せたワゴンを押して、お店の人が席を回り始めた。ふたりの所にもやってきて、券と交換に料理を置いていった。
クラインのは、ランチプレートのような感じの料理だが3人分くらいありそうな量だった。ルーシーのは、肉がゴロゴロ入ったシチューのようなものだった。こちらも量は3人分くらいはありそうだった。
「どっちも美味しそうですね」
「そうねー、テンさんの肉料理は、村で一番だからね」
だが、ふたりのチビっ子は、こちらをジト目で見ている。そしてコソコソと内緒話を始めた。
「ふふっ。作戦会議ね」
「何の会議なんでしょう?」
「さぁ?何かしら?ふふっ」
そして、みんなで分けながら、料理を食べた。うん、村で一番というだけあって、かなり美味しい。それにちょうどバランスもいい感じ。
ランチプレートっぽいのは、肉と野菜の炒め物と、パンと、サラダと野菜スープのようなものだった。それに、肉ゴロゴロのシチューもあって、けっこうお腹がいっぱいになった。
そして食べている間にも、2つ目、3つ目のゲームが行われていた。チビっ子達は、新たなゲームのアナウンスが流れる度に落ち着きがなくなる。
だが、いま目の前の料理を食べてしまわないと次には行けないと教育されているようで、ソワソワしながらも、必死に食べていた。
「アナウンスを聞いてると、景品は全部違う店のようですけど、壁沿いの店なんですか?」
「確かそうだったと思うわ〜」
「違うよ、本日の目玉はここにない店だよ」
「そーよ、そーよ、本日の目玉はどこ?」
「それは、秘密に決まってるじゃん」
「ふぅん。4つ目かな、5つ目かな」
そう話していると4つ目のアナウンスが流れた。これも壁沿いの店らしい。
「5つ目じゃん!デザートじゃん」
「5つ目じゃん! デザートなら食べれるよ」
そして、ふたりはナタリーさんをじーっと見ている。だが、ナタリーさんは知らんぷりをしていた。
「ナタリー、デザート食べるだろ?」
「だろ?だろ?」
「もうお腹いっぱいだわ〜。それにデザートは食べすぎたら、お腹壊すわよー」
「ライト、デザート食べるだろ?」
「だろ?だろ?」
(わっ、こっちに来た!)
「ん〜、果物なら食べてみたいかな?」
すると、ふたりは顔を見合わせて、ハイタッチをしている。
「果物、当ててやるよ!」
「そーよ、そーよ」
(しまった…失敗した?)
「ライトくん、甘やかしちゃダメよ〜」
「あ、はい。スイーツじゃなきゃいらないのかと思ったんですけど…」
「ふたりは、的当てをやりたいだけだからー」
「あはは、失敗しました…」
そして、5つ目のアナウンスが流れた。
「本日ラストは、本日の目玉! スフィアのデザートだ〜。参加料は銀貨1枚! 寄ってらっしゃ〜い」
「あら、スフィア?」
「有名なのですか?」
「珍しいわね、地上のスイーツ屋よ〜」
「ライト、銀貨ちょうだい!早く早く」
「ライト、銀貨ちょうだい!えっ?ライト持ってるの?」
「あらら、今度はライトくんにおねだりかぁ。ふふっ、そういう作戦で来たのねぇ」
僕は…断わるのが苦手だと、チビっ子達にも見抜かれていたんだろうか…。
僕が、ふたりに銀貨を1枚ずつ渡すと、ふたりは天使のような笑顔を浮かべて、寄ってらっしゃ〜いの場所に、すっ飛んで行った。
「あんな顔されたら、断れないです、僕…」
「ふふっ、完璧に懐かれちゃったわね〜」
(でも、スイーツで銀貨1枚…1万円って高いよね)




