43、二クレア池 〜 ナタリーと大魔王
真っ暗な夜、そう、ここは地底にある魔族の国。
この国ではそれぞれの種族ごとに魔王がいて、そしてその上にはこの国を統べる大魔王がいる。
人族の国王にあたるのが、この大魔王メトロギウスだった。大魔王は世襲はされない。その時に一番チカラを持つ魔王が、大魔王と呼ばれるようになる。
大魔王メトロギウスは、魔族の国の歴史上珍しく、知略の王だった。種族としては悪魔族。チカラこそ全てなり!という武闘派ばかりが大魔王を務めてきていたが、つい最近、大魔王となったばかりの新人大魔王だった。
「さぁ、着いたわよー。綿菓子ねぇ〜」
「はーい」
僕は、ナタリーさんに連れられ、魔族の国に来ていた。入り口で少しゴタついたが、魔族の国に足を踏み入れてからは、ナタリーさんの飛翔魔法で、魔族の国の遊覧を楽しむことができた。
景色は、真っ暗な夜だという以外は、地上とあまり変わらないような印象を受けた。ただ、当たり前だが、魔族がウロウロしている。見たことのない様々な姿に、僕は少しテンションが上がっていた。
(モンスターがいる。魔物がいる。すごい!ファンタジーな世界だ!)
僕は、ナタリーさんに言われたように、霊体化!そして、念のため様々なバリアを張った。
「そこまでやらなくても大丈夫よー」
「あ、でも僕は、何かちょっと当たっても簡単に倒されちゃいますから…」
「ふふっ。用心深いのねー。タイガとは真逆ねー」
「だって、タイガさんは強いですから…」
「うーん、でも苦手な相手もいるみたいよー」
「僕は、ほとんどすべて苦手ですよ…」
「そんなことないわよ。ふふっ」
ナタリーさんが、ふと立ち止まった。すると、少し離れた所から、何かが近付いてくるのが見えた。
僕はナタリーさんのまわりをふわふわと飛んでいた。夜の僕も昼間と同じように、やはり綿菓子に見えるのだろうか?どこかに自分の姿を映せる水場でもないかな?と僕はキョロキョロしていた。
「女神様、お迎えが遅くなり申し訳ございません。そちらの方が?」
「構いません。ええ、ライトよ。私の、いえ、女神イロハカルティア様の番犬ですわ」
(わっ! ナタリーさんがまた話し方が違う)
「ライト様、わざわざありがとうございます」
「いえ」
(ちょちょっと?様呼び?えっえっ)
僕のことを、様呼びしたこの人、人?でいいのかはわからないが、門番のイメージが魔族イメージになっていた僕としては、あまりにも彼の丁寧な物腰に驚いていた。
見た目が…これはアレだな、うん。思いっきり骨だけのアレ。ずっとカタカタと音を立てている。
「さっそくですが、見ていただけますか? 我々としても、もう近寄ることは厳しいのです」
「ライト、ハデナに引き続き、また泳ぎになるわよ」
「え、あ、はい」
(どこかに潜って、取ってこいミッションかな)
カタカタした紳士に案内され、僕達は、道なき道を進んでいった。
草花も生えているし、家畜らしき動物もいる。家は、ほったて小屋のような木造ばかりだった。なんというか、普通に田舎の村という感じ。
ただ、魔の国だからか、地底だからか、空気というか魔力を含んだマナが濃い。それになんだか少し、ふわふわ浮いていても、何かが身体にまとわりつくような不快感があった。
そして、木々のない少しひらけた場所に出た。すると、その瞬間ナタリーさんはバリアを張っていた。
僕はアレコレと使えるバリアは全て完備していたので、その必要はなかった。ただ、ちょっと身構えてあたりを見回した。
ここは、なんだか、空気が悪い。さっきのまとわりつくような不快感がさらに濃くなっていた。カタカタした紳士に代わり、僕と同じような死霊達が僕達を待っていた。
「女神様、もう、我々も近寄ることは厳しくなってきました。ヤツは、今も二クレア池の底です…ずっと何日も潜ったままです」
「そう。外からの迷い子ね?」
「おそらく、そうかと」
「ライト、行けるかしら? 池の底にいるお客様を引きずり出して欲しいのよ」
「池の中から、ここへですか?」
「うん。まぁ、うっかり殺しちゃっても構わないんだけどね」
「えっ? それは僕には無理です…」
「ふふっ。そうかしら?」
僕は、池の中を『見た』
すると、何本かの光の筋と、底に埋まるようにして寝転ぶ大きな動物っぽいものが見えた。
「大きな動物っぽいヤツですね」
「はい。獣系の見たこともない魔物です。全身から猛毒を放出しています。水の中でも呼吸ができるようですが、陸上の魔物のようですので、水の中での動きは鈍いかと」
「猛毒ですか? ここの空気が悪いのはヤツのしわざ?」
「はい。そうなのです。黒魔導の魔王様がヤツを消し炭にしようとなされた時に、この池に逃げ込まれてしまいまして…」
「魔王様?」
(えっ?魔王って…あの魔王だよね?ラスボス…あ、ここは魔族の国だから魔王がいるのは当然か)
僕はまた、ファンタジーだとか思っていた。そういえば僕の姿は、アンデッドだった…。すぐに忘れてしまう…
「はい、黒魔導の魔王様です。悪鬼の魔王様では始末できなかったので…。ヤツの放出する猛毒は、武闘派とは相性が悪いようでして…」
「悪鬼の魔王様が?」
(ちょ、ちょっと、魔王っていっぱいいるの?)
「脳筋だからね、武闘派って言えば聞こえはいいけどね。猛毒を吸って動けなくなったんでしょ」
「あ、バリアが必要なんですね」
「魔導系レベルじゃないと、猛毒なら弾けないわ」
「しかも、ヤツの猛毒は水の中ではゼリー化するようなんです。そうして、何をしてもこの池の底にたどり着けないようにしているのです」
「ゼリー化ですか?」
「そうなのよ。猛毒が柔らかなバリアになっているのよ。触れると毒にやられる。硬いバリアなら割って砕けるけど、ゼリー状のバリアはぷよぷよしていて砕けないの」
「なるほど。でも池全体を毒消しというか解毒出来ないのですか?」
「黒魔導の魔王様が、もちろん毒消し魔法を放たれましたが、表面だけは毒消しされるのですが、ゼリー化している分厚いバリアのせいでほとんど効果はないのです」
「もう今となっては、池の中だけじゃなく、この辺りの空気もヤツの猛毒に侵されてるからね」
「池の水も、すべて完全にゼリー化してしまいましたし、手の施しようがありません。このままだと、この国すべてがヤツの猛毒に侵されてしまいます」
「えっ…大変!」
「二クレア池の付近をまるごと爆破して焼き払えと、大魔王様はおっしゃるのですが、そうすると我々の住処が…。それにそのような地形が変わるほどの火力をここで使うと、星への影響もあるかもしれないのです」
「あ…確かに地底を爆破すると、星にダメージありそう…。え?大魔王様が?」
「あ、はい。この国を統治するメトロギウス様がそうおっしゃったのです」
(大魔王までいるんだ…あ、国王みたいな感じなのかな)
「爆破するだなんて乱暴よね。誰が後始末すると思ってるのかしら」
「えっ、精霊?ですか?」
「この国には精霊はいないの。下級神と呼ばれる子達が、直すのよ」
「なるほど」
「あの、女神様、大丈夫なのでしょうか?」
(あ、僕が何も知らないから不安にさせている?)
「何がかしら?」
「あの…ライト様は…?」
「ライトは人族の国を担当してるのよ。神族はそれぞれ担当制だもの。それをわざわざ、ここに助っ人に呼んだのよ?」
「おぉ、そうでしたか。死霊なのに、魔族の国のことをご存知ないのかと驚きましたが。なるほど、大魔王様は最近交代されたばかりですから、ご存知なかったのも当然ですね、納得いたしました」
「最近交代されたんですか」
「はい。新たな大魔王様は、変わったお方でして…。普通なら爆破だなどという発想はありえないことなので、ライト様も驚かれたのでしょうけど」
(ん?僕は、大魔王がいるんだー、って驚いたんだけど…ま、いっか)
「変わったお方?珍しい種族なのですか?」
「はい、お察しの通りです。まさかの悪魔族ですよ」
「えっ?悪魔?」
「驚かれますよね?当然です。我々も驚きました」
(ん〜、驚きポイントがわからない…)
「大魔王様は、基本、脳筋ばかりだったものね。まさかのズル賢い悪魔がねー」
「戦略家?知略家?という感じでしょうか?」
「ええ、そのようです」
(知将タイプなんだ…ラスボス、極悪魔王イメージとは随分違うなー)
「うーん、だからって爆破というのもねー」
「爆破せねば、この国は崩壊しかねないのだが?」
池を見ながらアレコレと話していると、突然背後から、新たな声がした。その場にいた全員が、パッとそちらへと振り返る。
「メトロギウス様!」
「突然、会話に入ってくるなんて無粋ね。何しに来たのよ」
「許せ、ナタリー。噂話をされるとムズムズしてくるのだ」
「私は今は、イロハカルティア様の代行者よ!呼び捨てにしないで」
「失礼した、女神様。ふっふっふ」
僕は、固まっていた。なんだか、またナタリーさんと親密そうな男性が現れ、しかも大魔王様だというのだから…。それにとても色気のあるイケメンだ。ナタリーさんとなんだか似た雰囲気…。
「ライト、これがさっき言ってたズル賢い悪魔よ」
「大魔王様、ライトです。はじめまして」
「ライトか、門番から聞いたぞ。うっかり者だそうだな。近寄るとうっかり殺されるから気をつけろと騒いでおったが、こんな子供だとはな。チカラの使い方がまだ上手くいかないようだな、くっくっく」
「…あはは」
「バカ兄貴! ライトも神族よ。言葉に気をつけなさい!」
「えっ?ナタリーさん、いま、兄貴って言いました?」
「あ…言っちゃった…わね」
(えっえっ、ナタリーさんって…大魔王の妹?)
「なんだ、話してなかったのか?」
「言うわけないでしょ! だいたいねー、私はもう魔族じゃない、神族だもの」
「あの、ナタリーさん、神族って言わない方がいいのではなかったんでしたっけ?」
「人族の国では言わないようにってことなのよー。魔族の国では逆よ〜。神族の存在をほとんどの住人は知ってるもの」
「神族だからっておまえ達は偉そうにしておるが、魔族の方が圧倒的に戦闘力は高いんだ」
「全面戦争にでもなったら、魔族の方が圧倒的に弱いわよ?」
「ふんっ。イロハカルティア様と、他はほんの一部だけだろ? 女神の番犬だったか? その他大勢は人族とたいして変わらんザコではないか」
(わ、わ、兄妹げんか…)
まわりの住人達は、このふたりのケンカにとても困っているように見えた。女神様と大魔王様のケンカだもんね…。簡単に口出しできないよね。
「あ、あの…、兄妹げんかは良くないですよ? 皆さんがびびってますよ」
「魔族が、神族に従わないからよー。いつも助けを求めるくせに、自分達の方が上のつもりでいるんだからー」
「なぜチカラの弱き者達に、従わねばならぬ?」
「そういう秩序よ!バカね、ほんとに」
そして、場が、シーンと静まり返ってしまった。
(あわわ、誰か止めてください〜)




