4、イーシア湖 〜 女神のうでわの中の『器』
「ねぇ、新しく連れてきた子ってどんな感じなの? いろはちゃん」
「俺と同じ世界の子って言うてへんかった?」
「えーっ! タイガと同じってガラ悪い系? やだ〜」
「おぬしら、好き勝手に言うでない。まだ、最初の『とって来い』ミッションの途中じゃ!」
女神イロハカルティアの城には、彼女の『落とし物』を拾うために、さまざまな世界からこの世界に転生してきた者達が住む居住区がある。
『落とし物』を拾うために女神が授けている女神のうでわは、同時に7つまでしか動かせない。
だから、いつもだいたい7人の『落とし物』係が地上にいる。
そして、この7人は すべて他の世界からの転生者だ。
女神は、誰かが役目を果たせなくなったときには隠居させ、また新たな転生者を探す。
こんなことをずっと数千年に渡ってやっているのだから、隠居者はかなりの数になっている。
地上で暮らす隠居者も多い。だが、そんな彼らが不自由しないようにと、女神は城の一部を開放し、転生者とその家族のための居住区を用意していた。
それに、隠居者とは言っても、皆が老人というわけではない。中にはまだ20歳そこそこの者もいる。
『落とし物』係の仕事が合わなくて辞める者や、怪我や病気、また、他の星の神に素性がバレて身の危険から隠居するなど、人それぞれ、さまざまな事情があった。
そして、いま 女神イロハカルティアが居るのは、その居住区に新しくできたカフェ風レストラン。
女神は、居住区の住人には、城の手伝いをすることを条件に、年に一度 自分が元いた世界に日帰り旅行に行くことを許している。
そのため、ここは、地上とは違ういろいろな文化や、珍しい食べ物があふれている。
「おぬしら、そんなに気になるなら、新人くんのお世話係に任命してやってもよいのじゃ。誰か、やらぬか?」
「報酬は?」
「妾の笑顔じゃ!」
「げほっ…………シーン。」
「なっ! タイガ! その態度はなんじゃ? 妾にけんかを売っておるのか? 買うぞ? 妾は買ってやるぞ?」
「……う、売り切れとるわ。そ、そんなもん」
「売り切れ? いつ入荷するのじゃ? 買うぞ? 妾は買うぞ?」
「な、なに言うとんねん。入荷の予定なんか、あらへんわ」
「もう、いろはちゃん、 落ちついてね。それより、タイガがそのお世話係をやりたいみたいだわ〜」
「はぁ? 俺がいつそんなこと言うたんや?」
「だって、けんか売り切れだから、いろはちゃんの言うことは何でも聞くって」
「おまえ、アホか。話、ねじまげすぎとるやないけ?」
「……ん〜、まぁ、ええじゃろ。タイガ! おぬしを新人くんのお世話係に任命してやるのじゃ」
「なんでやねん。ちょっと、おい、コラ…」
「む? やはり、妾にけんか売る気なのじゃな?」
「……。ッダーっ! もう、わかった、わかった。やればええんやろ?あーあ、しゃーないな、ほんまにもう!」
「ふふん。楽しくなりそうじゃ」
「まぁ、タイガに任せておけば、ある意味、安心よね。この居住区の中でも、ダントツで強いものね」
「だが、ある意味、役不足でもあるのじゃ。逆に新人くんに教わるかもしれぬの。ぷぷっ」
「………おまえら、いつか泣かしたるからな、くそっ」
「新人くんが、最初の『とって来い』ミッションを完了できたら、この城に呼ぶからの。おぬしらも顔を出すのじゃ」
「楽しみだわ」
「……はぁ…」
「ねぇ、お兄さん。ぼーっとして、どうしたの? 大丈夫?」
僕が必死に女神様に呼びかけていると、アトラ様に突然、顔を覗き込まれた。
「わっ! す、すみません。リュックのこと、何もわからなくて、驚いてしまって」
(顔を覗き込むなんて、反則だろ。…かわいすぎる)
きょとんとして、頭の上の耳をピクピクさせている様子は、あまりにも破壊力がありすぎて、僕は、どうしたらいいかわからなくなってしまった。
「なーんだ。あたしにわかることなら、教えてあげるよ。知らないことは、一緒に考えることしかできないけど」
「えっと、はい。ヒントとかでも嬉しいです。このリュックが生き物なのかとか、何を錬金?できるのかとか」
僕がそう話すと、アトラ様は、ん〜っと言いつつリュックの近くに寄ってきた。つまり、僕の近くに…。
ど、どうしよう。もしこの人が僕を騙そうとか、利用しようとか考えてるなら、完全にもう無理。おもっきり騙される自信がある!
そして、ジッと、リュックと僕を見ている。
「そんな、緊張しなくて大丈夫だよ? あ! そだ! お兄さんの名前は?」
「ライト、です。アトラ様」
「ふふっ。いいね、やっぱ、様呼び。ライトね」
「は、はい!」
(やばい……笑うと、やっぱかわいい)
「んー、たぶんだけど、これは生き物じゃないよ。魔道具だけど、でも、成長するタイプかも?」
「リュックが、成長ですか?」
「うん、この魔道具ね、ライトの魔力を吸ってるからさ。ライトの成長と共にリュックも成長し、形が変わったり、出来ることが増えたりするんじゃないかな?」
「なんか、凄そう! 金塊とか作れたり?」
「んー、いや、そっち系じゃなさそうかな」
「え? 錬金って、金を作るんじゃ?」
「うん、そういう錬金の方が一般的だけど、鉱石を加工するのに、大量の水はいらないよね?」
「あ、コイツ、さっき、水がぶ飲みしてましたね…」
「でしょ? だからたぶん、食料や飲み物系の錬金だよ。これを錬金と呼ぶのが正しいのかはわからないけど…」
「あ! だから、のたれ死にしないとか言ってたんだ!」
「ん? 誰に言われたの?」
「あ、えっと、このリュックをくれた人です。キミがのたれ死にしないように、って」
「へぇー、じゃあ、決まりだね! たぶん、錬金を繰り返していけば、レシピも増えるし、作れるものの質も上がると思うよ」
「じゃあ、たくさん作ればいいですね。あ、でも、使い方がわからないのですが…」
「うーん、それは あたしにもわからないな。とりあえず、素材を集めておけばいいんじゃない? で、また これをくれた人に会えたときに、 しっかり使い方を聞けばいいよ」
「そうですね、普通のリュックとしても使えそうですし、色々集めてみます」
「あ、レシピとか素材は、大きな街に行かないと手に入らないものもあるかも。ちょっと良いものを増やすには、それなりに資金が必要になるかもしれないよ」
(え? 資金がどうとか、って詐欺っぽい? もしかして騙されそうになってる?)
「あ、あの…僕、お金はないです」
「じゃあ、そのへんの薬草とか摘んでおいて、どこかで売ればいいよ」
「えっ? ここのを摘んでいいんですか?」
「ん? いつも摘みに来てたでしょ?」
「あ…、あの、僕、記憶ないんです。村が火事で…」
「あー、そうだったね、うん、外の人族が焼き払ったね…。よく逃げだせたよね。病気も、感染してないみたいだし、なんていうか……気分切り替えて、新たに人生、再スタートだね」
「…はい」
やっぱりアトラ様は守護獣だから、この近くのことはわかるんだ。あの時、兵士っぽい人が、守護獣がどうとかって恐れてたもんね。
そして、ちょっと沈黙…。会話がとぎれてしまった。
あ! 暗い雰囲気にしてしまった。どうしよう、せっかく励ましてくれているのに…。それに詐欺だなんて疑ってごめんなさい。
僕は、焦って次の言葉を探していると、ガタガタっと、馬車か何かが近づいてくるような音が聞こえた。
「招かれざる客だ。ライト、隠れてなさい」
今までとは違う、威圧感のある声で そう言うと、アトラ様は、僕を湖の反対側に、風魔法のようなもので 突然吹き飛ばした。
(うわっ)
僕は その勢いのまま、湖の反対側の木々の奥の方にまで、ゴロゴロと転がって行った。
「い、痛っ! ちょっ、骨折れたんじゃ…」
近くの大きな木の根元に腰を下ろし、怪我の程度を確認する。
あちこちに派手なすり傷や切り傷はあるものの、折れてはいないようだった。
ただ、左足の切り傷がけっこう深いようで、痛い、ズキズキする。
だが、こんなに吹き飛ばされたわりには、たいしたことはない。前世なら、余裕で死んでいたと思う。
(さっきもお尻から地面に落ちても大丈夫だったし、意外にこの身体、頑丈なのかも)
そして、そろそろと立ち上がろうとして、一筋の黄色い光に気付いた。
(あ! これ、さっき、頭いたくなって見た木の根元だ)
光ってるところを少し掘ってみると、ビー玉のような石が出てきた。穴が開いている…糸を通せば、ペンダントとかネックレスになりそうだ。
『おー! 早かったの。左手首のうでわに触れて、中の小箱に入れるのじゃ!』
突然、さっきまで思いっきり圏外だった女神様の声が、頭に響く。呼んでも知らんぷりされていたのか、忙しかったのか…。
『忙しかったのじゃ! つまらぬけんかを吹っかけられておったからの』
(わわ! そうだ! 思ったことはバレるんだった…)
『はよ、はよ。うでわの小箱に入れよ』
あ! そうだった。
左手首を見ると、うでわ?らしきものが、埋まっている。
(え? これ、手首に埋まってる?)
『ん? 魔力を循環させれば、ブレスレットのようになるぞ? あ、キミは循環がまだわかってなかったのじゃったな。安心せよ。キミのお世話係を任命したのじゃ。後で、会わせてやるのじゃ』
(お世話係…ですか。教育係的な?)
『ま、そんな感じじゃ。はよ、はよ』
意外にせっかちだなと思いつつ、うでわに触れる。ん? 何も起こらない…壊れてる?
『おーい、魔力を循環させねば開かぬ。わたわたせい! 無理なら、ひらけごま!じゃ』
(っ…わたわたって? あ、透明化とかしたときのアレか。ひらけごま!って、呪文?え?)
『呪文ではない、気分の問題じゃ!』
(…へ? は、はぁ)
うでわに触れながら、なんだかんだ話していると、ひらけごま! の呪文が効いたのか、うでわがスッと浮かんだような感じがした。そして物入れのような入り口が現れた。
女神様のいう小箱は、入り口の上の方に、まるで引き出しのようについていた。10センチくらいの正方形で、フタのない箱だった。
さっきの土の中から出てきたビー玉みたいなやつを、小箱の中に入れた。その瞬間、ビー玉は消えた!
(え?)
僕が驚いて固まっていると、女神様よりミッション完了のお知らせが届いた。
『はじめてのおつかいは、これで完了じゃ! 近いうちに城に呼ぶから、小銭を稼いでおくのじゃ』
(消えましたが?)
『当たり前じゃ。妾がこちらから、取り出したからの』
(うでわの中に入れたものは、イロハカルティア様の所に移動するのですか?)
『ちがーう! いろはちゃん、じゃ』
(え?)
『最初の、とって来いができたら、いろはちゃんと呼ばせてやると言ったのを覚えてないのか?』
(あ、そういえば、そんな話も)
『うむ。覚えてたならよいのじゃ。うでわの中の小箱は、妾の部屋の中の小箱に繋がっておるのじゃ』
(すごっ)
『ふっ。妾の力じゃ! それから、うでわの小箱以外のスペースはキミが自由に使えばよい。小銭を稼いだら、そこに入れておけば、盗賊に襲撃されても安心じゃ』
(そういえば、小銭を稼いでおけって…。小銭で何をするのですか?)
『ん? そんなの決まっておるではないか。城の居住区に新しくカフェが出来たのじゃ! その日は特別に居住区への立ち入りを許可してやるから、買い物するなら小銭が必要なのじゃ。妾に、その……パフェをごちそうしたいと言うなら、馳走になってやってもよいのじゃ』
(……おねだりされているような気がする…)
『なっ! 何を言うておるのじゃ。妾は、おねだりなんてしていない…かな…と思うのじゃ!ってことで、またね、なのじゃ』
(あ! ちょっと、待ってください! リュックのこと聞きたくて…あの、あーあーあー…聞こえますか?)
『…………』
(…また圏外、かよ)
(そうだ! 湖の向こう側、どうなったんだろ?)
僕は現状を思い出し、あわてて湖の方へ近づいて行った。歩くと左足がズキズキする、あちこちヒリヒリ痛い。
招かれざる客って言ってたっけ。隠れていろって言われても、いつまでもジッとしてるのもなぁ。
僕は『眼』に力を込める。そしてジーっと対岸を見た。
すると、青く光る大きな狼のような生き物がいた。そして、それと対峙している人達がいる。
(あ、あれは、さっき、僕のいた集落を焼き払った兵士達だ!)